第178話「検索してはいけない言葉」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』
花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、狂気に彩られた者たちが集まっている。そして日々、人間の闇と向かい合い続けている。
かくいう僕も、そういったアンダーグラウンドに生息する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。
そんな、ルナティックな面々の文芸部にも、正常な人が一人だけいます。アブドゥル・アルハザードだらけの勉強会に紛れ込んだ、新入社員の女の子。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。
「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」
間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横に並んで座る。僕は先輩の顔を見る。楓先輩は、何だろうといった表情をして、照れくさそうに笑みを浮かべる。僕が見つめていると、先輩はもじもじして、眼鏡の角度を直した。ああ、楓先輩は何て可愛いんだ。僕は、めろめろになりながら、声を返す。
「どうしたのですか、先輩。分からないフレーズがネットにありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。万有引力の法則で知られる科学者であり、最後の魔術師と評される錬金術師でもあったアイザック・ニュートンのように、ネットの光と闇に通じています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」
先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、思い付いた時にいつでも書けるようにするためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、有象無象の情報の渦に巻き込まれた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。
「検索してはいけない言葉って何?」
ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
駄目です。それは駄目です。検索してはいけません。
検索してはいけない言葉とは、トラウマ必死、グロ、恐怖、鬱、精神攻撃、変態、ウイルス、そういった危険極まりない、画像や動画や文章に遭遇する手がかりとなる、キーワードたちだ。
そして、検索してはいけない言葉自身も、それらの禁断の扉を開ける鍵となっているので、検索してはいけない。
僕は、楓先輩をちらりと見る。先輩は好奇心が強い。このフレーズを説明したら、「じゃあ、サカキくん、検索して」と言い出しかねない。もし、そんなことになったら、先輩の心は破壊され、数日は立ち直れない状態になってしまう。それはまずい。そんな危険な目に、楓先輩を遭わせるわけにはいかない。
僕は、どうすれば先輩の追及を逃れながら、検索してはいけない言葉の説明をするか、必死に考えを巡らせる。
「ねえ、サカキくん。『検索してはいけない言葉』の頭に付いている『検索』って、サカキくんが時々してくれる、ネットの検索のこと?」
「ええ、そうです」
「検索してはいけない言葉って、検索するとどうなるの? インターネットが壊れたりするの?」
「えー……」
楓先輩は、インターネットの仕組みを、よく理解していない。もしそんなことが起きるなら、それは自爆スイッチならぬ、自爆キーワードではないか。
「いや、インターネットは壊れたりはしませんよ。主に壊れるのは、検索した人の精神になります」
「えっ? 精神が壊れるってどうなるの。サカキくんが倒れて病院送りになったりするの?」
楓先輩は、びっくりした様子で尋ねる。
「あの。なぜ、僕限定ですか? ちなみに、検索したからといって、倒れて病院送りになることはないです。まあ、数日、気分が悪くなって、食事があまり喉を通らなくなったりしますが」
「そうなの? やっぱりネットの検索って、怖いものなのね。検索をすると、何か恐ろしいことが起こるのね」
楓先輩は、ネットの検索を、極度に恐れている。そのせいで、自分では検索をおこなわず、調べ物は僕に聞いてくる。これ以上怖がって、ネット自体を控えられても困る。僕は仕方なく、検索してはいけない言葉について説明を開始する。
「検索してはいけない言葉とは、検索した結果、不快な情報が表示される言葉のことを指します。どういった不快な内容かというと、グロ、恐怖、鬱、精神攻撃、変態、ウイルスなどがあります。
その多くは、トラウマになるような画像や動画、文章です。また、Flashと呼ばれる、インタラクティブ要素を持ったコンテンツも含まれます。
それでは、内容ごとに、どういったものがあるのか、少しだけ紹介します。実際の言葉については、知らなくてもよいと思いますので、楓先輩には教えません。そういったものもあるということで、納得してください」
「分かったわ」
僕は、一呼吸置いて、それぞれについて語りだす。
「グロテスク系では、死体や殺人、拷問などの、残酷な画像が多いです。また、動物の解体シーンや虫食など、多くの人が忌避したいと思うものも多数含まれます」
僕は、心の中で、実際の言葉を思い浮かべる。
グロ系に含まれる検索語には、ウクライナ21、グリーン姉さん、食卓のお肉が出来るまで、切腹おねえさん、蓮コラ、モタ男、スープおじさん、POSO、などがある。
「恐怖、鬱、精神攻撃系には、ホラーやオカルト、サイコな文章などがあります。見たら呪われると伝えて怖がらせる、急に音を出すなどして驚かせる。そういった画像やFlashも、この中に含まれます」
この系統に含まれる検索語には、くねくね、コトリバコ、八尺様、野崎コンビーフ、アステカの祭壇、赤い部屋、コチニール色素、ジングルベル逆再生、などがある。
「変態系では、異常な状況や設定での、性的な動画などがあります。見たら、気分が悪くなること確実なので、避けて通るべきでしょう」
この種類には、スカトロ系や虫系のアダルトビデオの名前などが入る。また、存在自体が、すでにネタになっている、淫乱テディベア、飛影はそんなこと言わない、といったものも該当する。
「ウイルス系は、パソコンに害を与えるサイトに誘導されてしまう検索語です。これは検索すると実害があるので、興味があっても検索するべきではありません。
そして最後に、『検索してはいけない言葉』自身も、検索してはいけません。様々な危険な言葉のリストに出くわします。そして、それらをごちゃまぜにした結果が出てきます。トラウマ必死ですので、気を付けてください」
楓先輩は、僕の説明にびびっている。先輩は、割と臆病なので、本気で怖がっているようだ。そして、僕の学生服をつかんで、おびえるようにして身を寄せている。
まあ、怖がらせてしまったのは、どうかと思うけど、これで、僕に検索してもらおうとは考えないだろう。楓先輩自身は自分で検索しないので、これで一件落着だ。
個人的には、検索してはいけない言葉であろうが、なかろうが、僕は平気でウェブサーフィンする。特に、ネット初心者の頃には、知的好奇心のおもむくままに、様々なサイトに飛び込み、アングラ情報も吸収していた。海外サイトも端から順に見て、駄目教養を増やしていた。
「ねえ、サカキくん、検索してはいけない言葉は、本当に怖いのね」
「ええ。だから、検索してはいけないのです」
「そして、いろんな検索してはいけない言葉があるのね」
「はい。世の中には、無数のタブーがあるのです」
「その中で、サカキくん自身が、最も検索してはいけない言葉だと思っているものは、何なの?」
「それはですね……」
あ、危ない!! 僕は、その言葉を言いかけて、慌てて口をつぐんだ。
これは、駄目だ。絶対に楓先輩に教えてはいけない、ネットスラングだ。先輩から質問されることはないと思う言葉だから、僕から口にしてはいけない。楓先輩には、一生避け続けて欲しい単語だ。
そのネットスラングとは、リョナである。一般のネットの世界では出現頻度は低いが、地下に潜ると、出現率が上がる言葉である。
リョナとは、猟奇でオナニーの略である。あるいは、それに類するフレーズの省略形である。人体破壊や残虐行為に、性的刺激を求める変態嗜好。また、その刺激物としての、画像やマンガなどを指す。
それらを見ると、人間の想像力と性欲の過激さを知り、絶望的な気分になる。そして、一週間ぐらいは、トラウマで気分が悪くなる。なぜ、そんなものを見てしまったのか、後悔すること必死である。
そういった趣味嗜好を持つ者は、人類の端の端だと思われがちだが、実はそれなりの比率で存在する。
リョナという言葉が出てくる以前に存在した、鬼畜系エロマンガ雑誌「フラミンゴ」。その雑誌には、そういったマンガばかりが載っていた。つまり、商業雑誌として成立するぐらいには、人口がいるのだ。そしてネットでは、そういったコンテンツが、日夜生み出されている。
それらは、人類の性欲の多様さと、罪深さを僕たちに教えてくれる。というか、教えてくれなくてよい。
そんな、人類のエッジを滑り落ちた人たちの知識を、楓先輩に伝える必要はない。あまりにも暗部に踏み込むネットスラングは、僕の中で自主規制しなければならない。
「フンギャル、バルボア#$@!!」
僕は奇声を発し、必死の形相で、楓先輩の前から逃げ出した。
それから三日ほど、楓先輩は僕のことを心配してくれた。先輩が僕に、検索してはいけない言葉について聞いたから、僕がその情報を脳内検索して、ぶっ壊れたと思ったからだ。
先輩は、病者をいたわるように、僕に接してくれた。僕は、これ幸いと先輩に甘えまくった。