雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第40話「火炎坊と鏡姫 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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◇火炎坊◇

 八布里島には、島裏と呼ばれている地域がある。本土に面している地域を表と考え、その反対側を裏とした言い方だ。本土に面した港のちょうど反対側、島裏の中ほどに、多津之浦という地域がある。多津という字を当てているが、本来は竜や龍であることは容易に想像できる。浦は入り江を指す。島裏の裏もかけてあるのだろう。そのため「多津之浦」は、「竜神海峡の裏にある入り江」といった意味になる。

 その多津之浦は、江戸時代に大道寺家の主導で、干拓された。そして、入り江の半分ほどが埋め立てられて、水田になった。そのため、現在の多津之浦は、水田を取り囲むようにして、丘が続いている。その平地と丘陵地の境は、かつて入り江の海岸線だったところに当たる。
 この多津之浦で、人の住んでいる地域は、干拓地に限定される。丘陵地は、田に適さない土質で、人の利用はなかった。そのため今でも、人家はない。そもそも、多津之浦は人口が少ない。江戸時代はともかくとして、現代では、この地域は寂れており、まばらにしか家屋がない。

 この干拓地の端、丘陵地にほど近い場所に、古風な構えの家がある。元々は丘の上にあったものが、江戸時代に、この地に建て替えられたものだ。その屋敷は、龍之宮家のものである。鎌倉時代の初めに作られた竜神神社。その宮司を継承してきた、龍之宮一族の根拠地である。
 現在は、この広い屋根の下に、一人の老いた女性が、住むだけになっている。龍之宮玲子。彼女は、竜神神社末代で、今はその役を退いて隠居生活を送っている。

 その龍之宮家に近い森に、私はいる。丘を覆うようにして繁茂する木々の陰から、双眼鏡を構えて、龍之宮家の屋敷を観察している。
 時刻は、午前の十一時少し前だ。窓の向こうには、龍之宮玲子の姿がある。歳は六十七だが、その姿勢や動きは、年齢を感じさせない。節度ある生活が、その肉体と精神から、老いを遠ざけているのだろう。龍之宮玲子は、掃除や洗濯といった午前の家事を終え、自室でお茶を飲んでいた。

 耳に刺したイヤホンで、屋敷内の音を確かめる。留守の時を利用して、いたるところに盗聴器を仕掛けている。そのため、建物内のどこにいようとも、独り言や会話を、拾えるようになっている。また、龍之宮家の車にも、盗聴器とGPSを取り付けている。それらの機器から得られた情報は、近くに停めてあるワゴン車内のコンピュータに、自動で記録するようにしている。
 私は、イヤホンに意識を集中する。龍之宮玲子の声はない。ほっと一息吐いた時間を、楽しんでいるのだろう。

 私は、探索人という、自身の仕事について考える。この八布里島に、探索人は三組入っている。弥生様の方針で、それぞれ連絡を取り合うことなく、独自の調査をおこなっている。
 スマートフォンを取り出して、連絡用のアプリケーションを起動する。決められた時刻の定期連絡。パスワードを入力して、弥生様宛ての電話をかける。今日の報告をしたあと、弥生様から事態の進展があったことを告げられた。針丸姉妹の二人が、偽剣の場所を特定したのち、死んだそうだ。私はその話を聞いて、衝撃を受けた。あの二人が、役目を果たして、逝ったということは驚きだった。

 計画性がなく、忍耐力がなく、野生の獣のように、勝手気ままに振る舞う二人。私と鏡姫に比べて、明らかに劣っているだろうと、見下していた姉妹。その針丸姉妹が、私と鏡姫に先んじて、仕事を成し遂げて散った。彼女たちを選んだ弥生様の目に、狂いはなかったということだ。
 弥生様はおっしゃっていた。創造性のある仕事をするには、均質な人材を選んではいけないと。あえて方向性の違う人を集めて、一つの枠内で自由に振る舞わせる。そのことで化学変化が起き、想定していた以上の成果を得ることができる。弥生様が設定した枠は八布里島で、選んだ人材は、針丸姉妹、私、鏡姫の三組だった。

「分かりました。私も、迅速に仕事を完遂します」

 そして、この命を捧げます。心の中で、そう告げた。
 通話を終え、スマートフォンの画面表示を切った。黒い板になったガラスの表面に、自身の姿が映る。剃った頭に、顔の左側に広がる火傷の痕。一目見れば忘れられない容貌をしている。
 その顔を隠すために、普段はマスクをして、帽子を被り、サングラスをかけている。今は、人との接触を断ち、監視作業に従事しているから、それらは取り払っている。服装は目立たないものを選んでいる。黒いズボンに、黒いシャツ。その姿で、森の中から、龍之宮玲子の情報を集めている。

 イヤホンから、固定電話のベルが聞こえてきた。誰かから、電話がかかってきたらしい。龍之宮玲子は、外部の人間とのやり取りはほとんどない。ここ一週間のうちに電話で話した相手は、御崎高校の教師である、佐々波珊瑚という女性だけだ。
 佐々波は、龍之宮玲子の弟子筋に当たるらしい。二人が電話口で話した内容は、御崎高校の竜神部の部員が、龍之宮家を訪れるというものだった。

 私は、スマートフォンを操作して、再生する音源を切り替える。先ほどまでは、龍之宮玲子の自室のコンセントに仕掛けた盗聴器を利用していた。新しく選んだのは、固定電話に設置したものだ。どうやら、電話をかけてきたのは、いつもの佐々波らしい。佐々波は、今週末の予定を、龍之宮玲子に告げる。
 部活の部員を連れてくる。その生徒たちが、謎の姉妹からの襲撃を受けて、死闘を繰り広げた。弥生様の話と総合すると、彼らが、針丸姉妹を葬った者たちなのだろう。

 既存部員が二名に、新入部員が三名。引率の佐々波も含めると六人が訪問するらしい。八布里島の歴史や、偽剣、霊珠についての説明をおこなう予定のようだ。その後、カゲジンジャとカゲグラに行き、偽剣と霊珠を見せると話している。
 カゲジンジャとカゲグラか。漢字を当てはめるならば、陰神社と陰蔵だろう。確かそう呼ばれている場所が、この近くの丘にあったはずだと思い出す。

 私は、イヤホンに注意を向けながら、近くに停めてあるワゴン車に向かう。扉を開けて、中に入った。後部座席には、寝袋と食料、そして、盗聴に使っている様々な機材と、それらを記録し、操作するノートパソコンが置いてある。
 扉を閉めた私は、座布団を引き寄せて、床に座る。地元の本屋で購入した、八布里島の精密な地図を繰って、多津之浦周辺の地勢を確認する。陰神社が見つかった。陰蔵は、この敷地内にある蔵だろう。

 私にも運が向いてきた。イヤホンの会話を聞きながら、私はほくそ笑む。龍之宮玲子と佐々波珊瑚は、偽剣の場所に行く予定だ。それならば、そこから偽剣を、持ち出さざるをえない状況を作ればよい。たとえば火事。そういった災害に遭えば、貴重品を移動せざるを得ないだろう。

 私は、火傷痕の顔に、笑みを浮かべる。陰神社で罠を仕掛けて、偽剣を奪う。私は、左手を顔の前に出して、意識を集中する。掌の上に、揺らめく炎が現れた。紅蓮の炎。自分の顔が、愉悦の表情になるのが分かる。
 火炎坊。それが、弥生様から授かった、教団内での私の呼び名だった。