雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第177話「公開処刑」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、血で血を洗う者たちが集まっている。そして日々、悪を葬る活動を続けている。
 かくいう僕も、そういった処刑を生業にする人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、法で裁けぬ巨悪と戦う面々の文芸部にも、暴力とは無縁な人が一人だけいます。平松伸二の「ブラック・エンジェルズ」の世界に紛れ込んだ、川原泉の「笑う大天使」のキャラクター。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。楓先輩は、ちんまりとしていて、守ってあげたくなるお姿だ。その容姿は、おにぎりにして転がしたいほどの可愛さである。僕は、そんな楓先輩に飛びつきたくなるのをがまんして、声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉を、ネットで見ましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。素手で砲弾を受け止める松田さんのように、常識破りのネット無双ができる人間です」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、飽きることなく書き続けるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、玉石定かでない数々の文章と遭遇した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

公開処刑って何?」

 楓先輩は、その台詞のあとに言葉を続ける。

「もちろん、多くの人の前で、死刑を執行するという意味は知っているわよ。でも、ネットで使われる公開処刑は、どうも意味が違うようなの」

 確かに、公開処刑ネットスラングの一つだ。公の場で、身長や頭身、顔の大きさや容姿などに優劣がつき、罰ゲーム状態になっている人に用いられる言葉だ。このネットスラングは、主に芸能人に用いられる。
 僕は、その説明のために口を開こうとする。その言葉の直前に、楓先輩が声を出した。

「処刑というぐらいだから、殺伐とした内容なのよね。だったら、サカキくんだけじゃなくて、鷹子にも、話に加わってもらった方がよさそうね。ねえ、鷹子! サカキくんが、公開処刑の話をしてくれるって!」

 へっ? 僕は、予想外の楓先輩の台詞に驚く。楓先輩が声をかけたのは、三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんだ。
 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。ヤクザの事務所に、よく喧嘩に行く。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っている危険な人なのだ。

「何だ?」

 鷹子さんはやって来て、僕と楓先輩の前に立った。楓先輩は席を立ち、鷹子さんに今までの話の流れを伝える。
 うっ。二人が並んでいる様子を見て、僕は頭の中に、一つの言葉をよぎらせる。鷹子さんは長身で、モデル級のスタイルを持っている。その鷹子さんと並ぶと、可愛くてちんまりとしている楓先輩は、公開処刑のように見えてしまう。

 これはまずい。公開処刑の説明をすると、楓先輩の背の低さを揶揄することになる。立ったままの状態は、避けるべきだ。さすがに、身長差に気付いてしまう。せめて座って話を聞いてもらわないといけない。そうしなければ、背の高さの違いが目立ちすぎる。

「あの、楓先輩。鷹子さん。できれば、座って話をしませんか?」
「何? サカキ。てめえ、私に命令する気か!!」

 短気で高圧的な鷹子さんは、僕の台詞に怒りを爆発させた。楓先輩も、なぜか鷹子さんとともに立ち続けている。どうやら、一人だけ座るのは悪いと思っているようだ。

 ど、どうすればいいんだ~~~! 公開処刑について説明して、楓先輩を意気消沈させないためには、二人に座ってもらわないといけない。しかし、座ってもらおうとすると、鷹子さんがブチ切れる。
 僕は、楓先輩への愛と、鷹子さんからの暴力との板挟みで、シェークスピア劇のように苦悩する。

「ねえ、サカキくん。公開処刑について教えて」

 楓先輩が、立ったまま僕に言う。

「さっさとしゃべれ。無駄な時間を浪費させるな」

 鷹子さんは、いつまで経っても話し始めない僕に、業を煮やしている。
 な、何て難易度が高いんだ。公開処刑について解説しながら、その話の流れで二人を着席させないといけない。僕は、人生ハードモードな会話を実現するために、頭をフル回転させる。

「現代の人権社会では、公開処刑は禁止されています。しかし、そういった時代が来る前、公開処刑は、見せしめ効果を持った刑罰として利用されていました。またそれは、庶民の娯楽の一種でした。
 この公開処刑は、先進国では現在おこなわれていません。しかし、前近代的な社会では、依然としておこなわれています。

 この、本来の意味の公開処刑と、ネットで使われる公開処刑は、人の生死が伴わないという点で大きく意味が違います。ネットの公開処刑は、元々の公開処刑の意味から転じた派生語になります」

 僕は、そこでいったん言葉を区切り、楓先輩と鷹子さんに椅子を促す。しかし、二人は立ったまま僕の話を聞いている。駄目だ。ただ、すすめるだけでは、従ってくれないようだ。もっと上手く誘導する必要がある。僕は、説明を続けながら、何とか着席に導こうとする。

「それでは、ネットの公開処刑の説明をします。この言葉は、テレビや報道などで恥ずかしい状態になってしまい、まるで罰ゲームのような状態になっている人に対して、用いられるものです。その様子を、寸劇を使って示そうと思います」

 僕は、すっくと立ち上がり、舞台に立った役者の振りをする。

「楓先輩と鷹子さんは観客ということで、そちらの椅子に座ってください。今から僕が、短い劇を演じますので」

 仕方がないといった様子で、鷹子さんと楓先輩は椅子に座り、僕のことを見上げる。
 やった。危機を脱した! これで身長とスタイルの差による、公開処刑状態は脱した。僕は、頭脳派すぎる自分の策謀に酔いしれながら、公開処刑の説明を続ける。

ネット掲示板公開処刑の話が出る際は、モデルや芸能人が並んで立っているケースが多いです。身長が高く、スタイルのよいモデルが並んでいる中に、背の低い芸能人が混ざると浮いてしまいます。また、顔の作りについても、モデルと芸能人では、雲泥の差があります。
 個別の写真や動画では気にならないけど、同じ画面に収まると、その優劣が歴然とする。そういった際に、劣った方は恥ずかしい状態になります。このようなシチュエーションを、公開処刑と言うのです」

 僕は、モデル風のポーズを取ったあと、足を曲げて身長の低い芸能人の真似をする。楓先輩は、なるほどという顔をした。

「こんな感じで、ネットの公開処刑は、公の場所で容姿の差が歴然としている場合に、用いられる言葉です」

 僕は、公開処刑の説明を終えた。完璧だ。楓先輩に、自分の身長の低さを気付かせず、義務をまっとうした。これで課題はクリアだ。僕は胸をなで下ろす。

「話は終わったのか?」

 鷹子さんが、いらついたようにして尋ねてきた。

「ええ、終わりました」

 僕が答えると鷹子さんは立ち上がり、横を通り過ぎようとした。

「そういえば、サカキくんと鷹子って、鷹子の方が背が高いのね」
「えっ?」

 楓先輩の台詞を聞いて、僕は鷹子さんに顔を向ける。本当だ。普段、あまり考えていなかったけど、鷹子さんの方が僕よりも身長がある。

「こういうのも、公開処刑なの?」
「そうですね」

「これはサカキくんが、公開処刑されたことになるのよね」
「はい。そうなります」

「私も背が低いから、鷹子と並ぶと公開処刑になりそうね」
「ええ、まあ、そうなるかもしれません」

 僕は、楓先輩が落ち込まないかと心配しながら、表情を窺う。しかし、あまり気にしていない様子だ。鷹子さんは、女子中学生とは思えない身長だ。だから、そもそも比較対象として適切でないと、思っているのかもしれない。

 ほっ、よかった。僕は安心する。僕が緊張を解いて、にこにこしていると、楓先輩が、鷹子さんに顔を向けて、声をかけた。

「ねえ、鷹子。この前、満子と私と鷹子の三人で、私服を買いに行ったでしょう。あの時の鷹子の状態も、公開処刑になるのかな?」

 僕は、楓先輩の台詞を聞いて、鷹子さんの顔を見る。鷹子さんは、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。
 うん? 鷹子さんが公開処刑された? 僕は鷹子さんに顔を近付け、それがどういう時なのか聞き出そうとする。

「あの、鷹子さんが、恥ずかしい時って、どういう時なんですか? 後学のために教えてください」
「き、聞くな」

「いいじゃないですか。気になりますよ」
「くっ、話したくない」

 鷹子さんは、懸命に目を逸らして、僕の追及から逃れようとする。僕は、鷹子さんの横暴にいつも苦しめられている。これは弱みを握るチャンスだと思い、策謀を巡らせる。

「仕方がありません。鷹子さんが話さないなら、別の人に聞きます。楓先輩! その時のことを、聞かせてくださ~~~い」

 僕は嬉々として、楓先輩のもとに向かう。楓先輩は、鷹子さんの狼狽に、まったく気付かない様子で語り始めた。

「鷹子が、他の中学生に混じって、ふりふりのレースの付いた服を試着してみたの。でも、身長が高すぎるせいで、つんつるてんで。それに大人っぽいスタイルだから、可愛らしい洋服が似合わなくて」
「なるほど! 他の中学生と並ぶと、公開処刑状態になったのですね!!」

「うん」
「いやあ、その時の状況を、見たかったですよ!」

 僕は笑顔で言った。

「ほう。そんなに、人の恥ずかしい姿を見たいか? 人を呪わば穴二つ。サカキ、てめえ、いい度胸しているな!!」

 僕は、鷹子さんに襟首をつかまれ、持ち上げられた。
 ぐっ。しまった。調子に乗りすぎた。確かに、人の恥ずかしい話で喜ぶのは、よくないことだ。だから、今回は、鷹子さんに攻撃をされても仕方がない。

 うえっ、ぐえっ、死ぬ! ちょっと待った!! 死ぬレベルの悪さはしていないですよ! ぐっ、ぐぐっ、ぐえっ~~~~~!!!!

 僕は顔を青くして、口から泡を吐き、びくんびくんと体を震えさせる。これは、部室内公開処刑? このままでは、本当の意味で処刑されてしまう。何とかして言い訳をしなければならない。でも、息ができないから、しゃべることができない。駄目だ。このまでは、殺されてしまう。宇宙の 法則が 乱れる!

 目の前が真っ暗になった。その闇の先に、光が見える。ああ、これは天国か地獄か。闇の中にわずかに見える光の場所には、天使の姿をした楓先輩の姿が見えた。オー、マイ、エンジェル!

 げほっ、げほっ、げほっ、げほっ。
 僕は咳き込んで目を覚ました。僕は死から復活した。

「大丈夫、サカキくん?」

 楓先輩が、僕を覗き込み、肩をゆらしている。どうやら僕は、床に横になっていたようだ。

「だ、大丈夫です。鷹子さんは?」
「サカキくんを締め上げたあと、喧嘩の予定があると言って、出ていったよ」
「そうですか」

 僕はほっとする。それと同時に、一つの考えが頭に下りてきた。

「楓先輩。もしかして、その買い物の時の写真って、ありませんか?」
「えっ? 確か満子が、スマートフォンで撮っていたと思うけど」

 今は鷹子さんがいない。チャンス! チャンス! チャンス! 今のうちに、鷹子さんの写真を入手しよう。

「満子部長! スマホの写真を見せてください!」

 僕は、嬉々として声を出し、満子部長に、鷹子さんの、ふりふりの服の写真を見せてもらう。

「ほうっ、確かにこれはすごい! 驚くべき似合ってなさだ」
「サ~カ~キ~」

 僕は、背後に殺気を感じて、慌てて振り向く。部室の入り口には、喧嘩を終え、拳を血で濡らした鷹子さんが立っていた。
 えっ、喧嘩に行ったのではないのですか? いったい、どれだけ短時間で、喧嘩を終えて戻ってきたのですか。そこまで考えたあと、僕は重大な事実に気付く。

「あ、あの、楓先輩。僕はどのぐらいの時間、気絶していたのでしょうか?」
「三十分ぐらいだよ」

 そ、そんなに? 二、三分だと思っていた。鷹子さんは、すぐには戻ってこないと思っていた。僕は絶望とともに、顔を真っ青にする。

「処刑だ!!!!!!」

 僕は、鷹子さんの連撃を食らい、ひき肉状態にされた。そこには、紅の血の海ができた。まさに紅海処刑といった状態になった。

 それから三日ほど、僕は鷹子さんに何度も殴られた。どうやら鷹子さんは、僕の頭を殴って記憶を消すことを目論んでいるらしい。うぇ~~~ん! 三日後、僕は鷹子さんの恥ずかしい姿を、記憶から消した。それ以外にも、いくつかの記憶が飛んだ気がするのだけど、思い出せなかった。