雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第39話「竜神教団 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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◇凪野弥生◇

 最上階の教祖の部屋から、地下へと通じる昇降機。その縦穴を抜けた先には、秘密の部屋がある。地下雨水貯留施設として建設された空間。その場所を封鎖して作った、巨大な地下施設である。
 昇降機を利用して、地面よりも奥深くに到達する。降りた先の扉に、掌をかざして、静脈認証をおこなう。扉が開き、地下神殿と呼んでいる、巨大な空間が現れる。その場所には、信者の中でも選り抜きの者たちがいて、暮らしている。そして、昼夜を問わず誰かが活動している。

 私は、神殿を見渡す。広い空間に、ベッドや机がまばらに並んでいる。その周囲には、棚や照明が置かれ、生活空間を作っている。それぞれの場所には、寝ている者や、仕事をしている者がいる。どことなく、廃墟の中に作られた、野戦病院のような趣があった。
 一人の法衣の男が、近付いてきて挨拶をした。この場所の管理を任せている男だ。信者の間では、神殿長と呼ばれている。私は神殿長に、記録書は起きているかと尋ねた。

「はい。弥生様に報告をしたがっています」

 私は頷き、コンクリートの上を歩いていく。数名の生活場所を通過する。そして、一つのベッドの前で立ち止まった。そこには、上半身を起こした、細身の美少年がいた。
 少年の年齢は十五歳。生まれた時から病院で暮らし、人の死を日常的に見てきた。その記録をノートに書き連ねていた習慣が、霊珠の能力として結実した。彼は、手を触れたことのある人間の動向を、霊のノートに浮かび上がらせることができる。記録書という呼び名は、その特異な力から命名した。

「弥生様。針丸姉妹が亡くなりました」

 記録書は、沈痛な面持ちで言う。私は頷き、ベッドに近寄り、記録書の手元を見た。揺らめくようにして、霊のノートに文字が浮き出ている。
 波刈神社で偽剣を解放して、武者と融合した七人の同志の一人を蘇らせた。そののち針丸姉妹は死んだ。
 偽剣の解放は、よくやったと言いたい。しかし、できれば回収まで果たしてくれればよかった。だが、彼女たちの実力では、高望みというところだろう。針丸姉妹は、派遣した探索人の中で、最も弱い者たちだった。霊珠による能力の強さではなく、物事を成し遂げるという力の強さ。そういった、人間としての総合力で、彼女たちは劣っていた。

「偽剣の場所は特定できましたか?」

 記録書に尋ねる。

「はい。播磨一花が、波刈神社の拝殿の中ほどに、秘密の抜け穴を発見しました」
「本殿ではなく、拝殿ですか」

 なるほど、そこに幻の壁でも作り、周囲の目をくらませていたのだろう。私は、記録書の肩に手を置く。記録書は、悲しそうに顔を動かして、私を見上げた。

「弥生様」

 その声に、私は頷く。

「人の死を知るのは、辛かったでしょう。今日は、もう眠りなさい」
「はい」

 記録書はベッドに横たわり、目を閉じた。彼が寝息を立て始めたのを確認して、ベッドを離れた。

 神殿長とともに、奥へと進む。目的の場所にたどり着くまでの間、私は、自分が霊珠の能力を獲得した時のことを追想する。
 大学を卒業した私は、教職免許を取り、八布里島に戻った。私が獲得した奨学金には、そういった条件が含まれていたからだ。
 教授には惜しまれた。しかし、これも人生だと思った。私は御崎高校の教師となり、かつて通っていた高校に行き、古い友人と再会した。八布里島に、友と呼べる人間は、ほとんどいなかった。その数少ない友人である佐々波珊瑚は、大学を卒業して、数学教師になっていた。

 桜が散り、葉桜の季節を過ぎ、島は夏の賑わいを見せ始めた。
 末代と呼ばれる、龍之宮玲子が校長を数度訪問し、私と佐々波さんが校長室に呼ばれた。この島を霊的に守ってきた竜神神社。その血統が絶えようとしている。島の守護を学校に移管し、その任に、島出身の若手二人を就けたい。佐々波さんは、末代とすでに知り合いだった。そのこともあり、強い意欲を示して提案を受け入れた。

 皮肉なものだ。私は、心の中でそう思った。少女時代、島は私に何をしてくれただろう。蔑みの目。嘲りの目。私はその視線にさらされながら、心を殺して生きてきた。その島を守る役を、担えというのか。普段、感情を表さない私だが、思わず失笑しそうになった。
 島を守護する者には、試験があるという。霊珠という霊的な道具を使い、その内なる力を引き出せる者のみが、任に就けるという。試すだけならよいだろう。私は手をかざして、意識を集中した。

 心は過去へと旅して、一つの景色にたどり着いた。
 私は、押し入れに押し込まれていた。母の許に男が来る時、私は闇の中に封印された。戸の向こうでは、音が聞こえ、声がする。母の息遣いが、男の卑猥な言葉とともに、耳に流れ込んでくる。闇の中、私は耳を塞いだ。呼吸を止め、香水と汗の臭いを嗅がないようにした。唇を噛む痛みを、心から押し出した。口ににじむ鉄の味を、消し去ろうとした。
 私は、闇という繭の中で、時が過ぎるのを待った。

 目を開き、霊珠を視界に確認した時、私の手には闇球が宿っていた。私の心の原風景は、闇だったのだと理解した。
 そして、偽剣の話を聞いた。過去の歴史を教わった。それらの知識は、この島の守護者として、当然授けられるものだった。その全貌を知りゆくにつれ、私は一つの計画を、心の中で育て始めた。

 一年後に島を出た。かつて刑務所で出会った者たちに声をかけた。たちまち組織ができて、それぞれの分野の専門家が、私のために動き始めた。その中の七人に、私は計画を明かした。最初の八布里島襲撃作戦だ。彼らは犠牲を快諾した。そして設立された教団に、籍を置かないことにした。失敗した時に、累が及ぶことを避けるためである。
 そして彼ら七人は、私のために命を賭して戦った。

 地下神殿の最奥へと歩いていく。その途中、左右にガラスの檻が並ぶ場所を通る。透明な檻の中には、信者の即身仏が入っている。彼らは理想のために、自分の命と魂を捧げた者たちだ。
 その死者の通路を抜け、金属製の巨大な檻の前に、私はたどり着く。檻の中には、島を出る際に持ち出した偽剣がある。そして、象ほどの大きさで、狼のような姿をした、一匹の獣がまどろんでいる。

 視線を檻の端に向ける。そこには、子供用のベッドがある。寝台の上には、幼児のような身長の少年が、横たわっている。顔は十二歳のものだ。背が低いのは、手足がないからだ。そのため、小さなベッドに体が収まっている。彼は、犬に襲われて、手足を失った。その時の鮮烈な記憶が、檻の中の巨大な霊獣を生み出した。

「順調ですか?」

 私は、少年に声をかける。

「ええ、弥生様。身を捧げた信者たちの、霊体を食べて、獣は成長しています」

 獣使い、と私たちが呼ぶ少年が、答えた。
 獣が起き上がり、檻の柵に前足をかける。檻がきしみ、金属と爪がすれ合う音が響いた。

「針丸姉妹が亡くなりました。彼女たちは、偽剣の位置を特定しました」
「役目を果たしたのですね」
「そうです」
「僕も、自らの仕事をまっとうします」

 私は、黙して頷いた。戦いの均衡は破れつつある。天秤は、私の方に傾きつつある。そろそろ二度目の侵攻を、開始しなければならない。そのための手駒は、この数年で揃えた。
 私は、高校時代を思い出す。佐々波さんは私に近付き、様々な問題を出した。時にはともに、盤上の遊戯も楽しんだ。彼女と再び一戦を交える。大人になってから二度目だ。五年前とは、結果は変わるだろう。
 かつて、彼女とは友だった。今は敵である。人生は皮肉なものだ。私は心の中の唇に、薄い笑みを浮かべる。

 獣使いをねぎらい、死体の列の間を歩く。私は、背後の霊獣の姿を一瞥して、昇降機に向かった。