雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第38話「竜神教団 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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「弥生様。記録書からの伝言です。針丸姉妹の両名が死んだそうです」

 竜神教団の本部ビル。その最上階で寝ていた私に、一本の内線電話が入ってきた。私はベッドの上に座り、その報告を聞く。
 最も能力が低かった探索人が、最初に命を失った。順当な結果だと、私は思った。
 播磨一花に、播磨二葉。二人は、ある意味、私と同じ境遇の少女たちだった。子供にとって害悪にしかならない親の許で育ち、そこから離れて、自らの人生を模索していた。

 私自身も、そういった生い立ちだった。私はこの教団に、自分と似た人間を集めているのかもしれない。孤立し、自立した人間。そして犯罪者。
 私は、針丸姉妹のことを追想する。姉妹。播磨一花と二葉は、一歳違いの姉と妹だった。私にも、かつて一歳違いの妹がいた。彼女は、私が小学六年生の時に、父の虐待で亡くなった。

 私の家庭はひどいものだった。収入は、母が何人かの男の妾になることで得ていた。父は、その紐でしかなかった。子供は、私と妹の二人。父は、自分の妻を寝取られる鬱憤を晴らすために、子供に暴力を振るった。私と妹は、拳や蹴りを浴びながら、日々を過ごしていた。
 妹が死んだ時、母は、不運だったと言い、涙を流した。父は、面倒臭そうに葬儀をおこなった。そういった二人を見て、父と母は同罪だと、私は思った。

 妹が命を落として以降、私は変わった。現状を変えるための行動を、起こす必要があると考え始めた。そして、その準備を進めた。
 中学に上がり、私は制服の袖に手を通した。顔は、徐々に母に似て、女のそれになってきた。私の顔は美しかった。意志薄弱な母の面差しに似て、男を引き付けるものだった。私はそのことを嫌悪し、苦々しく思った。

 ある日の午後、私は帰宅の途に就いた。私の家は、竹の生い茂る林の中にある。それは、母の旦那の一人が、買い与えたものだ。人目を忍んで、訪れるのに都合のよい場所。私の生活は、住む場所からして、そういった条件に縛られていた。
 玄関の扉を開け、廊下を歩いて、奥の部屋に向かった。居間には父がいて、酒を飲んでいた。やることもなく、世間に対する不満と憎悪を募らせて、くすぶっている。人間のクズめ。そう思いながら、自室に入り、着替えを始めた。

 気配に気付いたのは、白い肌を顕わにして、部屋着を手に取った時だった。扉の場所に、赤ら顔の父が立っていた。その表情を見て、私は服を身に寄せた。父はうっすらと微笑んでいた。

「何だよ、女がいるじゃねえか」

 その台詞を聞いた瞬間、鳥肌が立ち、全身が震えた。私は父を突き飛ばして、部屋を出た。背後では怒声が聞こえた。そのまま靴を履き、外に出た。竹林の間を駆けて、繁みの中で、恐る恐る服を着た。
 その夜、食卓を囲み、親子三人で食事を取った。母はいつものように、儚げな表情をしており、父はぎらついた目で、笑みを浮かべていた。父は、私の体をなでるようにして見ていた。
 食事を終えたあと、私は自室の扉を、本棚と机で塞いで睡眠を取った。夜の間に、何度か扉を動かそうとする音が聞こえて、目を覚ました。

 翌日、起床した私は、木製のフレームに収めた妹の写真を見た。彼女は殺され、父は生きている。私が取るべき行動は、明らかなように思えた。すでに計画は練っていた。そのための準備も、少しずつではあるが、進めていた。妹が死んだ日から練り始めた計画を、実行する日が来たのだと私は知った。
 朝食のあと、私は父の耳に囁いた。家の中ではいやだから、外に行きましょう。場所は、私が案内します。父は下卑た顔で頷いた。私の言葉を、疑いもせず信用した。

 玄関で、母の靴を履いた。父は、そのことに気付かず、私のあとをたどって来る。このあとの情事を期待して、注意を怠っている。そのことを私は、十二分に利用させてもらおうと思った。
 竹林の中を、ゆるやかに曲がる小道を歩いていく。細い隙間に道を折れた。父は私に付いてくる。土を踏み、林を奥へと進んでいく。
 崖の近くまできた。私は、足を置く場所を確かめながら、歩を重ねる。こらえ切れないように、父が私に迫ってきた。予想の範囲内だ。私は、目印の石をたどりながら遠ざかる。

 追おうとした父の足が、ぬかるみに取られて滑った。周囲には、捕まるべき竹も木もない。雪山を滑走するように、泥にまみれた父が、崖に吸い込まれていく。
 わずかな驚きの声のあと、地面に激突する音が聞こえた。高さは事前に測っている。人が死ぬのには充分だ。私は、竹林の小道に戻り、家に戻って靴を脱いだ。

 父の死が判明するまで数日かかった。母の旦那の中には、警察の有力者もいた。そのため、母の足跡は握り潰された。男は、事件の真相を調べることで、自分に累が及ぶことを恐れたのだ。すべては、私の計画通りだった。私は父の葬式に出て、再び学校に通い始めた――。

 追憶を、そっと胸にしまった私は、ベッドから立ち上がり、内線電話の受話器を取った。

「今から、地下に行きます」

 抑揚を欠いた声で語りかける。

 私は、自分の感情を押し殺している。私は孤立し、自立している。私は、犯罪者である。父をこの手で殺した人間である。私は自分の意志で、自らの居場所を勝ち取った。すべての孤立した個人に、立つべき場所を。楽園を――。
 私は、教団の制服である黒の法衣を着る。そして首に、霊珠の首飾りをかけた。竜神教団の、教祖の装いである。私はその姿で、部屋の隅にある昇降機に向かった。