読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第175話 挿話42「生徒会選挙と氷室瑠璃子ちゃん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、強気な者たちが集まっている。そして日々、高圧的な性格に磨きをかけている。
 かくいう僕も、そういった強い心を持つ系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、強者な心の面々の文芸部にも、ほんわかした心の人が一人だけいます。百獣の王ライオンの群れに紛れ込んだ、ミーアキャット。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、横暴な満子部長のせいで、大変なことになっていた。生徒会選挙に、二年生全員が無理やり立候補させられたのである。えー、あのー、マジですか? マジなようです。そういったわけで、生徒会選挙の当日。票は割れに割れ、演劇部のマリーと、文芸部の鈴村くんで、決選投票がおこなわれることになったのである。

 最初の投票がおこなわれた日の放課後。僕たちは部室に戻り、作戦会議をおこなった。決選投票は、三日後の放課後。それまで選挙活動は延長である。僕たちは、決選投票に臨む鈴村くんと、選挙参謀の瑠璃子ちゃんを中心にして、椅子を寄せ合っている。

 瑠璃子ちゃんは、氷室という名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。
 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「勉強しないのは、脳に問題があるからですか」とか、「運動をしないのは、健康を維持するための仕組みを理解できないからですか」とか、「間抜けな顔をしているのは、なぜですか」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。
 僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。

 そんな瑠璃子ちゃんは、今日は珍しく意気消沈していた。睦月を決選投票に進ませるという作戦が、まったく機能しなかった。そして、睦月に書いた演説の原稿も、票を伸ばす役に立たなかった。
 これまでずっと、テストの成績で一番を取り続けてきた瑠璃子ちゃんにとっては、初めての大きな敗北といったところだろう。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。このあとの計画は?」

 しょんぼりとしている瑠璃子ちゃんに、僕は声をかける。瑠璃子ちゃんは、思い出したように顔を上げて、僕の質問に答える。

「現生徒会の息のかかった、マリー先輩の票は、四十八パーセントでした。
 鈴村先輩の票は、三十パーセントでした。ここに、アンチ生徒会である睦月先輩の票、十五パーセントが加わるはずです」

「三十足す十五か。難しい計算だね。電卓を使うべきかな?」
「四十五です。それぐらい、暗算してください」

「四十八と四十五か、鈴村くんと睦月の票を足しても、まだマリーに勝てないね」
「はい。ここでキャスティングボートを握るのが、サカキ先輩が獲得していた七パーセントの票です。平たくいえば、完全なる浮動票です。サカキ先輩が敗北した今、特に投票したい場所がない人たちになります。この七パーセントのうち、六パーセントを取れば、鈴村先輩の勝ちになります」

「だいぶ難しくない?」
「ええ。サカキ先輩が強力なカリスマを持っていれば別ですが、ただの雑魚ですし。票を動かすのには、役に立ちませんから」

 意気消沈していても、毒舌は相変わらずらしい。

「勝つための作戦は二つです。一つは、サカキ先輩の支持者に、鈴村先輩に投票してもらうように訴えること。もう一つは、マリー先輩の票を切り崩すことです」

 瑠璃子ちゃんは、これから打つべき手を告げていく。僕は、自分の支持者に、鈴村くんへの投票を呼びかける役になった。瑠璃子ちゃん自身は、一年生の教室を回り、同級生に訴えるということに決まる。
 僕たちは、残り数日の選挙戦を戦い抜くために、文芸部の部室を出発した。

 運動場の向こうのバラックや、校舎裏などを回り、僕に投票を表明してくれた面々に、鈴村くんへの投票を訴える。
 それにしても僕の支持者は、みんな学校の隅の方ばかりにいる。それは、僕自身が、社会の端の方で生きる人間だからなのだろう。一時間ほど様々な場所を回り、今日のノルマが終わったあと、僕は校舎内に入った。

 廊下の先から、マリーが歩いてきた。同じ学年とはいえ、面識はほとんどない。小学校は違う。中学校になってからも、同じクラスになったことはない。部活も演劇部と文芸部なので、接点はない。
 この選挙戦の間、ずっと演劇部員に囲まれていたマリーだが、今は一人だった。おそらく、僕たちと同じように、各部員がばらばらになって、票をかき集めているのだろう。

「あら、文芸部のサカキくんじゃない」
「ああ、マリー。そっちも選挙活動?」

 僕は、自分自身は落選した気安さから、気軽に声をかけた。
 マリーの外見的特徴といえば、三白眼なことぐらいだ。文芸部で美少女を見慣れている僕には、少し物足りない外見に見える。でも、自信に溢れ、豊かな表現力で語りかける様子は、姿形とは違う魅力があるのだと感じさせてくれる。

 敵として、何か苦情の一つでも言われるかなと思っていたけど、特にそういった様子はない。近くまできたマリーは、僕の前で立ち止まった。

「文芸部の面々は、さぞ演劇部のことが嫌いでしょうね」
「えっ、別にそんなことないよ」

 僕は、不思議に思いながら声を返す。

「うちの花見沢部長が、文芸部を目の敵にしているでしょう。文芸部というか、部長の城ヶ崎さんを」
「ああ、まあ、そうだね。でも、うちの満子部長は、そんなこと気にせず、楽しんでいるみたいだよ。満子部長は、そういうのもひっくるめて、面白がる人だから」
「ふーん。そうなの。あなた自身はどうなの?」

 マリーは、興味を持ったように尋ねてくる。

「まあ、別にいいんじゃないの? 文芸部が潰されたら困るけど。そうなっているわけでもないしね」
「部活動を楽しんでいるというわけ?」
「そうだね」

「勝ち負けとか関係なく?」
「まあね。文芸部の面々の主張は、睦月の演説と同じだよ。勝ち負けには、こだわっていないからね」

 僕は、思いがけないマリーとの会話を楽しむ。僕の言葉を聞き、マリーは少し真面目な顔をして、僕を見た。

「でも、勝ち負けの真剣勝負をした先に、見えることもあるわよ。私は、演劇部に入って、物事に本気で取り組む楽しさを知ったわ。勝ち負けにこだわらなかったら、見えなかったことよ。
 私は、自分が見た世界や、その楽しさを、他の人にも伝えたいの。そのためには勝敗を重視した部活動にしていきたい。

 私は、立候補者である以前に、一人の表現者のつもりよ。だから、自分が伝えたい世界を、様々な方法で表現したい。その一つが、演劇であり、選挙活動であり、生徒会活動だと思っている。

 みんなが一致団結して、何かをおこなう。それは本当に素晴らしいことよ。勝ち負けは結果でしかない。でも、そこを目指さなければ、つかめないことがある。私が主張している『強い花園中』は、本当は『真剣な花園中』よ。
 何かをするということは、参加することではない。そこで真剣になることじゃない? 少なくとも私は、そう思っているわ」

 僕は、マリーの言葉を聞いて考える。マリーの言葉は正しいと思う。物事に真正面から取り組まなければ、得られない何かがある。
 僕自身も、その体験をしている。春先に、文芸部存続の危機があった。その時に、成果を出すために文章を書いた。その結果、大きな成果は得られなかったが、僕は何かを感じた。ただの敗北ではなく、意味のある敗北を経験できた。
 マリーは、僕の顔を見て、笑みを浮かべる。

「まあ、一つの意見よね。学校の半分以上の人は、私の意見に賛同しなかったわけだし。私の意見は、たくさんある意見の、一つにしかすぎないわ。
 サカキくん。あなたの演説や、鈴村くんの演説を聴いてね、文芸部には文芸部の文化があるのだと感じたわ。そういった、いろんな意見も聞いて、学校をよくしていきたものね」

 マリーは、後ろ手に、手をひらひらと振って去っていった。どうやら、マリー自身、今回の選挙で、いろいろと感じることがあったようだ。

 夜になった。この日は遅くなったということで、僕が瑠璃子ちゃんを送っていくことになった。瑠璃子ちゃんは、学生服を着ているとはいえ、ぱっと見は、小学生にしか見えない。暗がりを一人で帰すわけにはいかない。
 空はすでに暗くなっている。僕と瑠璃子ちゃんは、並んで夜道を歩く。

「投票は、三日後だね。どうなるかな?」

 瑠璃子ちゃんは、疲れているのか、くたびれた様子になっている。しばらく黙っていると、瑠璃子ちゃんが声を返してきた。

「世の中、上手くいかないものですね」
「そんなものじゃない? 僕は、上手くいったらラッキーぐらいに思っているよ。だいたい何をやっても、九割ぐらいは失敗するものだからね」

「まあ、サカキ先輩なら、そうかもしれませんね」
「相変わらずの毒舌だね」

 僕は、苦笑しながら言う。

「何が間違っていたんでしょうかね」
「うーん」

 瑠璃子ちゃんの言葉を聞いて、僕は腕組みをしながら考える。そして、自分なりの答えを告げる。

「テストの答えとは違うからね。人を説得したり、納得させたりするのは、論理だけでは駄目だからね。話し方や伝え方、その筋道や、共感のさせ方。そういったものが必要だと思うよ。人は、テストの答えを見たからといって、心を動かされるわけではないからね。

 僕の得意分野の話をするね。
 エッチな話になるけど、男性は女性の裸を見ただけで、激しく興奮するわけではない。そこに物語があったり、それまでの積み重ねがあったりした場合に、より強く興奮する。今回の件も、それと同じじゃないかな」

「はあっ。サカキ先輩は、そんな、たとえ話を出すから、楓先輩にエッチだと、毎日のように言われるんですよ」
「うっ。まあ、たとえが悪かったね……」

 僕は頭をかきながら、瑠璃子ちゃんの横を歩く。瑠璃子ちゃんは、ため息を吐いたあと、声をこぼした。

「人の心を動かす、ですか」
「うん。小説や詩のようにね。音楽や演劇でも構わないよ。人は、そういったものを通して、太古の昔から感情を表現して、他人と心を共有してきたわけだから。瑠璃子ちゃんも、そういったものに、少しは興味を持ったらどうだい?」

 瑠璃子ちゃんは、こくりと頷く。今日は素直だな。横でしょんぼりしている瑠璃子ちゃんを見ながら、僕はそう思った。
 そのまま二人で並んで歩き、僕たちは家への道をたどった。

 三日が経ち、放課後になった。いよいよ決選投票である。今回は、演説はない。投票だけだ。放課後に、全校生徒が体育館に集まり、再び投票が始まった。
 僕たちは、クラスの列の中で、自分たちの投票の番を待つ。投票が終わったあとは元の場所に戻り、集計の結果が出るまで時間をつぶす。

 やれることはやった。勝つために努力した。その結果の勝敗だ。勝っても負けても納得がいく。
 僕はそう考えたあと、それはマリーが語っていた言葉に、似ていることに気付く。本気で何かをやったあとでしか、つかめないものがある。
 おそらく、勝つための努力を絶えず続けている演劇部は、僕が見たことのない世界を見て、僕の知らない境地に達しているのだろう。マリーは、その世界を、みんなに見せたいと語っていた。

 結果の発表が始まった。マリーの得票数と鈴村くんの得票数の差は、ほとんどなかった。マリーが全体の五十一パーセント、鈴村くんが四十九パーセントだった。演劇部の部長の花見沢さんは、満子部長に勝利宣言をして、溜飲を下げていた。満子部長は、心の底から悔しそうにしていた。
 選挙戦は終わった。そして、文芸部での打ち上げになった。

「鈴村くん、惜しかったね」
「うん。でも僕は、生徒会長という柄ではなかったしね」

選挙参謀の瑠璃子ちゃんは、残念だったね」
「ええ、今回はあらゆる意味で、完敗でした」

 僕たちは、ジュースで乾杯をして、二時間ほど騒いだあと、解散ということにした。
 その日は遅くなったので、再び僕が、瑠璃子ちゃんを家まで送ることになった。瑠璃子ちゃんは、前回一緒に帰宅した時とは違い、落ち込んでいない様子だった。

「もっと落胆しているかと思っていたけど、そうではないみたいだね」

 僕は、並んで歩く瑠璃子ちゃんに、声をかける。

「ええ。自分の欠点が分かりましたので、その改善をどうするかを、今は考えていますので」
「どういうこと?」

「負けっぱなしでは悔しいですからね。来年も誰かの選挙参謀になって、今度こそは当選を勝ち取りたいです」
「自分が出るんじゃないの?」

 僕の質問に、瑠璃子ちゃんは目をぱちくりとさせる。

「私は、生徒会長になりたいわけではないですしね。文芸部の二年の先輩方も、誰も本気で生徒会長になりたいと思っていませんでしたよね? そういう意味では、会長はマリー先輩でよかったのではないですか」
「ははっ。そうかもしれないね」

 僕が答えると、瑠璃子ちゃんは、空を見上げてつぶやいた。

「サカキ先輩」
「何、瑠璃子ちゃん?」

「文章の書き方を、教えてもらっていいですか?」
「えっ。どういう風の吹き回しなの?」

 僕は、瑠璃子ちゃんの言葉に、驚きながら尋ねる。

「今回の選挙で私は、人の心に訴えかける、演説の原稿を書けませんでした。そして、立候補者をアピールする、魅力的なストーリーを作れませんでした。
 他人の心なんかどうでもいい。私には、そういった部分があったんですよね。それがよく分かりました。他人を動かすには、その心を動かさないといけない。それを知ったのは大きな収穫でした」

 瑠璃子ちゃんは、空を見ていた目を、僕に向けた。

「サカキ先輩は、部活の裏で文章を書いて、他人の心を動かしているんですよね?」
「えっ? ゲフン、ゲフン。どういうことかな?」

「満子部長に命じられて、小説を書いて、別名義で販売しているんですよね。把握していますよ」
「そ、そんなことはないよ」

 僕は、しどろもどろになって答える。

「文芸部の部室を見れば分かりますよ。部費以上の買い物をしていますからね。何らかの方法でお金を得ていることは、いやでも気付きます」

 僕は、目をきょろきょろとさせる。

「まあ、小説の内容は、満子部長が教えてくれないので知りませんが」

 ほっ。どうやら、エロ小説を書いていることまでは、ばれていないようだ。
 瑠璃子ちゃんは、しばらく無言で歩いたあと、僕の顔を見ながら声を出す。

「次は、もっとよい演説の台本と、選挙のシナリオを書きたいですからね。サカキ先輩は、その分野では、私の先達なわけですし。教えを乞おうかと思ったわけです」

 瑠璃子ちゃんは、僕に頼るのが不本意だといった言い方をする。僕はその様子を見て、表情をゆるめる。どうやら瑠璃子ちゃんは、照れているらしい。僕は、瑠璃子ちゃんの頭に手を載せ、ぽんぽんと叩く。

「うん。文芸部の先輩として、後輩に、文書のいろはを教えるよ」
「まあ、すぐに、私の方が上手くなると思いますが」
「そうかもしれないね」

 僕は微笑みながら、瑠璃子ちゃんの頭をくしゃくしゃとかき回した。瑠璃子ちゃんは、少しだけ嬉しそうな顔をした。
 その様子を見て、僕は思う。どうやら、満子部長の思惑通りになったらしい。文章に興味のない瑠璃子ちゃんの心を動かす。僕たちは、満子部長の書いたシナリオに、上手く載せられたようだ。

 瑠璃子ちゃんを家に送り届けたあと、僕は一人で家路をたどる。夜空の景色は、日々変わっている。夏の星座はなく、秋の星座も消えかかっている。
 生徒会選挙の熱が去り、中学二年の秋が終わろうとしている。次の季節は冬だ。二学期の終わりへと季節は動いていく。文芸部に先輩たちがいる日々も、あとわずかだ。僕の吐く息は、わずかに白かった。その息の白さを見ながら、僕は、残り時間の少なさを自覚した。

広告を非表示にする