雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第37話「竜神教団 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第6章 教団

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 シキを送り、アキラを商店街で下ろし、大道寺の家まで戻ってきた。母屋に明かりはない。今日は両親ともに帰宅していないようだ。俺は、離れの前で車を下り、今日の礼を執事に言った。

「坊ちゃん。本当に大丈夫ですか。非常に危険なことに、巻き込まれているようですが」
「心配ない。とは、さすがに言えないな。かなりまずいと思う」
「手を引かれては、いかがですか」
「そういうわけにはいかない。俺はあの部活に、残らなければならないと思っている」

 そう告げたあと、少し考えて、執事に目を向けた。

「今日、波刈神社に集まっていたのが、この件の関係者だ。あの中に、ずる賢い人間はいると思うか?」

 執事は無言で、俺の顔を見る。それぞれの人柄を検討しているのだろう。
 シキは、真っ直ぐな男だ。他人との騙し合いに向いた性格をしていない。アキラは、素直で正直な女だ。相手の裏を掻くようなことは、そもそも頭に浮かばないだろう。

 朱鷺村神流はどうだろうか。先の二人よりはましだ。しかし、情報戦に長けているとは思えない。今日も、敵の素性や行動を調べることまで、頭が回っていなかった。戦闘では強者かもしれないが、戦略レベルの戦いで、勝ち残ることは難しい。
 ユキコ・アイゼンハワーに関しては分からない。常に部長の陰に隠れて、手の内をさらそうとしない。彼女については、どうも猫を被っているように思える。竜神部の中では、最も異分子に感じる。

 佐々波先生は、専門馬鹿のタイプだろう。特定の分野では突出した能力を持っていそうだが、その力を能動的に使って、状況を変えていける人間ではない。そういったことができるようなら、学生時代にもっと上手く立ち回れたはずだ。まあ、その件については、俺が他人のことを、とやかく言える立場ではないな、と自嘲する。

 いずれにしても、視点や考え方を柔軟に変えて、現状を改められそうな人間は、一人もいない。そして、誰かがその役を担わなければならない。俺ができるかは疑問だが、その必要性が分かっている分だけ、他の人間よりはましだろう。

 執事は、俺の表情を見て、沈痛な顔をした。

「坊ちゃん。調査結果は、クラウドに自動で上げています。今の外出の間にも、新しい情報が来ているかもしれません。身を守るためにも、可能な限り迅速に、情報を確かめて、活用するようにしてください」
「分かった。忠告は素直に聞き入れる」

 俺は執事を返して、離れの扉を抜けた。
 どっと疲労が押し寄せてきた。まずは、シャワーを浴びよう。俺は汗と汚れを流したあと、PCルームに移動する。現場から持ち帰った品々を机の上に並べて、確認を始める。

 有馬一花、有馬二葉という免許証がある。本物のようだ。しかし、偽の戸籍を作り、用意したものかもしれない。入手した情報を、鵜呑みにすることはできない。
 免許証を裏返すと、住所変更の記載があった。この島の山間部だ。人をやって、荷物を回収させよう。俺は執事にメールを書き、明日以降の作業として、指示を出しておく。

 その他の品物の中で目ぼしいのは、スマートフォンだ。指紋認証によるロック画面が設定されており、中を確認することができない。
 OSのバージョンを確認して、USBケーブルでパソコンに接続する。マウスを動かして、非正規のOS強制アップデートツールを起動する。パソコンのモニターを確認して、クラッキング用の改造OSを選択して、強制的に送り込む。それが終わったあと、スマートフォンの電源を切って、再起動を開始した。

 待ち時間の間に、クラウドのデータを確認しよう。凪野弥生についての調査レポートが、アップされていた。探偵会社による途中報告だ。ファイルを開いて、内容を確認する。
 この仕事は、首都圏の会社に発注した。そのため、凪野弥生が島にいた頃については、調査対象から除外している。大学時代と、島を離れてからの行動を中心に調べさせている。報告書には、凪野弥生の大学時代についての情報がまとまっていた。

 大学時代、凪野弥生は教育心理学科に在籍していた。そして、他学部、他学科履修の制度を利用して、中学校教諭、高等学校教諭の一種免許状を取得している。
 俺は、凪野弥生の情報を思い出す。高校時代から、成績優秀だったと、佐々波先生は言っていた。その凪野弥生にとって、通常の学生よりも多くの単位を取得することは、それほど難しいことではなかっただろう。

 彼女の有能さは、大学入学当初から知れ渡っていたらしい。彼女の大学では、研究室に入るのは、通常では四年生からである。それにも関わらず、一年生の頃から出入りが許され、教授に教えを受けていたそうだ。
 教授の名前は、坂下和徳という。教育心理学科に在籍しているが、専門は犯罪者の更生に関する研究だった。凪野弥生は、学部生であるにも関わらず、坂下の助手的な立場で仕事を手伝い、共同研究で論文を書くこともあったという。

 その坂下が昔から続けている活動に、刑務所に収監されている犯罪者との接見があった。凪野弥生は、一年生の頃から、その場に臨席していたという。彼女は、十八歳で入学した年から、大学を卒業するまでの四年間、数多くの囚人に会い、言葉を交わしたそうだ。
 そういった相手の中には、サイコパスサイコキラーと呼ばれる人間も、数多くいたという。その中の少なくない人間が、凪野弥生に心を許し、まるで母親や教師と接しているように相対した。そのことが、研究室では、今でも語り草になっているそうだ。

 凪野弥生は、高校時代までは孤立し、大学でも友人と呼べる相手がいなかった。しかし、なぜかそういった犯罪者には、信頼され、尊敬されるという、不思議な性質を持っていた。
 サイコパスサイコキラー。その単語に、俺は注目する。メーラーを起動して、探偵会社へのメールを書く。「警察は、すでに調べているかもしれないが」という言葉を添えて、凪野弥生が出会った犯罪者の中に、のちに八布里島の殺人鬼になった人間がいないか、調査するよう指示を送った。

 直感だが、何人かいるのではないかと思う。七人の殺人鬼は、竜神教団の関係者ではなかったと、佐々波先生は言っていた。それ以前の交友関係ではないか。いや、交友関係ではなく、師弟関係の可能性もある。人の師になるのに、年齢は関係ない。凪野弥生は、のちに宗教家になっている。二十歳そこそこの年齢でも、特定の人間を引き付ける何かを、持っていたのではないかと想像する。

 クラウドに上がっていた報告を閉じた。スマートフォンのOS強制アップデートは終わっていた。コマンドプロンプトを起動して、パソコンから、ルート権限で侵入する。ロック画面の設定を改竄して、直接ホーム画面に入れるように書き換える。
 USBケーブルの繋がったスマートフォンを手に取り、画面を表示する。俺は、アドレス帳を確かめた。情報は何も登録されていない。それならば、背後にいる人間と連絡するための、専用のアプリがあるはずだ。
 これまでの経緯を考えれば、針丸姉妹の背後にいるのは竜神教団で、凪野弥生だと想像が付く。俺は、インストールされているアプリを、確認していく。

 一つのアプリが見つかった。起動とともに、パスワードを求められる。パスワードは端末に記録されておらず、起動のたびに毎回入力する必要があるようだ。一般のアプリならば敬遠されるが、セキュリティを求められる特殊な用途ならば、許される仕様だ。よくあるパスワードをいくつか入力してみるが、突破できない。さすがに駄目か。
 俺はパソコンのキーボードを叩き、先ほどのアプリを、強制的にパソコンに転送する。デスクトップに保存したアプリから、仮想マシン用の中間コードを抜き出して、リバースエンジニアリングツールに送る。そして、人間が読めるデータを出して、テキストエディタで開いた。

 検索ダイアログを開き、文字列を検索してリスト表示する。このアプリがアクセスしているURLを入手した。Webブラウザを開き、アクセスしてみる。エラーメッセージが出た。有効なデータをポストしないと、情報は得られないようになっている。
 サイトのトップページを表示する。真っ白な画面だ。役立ちそうな情報はない。WHOISで、ドメインの所有者を調べる。東欧の事業者だ。どうせダミー会社だろう。IPアドレスを確認して、サーバーの所有者を調べる。ロシアのレンタルサーバー会社だ。
 サーバーの設定や、実行しているアプリに脆弱性がないか調べる。通り一遍の方法では、発見できない。

 レンタルサーバー会社の方に、穴はないか探す。なかなか固い。IPアドレスから、利用者を芋づる式に拾い、脆弱性を放置しているユーザーをリストアップする。そこを踏み台にして、ルートに潜り込める経路がないかと調査する。侵入できたが、利用者の情報は見つからない。
 針丸姉妹が利用していた連絡用サーバーの、プログラムをダウンロードする。Cで書かれている。リバースエンジニアリングツールで中身を見るが、連絡先を確認する方法はない。

 俺は少し考えて、レンタルサーバー会社のトップページを開く。利用料金の支払いがクレジットカードか確かめようとする。杜撰な会社ならば、クレジットカードの情報がサーバーに残っている。もし、そうならば、会員情報を抜き出せば、使用者の名義や住所など、有用な情報を得られる可能性が高い。

 トップページから、料金説明のページに飛び、苦い顔をした。支払い方法の中に、ビットコインがある。ネット上で使える仮想通貨だ。P2P経由で情報をやり取りできるために、匿名性が高い。もし、この方法を利用しているのならば、たとえサーバー内のデータを漁ったとしても、価値のある情報を得ることはできない。
 敵はこれだけの手間をかけているのだ。おそらくこのシステムを開発した人間は、ビットコインでの支払いを選択しているだろう。

 俺は、頭の後ろで指を組み、椅子の背にもたれかかる。こういった仕掛けを考える人間は、どういったプロフィールなのだろうかと想像する。情報技術を使いこなせる高学歴の人間。あるいは犯罪的なネット活用に慣れた人間ではないだろうか。
 おそらく、竜神教団に、そういった人間がいるのだろう。凪野弥生の人脈を考えれば、アンダーグラウンドに属する技術者が内部にいても、おかしくはない。だが、そういった推測は、想像の域を出ていない妄想でしかない。

「ともかく、情報を集める必要があるな。少しでも多く、そして詳細な情報を」

 あくびが出た。時計を見ると、四時近くになっていた。もう寝なければ。俺はパソコンをスリープ状態にして、PCルームをあとにした。