雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第36話「月下の死闘 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第5章 決闘

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◇森木貴士◇

 春の夜の海峡を泳ぎ、波刈神社の崖下までたどり着く。海の流れは速い。岩場に到達するまでに、かなりの体力を奪われた。
 岩場の一角には、針丸の妹の死体が転がっている。その姿を、苦い思いで見たあと、境内へと上がる階段を探した。崖の上に上がった時には、寒さのせいで膝が笑っていた。
 DBとアキラは、雪子先輩に介抱されて、意識を取り戻していた。朱鷺村先輩は、スマートフォンを持ち、誰かと話していた。

「死体が二つ出た。若い女で、島外の人間だ。人を回して処分するように」

 拝殿には、針丸の姉の死体も転がっている。実体化した騎槍で、俺が風穴を開けた。その後、朱鷺村先輩に両断されたものだ。俺は、死体の姿を思い出して、口元を押さえる。

「大丈夫だった!」

 女性の声が聞こえた。参道を駆ける、佐々波先生の姿が見えた。その後ろに、不安そうにあとを付いてくる、大道寺家の執事の田中さんもいた。傷付き、ぼろぼろになった俺たちの姿を見て、二人は驚く。そして、壊れた拝殿と、その中の死体を見て、息を呑んだ。

「他言は無用に。死体は朱鷺村で処分します」

 佐々波先生も田中さんも、無言で固まっている。朱鷺村先輩は、破壊された拝殿に入り、偽剣が隠されていた戸の奥に潜り込む。偽剣を再安置するのだろう。出てきた朱鷺村先輩は、日本刀を鞘に収めていた。その刀には、偽剣の青白い光は、もうなかった。

「佐々波先生。白墨をもう一度引いてください。末代の文字縛りの封印は、まだ残っています。『隠』の戸を閉めておけば大丈夫でしょう」
「分かったわ」

 佐々波先生は、ぎこちない様子で拝殿に向かう。朱鷺村先輩は、拝殿の死体から霊珠を回収する。さらに、崖下まで下り、霊珠を拾ってきた。朱鷺村先輩は、拝殿から出てきた佐々波先生にそれらを手渡す。俺は、そういった様子を、体を震えさせながら見ていた。

「森木さん。車から毛布を取って来ました」

 気付くと、執事の田中さんが、毛布を手に持ち、横に立っていた。俺は、自分の服に手をかける。女性が多い場所だが仕方がない。このままでは風邪を引いてしまう。上半身裸になり、ズボンを脱ぎ、毛布にくるまった。
 俺は、DBとアキラに目を向ける。二人とも、立つのが辛いのか、地べたに座っていた。俺は、二人の表情を窺う。アキラは疲れ切っている。DBは、考え事をしているのか、真剣な表情をしている。
 DBが立ち上がり、朱鷺村先輩に体を向けた。

「部長。あいつらは、スマートフォンなどの電子機器は、持っていましたか?」

 朱鷺村先輩は、首を傾げる。

「いや、確認しなかったが」
「じゃあ、俺が確かめます。あいつらが、誰かの指示を受けて動いていたのならば、何らかの連絡手段を持っていたはずです。それから、身分証などの住所が分かるものも回収します。この島に住んでいたのならば、その潜伏先に、何か情報があるはずですから」

 DBの言葉に、朱鷺村先輩は頷く。DBは、拝殿と崖下に行き、いくつかのものを回収してきた。

「部長。これらは、俺が持ち帰って調べます。こういうのは得意なんで」
「分かった。任せよう。あと、私の携帯電話の番号を教えておく。今日は、うちの家の電話番が、失礼なことをした。詫びを言っておく」
「俺の番号は?」

 朱鷺村先輩は、ポケットからメモ用紙を出す。

「もらっている。かける暇がなかったが、いずれ使うこともあるだろう」

 やり取りが終わったあと、朱鷺村の人間が来るのを待ち、俺たちは引き上げることになった。
 俺とアキラは、大道寺家のベンツで送られることになった。アキラの自転車は、後部のトランクに放り込んだ。佐々波先生は、自分の車で引き上げると言った。朱鷺村先輩と雪子先輩は、すべてを見届けるまで残ると話した。

 俺は、DBとアキラと車に乗り込み、波刈神社を離れる。石造の大鳥居をくぐり、海岸沿いの道路まで出た。
 俺は、今晩起きたことが、信じられなかった。部活動の一日目、俺は島を守るということに興奮していた。しかし今日の戦いは、紛れもない殺し合いだった。そして、一歩間違っていれば、死体になっていたのは俺の方だった。

「なあ、シキ」

 DBが声をかけてきた。

「何だ?」
「竜神部は続けるのか?」

 その質問は、重い意味を持っていた。命を落とすかもしれないが、戦うのか? 俺は、胸のお守り袋を服の上から触る。そこには霊珠が入っている。母さんと姉さんの写真が入っている。母さんと姉さんは、逃げ出さなかった。そして、母さんは死に、姉さんは姿を消した。
 姉さんは、今どこにいるのだろう? 俺は、今日の戦いの最中、拝殿で姉さんの声を耳にしたことを思い出す。三つの戸のうち、真ん中の戸に向かうようにと言われた。姉さんは、今どこにいるか分からない。しかし、どこかで俺のことを見守っているのではないか。俺は、その姉さんの思いに応えようとする。

「続けるよ」
「そうか」
「DBとアキラは、どうするんだ?」
「俺は続ける。自分の人生から、逃げないと決めたからな」
「私も続けるわ。シキとともに戦うわ」

 俺は頷き、前を向く。体が震えていた。それは、水に濡れた寒さのせいだけではなかった。敵は、死闘を望んでいる。俺は、その敵を迎え撃つ。そうすることで、姉さんに再び会えるような気がした。俺は、お守り袋を握り締め、姉さんの姿を思い浮かべた。