雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第173話 挿話41「生徒会選挙と鈴村真くん」

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、七変化な者たちが集まっている。そして日々、華麗に変身して悪を成敗している。
 かくいう僕も、そういったコスチュームを愛する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、変身グッズを持った面々の文芸部にも、そんな知識すらない人が一人だけいます。魔法少女大集合の映画に紛れ込んだ、鹿目まどか。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、横暴な満子部長のせいで、大変なことになっていた。生徒会選挙に、二年生全員が無理やり立候補させられたのである。えー、あのー、マジですか? マジなようです。そういったわけで、泣く泣く僕は、生徒会長を目指すべく、活動を展開していた。そしていよいよ投票日前日。体育館にて、全校生徒の前で演説することになったのだ。

「とうとうこの日が来てしまった。時間割の最終時間を利用して、立候補者は一人ずつ演説をしなければならない。一人の持ち時間は十分。いったい何を話せばいいんだ?」

 僕は、まるで駄目な脚本のように、自分が置かれた状態を、ぺらぺらと口にする。

「オタクな話ならば、一時間でもできるけど、真面目な話なんて不可能だよ。全校生徒を高揚させ、扇動に導き、ゴブリンラッシュで僕に投票させる。そんなハーメルンの笛吹き男暗黒面みたいな活躍を、どうやってすればいいんだ?」

 体育館へと続く渡り廊下で、僕があわあわとなっていると、周囲にいる文芸部員の中から、呆れたようなため息が聞こえてきた。そんなため息を漏らすのは誰だ? 僕が振り向くと、一年生で天才児、ロリ系美少女の氷室瑠璃子ちゃんが、僕を蔑むような目で見ていた。

「アホですか、サカキ先輩は。心配しなくても、サカキ先輩は捨て駒です。票を分散させて、決選投票に持ち込ませるための、仕掛けにしかすぎません。そんなに緊張する必要はありません。負けて当然。勝つ予定もない。討ち死に覚悟の決死隊なわけですから」

「えーと。何気に、ひどくない?」
「サカキ先輩に、役割があるだけましです」

 そうなのか~。僕は、瑠璃子ちゃんの厳しい言葉に、ガラスのハートを粉々にされる。

「今回の選挙の本命は、あくまで睦月先輩です。なのでサカキ先輩は、鈴村先輩とともに、選挙戦を攪乱してくれればけっこうです。そうですね、将棋で言えば、睦月先輩は王、鈴村先輩は角、サカキ先輩は歩です」
「えっ、そこは飛車じゃないの?」

「運動不足のその体で、まさか飛車のように動くつもりですか?」
「それは難しいね。じゃあ、せめて桂馬ぐらいでどう? トリッキーな動きで、敵を幻惑する感じで」

「そんな動きをしたら、足をからませて転びそうですね、サカキ先輩は」
「相変わらず瑠璃子ちゃんは、僕に厳しいね」

「ええ。よく観察していますから」

 どうやら瑠璃子ちゃんは、僕の駄目っぷりを観察することについては、並々ならぬ実力を持っているらしい。
 満子部長と鷹子さんと楓先輩は、忙しそうに睦月の原稿の読み合わせをしている。そう。睦月の選挙演説だけ、選挙参謀の瑠璃子ちゃんが台本を執筆した。僕と鈴村くんの原稿は、そもそも当選しないと思っているので書いてくれなかった。何だろうこの差は。差別反対!

「それでは、立候補者は、体育館に入ってください。演説の順番は、くじ引きで決めます」

 書記のお姉さんがやって来て、僕たちに声をかけた。やばい。いったい何を話せばよいのだ? 自分で考えておくようにと言われたのだけど、何も思い付かなかった。
 そもそも、僕には、この学校をよいものにしようなんて殊勝な心がけはない。僕の半径三メートルぐらいの世界が幸せならば、それでよい。そんな志の低い僕が立候補しているのが、そもそもの間違いなのだ。僕は、絶望的な気分になりながら、やばい人のように、ぶつぶつとつぶやき始めた。

「行こう、サカキくん」

 同じクラスで、同じ部活、親友の鈴村くんが声をかけてきた。
 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。
 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。その時のことを頭に浮かべながら、鈴村くんの姿を見た。

「鈴村くんは、何か原稿を用意してきた?」
「うん」

「げっ! もしかして、何も用意ができていないのは、僕だけなの?」
「サカキくんは、話し始めたらマシンガンのように話すから、大丈夫だよ」

「でも、何を話せばいいんだろう?」
「今回の選挙活動で会った人のことを、話せばいいんじゃないかな?」

「あっ、なるほど」

 それはナイスアイデアだと思い、僕は鈴村くんの顔を見た。鈴村くんは、いつも可憐な美少女のような雰囲気をしている。しかし今日は、少しだけ大人びて感じた。なぜそう思ったのだろう? 強いて言うならば、非常に落ち着いていたからかもしれない。

 体育館に入った。全校生徒が体育座りをしている様子は壮観だった。僕と睦月と鈴村くん。そして演劇部のマリーは、書記のお姉さんが持っている箱からくじを引いた。一番手は僕、二番手はマリー、三番手は睦月、四番手は鈴村くんになった。
 おうふっ。原稿を用意していない僕が最初か。せめて二番目以降ならば、他人の演説の真似をするのに。

「おほほ。あなたたちの演説など、蹴散らしてくれるわ!」

 マリー・アントワネットの麻里こと、安戸麻里は、今日はドレスを着ていない。普通の学生服だ。マリーは、三白眼の目で僕たちをにらんでいる。下手な演説をしたら、殺すわよと言わんばかりの目付きだ。
 ううっ。プレッシャーだなあ。なぜこういう時に一番を引いてしまうのだろう。こんな時にでもなければ、一番になれない自分の人生がうとましい。僕は、仕方がなく演台に上がる。演説の内容については、鈴村くんのアドバイスに従うのがよいだろう。僕は一呼吸置いてからマイクに語りかけた。

「えー、僕は学校全体を、よくしようとは思っていません」

 体育館がざわめく。しまった、本音が出てしまった。僕は、額の汗を拭きながら、慌てて続きを話す。

「今回の選挙の争点は、部活動をどういった方向性にするかということです。勝つことに価値を見出すか、参加することに意味を求めるか。でもそれって、試合や大会がある部活だけの話ですよね? それに、部活に入っていない人も、この学校にはいます。
 部活に分配する部費をどうするか。そういった話をどれだけしても、学校全体の話にはなりません。つまりそれは、学校全体の話ではないわけです。だったら僕が、学校全体を、よくしたいとは思っていないと言っても、何の問題もないですよね」

 体育館のざわめきがやんだ。生徒たちが、僕の言葉を聞こうと、集中しているのが分かる。もしかしたら、この学校の人間の少なくない数が、今回の選挙の争点に違和感を持っていたのかもしれない。

「僕は選挙期間中、部活に入っていない人たちと話をしました。そういった人たちは、放課後に集まるべき場所がなく、校舎の片隅で寄り集まって、それぞれの活動をしていました。
 僕が当選した暁には、そういった人たちに、生徒会主導で教室を解放したいと思います」

 僕は、自分が誰の言葉を代弁するのかを告げた。そして、そのごくごく狭い範囲の人たち向けの施策を話した。
 制限時間が来たあと、僕はマイクのスイッチを切り、演台から下りた。

「くっ、サカキ。あなた、嫌な演説をしてくれるわね」

 すれ違いざまに、マリーが恨みがましそうに言った。マリーと睦月の争点を、根底から否定するような話を僕はした。
 僕は考える。もし楓先輩が文芸部にいなければ、僕はおそらく帰宅部になっていた。演説をしながら、そういった自分を想像した。共感してくれる人は少ないだろう。でも、部活だけがすべてではないと、何人かは思ってくれただろう。

 僕は、立候補者の控え席に座る。二番手であるマリーが演台に上がり、演説を始めた。マリーは伊達に演劇部ではない。学校は部活だけではないという場の空気を、ものの数十秒で覆した。

 マリーは、声と身振りと表情で、聴衆の心をがっちりとつかみ、どんどん自分へと引き込んでいく。さすが、演劇部の次期部長候補だけある。普段、人前で話をしていない文芸部が束になっても敵いそうにない。
 マリーの主張は、選挙戦の当初からと同じで、強い花園中を目指すというものだ。その方針に共感する人が、どのぐらいいるのかは分からない。しかし彼女ならば、何を主張しても票を得られるのではないかと思った。

 二番手であるマリーの話が終わった。次は、マリーのアンチテーゼとしての睦月の演説だ。
 睦月は、瑠璃子ちゃんが用意した原稿をそらんじる。僕は、その原稿を書いた瑠璃子ちゃんについて考える。演説の原稿を書くぐらいなら、普段から文芸部の原稿も書けばよいのに。そんなことを思いながら、はきはきとしゃべる睦月の台詞を、僕は聞いた。

 睦月の演説も素晴らしかった。しかし、しゃべることが本業のマリーに比べれば、やはり劣って見える。それに、瑠璃子ちゃんの書いた原稿は、論理的すぎて感情に訴えかける部分が少なかった。
 理路整然と語ることと、人の心を動かすことは違う。それに文芸部の立候補者は、マリーに対して負けている部分が多い。組織的な選挙活動は皆無だし、知名度の面でも弱い。個人の力では、マリーの票を上回ることは難しそうだと、僕は感じた。

 睦月の演説が終わった。最後の一人になった。鈴村くんの登場だ。選挙参謀の瑠璃子ちゃんの立てた計画では、鈴村くんは、敵の陣営を混乱させる別働隊の役割だった。そして、敵の票を切り崩すために握手大作戦を展開して、支持者を集める役回りだった。
 鈴村くんは演台に立ち、マイクのスイッチを入れる。可憐な美少女にしか見えない鈴村くんは、マイクを通して全校生徒に語り始めた。

「僕は、選挙期間中、みんなの話を聞きました。一人一人を尋ねていき、普段どんなことを考えているのかを教えてもらいました。今日は、この場にいるみんなに、僕の話を聞いて欲しいと思います」

 えっ、鈴村くんって、こんなに堂々としゃべる人だったの? その声の落ち着き具合に驚いて、僕は鈴村くんの姿を見る。

「人にはそれぞれ、他人には言えないことがあります。それは、学校のこと、友人のこと、家庭のこと、自分のこと、人それぞれです。
 友人がいないといった悩み、他人と上手く話せないといった悩み、いじめ、恋愛、体の悩みや性の悩み。思春期の僕たちは、誰にも言えないことを抱えています。

 みんなが多かれ少なかれ、人には明かせない秘密を持っています。そのことを、多くの人と握手を交わし、話を聞くことで、僕は知ることができました。
 僕にも、秘密があります。悩みがあります。幸いなことに僕には、その話を聞いてくれる友人がいました。偏見を持たず、特別視することなく、接してくれる親友がいました。僕は彼の前では、自分を偽ることなく、そのまま表に出すことができました」

 鈴村くんの話に、僕は息を飲む。僕のことだ。鈴村くんは、自分の演説の中で、僕のことを話している。

「僕は、学校全体のことは分かりません。僕が分かるのは、直に会って、話を聞いた人のことだけです。僕は、何が学校にとって必要なことなのか知りません。できるのは、一人一人の話を聞いて、その問題を解決するために動くことだけです。

 学校という場所は、集団社会です。選挙という意思決定は、多数派の意見が採用されます。それは少数派を納得させて、集団の利益の最大化を図るための仕組みです。
 僕はマイノリティーです。大きな集団があれば、その中の小さな集団に所属する人間です。多数派の側に立つことができず、少数派の中で生きていく人間です。僕が選挙に当選すれば、そういった小さな立場の人の意見を、一つ一つ聞いていきたいと思います。

 今回は、選挙の演説ということで、僕はこの場所に立っています。でも、この話は、選挙に限らない話です。
 僕が選挙に受かっても受からなくても、悩みを誰かに聞いて欲しい人がいれば、僕のところに来てください。僕は聞くことしかできませんが、秘密は守ります。それで、心が安らぐのならば、僕は喜んで話を聞きます。僕は、そうすることの大切さを、今回の選挙活動で学びました」

 鈴村くんは、時間いっぱいまで演説を続けた。鈴村くんは選挙期間中、誰よりも熱心に動き回り、多くの人に会うために時間を割いていた。
 マリーや睦月が学校の様々な場所で、多くの聴衆に向けて語りかけていた間、鈴村くんは手を差し出し、握手をして、言葉を交わし続けた。その中で鈴村くんは、何かを見つけたのだ。

 自分の居場所を探して、文芸部に入ってきた鈴村くんは、同じように自分の居場所が分からない生徒たちの姿を、目にしたのかもしれない。一年と少し前、一年生だった鈴村くんは、満子部長に声をかけられて文芸部に入り、僕と出会った。
 男の娘であるという秘密を持つ鈴村くんは、違うベクトルで変態な僕と知り合うことで、自分の悩みを打ち明ける相手を得ることができた。

 鈴村くんは二年生になった。そしてこれから、三年生になろうとしている。今度は鈴村くんが先輩になり、満子部長の立場で、後輩たちと接する時が来ようとしている。鈴村くんは、生徒会選挙を通して、そのことに気付いたのだろう。

 全員の演説が終わり、その日は解散になった、投票は翌日の放課後である。即日開票され、集計結果が発表される。

 演説の翌日。僕たちは再び体育館に集まり、生徒会長に相応しいと思う人の、名前を投票した。そのまま体育館に全校生徒が残り、集計がおこなわれ、結果が発表された。
 一番得票数が少なかったのは僕で、全体の七パーセントだった。その中には、おそらく楓先輩の一票も入っているはずだ。不良や、オタクの一年生たちの票もあるはずだ。

 次に得票数が少なかったのは、睦月で十五パーセントだった。瑠璃子ちゃんの作戦は、完全に失敗に終わった。人の心は、ペーパーテストや、机上の計画通りにはいかないことが露呈した。そして、残った二人が、得票数の一番と二番になった。

 最も得票数が多かったのは、組織的選挙活動を繰り広げたマリーで、四十八パーセントだった。そして、二番目に得票数が多かったのは鈴村くんで、三十パーセントだった。

 選挙の結果、一位の得票数は五十パーセントに満たなかった。そのため、選挙が始まる前に満子部長が説明したように、上位二名での決選投票がおこなわれることが決定した。