雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第172話「魚拓」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、証拠を押さえることに長けた者たちが集まっている。そして日々、犯人追及のために奔走し続けている。
 かくいう僕も、そういった猟犬のように追跡する系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、鵜の目鷹の目な面々の文芸部にも、のんびりとしていて、周囲に構わない人が一人だけいます。ドーベルマンの群れに紛れ込んだ、チワワ。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。その大きな目と小柄な体は、小型犬のようで、思わず抱きしめたくなる。先輩は、餌を待つ子犬のように、僕の話を聞きたがる。そして目を輝かせて僕を見つめる。そんな先輩の期待に応えるために、僕は声を返す。

「どうしたのですか、先輩。意味の分からない言葉に、ネットで出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。『釣りキチ三平』の魚紳さんのように、僕はネットの海を玄人的に楽しみます」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、就寝間際まで書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、言葉の大海原に飛び込んだ。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「魚拓って何?」

 その言葉を告げたあと、すぐさま言葉を添える。

「もちろん、魚の姿を和紙に写し取る、魚の拓本という意味は知っているよ。でも、ネットで使われている魚拓は、どうも違う意味みたいだから、サカキくんに教えてもらおうと思ったの」

 なるほど。確かにこの言葉は、ネット初心者には分からないだろう。僕は説明しようとして一瞬考える。この言葉に、何か罠はないか? 特にエッチな言葉でもなければ、危険な用語でもない。これなら何の問題もない。僕は、説明する前から勝った気分になり、話を始めた。

「魚拓とは、ウェブ魚拓という名前のウェブサービスに代表される、ウェブページのキャッシュ保存サービスのことです。この手のサービスは無料で利用でき、ある時点でのウェブページの内容を、記録してくれます」

「へー、ウェブサービスということは、ウェブ上に保存されるの?」
「そうです」
「自分のパソコンに保存するのとは、何か違うの?」

 楓先輩は、その有用性がよく分からないといった表情で、尋ねてくる。

「ローカルとネット上では、だいぶ意味合いが違います。こういった魚拓サイトを使う場合には、主に二つの目的があります。
 一つは、一定時間経つと消える情報を、消えないように別の場所に保存しておき、ウェブ上の会話や議論の時に、ソースとして示すというものです。

 たとえば、放送局や新聞社のサイトでは、一定期間が経つと、記事などを削除したりします。これは、古いコンテンツを有料で販売したり、過去記事の検索サービスを有料で提供したりするためです。
 しかし、こういった記事などの情報は、とても有用で、引用する際の情報源としても貴重です。そのためにウェブ魚拓に記録しておき、あとでソースがなくならないようにしておくわけです。
 ウェブ魚拓では、そのサイトの持ち主でなくても、自由に記録を取ることができます」

「なるほど、情報源を明記していても、そのページがなくなっていたら、本当に存在したか分からないものね。だから記録しておくのね」
「そうです。こういった魚拓系サービスでは、記録した日時と、保存したURLが明記され、外部から改竄できないようになっています。そのため、過去に存在した情報ということが証明できるのです。そして、そういった特徴から、もう一つの目的のためにも用いられるのです」

 ここからが本題だ。ネットで魚拓が話題になる場合は、だいたい、この二つ目の目的で使われるからだ。

「魚拓サイトを使うもう一つの目的は、証拠の保全です。ネットでは、時に炎上と呼ばれる出来事が起きます。炎上は、不道徳な行為や犯罪行為をネットで書き、そのことをネット上の多くの人々から、突っ込まれるという現象です。
 そういったことが起きると、その文章を書いた人は、ブログなどの記事を修正したり、ページを削除したりします。そして、そんなことは書いていないと主張したりします。

 そのため、炎上が起きそうな記事を見た人は、それが修正されたり削除されたりする前に、魚拓を取っておくのです。そして、言い逃れのできない証拠を作っておいてから、非難を開始したり、炎上が起きるのを待ったりするのです。
 魚拓はこのように、証拠を残すために利用されます。ネットの話題で魚拓という言葉が出てくると、多くの場合、こちらの意味で使われます。

 この手のウェブ魚拓サービスでは、削除依頼を受け付けています。そのため、複数の魚拓サイトに記録を取っておいたり、日本語で削除依頼が出せない海外のサービスに記録しておいたりと、様々な方法で記録が取られます。
 また、『魚拓をする』『魚拓する』と使われた場合には、魚拓系サイトに記録をするという意味になります」

 僕は、魚拓の説明を終えた。今回は、エロくもなく、危険でもないので楽勝だった。僕は、楓先輩が満足したかなと思いながら様子を窺う。先輩は、少し考えたあと、口を開いた。

「魚拓は、サカキくんも利用したりするの?」
「ええ。たまに利用しますね。ツイッターなどで犯罪の自慢をしている人を見つけた場合に、証拠を記録しておいたりします」

「逆に、サカキくんが魚拓されたことはあるの?」
「ええ、ありますよ。たとえば……」

 そこまで言いかけて、僕は顔から血の気を引かせる。
 おごれる者久しからず。ただ春の夜の夢の如し。えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、おごる平家に見る平家、同じ平家なら、おごらな損々!
 僕は、自分が調子に乗ってしまったことに気付く。

 そう、あれは三日前のことだ。疲労を抱えて家に戻ってきた僕は、パソコンのモニターの前で、ひっそりとサイトの更新をしていたのである。そのサイトは、美少女イラスト鑑定士Qという名前であり、僕が見つけた美少女イラストのリンクを公開しているものだった。
 その更新手順は、テキストファイルを作り、リンクをテキストエディタで編集して、サイトの編集画面に貼り付けるというものだ。それは流れ作業のようなもので、僕はうつらうつらとしながら、他のサイトの更新とともに、その作業をおこなった。

「よし、終わったぞ。さて、ネットの人々の反応を見るか!」

 僕は、眠い目をこすりながら、今日の成果を確認するために、巡回を始めた。そして、美少女イラスト鑑定士Qの、感想が書かれているネット掲示板を見て、凍りついたのだ。そこにはウェブ魚拓のリンクが張られていた。
 どういうことだ? 寝ぼけ眼で、何かやらかしてしまったか。僕は、おそるおそる、そのリンクをクリックした。

「あれ? これは、美少女イラスト鑑定士Qではなく、開運!美少女写真鑑定団のサイトでは」

 僕は、美少女イラストを集めるサイトと、美少女写真を集めるサイトを、別名義で運営していた。そして、それぞれ別のハンドルネームを使い、まるで無関係のサイトだと装っていたのである。

 もしかして……。
 僕は、開運!美少女写真鑑定団のサイトを開く。そこには、美少女イラストのリンクが並んでいた。どうやら僕は、ぼんやりとして更新していたせいで、二つのサイトの中身を、逆にして更新してしまったようだ。美少女と鑑定という、似た名前を用いていたから、気付かなかったのだ。

 やってしまった。僕は、急いで二つのサイトを修正する。しかし、時すでに遅し。ミスは魚拓に記録されている。美少女イラスト鑑定士Qと、開運!美少女写真鑑定団の管理人は、同一人物とばれてしまった。
 そして、二次元マニアからは、三次元への裏切り者として罵られ、三次元マニアからは、二次元キモイとレッテルを張られてしまったのである。僕は、そのことに意気消沈して、二つのサイトの更新をやめてしまった。

 僕は、文芸部の部室に意識を戻す。楓先輩は、僕がどんな魚拓を取られたのか、聞こうとして待っている。
 だ、駄目だ。説明できない。美少女イラスト鑑定士Qのサイトに、開運!美少女写真鑑定団の中身を貼ってしまったとは説明できない。二重三重の地雷だ。それこそ地雷のデパート、地雷の総合商社といった感じだ。
 僕は、楓先輩の表情を窺い、どうにかして説明を回避できないかと思考を巡らせる。

「ねえ、サカキくん。それで、どんな魚拓を取られたの?」

 楓先輩は、期待に満ちた目で僕の顔を見ている。う、嘘は吐けない。僕は、仕方なく楓先輩に説明することを決める。どうして僕は、今回の最初に、勝ったも同然と思ったのか? これでは完全な負け戦ではないか。僕は絶望とともに、自らの美少女への執念を告白する。

「美少女イラスト鑑定士Qというサイトと、開運!美少女写真鑑定団というサイトの原稿を、取り違えて掲載してしまいました。そのせいで、二次元美少女マニア、三次元美少女マニア双方の反感を買いました。そして、ウェブ魚拓を取られました」

 僕は、びくびくしながら、楓先輩の反応を窺う。楓先輩は、首を可愛く傾げたあと、よく分からないといった顔をした。

「その、何とか鑑定というサイトは、どういったサイトなの? サカキくん。ちょっと見せてちょうだい」

 ぷぎゃ~~~~。そこには、少しばかりエロエロな、イラストや写真のリンクが満載なのですよ。
 僕は、先輩にその恥部を見せるのを回避するために、「キエエエエ~~~~~~~!!!!!」と奇声を上げて、部室から飛び出した。

 それから三日ほど、僕は先輩に見つからないように、部室の隅で隠れ続けた。楓先輩は、僕の運営していた美少女鑑定サイトを見たいがために、僕の姿をずっと探し続けた。
 三日経ち、先輩は興味を失った。ほとぼりが冷めた僕は、ようやく自分の席に戻れた。