雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第34話「月下の死闘 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第5章 決闘

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◇森木貴士◇

 波刈神社の拝殿。俺と鎧武者と針丸の霊。その場にいた全員が、屋外に目を向ける。
 DBとアキラが倒れている辺りに、二人の美しい少女が立っていた。一人は長い黒髪を、海風にひるがえしている。その手には日本刀を持ち、刀身には霊の力が揺らいでいる。もう一人は、ふわふわの金髪に、月明かりをきらめかせている。右手には拳銃の硬質の輝きがある。銃身は霊の力により、禍々しい殺気を孕んでいる。
 朱鷺村神流と、ユキコ・アイゼンハワーの二人が、砂利の上で武器を構えていた。DBが呼んでくれたのだろう。ようやく、窮地を脱する救援が、たどり着いた。

「待たせたな」

 朱鷺村先輩が、こちらへと歩きながら言う。

「間一髪というところね」

 雪子先輩が、にっこりと微笑む。俺は、月の光に照らされている二人の姿を観察する。よく見ると、髪は乱れて、服は汚れている。手や頬には、細かな傷が付き、血がにじんでいる。ここにたどり着くまで、いくつかの戦闘があったのだ。山の斜面で見かけた、戦国時代の兵士たち。彼らも実体化したのではないかと、俺は考える。

「てめえら、私の敵討ちを邪魔しやがって」

 腹に大穴が空いた針丸が、上半身を不安定に揺らしながら、朱鷺村先輩たちに吠える。その様子を見ながら、俺は苦痛の声を上げる。右手首を締め付ける鎧の怪物の握力は、さらに強さを増している。白銀の鎧に細かなひびが入り、肉と骨をぎりぎりと締め付ける。

「針丸は私がやる。ユキちゃんは鎧を狙って」
「分かったわ」

 朱鷺村先輩が、地を蹴り、走り出した。背後では、銃口が閃き、火炎が膨らむ。物理的な弾丸に、霊の光が、巻き取られるようにして絡んでいる。弾丸は、光の渦を作りながら、鎧武者の胴体を炸裂させる。その直後に、朱鷺村先輩は拝殿に駆け込み、針丸の肉体と霊体を、まとめて斬り捨てた。

 鎧武者が撃たれたことで、拘束がゆるんだ。俺は、左手の手っ甲から騎槍を分離する。そして手首を相手の腕に絡ませて、くるりと回す。敵の手が外れ、左手が自由になる。
 次は右手だ。右手は、二本の腕に固定されている。左手で右手をひねり、体重をかけて相手の指を強引にはがす。その動きとともに、俺の足を拘束している鎧武者の足を、右手の偽剣で切断した。
 手足が自由になった俺は、偽剣を振るい、頭を押さえている腕を切り落とす。ようやく全身が解放された。

 その瞬間、鎧の怪物は、強烈な咆哮を発した。境内を震わせ、海峡まで響く大音声に、俺は後退する。怨霊の声に共鳴して、偽剣は強い光を発していた。
 力の高まりが、連動しているのか。戦国時代の七人の武者は、偽剣の近くで死んで、怨霊になった。その繋がりを頼りに、七人の殺人鬼は、偽剣の在り処を探そうとした。その通りならば、偽剣の力が、鎧武者に流れ込んでいてもおかしくはない。偽剣と武者の間には、死によって結ばれた絆があるのだ。

 鎧武者の切断された手足が再び繋がり、傷口が消えた。腹に空いた穴が塞がり、元の状態になった。それだけではない。拝殿の外に、無数の気配が沸き起こる。まだ残っていた戦国時代の兵士が、集まってきたのか。
 いや、これまで見てきたそれらとは、違う気配だ。何か異種の存在が、呼び集められた。俺の直感は、そう告げていた。

 鎧武者が床を蹴る。四本の足を力強く動かして、俺に迫ってくる。武者は腰の刀を抜き、四本の腕で握る。そして、それぞれの腕の筋肉を、はち切れんばかりに膨張させる。必殺の斬撃を放とうとしている。俺は左手に意識を集中する。再び騎槍を練成して、偽剣と交差させて十字に構える。全身全霊を込めて、敵の刀を受け止めた。
 そのまま押されて、拝殿を飛び出して、砂利の上まで滑り出る。辛うじてバランスを保って、靴底で地面を捕らえ続ける。敵の力は強く、勢いは止まらない。俺は、雪子先輩の前を通り過ぎて、崖際の柵まで到達する。

 柵が砕けた。俺は、宙に投げ出される。鎧武者も、刀を構えたまま空を舞った。全身に月の光を浴びながら、俺たちは重力に引かれて落ちていく。
 眼下に広がる光景を見て、俺は息を呑む。そこには、これまで見たことのない光景が広がっていた。そして、先ほど感じた無数の気配の正体が分かった。
 海には、無数の和船が浮いていた。戦国時代よりも、さらに古い時代の舟の上には、大鎧を着た武者たちが乗っていた。平安時代末期から、鎌倉時代の武人たち。それらが海峡を渡る光景が、再現されている。

 俺は思い出す。この場所では、かつて戦があった。平安時代が終わろうとする頃、白と赤の旗を掲げた兵団が、この海峡で船上の戦いを繰り広げた。
 偽剣を持った俺は、船へと落下していく。おぼろげだった和船は実体を持ち、その上の兵士たちは物質化した。この海域で多くの船が沈み、人が死んだ。海の底に沈んだそれらの霊を、鎧武者は呼び出したのだ。

 俺は、空中で体の向きを変える。鎧の中の筋肉をばねのようにして、板子の上に着地する。
 大きな音を立て、板を踏み破り、底板まで到達した。すぐ近くに、船梁をへし折りながら鎧武者が落ちてきた。周囲で声が上がる。意味の分からない言葉だ。同じ日本語でも、時代が離れ過ぎているせいで、聞き取ることができない。

「シキ君! その鎧の怪物が、いにしえの亡霊を呼んでいる。そいつを倒し、眠っていた霊たちを、元の場所に戻せ!」

 朱鷺村先輩の声が、頭上から降ってきた。拝殿から柵のところまで、駆けてきたのだろう。
 俺は、偽剣と騎槍を構えて、双頭の怪物と向かい合う。波に揺られ、波音に包まれ、波飛沫を身に受ける。俺は、竜神の背に立っている。竜神海峡でおこなわれた戦の景色の中、俺は、鎧武者の怨霊と対峙した。