雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第33話「月下の死闘 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第5章 決闘

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◇森木貴士◇

 俺の騎槍は、針丸の剣山のような針で、食い止められている。その状態のまま、足に力を込める。雄叫びとともに、全身の筋肉を動員する。俺は、敵を全力で押して、相手ごと一気に拝殿まで脱出する。

 俺たちは、板間の上で別れて距離を取った。敵は、全身を太くて長い針で覆っている。両手には、槍のような針を持っている。対する俺は、白銀の鎧を身に着けている。右手には青白い偽剣を握り、左手には手っ甲と融合した黄金の騎槍がある。
 霊珠を使って、二人の霊体から紡ぎ出された武具は、偽剣の力で物質化している。互いを殺せる道具で、俺たちは武装している。

 俺と針丸は、拝殿の中でにらみ合う。周囲は闇だ。しかし、屋根の下の様子は、手に取るように分かる。偽剣が放つ霊の光のおかげで、景色は鮮明に見えている。針丸の顔は、涙で崩れたメイクで歪んでいる。妹を殺された怒りで、両目が獣のようになっている。その顔貌は、地獄の使者を彷彿とさせた。

 拝殿の外で、物音がする。外れた戸の隙間から窺うと、DBとアキラが見えた。その二人と相対して、死んだはずの針丸の妹もいた。霊の物質化が起きている。だから、死んだ人間が復活している。
 俺の視線に気付き、針丸の姉も目を向ける。彼女は、妹の復活に驚愕している。俺たちの注意は、しばし外の戦いに奪われる。
 戦いは、短時間で決着が付いた。アキラが猛然と打撃を加えて、実体化した霊が四散した。その直後、霊の針が周囲に放たれ、アキラとDBが倒れた。

「二葉!」

 声が響く。針丸の妹は、二度死んだ。四散した霊は、寄り集まり復活できるのだろうか。時間をかければ、あるいは可能かもしれない。しかし、すぐにというわけには、いかないだろう。それに、寄り集まるための意志の核がなければ、再び元の姿に戻ることはできないはずだ。

 板がきしむ音が聞こえた。針丸の体の針が大きくなる。その先端は床板を破り、彼女の体を浮き上がらせる。まるでウニのようだ。そう思った。中心には、怨霊のような顔の女がいる。俺への怒りで我を忘れた憎悪の塊だ。
 どうやって倒せばよいのか。敵を見ながら、俺は息を呑む。騎槍で攻撃すれば、先ほどの横穴の時と、同じ結果になる。敵の太く長い針に阻まれて、本体まで到達しない。
 俺は右手を見る。そこには青白く輝く偽剣がある。握力で扱うのではなく、意志の力で振るう霊の剣。これで針を薙ぎ払えば、肉薄できるのではないか。

 俺は剣を構えて、横薙ぎに斬り付ける。針丸を覆う針の山の一部が、刈り取られる。目の前の白黒の顔が笑った。ミサイルのような無数の針が、周囲に放たれる。激しい音とともに、拝殿の壁を、床を、天井を、金属の針が貫く。
 俺の白銀の鎧は、幾本かの針を弾いた。しかし、すべてを防ぎきることはできなかった。何本かが鎧を貫通して、俺の手足に到達した。

 針は一センチほどの太さがある。物質化した針は、俺の皮膚を破り、戦意をくじく。駄目だ。心を折られてはならない。俺は、歯を食いしばり、偽剣を続けざまに振るう。針丸の体の前面の針を、ほとんど切断した。今なら騎槍で貫くことができる。俺は床を蹴り、騎槍に体重をかける。
 俺は、咆哮を上げながら、敵の懐に飛び込んだ。針丸の驚愕の顔が見える。騎槍は、胸に突き刺さり、背中へと貫通した。串刺しになった傷口から血液が溢れ、針丸の桃色の服を濡らす。返り血は、俺の鎧を赤く染め、鼻は血の臭いで満たされた。

「てめえ」

 唇だけがそう動いた。騎槍が肺を貫いているために、言葉は音を成していない。血液が、床にぽたぽたと垂れる。足下の板の上に、血だまりができていく。目の前の相手から、生気が失われていく様子を見て、俺は愕然とする。短い時間で、俺は二人の人間を殺した。自らの手で、人を死に追いやった。五年前の殺人鬼と、何が違うのだろうかと疑問が湧く。

 床板が、ぎしりと鳴った。足音だ。しかし、奇妙な足音だった。呆然としていた俺は、警戒心を持たず、その音に顔を向ける。鎧武者が立っていた。二つの頭。四本の腕と四本の足。その足で歩いているから、足音が変だったのだ。
 戦国時代の武者と、五年前の殺人鬼が融合した怪物。参道で見かけた奴だ。なぜ、ここにいるのだろう。どこかに隠れて見ていたのか。そいつは手を伸ばして、俺の右手首をつかむ。偽剣を握っている手だ。

「ぐわあっ」

 俺は苦痛の声を漏らす。ものすごい握力で手首が締め付けられる。何をする気だ。いや、目的は一つしかない。偽剣を奪おうとしている。殺人鬼の目的は、五年前から変わっていない。自らの命を絶ち、戦国時代の怨霊と融合して、待っていたのは、この時なのかもしれない。安置され、隠されていた偽剣が、解き放たれる瞬間に居合わせること。

 敵の手は四本ある。一本は俺の頭を押さえ、もう一本は左手を固定する。偽剣を持つ右手に、最後の一本が添えられた。俺は、手と頭をつかまれて逃げられなくなる。さらに二本の足が、俺の足の甲を踏み付ける。完全に動きを封じられてしまった。
 右手首を締め付ける二本の手の力が、さらに強くなり、金属の鎧がひしゃげていく。これでは、腕ごと引き千切られて、偽剣を奪われる。どうすればよいのか。額から汗を流しながら、必死に考える。

「妹の敵」

 俺の騎槍に貫かれた死体の横に、肉体から抜け出た針丸が立っていた。手には、二メートルほどもある巨大な針を持っている。彼女の霊体は、実体化していた。血肉を持ち、呼吸をしていた。
 駄目だ、殺される。死を覚悟した瞬間、銃声が響いた。針丸の腹に大穴が空き、血と肉が周囲に飛び散る。同時に、拝殿の奥の壁が、爆発するようにして弾けた。