雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第169話 挿話39「生徒会選挙と保科睦月」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、恋に恋い焦がれる者たちが集まっている。そして日々、恋愛光線を放ちながら過ごしている。
 かくいう僕も、そういった淡い恋心を抱く系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、恋愛体質な面々の文芸部にも、その方面に鈍い人が一人だけいます。磁石のS極とN極の間を通り過ぎる、アルミニウム。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、横暴な満子部長のせいで、大変なことになっていた。生徒会選挙に、二年生全員が無理やり立候補させられたのだ。えー、あのー、マジですか? マジなようです。そういったわけで、泣く泣く僕は、生徒会長を目指すべく、活動を展開しているのである。

 放課後になった。いつもならば、文芸部の部室でまったりと過ごしているのだけど、今日は違う。選挙参謀の瑠璃子ちゃんの指示で、街頭演説ならぬ校門演説をおこなわなければならなくなったのだ。
 というわけで、二年生全員が立候補という、わけの分からない状態になっている文芸部は、ぞろぞろと校舎を出て、校庭を通り、校門に向かおうとする。

「おほほほほ。ここは通さないわよ!」

 現生徒会長で演劇部部長の花見沢桜子さんの声が、高らかと響く。花見沢さんと、演劇部の三年生たちが、行く手を遮ってきた。その先の校門は、大所帯の演劇部が占拠している。そこはまるで、移動舞台といった様相を呈している。

「花見沢。お前は邪魔だ。それと、三年生は、でしゃばらずに、若い奴らに任せろ。老害は去るのみだ」

 満子部長は右手を上げて、花見沢さんにラリアットを極める。そして、その場の全員が唖然とする中、「邪魔者は退散するぞ」と言い、のびた花見沢さんを引きずり、校舎に向かいだした。

「おいっ。他の奴らも、一緒に行くぞ」

 鷹子さんが、演劇部の三年生をにらむ。凍りついた面々は、同じように校舎へと歩きだす。なぜか楓先輩も、三年生ということで、その集団とともに校舎に去っていった。
 その場に残された、僕たち文芸部の二年生と一年生は、呆然としてしばらくたたずんだ。

「えーと、瑠璃子ちゃん。どうすればいいかなあ?」

 僕は、選挙参謀役の一年生、小学生にしか見えない美少女の、瑠璃子ちゃんに尋ねる。

「校門に行きましょう。ここにいても、仕方がないですから」
「そうだね」

 僕たちは、校門に向かい、歩き始めた。

 校門の周辺は、三年生が減っても、まだ大所帯の演劇部が占拠している。その中心には、マリー・アントワネットの麻里と異名を取る立候補者、安戸麻里がいた。
 マリーは、演劇部のものであろう派手なドレスを着ている。周りを囲む部員たちも、コスプレとしか思えないような服装をしている。校門の周りには、人だかりができている。演劇部は校内で人気が高い。その姿を見るために、女性を中心とした多くの生徒が集まっていた。

「うわー、かなりの人数だね。僕たちが演説をする場所はほとんどないね」

 僕は、同時に立候補した幼馴染みの睦月と、親友の鈴村くんに声をかける。鈴村くんは苦笑しながら道の半ばに立った。

「僕は、ここで通りがかりの人に握手を求めて、話を聞くことにするよ。それでいいんだよね、瑠璃子ちゃん」
「はい。鈴村先輩は、草の根で活動していただきます」

 鈴村くんは、校門に続く道の途中に立ち、地味な選挙活動を始めた。そういえば鈴村くんは立候補してから、かなりの時間をその活動に割いている。僕や睦月よりも、熱心にがんばっている。

「睦月はどうするの?」

 僕は、隣に立つ睦月に尋ねる。睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。
 その睦月は、今日は学生服を着ている。さすがに、水着で選挙活動をするのは、先生に怒られるからだ。睦月は、演劇部の様子をじっと眺めたあと、つぶやいた。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。私は、対立候補として、議論しないといけないのよね?」
「そうです。保科先輩はそういった役回りです」

 瑠璃子ちゃんは、はきはきと答える。睦月は、校門の方を見たあと、覚悟を決めたような顔をした。

「じゃあ、議論してくる」
「えっ! でも、相手はすごい人を集めているよ。睦月の方なんか、見てくれないんじゃないの?」

 僕は、驚いて声を出した。
 睦月は、ずかずかと人ごみの中に入り、マリーの前に立った。

「あら、泡沫候補の一人の保科さんね。私に何の用かしら?」

 マリーは、三白眼でにらみながら言う。

「マリー、あなたは、強豪を目指す部活への、金銭的な支援をおこなうのよね?」
「そうよ。私が目指すのは強い花園中。その理想に賛同する部活には、必要な部費を提供するわ。私は太っ腹なの」

 自信たっぷりに言うマリーに、賛同者たちは盛大な拍手を浴びせる。その拍手の音が静まったのを見て、睦月が口を開いた。

「あなたの公約を読んだわ。部費を学期ごとに分割して、学期の冒頭に、要望に応じた予算を与える。そして、学期末までの成果で、次の学期の予算を決める。そういった仕組みになっていたわ。
 でも、それって、けっきょく、最初の一学期分だけ、少し多めに予算を与えて、残りの学期は、普段から強豪の部活に、予算を多く配分するってことよね? 現職の花見沢さんとほとんど変わらない予算配分にするつもりなんでしょう」
「ぐっ」

 睦月の言葉に、マリーは返答に窮する。観客たちは、その様子にどよめきを見せる。
 えっ、睦月って、こんなキャラだったっけ? 僕は驚いて睦月の様子を窺う。

 どんどん議論を進めていく睦月に、僕は腰を抜かしそうになる。そういえば睦月は、僕以外と話す時は、積極的に話すし、議論だっておこなう。僕がいる場所では、口数が少なくなるけど、そうではない時は、別に無口ではない。

 演劇部を見るために足を止めていた生徒たちは、マリーと睦月の議論に注目する。その場所に、強豪部の部長や、弱小部の部長が現れて、それぞれの陣営に加わり、論戦を展開し始めた。

 強豪の部活を優遇するマリーと、部費の公平分配を主張する睦月。それぞれの方針は、一長一短ある。がんばった者たちが評価されるべきというマリーの主張も分かるし、そもそも学校の部活動は、成績だけを求めてやることではないという、睦月の主張ももっともだ。
 部活の中には、試合や大会がない部活だってある。そういった部活は、花見沢さんの任期で、かなり予算を削られた。
 瑠璃子ちゃんが計画したように、この二つの立場の対決は、存外いいところまで行くのではないか。僕は、がんばれ睦月と思いながら、泡沫候補として、高みの観戦をする。

「おい、サカキ」
「うん? 何ですか」

 振り向くと、そこにはリーゼントやソリコミな方々がいた。彼らは、バットや角材、バールのようなものを、手に手に持っている。

「俺たちも選挙活動をするぞ」
「えっ、あの、それは、破壊活動や反体制活動なのではないでしょうか?」

 僕は、自分の支持基盤が、なぜか不良になっていたことを思い出す。

「ゴチャゴチャうるせえんだよ! 道を通る奴を囲んでやる。一人一人と向かい合い、お前に投票するように説得しろ」

 な、何ですと? それは、明らかに逆効果だ。「北風と太陽」の北風さんだ。
 不良たちが、下校途中の一年生の男子を取り囲んだ。その輪の中に、僕は放り込まれる。一年生は、震えながら周囲を見ている。ご、ごめん。名も知らぬ一年生。僕は心の中で謝りながら、「き、清き一票を」と、真っ黒なやり方で投票を求めた。

 今日の選挙活動が終わった。僕は、へろへろの状態で家路に就く。空はすでに暗くなっている。僕の横には、家の近い睦月がいる。僕は、街灯に照らされた道を、睦月と並んで歩いていく。

「いやあ、睦月。今日も大変だったね」

 僕は、気の抜けた様子で声をかける。

「うん。でも、私より、ユウスケの方が大変そうだった」
「そんなことないよ。僕のあれは、選挙活動と言える代物ではないからね。他の生徒に被害を出さないようにがんばる、罰ゲームのようなものだもの。それに対して睦月は、みんなの前で議論を繰り広げて、すごかったじゃないか」

 僕が睦月を褒めると、睦月は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

「そういえば睦月は、僕以外と話す時は、随分と様子が違うよね。僕の前だと口数が少ないのに」

 夜道を歩きながら、僕は睦月に語りかける。

「がんばっているから」
「積極的に話すように?」

 睦月は、こくんとあごを引く。

「うちの両親、小さい頃に私が引っ込み思案だったから、水泳を習わせたり、キャンプに参加させたり、積極性を育むように、いろいろとしてくれたの」
「そういえば、睦月の両親って、睦月にいろいろとさせているよね。僕の前以外で、はきはきとしゃべるのは、その甲斐があったからなのかな。あれ、でも、小学校の頃は、僕の前でも、そんな感じだったよね?」

 僕は、疑問に思ったので尋ねる。

「うん。あの頃はそうだった。でも、ユウスケといる時は、素の自分でいたいから変えたの。それに、ユウスケといると、気を張らないで済むから」
「えー、何だか、僕の駄目人間が、睦月のやる気を削いでいるみたいで、悪いなあ」

 僕は、頭をかきながら言う。

「そんなことない。ユウスケと一緒にいると楽しいから」
「僕の部屋には、マンガがたくさんあるしね」

 僕は、明るい声で答えながら、睦月と並んで夜道を進む。しばらく、取り留めのない会話をしていると、睦月が声をかけてきた。

「ねえ、ユウスケは、楓先輩のことが好きなのよね?」
「うん」

 睦月の質問に、僕は答える。睦月はたまに、楓先輩のことを聞いてくる。

「どういったところが好きなの?」
「うーん、そうだね」

 いつもなら睦月は、楓先輩の話題を出しても、僕の恋愛感情について深く尋ねてきたりはしない。今日はどうしたのかな。校門での議論の興奮が残っているのかな。そう思いながら、僕は睦月の様子をちらりと窺った。
 暗がりのせいで、睦月の表情は分からない。僕は、どう答えればよいかなと思い、素直に言うことにした。

「自分が好きなことに、真っ直ぐに向き合っているからかなあ」

 僕は、楓先輩の姿を思い浮かべる。

「楓先輩は、いつも目が輝いているんだ。特に、大好きな本を読んでいる時は、滅茶苦茶きらきらしている。周りなんか目に入らないという感じで、没頭している。文章を書く時もそうだね。生き生きしている。先輩は、そういった目を、普段からしているんだ。
 そりゃあ、容姿が僕のストライクゾーンというのもある。でも、それだけじゃない。楓先輩は、自分を偽らずに生きている。そして、自分の人生を肯定して楽しんでいる。それが分かる目をしているから、好きになったんだと思う」

 僕は、ちらりと睦月の様子を窺う。睦月は黙っている。僕は仕方なく、話を続ける。

「中学生にもなるとさ。みんな、どこか自分を偽って生きるようになるんだよね。小学生の小さい頃とは違い、少し大人の世界が見えるようになる。そして、自分をどう見せるのか、自分をどう隠すのかを考えるようになる。
 そういったことをせず、ありのままの自分で、自然体で生きている人って、存外少ないんだよね。うちの部活だと、楓先輩と、満子部長ぐらいかな。それ以外は、みんなどこかで自分を作っているもんね」

 僕は、文芸部のみんなを思い浮かべる。
 本当はオタク的なものが好きなのに、それを恥ずかしがって隠している鷹子さん。本当は男の娘なのに、自分の女装趣味を僕以外には明かしていない鈴村くん。本当は文芸活動に興味がないのに、部活に籍を置いている瑠璃子ちゃんや睦月。

 僕だって、みんなと同じだ。世間体を気にして生きている。本当はエロマンガやエロサイトに滅茶苦茶詳しいのに、楓先輩に嫌われないように、純真な中学生を演じようとしている。
 僕たちは、みんな自分を偽っている。自分を素直に出している人間は、世の中にはそんなにいないのだ。

「そういった、ありのままの自分で生きている人の中で、趣味が近くて、接点があって、容姿が好みの人に出会える確率って、人生ではそんなにないと思うんだ。僕が楓先輩を追いかけているのは、そういった理由からだと思う。
 まあ、楓先輩と満子部長のうち、満子部長は悪い手本みたいな人なので、恋愛対象にはならないけどね」

 僕は、苦笑を交えて言った。
 睦月はまだ黙っている。どうしたのかなと思い、睦月の顔を見る。街灯の下に来た。睦月の表情が見えた。睦月は涙をこぼしていた。頬に涙が伝っていた。

「どうしたの睦月?」

 僕は心配になって尋ねる。睦月は、前を向いたまま、小さく声をこぼした。

「私が水泳部にいるのは、水泳が好きだからではなく、親に通わされた水泳の成績がよかったから。私が文芸部にいるのは、文章を書くのが好きだからではなく、ユウスケと一緒にいたかったから」

 僕は、無言で睦月と並んで歩く。街灯は近付き、遠ざかっていく。そのたびに、僕たちの影は、後ろに前にと、向きと長さを変えていく。
 僕の視界から睦月が消えた。どうしたのかと思い、足を止めて、振り返った。睦月が立ち止まっていた。睦月は道路にぺたんと座り、体育座りをした。僕は数歩戻り、腰を屈めて、睦月の顔を覗き込んだ。

「どうしたの。帰ろう」

 僕は、睦月に手を差し出す。睦月は、僕を見上げて、悲しそうな顔をした。

「おんぶして。小学校の時みたいに」

 睦月は、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、手を伸ばしてきた。僕は空を見上げる。星がまたたいている。僕はしばらくそうしたあと、腰を屈めて、睦月に背中を見せた。
 睦月は、僕の背中に乗ってくる。そして、胸をぴたりと僕に押し付けてきた。その胸の形を想像しながら僕は立ち上がる。僕は、睦月の体重を背中に感じながら、足を踏み出した。

「ねえ、ユウスケ。私は、ユウスケのことが好きだよ」
「うん。僕も睦月のことを好きだよ」

 睦月は僕の肩に、そっと頭を載せてきた。僕は足下をふらつかせながら、家への道をたどる。睦月は僕の体を、ぎゅっと抱きしめた。