雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第29話「波刈神社 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第5章 決闘

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◇森木貴士◇

 竜神海峡に突き出た波刈山。その海側の崖に、張り付くようにして建つ波刈神社。針丸姉妹の妹を、崖から突き落として殺した俺は、憎悪で顔を歪めた姉から逃れるために、拝殿へと逃げ込んだ。俺は、拝殿の奥にある戸を開いて潜り込む。そして、狭い場所を通るために、壁に手を触れた。

「つっ!」

 壁を触った瞬間、激しい痛みがして、驚いて尻餅を突いた。
 何が起きたんだ。壁には、「爆」という筆文字が浮かんでおり、俺の右手の指の霊体が吹き飛ばされていた。それだけではない。足下には、白い線が引いてある。その一部を、俺は踏んで消していた。

 いったい、ここはどういった場所なのだ。そして、この霊的な仕掛けは何なのだ。俺は、目を凝らして周囲を窺う。
 俺が入ってきた戸には、朱文字で「隠」の文字が記されている。また、岩がむき出しの壁には、「斬」「刺」「閃」「縛」などの黒い文字が、おぼろげに浮かんでいる。よく分からないが、トラップの類のようだ。文字に触れなければ、発動しないみたいだ。不注意に、この場所に入ってきた者が、罠にかかるのだろう。
 白い線については、よく分からなかった。

 この場所は、岩にうがった横穴のようだ。奥を見ると、板がはめこんであり、しめ縄が張ってある。何かを封印している。いったい何をと思い、偽剣という、佐々波先生が語った言葉を思い出す。
 拝殿の方で、板を踏む音が聞こえた。針丸の姉だ。俺は顔を動かして、穴の入り口を見る。ここは袋小路だ。自分の選択は間違っていたのか。俺は緊張して、様子を窺う。

「どこに消えやがったんだ。二つの戸の、いずれかか」

 針丸の声を聞き、疑問を持つ。二つとは、どういうことだ。戸は三つある。暗過ぎて見えていないのか。そこまで考え、俺が開けた戸に、朱文字で「隠」という文字が記されていたことを思い出す。
 もしかしてこの戸は、俺には見えていて、針丸には見えていないのか。そういった馬鹿なことがあるのか。

 いや、高位の霊は、人間の目を騙す幻を使うことができると、朱鷺村先輩は言っていた。また、佐々波先生は、七人の殺人鬼は偽剣を求めて、七人の武者との同化を試みたのではないか、と話していた。
 偽剣が、発見されなかったのは、隠されていたからではないか。その隠蔽によって、針丸は、この場所に気付いていないのではないか。なぜ、俺だけ見えたのかという理由は、分からなかった。しかし、そういったところだろうと、想像が付いた。

 針丸は、拝殿で様子を窺っている。下手に戸の奥に行き、入れ違いになり、俺を取り逃がすことを恐れているのだろう。また、俺の体に付着した、微細な針の位置も、分からなくなっているのだろう。
 俺は、横穴の奥に向き直る。微かに香りがした。女性の発する匂い。どこか懐かしいものだ。

「姉さん」

 思わず声が漏れた。姿形はどこにもなかったが、その気配を感じた。先ほど、拝殿で姉さんの声が聞こえた。姉さんが、俺をこの場所に導いてくれた。だから、姉さんの気配がしてもおかしくはない。
 穴の奥は、板で封印されている。この先に偽剣があるのならば、それを手に取り戦えばよいのではないか。敵が求めるほどの武器ならば、俺に力を与えてくれるはずだ。

 俺は、壁に浮かんでいる文字に触れないように、細心の注意を払いながら、中腰で少しずつ穴を進んでいく。神経がすり減る作業だ。そうやって進むごとに、空気中の霊の密度が濃くなっていくのを感じた。
 まるで、溶鉱炉に向かっているようだ。強い熱源に対して、にじり寄っていく気持ちになりながら、俺は徐々に、封印の板に近付いていく。その時、拝殿にいる針丸の声が聞こえた。

「うん? 埃が積もっている場所と、そうでない場所があるぞ」

 俺は、体を強張らせて、唾を飲み込む。拝殿は、毎日使っていないはずだ。掃除が頻繁におこなわれていなければ、当然埃は降り積もる。俺が通った場所だけ、その埃が払われている。その痕跡をたどれば、たとえ入り口が見えなくても、どこに向かったかは判明する。そして、そこに手を触れれば、戸は開いている。針丸は、自分の目が欺かれていたことに、気付くだろう。
 急がなければ。
 俺は、筆文字に触れないように気を付けながら、板の封印までたどり着く。その先に行くために、手をかけようとして動きを止めた。朱文字で「殺」という文字が書いてある。これまでの、攻撃方法を表す文字とは違い、直接的な結果を表す凶悪な文字。板に触れれば、殺されてしまうのか。俺は息を呑んで、どうするべきか考える。

「壁に手が入る?」

 背後で驚きの声が上がる。俺は、タイムリミットが来たことを知る。

「そうか、幻か。騙された。今殺してやる」

 凶悪な気配が、横穴に侵入してくる。背後から、どす黒い殺気が流れ込んできた。迷っている暇はない。「殺」の文字が、本当に人を殺すほどの威力を持っているか分からない。
 それに、俺がこの先に進むことを、後押しする要素もある。封印の文字が、朱色で書かれていることだ。「隠」の文字を、俺が抜けられたように、「殺」の文字も突破できるのではないか。どういった条件で、発動するのか分からないが、俺は侵入が許可された人間なのではないか。

「ギャーッ!」

 針丸が、悲鳴を上げる。驚いて振り返ると、「斬」の文字が濃くなり、針丸の霊体の足を、断ち切っていた。

「グウウウッ」

 痛みをこらえながら、針丸が俺をにらむ。どうやら、俺がこの仕掛けを施したと思っているようだ。
 敵の移動速度が鈍る。だが、全身を覆う針は、さらに禍々しく巨大になっている。強烈な殺意が、驚異的な集中力を生み出して、針丸の力を増大させている。俺は、その様子を見て考える。霊体は、気体が温度で膨張するように、集中力の強さで勢いを増すのかもしれない。もしそうならば、針丸の力は、これまでとは比べ物にならないほどに、なっているはずだ。

 俺は決意を固める。封印の先に進もう。俺は板に手をかけ、一気に押す。
 心臓が、どくんと跳ね上がる。罠の発動を警戒したが、何も起きなかった。横穴の先は暗過ぎて見えない。しかし強い霊の力が、その場所の形を示している。俺の霊の目は、真昼の屋外のように、洞内の光景を捕らえていた。
 二畳ほどの空間に、無数のしめ縄が張ってある。その中心に、青白く輝く棒状の霊体が鎮座していた。長さは一メートル半ほどだ。太さは竹刀ほどで、円筒形だ。強い霊気を放っている。俺は躊躇しながら、手を伸ばして、指先で触れる。
 光を発していることから、熱いのかと思ったが、そうではなかった。俺は、特殊警棒を足下に置き、意を決して偽剣の端を両手で握る。その瞬間、空気が膨張して、強い風が吹いた。

 俺の髪が、風で揺れ、顔に風圧を受ける。背後で、岩を掻く、ガリガリという音が響いた。

 この二つの現象の意味に気付くまで、俺は数秒かかった。その重大な意味を理解した俺は、偽剣の柄を握ったまま、針丸に顔を向けた。針丸の全身から伸びている針が、岩をくり抜いた横穴に引っかかっていた。そのことは、霊体と物体が接触して、干渉し合っていることを示していた。
 俺の全身から、汗が噴き出る。霊体の物質化。偽剣が起こしているのは、それに違いないと、俺は確信する。

「何だ、急に進めなくなったぞ」

 事態を把握していない針丸が、体を動かそうとして、もがいている。そのたびに周囲の岩が削れて、嫌な音が鳴り響く。物質化した霊体は、岩を物理的に破壊することができる。その衝撃の事実に、俺は全身を硬直させた。
 もし、物質化した針で傷を負わされれば、肉体は現実の損害を受けるだろう。俺は、急いで精神を集中して、自分の体を鎧で覆う。そして、右手に偽剣、左手に騎槍を持つ姿になった。両肩に、ずしりと鎧の重量がかかる。これまでとは違う感覚だ。やはり物質化している。

 俺は、左手の武器を確かめる。長い騎槍は、壁に引っかかって振り回すことができない。その騎槍の先端を針丸に向け、左手に意識を集中する。物理的な武器を、しっかりと支える握力は、俺にはない。全身鎧の形を変化させて、手っ甲と槍を融合させて、腕全体で扱えるようにする。

 目の前の針丸は、自分の針を見て、驚いた顔をしている。どうやら、事態を飲み込んできたようだ。相手が完全に理解する前に、先制攻撃を仕掛けるべきだ。俺は全身の筋肉に力を込める。それだけでなく、鎧の内側に、昆虫の外骨格を支える筋肉をイメージする。
 肩にかかる重量が減った。俺の全身は、霊体から紡がれた筋肉と鎧によって、強化される。兜の空気穴に、メッシュ状のフィルターを作る。針丸が放つ微細な針への対策だ。俺は、それらの改造を、3Dソフトで、フィギュアを改良するようにしておこなっていく。

 針丸が、警戒の色を顔に浮かべる。俺の攻撃の意図に気付いたようだ。金属の針が、周囲の岩を削る音が響く。針丸が、体を覆うすべての針を動かして、俺に向けてきた。
 俺は、左手の騎槍に意識を集中する。全身の筋肉を、これからの一撃のために調整する。俺の体が、敵を貫く一つの兵器と化した。

「うおおおおおおっ!!」

 自身を鼓舞する叫びを上げる。俺は中腰のまま、全体重をかけて、敵へと飛び込んだ。騎槍の先端が、針丸の針に触れる。手首と腕に激しい抵抗を受けるが、そのまま一気に押し込んだ。
 円錐状になった槍と針が密着する。その状態のまま、俺と針丸は、激しい押し合いになる。全身の力を爆発させる。鎧の内側の筋肉を操作する。体格も重量も筋力も、俺の方が上だ。俺は、敵を圧倒している。

 俺は勝てる!

 均衡は崩れ、足が前へと進む。俺は、雄叫びを上げながら、針丸ごと拝殿へと飛び出した。