雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第165話 挿話37「生徒会選挙と城ヶ崎満子部長」

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、騒動を起こすことに余念のない者たちが集まっている。そして日々、はた迷惑な事件を起こして周囲を混乱に陥れている。
 かくいう僕も、そういったお騒がせ系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、トラブルメーカーな面々の文芸部にも、面倒事とは無縁な人が一人だけいます。野原しんのすけだらけの国に紛れ込んだ、真面目な幼稚園の先生。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 そんな楓先輩と僕の文芸部は、横暴な満子部長のせいで、大変なことになっていた。生徒会選挙に、二年生全員が無理やり立候補させられたのである。えー、あのー、マジですか? マジなようです。そういったわけで、泣く泣く僕は、生徒会長を目指すべく、活動を開始したのである。

「あの、満子部長。生徒会選挙って、具体的には何をすればよいのでしょうか?」

 満子部長は、部室の中央でふんぞり返っている。その満子部長に、僕はそれとなく尋ねた。
 満子部長は、この文芸部のご主人様。そして、僕の天敵だ。今回、僕たち二年生を、勝手に生徒会選挙に立候補させた張本人である。

 そんな満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をしている。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、この部室で、僕をちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「そうだな。生徒会選挙でしないといけないことは、ポスター作り、公約やキャッチフレーズの作成、支持者獲得のためのクラス訪問や部活訪問、選挙演説、そういったところだな。というわけで、今日はポスターを作る」
「面倒くさそうですね」

 僕は心底そう思いながら、満子部長に声を返す。

「心配するな。文芸部のメンバーで、デザインに慣れた人間は私ぐらいしかいない。フォトショップの魔術師、エロコラの女王、右手が猥褻物と呼ばれた私が、お前たち三人のポスターを作ってやろう」

「えー、ちょっと待ってください、満子部長。もしかして、十八禁のポスターを作るつもりですか?」
「いや、それも検討したのだが、何せ生徒会選挙の有権者はみんな十八歳未満だからなあ。誰も見られないポスターを作っても仕方がないだろう。だから、露出は控えめにする。
 だが心配するな。着衣でもエロくする百八の技術を私は持っている。むしろ着ている方がエロいと、学校中の生徒に言わせてやろう。素材は、学内でも十本の指に入る美少女の保科に、同じく三本の指に入る可愛さの鈴村、そしてジャンク品のサカキだ。

 まあ、サカキの場合は、露出を控える以前に、精神的ブラクラにならないように、ポスターへの掲載を控えた方が安全だがな。何、心配するな。保科と鈴村は写真を掲載して衆目を集めるが、サカキは、私がイラストを描いてやる。ついでだから、擬人化しておくか? サカキも、早く人間になりたいだろうからな」

 えーと、僕は、どこから突っ込めばよいのだろう。
 美形じゃないのは、自分自身も分かっているので文句はないのだけど、人間と見なされていないのは、どういうことなのだ? この学校の生徒会選挙は、人間でない者でも立候補できるのか。僕は、もうどうでもいいやという気分になりながら、満子部長の姿を眺める。

「というわけで、保科、鈴村、サカキ。選挙公約やキャッチフレーズを決めるぞ!」
「えっ、今日はポスター作りではなかったのですか?」

 僕は、驚いて声を上げる。

「何だ。当たり前だろう。ポスターには、写真、名前だけでなく、アピールする言葉も載せた方がよい。今回は複数の候補者がいるんだ。だから、その特徴を出さないといけない。つまり、選挙公約やキャッチフレーズを掲載すべきだ。その道理は分かるだろう?」
「言われてみればそうですね」

「とはいえ、適当に考えるわけにもいかない。そこには、勝利のために方程式が必要だ。
 というわけで、文芸部のカール・ローヴ選挙参謀氷室瑠璃子による分析結果をもとにして、三人それぞれの選挙公約やキャッチフレーズを決めていく。氷室、すでに調査は済ませてあるな?」
「はい。数字として弾きだしています。そして、選挙戦の計画も、作成し終わっています」

 満子部長の言葉を受け、一年生で天才児、ロリ系美少女の氷室瑠璃子ちゃんが、紙の束をどさりと机の上に置いた。

「調査の結果、今回の選挙の争点は、部活の予算配分が重要との結果が出ました。花園中の生徒の九十パーセントが、何らかの部活に入っています。そして、その八十パーセントが、強豪ではない部活に入っています。その層に訴えかける公約を掲げれば、最大で七十二パーセントの支持を取りつけることが可能です。
 その、全校生徒の約七割に刺さる公約は、平等と公平です。なぜならば、現在の生徒会による予算配分は、強豪部活偏重になっているからです。部活の予算を、平等で公平に分配する。その公約を掲げるのは、睦月先輩が最適です」

「えっ、私……?」

 僕の幼馴染みで、部室でいつも水着を着ている睦月が、戸惑いの声を漏らす。

「はい。睦月先輩は、水泳部と文芸部の掛け持ちです。水泳部員としては、県大会に何度も入賞している実力の持ち主です。そして、文化部では、水着でうろうろしている女の子として、よく知られた存在です。
 つまり、運動部と文化部に、広くアピールすることができる人材なわけです。この睦月先輩を主軸に据えて、文芸部の選挙戦は組み立てるべきでしょう」

 瑠璃子ちゃんの台詞を聞き、睦月は恥ずかしそうにもじもじとする。

「どう思う、ユウスケ?」

 睦月は、心配そうに、僕の服をちょこんと握って引っ張る。

「瑠璃子ちゃんの言う通りだと思うよ。睦月は、運動部と文化部を巻き込める逸材だと思うよ」

 睦月は、僕が言うならといった様子で、瑠璃子ちゃんにこくんと頷く。瑠璃子ちゃんは、その返事を受け、さらに続きを語り出す。

「睦月先輩が城の本丸だとすれば、別働隊として、敵の陣営を混乱させる役目を果たすのが鈴村先輩になります」
「えっ、僕?」

 鈴村くんは驚いて、可愛く口元に手を添える。

「そうです。鈴村先輩には、敵の票を切り崩してもらいます。握手大作戦を敢行して、強豪部活の生徒から、大量の離反者を出してもらいます。選挙戦とともに、鈴村先輩のファンを増やし、その容姿で多くの支持者を釣るのです。そうすることで、敵の票数を大きく落としてもらいます。
 キャッチフレーズは、会いに行ける候補者です。握手をしまくって、支持者を増やします」

「で、できるかな。サカキくん」

 鈴村くんは、不安そうに言いながら、僕の服をちょことんと握る。

「大丈夫じゃないの。鈴村くんの容姿なら、男子は、みんなめろめろだし。それに女子も、鈴村くんの女子力の高さに、共感するんじゃないかな?」

 僕の台詞を聞き、鈴村くんは嬉しそうに、うん、と言いながら頷く。その様子を見たあと、僕の作戦はどうなっているのだろうと思い、選挙参謀の瑠璃子ちゃんに尋ねる。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。僕の作戦は? 本丸、別働隊と、まるで戦国武将のような采配を見せたのだから、きっと僕にもすごい策略が用意されているんだよね!」

 僕が聞くと、瑠璃子ちゃんは気まずそうに目を逸らした。えっ? どういうこと。

「えー、サカキ先輩は、泡沫候補です。マック赤坂とか、又吉イエスとか、羽柴誠三秀吉みたいな役回りです。部活に入っていない残り十パーセント、つまり帰宅部の票を確保して、決選投票の時に活用する役です。まあ、負けることが前提の、捨て石なわけです」

 え、ええ!? 僕は、扱いの差に驚く。

「人間は見た目が九割と言います。サカキ先輩の容姿は、睦月先輩と鈴村先輩に劣ります。というか、月とすっぽんです。票が入るだけましと考えて、作戦を立てる必要があります」

 ……あの、何で僕の評価は、そんなに低いのでしょうか? 僕が、瑠璃子ちゃんの台詞にキョドっていると、満子部長が僕の肩を叩いてきた。

「大丈夫だ。容姿のことは気にするな。ポスターをイラストにするのは、お前を知らない生徒に、キモオタが立候補したと思わせないためだ」

「えー、僕はキモオタではありませんよ。爽やか、みんな大好き、サカキくんですよ!」
「みなまで言わせるな。残念ながら、この文芸部で美形ではないのは、お前だけだ」

 うっ、うっ。

「それで、僕の公約やキャッチフレーズは?」
「『大丈夫。こんな僕でも立候補』だ。部活に入っている人間、帰宅部の人間問わず、駄目系人間の票を集めるブラックホールとして活躍してもらう」
「ほげえ~っ」

 僕は思わず声を漏らした。そんな僕の横で、瑠璃子ちゃんが口を開く。

「社会性の生物の中には、よく働く者と、ほとんど働かない者が見られます。たとえば、働きアリでは、十パーセントほどが熱心に働き、残り十パーセントほどが、ほとんど働かないそうです。
 サカキ先輩は、おそらくこの、働かない方の十パーセントに該当する人物です。そのため、そういった十パーセントの票を集める広告塔として、機能してもらいます」

 そ、そんな~。こんな、働き者の僕を捕まえて、それはないよ~。
 よよよ、と泣く僕に、満子部長が声をかけてきた。

「つまり、お前は、ニートの星になるんだよ。いかにダメ人間かを世間にアピールして、その層の共感を得るんだ。まあ、アピールしなくても、にじみ出るオーラが、サカキの本性を隠せないわけなんだがな」

 僕は、自分の扱いを嘆いた。そして、よろよろと部室を出ようとした。その僕の逃亡は、女番長の鷹子さんに遮られた。

「逃げる気か?」
「いえ、選挙戦に備えて、歩行の練習をしていました。僕は普段、ほとんど歩きませんからね。えっほ、えっほ」

 僕は、回れ右をして席に戻る。その僕の横に、楓先輩がやって来て、ちょこんと座った。

「サカキくんはダメ人間ではないから、きちんとした票が集まるよ」
「そ、そうだとよいのですが」

「大丈夫。私の一票は、サカキくんに入れる予定だから」

 楓先輩はそう言い、僕の手をしっかりと握ってくれた。

「あ、ありがとうございます」

 僕は、少しだけ勇気をもらった。楓先輩が僕に投票してくれるのなら、僕はがんばれる。勝つことはできないかもしれないけど、先輩の一票に恥じない選挙活動をしようと思った。

 その日、部活の時間が終わり、みんなが帰ることになった。荷物をまとめていると、満子部長だけが帰る準備をしておらず、自分の机に向かっていた。

「あれ、満子部長は帰らないんですか?」
「ああ。サカキのポスターの絵を描かないといけないからな」

「適当でいいですよ。睦月と鈴村くんのポスターは、写真の立派なものですけど、僕のだけイラストなわけですから」

 どうせ僕は、泡沫候補だ。そう思いながら満子部長の隣に行き、机を覗き込んだ。
 満子部長の手元の紙には、小さく描いた百近くの下書きがあった。満子部長は、両親がマンガ家だから絵が上手い。その下書きは、どれも真剣に描いたもので、一切手抜きのないものだった。

「うん? 何だ」

 僕の視線に気付いた満子部長が、顔を上げた。

「随分真面目に描いているんですね」

 僕は、満子部長に声をかけた。

「ああ。私の可愛い後輩に、恥はかかせられないからな」

 本気か冗談か分からない台詞を、満子部長は言った。
 部室には、僕と満子部長しかいない。僕は、満子部長の横に椅子を持っていき、腰を下ろした。

「それにしても、何で生徒会選挙なんですか。どうせ満子部長のことだから、部費だけが目的ではないんでしょう?」

 策士の満子部長だ。口にした以外に、何か理由があるのだろう。満子部長は顔を上げ、部室に二人しかいないことを確かめてから、声を出した。

「うちの一年生の部員は氷室一人だろう。来年、私たち三年生が卒業したあと、新入生が入らなかったら、三年生以外は、氷室だけになってしまう。もう一人か二人は、部員が欲しい。そのためには、文芸部の存在を、在校生にアピールしておかなければならない。どんな人がいるのかを外に伝えて、入ってもいいかなと思わせないといけない。
 今すぐに入らなくても、そう考えてくれる文芸部のファンを増やしておく必要がある。私がこの部活にいる期間は、もうあと数ヶ月しかないからな。できることはすべてやっておきたいわけだ」

 予想外のきちんとした答えに、僕は無言で満子部長の顔を眺めた。

「珍しく真面目なことを言っていますね」
「私は、いつも真面目だぞ」

 満子部長は、動かしていた手を止め、紙に縦横の罫線を描いて、僕に手渡してきた。

「まだ下書きだが、こんな感じでどうだ?」
「あっ」

 それは、様々な絵柄で描いた、僕のポスターになっていた。手塚治虫風、藤子不二雄風、赤塚不二夫風、高橋留美子風、鳥山明風、荒木飛呂彦風。その他、多数の絵柄で僕の似顔絵を描いたものだ。それは、とても楽しげで、僕の特徴をよく捕らえていた。

「美少女だったり、可愛かったりするだけが、人間の魅力ではないからな。サカキはサカキの魅力がある」
「これいいですね」

 僕が言うと、満子部長は、当たり前だろう、私が描いたんだからなと、得意げな顔をした。

「氷室の作戦では、お前は泡沫候補ということになっている。それはそれとして、がんばってみろ」
「瑠璃子ちゃんの作戦は、無視するんですか?」

 満子部長は、口の端を上げる。

「氷室はな、サカキがいるという理由だけで、文芸部に入っただろう。だから、文芸部にはそれほど思い入れがない。あいつには、もっと文芸部を好きになってもらわないといけない。
 そのためには、積極的に文芸部の活動に参加してもらう必要がある。今回、全員を立候補させたのは、文芸部の活動にするためだ。氷室は、勝負事が好きだからな。随分やる気になっている。少しは化けるんじゃないか?」

 満子部長の台詞に、僕は笑みを返した。
 満子部長は、先輩としての仕事を、僕に伝えようとしている。そのことが僕にも分かった。僕はその日、遅くまで、満子部長のポスター作りを手伝った。

 三日後、校内に、それぞれの候補のポスターが貼られた。
 睦月のポスターは、バストショットの水着写真に、「平等と公平」という公約が掲げられていた。鈴村くんのポスターは、顔写真に、「会いに行ける候補者」という、どこぞのアイドルのパクリのようなキャッチフレーズが添えられた。

 僕のポスターは、様々なマンガ風の似顔絵とともに、「大丈夫。こんな僕でも立候補」という、コミカルな文章が書き込まれた。その横には、演劇部の次期部長候補、マリー・アントワネットの麻里、安戸麻里のポスターが貼られていた。
 マリーの三白眼の目には、決意みなぎる眼光が閃いていた。公約は「強い花園中」。その力強い言葉の下には、強豪を目指す部活への、金銭的な支援制度が書き込まれていた。