雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第27話「波刈神社 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第5章 決闘

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◇森木貴士◇

 竜神海峡を、くの字に曲げるようにして、突き出た波刈山。その山の、海に落ち込む崖の途中にある波刈神社。その神社の境内に、針丸姉妹から逃げていた俺は迷い込み、鎧武者の怪物と遭遇した。
 背後で、木の葉がすれる音が聞こえた。目の前の疑問より、後ろから迫る危機の方が大切だ。俺は、鎧武者と殺人鬼が融合した怪物を避けて、拝殿に向かう。
 戸は閉まっていた。当たり前だ。人は誰もいないのだ。開けっ放しにする理由はない。どこか一つぐらい、戸が開いているかもしれないと考えていたが、甘かったようだ。参道からは、全身を針に覆われた針丸姉妹が、ゆっくりと歩いてくる。

「ずいぶん、ちょこまかと逃げ回ってくれたじゃないか」

 針丸姉妹の一人が、特殊警棒を握り締めて声を出した。

「姉貴。顔が痛いよう。私の顔が、懐中電灯で殴られて、ぐちゃぐちゃになっているよう。あいつの顔も、同じようにぐちゃぐちゃにして、傷口をかき回して、血まみれにして、ばらばらにしたいよう」

 俺に特殊警棒を奪われた一人が、顔から血を流しながら、まくし立てる。
 いつの間にか、参道にいた怪物は、姿を消していた。どこか見えない場所を、さまよい歩いているのかもしれない。そういった、今の事態とは関係ないことに気を奪われてしまうのは、目前の危機が、あまりにも不条理で、非現実のものに感じるからだろう。

 俺は、針丸姉妹と、初めて遭遇した時のことを思い出す。昨日、廃ビルでDBは、彼女たちを話術で翻弄して、数分の時間を稼いだ。俺には、DBと同じことはできない。できるとすれば、どうにか反撃して、二人のうちの一人にでも、傷を負わせるぐらいだ。
 俺は、母さんと姉さんの姿を頭に浮かべる。二人は、島に上陸した殺人鬼たちと、刺し違えるつもりで戦ったはずだ。今また、同じ教団の者と思われる刺客が、この八布里島に侵入している。俺がここで、目の前の二人を倒さないでどうする。
 逃げたり、仲間に頼ったりするのではなく、自分が何をできるかを考えろ。俺は、戦う力を授かっている。その力を使い、この島を、そして、その住民を救うんだ。
 俺は、自分を奮い立たせて、気力を充実させていく。頭を必死に、戦闘モードに切り替える。

 弱っている方を叩いて、数を減らす。作戦をシンプルに決めて、自分がこれから取る行動を頭の中で組み立てる。針丸姉妹の妹、武器を持っていない方に突進して、崖の柵を乗り越えさせて、下の岩場に突き落とす。そのためには、敵の全身を覆っている針山を、どうにかしなければならない。
 俺は、胸に左手を当てて、精神を集中させる。霊珠の力を借りて、霊の騎士を呼び出そうとする。微かに光が全身を覆う。白銀の鎧が身を包み、右手の特殊警棒を覆うようにして、黄金の騎槍が姿を現した。
 針丸姉妹が警戒の色を見せる。俺は、霊の騎士のイメージを脳に焼き付けたまま、針丸姉妹の妹に向けて、猛然と突進した。

「うおおおおおっ!」

 自身を奮い立たせる雄叫びを上げる。敵の虚を突いた。相手の体から飛び出た針を、鎧で粉々に砕きながら、体を密着させた。逃げられないように、特殊警棒と、それを覆う騎槍で敵の胴体を固定して、一気に柵へと押していく。
 戦い慣れているとはいえ、目の前の相手は女だ。男の体格に比べれば劣る。そのまま、柵に背骨を叩き付け、下半身を浮かせて、空中に放り投げた。

「あっ」

 夜の闇に浮いた針丸姉妹の妹と、目が合った。その瞳には、現状を上手く把握できない、戸惑いの色が浮かんでいた。その直後、彼女の体は落下して、崖の下に吸い込まれた。
 重いものが潰れる、嫌な音がした。暗がりの岩場に落ちた体を、俺はにらむ。関節があらぬ方向に曲がっている。その様子に、俺はぞっとした。

「二葉!」

 もう一人が柵に駆け寄り、崖の下を覗いた。二葉というのか。初めて、敵の名前を知り、人間を高所から突き落とした実感が湧き、全身が震えた。暗闇の中、海の波に閃いた月明かりが、崖の下を照らしている。そこに転がっている女性の肉体は、生命の気配が失せ、ぴくりとも動かなかった。
 死んだのか? そのことが信じられず、食い入るようにして見る。そこにあるのは、紛れもない死体だった。

 俺の体を覆う霊の騎士は消えていた。全身が、油を注していない機械のように、ぎくしゃくとしていた。ゆっくりと柵から離れて、拝殿の方へと、後ろ歩きで向かう。足下の砂利が、小さな音を立てる。その音に誘われるようにして、一人になった針丸が、顔を向けてきた。
 涙でメイクが流れていた。怒りで顔が歪んでいた。その顔面には、溶けたメイクと相まって、この世のものとは思えない、怨嗟の表情が浮かんでいた。

「てめえ、私の妹を、二葉を殺したな!」

 空気が膨張したような気がした。針丸の体を覆う針が、太く、長く変化した。俺は、体を震えさせながら、拝殿の戸に背中を付けた。

「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」

 白と黒の奇怪な顔が、悲鳴のような叫び声を上げる。殺される。俺は、拝殿の戸に体当たりをして、必死に破ろうとする。

「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」

 一歩一歩、砂利を踏みしめて針丸が近付いてくる。無数の巨大な針を、怒りの剣のように身にまとい、敵はゆっくりと足を動かしている。五度目の体当たりで、ようやく戸が外れて、中に転がり込むことができた。
 漏れ込む月明かりを頼りに、屋内の様子を確かめる。拝殿の奥には、戸が三つ見えた。左右の戸は、回廊を抜けるものだと分かった。しかし、中央から少し逸れた場所にある小さな戸は、何のためにあるのか分からなかった。その小さな戸に、俺はなぜか心惹かれる。

「真ん中の戸に、逃げ込みなさい」

 姉さんの声が、聞こえた。空耳だろうか。姉さんが、この場所にいるわけがない。あれは、俺の心の声だろうか。
 あそこに逃げ込むべきだ。直感が、そう告げる。気付くと、俺は駆けていた。そして、小さな戸を開け、体を中に潜り込ませた。

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