雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第164話「うそはうそであると見抜ける人でないと難しい」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、騙し騙されの暗闘を繰り広げている者たちが集まっている。そして日々、情報戦を生き抜くべく戦い続けている。
 かくいう僕も、そういった虚実の駆け引きに長けた系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、スパイ真っ青な面々の文芸部にも、嘘偽りなく生きている人が一人だけいます。福本伸行のマンガに紛れ込んだ、「よつばと!」のキャラクター。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。その拍子に、少し眼鏡がずれた。先輩は、手を上げて、慌てて眼鏡を直す。そして僕の視線に気付き、恥ずかしそうに頬を染めた。ああ、楓先輩は、何て可愛らしいんだろう。僕は、抱き寄せて頬ずりしたくなるのをがまんして、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らないフレーズを、ネットで見つけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの熟練者よね?」
「ええ。美術鑑定士が、絵画や書画の真贋を鑑定するように、ネットの虚実を見分ける能力を持っています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家で気軽に推敲するためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、玉石混淆の文字の世界を垣間見た。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

うそはうそであると見抜ける人でないと難しい、って何?」

 ひろゆきの言葉だ。そう説明しようとして、それだけでは意味が分からないことに気付く。
 それに、注意点はそれだけではない。この言葉を説明すると、ネットというメディアを利用する上での、メディア・リテラシーについて語らなければならない。僕は、そのことに思いいたる。

 楓先輩は、素直で、人の言うことをそのまま信じる人だ。そして、ネット検索を利用していない。それはつまり、情報の裏取りをしないということだ。そのため、お世辞にもメディア・リテラシーが高いとは言いがたい。
 この、うそはうそであると見抜ける人でないと難しい、というフレーズについて説明すると、先輩のその方面の能力の低さを、全力で突っ込む内容になる可能性がある。
 そうなると先輩は、しょんぼりして、僕への好意をしぼませるかもしれない。それは困る。ここは、綱渡りのような解説をおこなう必要がある。

「楓先輩。うそはうそであると見抜ける人でないと難しい、というフレーズは、二〇〇〇年に起きた西鉄バスジャック、通称ネオ麦茶事件の際に、ある人物がテレビのインタビューで語ったフレーズになります。
 これは、テレビのテロップに、括弧付きで『掲示板を使うのは』と入っていたことから、うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい、と表記されることもあります。

 さて、このインタビューを受けた人が誰かということを説明しなければなりません。それは、通称ひろゆき、本名西村博之という人物になります。このひろゆきという人物は、電子掲示板サイト『2ちゃんねる』の開設者かつ、初代管理人になります。そして、ネットの有名人になります。
 先のインタビューでは、犯行声明が掲載されたネット掲示板の管理人として、インタビューに答えていたわけです。この時、ひろゆきという人物が、初めて表に出てきたこともあり、このフレーズとともに衝撃を持って人々の記憶に残ることになりました。

 では、この、うそはうそであると見抜ける人でないと難しい、というフレーズは、どういったものなのでしょうか? それは、メディア・リテラシーについて語った言葉として、考えるとよいでしょう。
 ネットの掲示板には、虚実入り乱れた情報が、書き込まれています。その情報から、本物の情報と、偽物の情報を選り分けて受容するには、読み手側に能力が要求されます。メディア・リテラシーリテラシーは、能力という意味です。その中でも特に、読み書きの能力を指します。

 情報を鵜呑みにするのではなく、情報源に当たって、それが捏造や歪曲であるのか、それとも事実であるのかを確認する。真贋定かならぬ情報に踊らされて軽はずみな言動や拡散をせず、続報を待ったり、詳報を得ようとしたりする。そういった能力が、ネット掲示板を利用する際には、必要になります。
 メディア・リテラシーという言葉は、『読み書きの能力』という意味の通り、情報の受容だけではなく、発信についての能力も指します。うそはうそであると見抜ける人でないと難しいは、その中でも情報を読み取ることの重要さについて、語った言葉だと言えるでしょう」

 僕は、うそはうそであると見抜ける人でないと難しい、についてざっくりと語った。ここから先は、啓蒙のために先輩のメディア・リテラシーのレベルを指摘して、その上で精神的なフォローをしなければならない。
 そのためには、先輩が自身のメディア・リテラシーの低さに落ち込まないように、上手く誘導してあげなければならない。楓先輩の騎士を自認する僕は、先輩の悲しむ顔は見たくない。そのために、全力をつくす必要がある。

「先輩は、いろいろとネットを見ていますよね?」
「うん、見ているよ」

ネット掲示板も閲覧していますよね?」
「いろんなところを確認しているよ」

「もしかして先輩は、そういった場所に書かれた情報を、鵜呑みにしたりはしていませんか?」

 先輩は、「それは、どういったこと?」といった顔をする。

「もしかしてサカキくん。私が見ている場所に、嘘が書かれているんじゃないかと、疑っているの?」
「ええ」

「大丈夫よ。だって、みんないい人たちばかりだもの。嘘なんか書き込むはずがないわ」

 僕は、先輩の言葉に唖然とする。
 こっ、これは重傷だ。僕は、うそはうそであると見抜けない楓先輩に、掲示板を使わせるのは危険だと考える。

 僕は先輩が、自身のメディア・リテラシーの低さに落ち込むかもしれないと考えていた。だから、フォローすべきだと思っていた。
 だが、楓先輩のメディア・リテラシーは、低いどころではなかった。限りなくゼロに近かった。これでは、ノーガード戦法に近い。さすがにこれはまずい。僕はネットの上級者として、ネットというメディアを利用する上でのメディア・リテラシーを、スパルタ教育しなければならない。

「楓先輩。さすがにこれは看過できません。ネットには、間違った情報、歪んだ情報、危険な情報が大量にあります。そのため、書いてあることを鵜呑みにしてはいけません。最低限、情報源が確認できない情報は、信用しないようにしてください。先輩は、人を信じすぎます。ネットの情報は、まず嘘であると、疑うぐらいの気構えでいてください!」

 僕は、ウェブブラウザを立ち上げて、様々な誤報、虚報、捏造、歪曲を見せて、その解説をおこなっていく。その怒涛のような情報の嵐に、楓先輩はついに目を回してしまった。

「ふ、ふにゃあ~~~~」

 先輩は、机に倒れ込み、ぐったりとなる。
 や、やりすぎた……。僕は、一気に詰め込みすぎたことを反省した。

 それから三日ほど、楓先輩は疑心暗鬼に陥り、うそもうそでないものも、うそと疑う系の人間になってしまった。そして、極端なソース原理主義者になってしまった。

「こんにちは、楓先輩」
「サカキくん! 『こんにちは』は、日中に使うあいさつよね。今が日中であるというソースを出してちょうだい。それに、私が楓先輩だという情報源を示してちょうだい!」

「えー、あのー。窓の外はまだ太陽が出ていますから、日中ですよね? それと、楓先輩が楓先輩であるという情報源は、僕の目の前にいる女性が、雪村楓と書いた生徒手帳を持っているということで証明できないでしょうか?」

 楓先輩は、仕方がないといった様子で引き下がった。

「はあ、こんな調子だと、疲れるなあ」
「サカキくん!」

 また、楓先輩がやって来て、僕への突っ込みを開始した。

「サカキくんが、私との会話で疲れたという証拠を出してちょうだい! サカキくんの個人的な主観ではなく、その根拠となる、信頼できる機関による統計データを示してちょうだい!」

 う、うう、うわあああん~~~~!
 何て面倒くさいんだ。

 僕は、楓先輩は、いつもの素直で純真な方がよいと思った。うそはうそであると見抜こうとシャカリキになるのではなく、のんびり、のほほんとネットを遊泳してくれる方がよいと思った。
 三日経ち、楓先輩が自分で疑うのをやめて、再び僕に質問してくれるようになった時、僕は心の底からそのことを喜んだ。

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