雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第26話「針地獄 その5」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇森木貴士◇

 山の入り口にある石造の大鳥居をくぐり、車道を斜めに突っ切った。俺の右手には、針丸姉妹から奪った特殊警棒がある。しかし、これでチャンバラをするわけにはいかない。俺は、小学生時代の事故のせいで、握力が致命的に弱い。打ち合えば、一撃で弾かれて、武器を取り落とすだろう。使えるとしても、両手で支えて、相手の攻撃を受け止めるぐらいにしか、用をなさない。

 背後では、バイクの爆音が響いている。ちらりと後ろを見たあと、俺は歩道を駆け抜けて、山の斜面を登り出した。
 敵のバイクは、オフロード仕様ではない。もし、そうだとしても、坂が急なために、走破することは不可能だ。
 俺は木の枝をつかみ、幹を蹴り、荒い息を吐きながら、山に分け入っていく。おそらく、体のどこかに針が残っている。そのため、俺の居場所は、敵に知られている。しかし、徒歩での追い駆けっこならば、俺の方に分があるはずだ。子供の頃には、この山で猿のように遊んだ。それに周囲は暗い。初見の針丸姉妹よりは、地の利があると言える。

 どこかで携帯電話をかけなければ。その時間を捻出するために、敵から必死に距離を取る。背後で針丸姉妹の怒声がする。その後、声がやみ、バイクのエンジン音が消えた。車両から下り、エンジンキーを抜いて、徒歩での追跡に切り替えたのだろう。
 俺は、ポケットからスマートフォンを出して、森の中を抜けながら片手で操作する。ロックを外し、通話履歴からDBを呼び出す。出てくれ。この時間なら、まだDBは起きているはずだ。はやる気持ちを抑えながら、電話が繋がるのを待った。

「何だ、シキ。夜にかけてくるのは珍しいな」

 のんきな声が、耳に飛び込んできた。

「針丸姉妹に襲われている。今、波刈山に逃げ込んだ。敵は、俺を殺す気だ」

 電話の向こうの空気が変わる。一発で、こちらの状況が伝わったようだ。

「シキ。以前、俺の家に来た時に、デバイスマネージャーをインストールさせたよな。端末紛失時に探せるアプリだ。そいつは、アンインストールしていないな?」

 DBの真剣な声が返ってくる。

「していない」
「よし。いいか、シキ。お前のスマホの、アカウントのパスワードを教えろ。こちらからGPSで場所を確認して追跡する。緊急時だ。パスワードは後日再設定しろ。メモを用意したから、口頭で述べろ」

 信頼するしかない。俺は、記憶にある英数字の羅列を、DBに告げる。

「すぐに人を集めて追跡する。それまで逃げ続けろ」
「任せたぞ」

 俺は通話を終了して、端末をポケットにしまう。そして再び、全速力で駆け始めた。
 今のやり取りで、どれだけ時間をロスしたかは分からない。しかし、まだ追い付かれていない。致命的な遅れには、なっていないはずだ。

「見つけた」

 右斜め後ろから、女の声が聞こえた。俺の背筋に、恐怖が走る。気配は、左斜め後ろにもある。俺は、特殊警棒を両手で持つ。そして声とは逆側の、斜め後ろを向いて、振り上げた。
 金属が激突する激しい音が響く。やはり、声が聞こえた方はフェイクだった。そちらに俺の注意を向けて、逆から奇襲するという作戦だ。家の前の時と同様に、一撃で俺を倒すために、頭を狙ってきたことも読み通りだ。
 だが、こちらの読みが当たったのは、そこまでだった。俺は、相手の姿を見て、ぎょっとする。全身がハリネズミのように、針に包まれている。その針が伸びて、俺の体を貫いた。

「ぐわっ」

 悲鳴を上げて、俺は斜面を転がり落ちる。忘れていた。針丸姉妹は、霊珠による針の能力を持っていた。
 相手は、戦い慣れている。地の利だけでは、どうにもならないかもしれない。俺は、スマートフォンを取り落としていないことを確認して、今度は斜面を、遮二無二駆け下りた。

 今、どこを走っているのか、分からなくなってきた。これでは、地の利などないに等しい。俺は全身の感覚器を総動員して、周囲の気配を探ろうとする。自分の五感が、研ぎ澄まされているのが分かった。背後から迫ってくる針丸姉妹の、息遣いだけでなく、心臓の音まで聞こえるような気がした。
 視界の前を、ふっと何かがよぎる。一瞬、足を止めかけたが、そのまま横を通り抜けた。木々の間に、血まみれの雑兵が立っていた。それだけでなく、ぽつりぽつりと、戦国時代の死霊が、山の間をさまよっていることに気付いた。この近くで上陸して、死んだ兵士たちだろう。俺の感覚が鋭くなっているために、目に映るようになったのだろう。

 いや、何かが違う。俺は、周囲の現象に違和感を覚える。俺の感覚が、研ぎ澄まされているせいだけではない。霊珠を持っていることも影響している。だが、それだけではない。この場所自体が、特別な場であるような気がする。
 木々の間を抜け、急に視界が開けた。足下で砂利の音がする。視線の先には、朱に塗られた柵があり、その向こうは崖になり、竜神海峡が広がっている。

「ここは」

 俺は、思わず声を漏らす。見知った場所だ。波刈神社。初詣での時には賑わうが、それ以外は、地元の子供が時折遊ぶだけの、人の立ち寄らない神域だ。
 拝殿や社務所に逃げ込めば、時間を稼げるかもしれない。神様を足蹴にするような行為だが、危急の時だ。勘弁してもらおう。俺は、顔を建物に向ける。その直後に、驚きとともに全身を硬直させた。

 異様なものが、参道を歩いていた。
 鎧武者だろうか。当世具足を身にまとった姿だが、腕が四本、足が四本、頭が二つある。飛び出ている腕のうち二本には、籠手や手っ甲が付いている。しかし、残りの二本はむき出しになっている。頭の一つは兜で覆われているが、もう一つは露出している。

 あれは何だ?

 そう思った直後、全身の毛が逆立った。兜を被っていない頭の顔が見えた。その顔は、この島の住人なら、新聞やテレビで、一度は見たことのあるものだ。七人の殺人鬼の一人。名前は思い出せないが、間違いない。母さんを殺した奴ではないことは覚えている。
 あの日、母さんは、森木の実家の方面に、姉さんとともに向かった。そして、母さんは竜爪寺の近くで死に、姉さんは風見山で姿を消した。そういえば、七人の殺人鬼の一人は、この神社で自殺した。何のために、自らの命を絶ったのかは分からない。その魂のなれの果てが、今目の前で、鎧武者と融合している存在なのだろう。

 融合。

 自分の頭に浮かんだ言葉に戦慄する。戦国時代の七人の武者伝説が、どの場所で起きたのかは、歴史的に判明していない。俺は、昨日部室で、佐々波先生が話したことを思い出す。

 ――七人の武者は、七本の偽剣の近くで殺されて、怨霊になったそうなの。

 その場所の一つが、ここなのだろうかと考えた。

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