雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第163話 挿話36「生徒会選挙と次世代の争い」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、娯楽に生きる者たちが集まっている。そして日々、新しい遊びを探して動き回っている。
 かくいう僕も、そういった遊興三昧な人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、学生失格な面々の文芸部にも、真面目で堅実な人が一人だけいます。博徒の群れに紛れ込んだ、大店のお嬢さん。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 僕は、そんな感じの文芸部の部室で、いつものように活動を始めようとした。しかし、その行動は妨げられたのである。満子部長が現れて、僕たち全員を集めた。何やら重大な話があるらしい。その前に少しだけ、この部活の怪しい面々を紹介しておくよ。


●花園中学 文芸部 部員

○三年生
・雪村楓(楓先輩)……三つ編み眼鏡の文学少女。純真無垢。僕の意中の人。
・吉崎鷹子(鷹子さん)……女番長。モヒカン族隠れオタク
・城ヶ崎満子(満子部長)……サラブレッド・エロオタク。ザ・タブー。サド。

○二年生
・榊祐介……僕。オタク。中二病ネットスラング中毒者。
・鈴村真(鈴村くん/真琴)……男の娘。可愛い。僕と仲がよい。変態。
・保科睦月(睦月)……幼馴染み。水泳部。水着。健康美。内気で大胆。

○一年生
・氷室瑠璃子(瑠璃子ちゃん)……幼女強い。毒舌。ツンデレ。天才児。


「さて、諸君。集まってもらったのは他でもない、重要な話があるからだ」

 三年生で部長の城ヶ崎満子さんが、大きな声を出した。満子部長は、この文芸部のご主人様。そして、僕の天敵だ。
 そんな満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をしている。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。

 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、この部室で、僕をちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

 いったい、満子部長は、何の話をするのだろう。どうせ、ろくでもない話に決まっている。図鑑における女体表現の分類だとか、文学に見られるエロシーンの研究だとか、他の部員が満場一致で拒否するような内容ばかりを、満子部長はいつも提案してる。

「それで、どんな話なんですか?」

 部員を代表して僕は尋ねる。満子部長は、にやりと笑みを浮かべ、黒板にチョークで文字を描き始めた。

 ――演劇部との対決

「えー、それは、文化祭で終わったのではないでしょうか?」

 満子部長は、どこまでこの話を引っ張るんだと思い、僕は声をかける。

「ふっ。私の代の争いは終わった。これからは次世代の争いだ」
「はっ?」

「悲しいけど、これって戦争なのよね」
「えー、勝手に私的な戦闘に、僕たちを巻き込まないでください」

 僕は呆れながら、満子部長に台詞を返す。満子部長は、僕の言葉を受け、さらに黒板に文字を書いた。

 ――生徒会選挙

「みなの知っての通り、わが花園中学では、秋に生徒会選挙が執りおこなわれる。選ぶのは生徒会長。そして、その会長が、副会長と書記を指名するという仕組みになっている」
「ま、まさか……」

 僕は動揺して、満子部長の姿を見る。

「そうだ。去年は、演劇部の花見沢が会長に立候補して当選した。その後の傍若無人ぶりは、目にあまるものがあった。
 実績を出した部活に、予算を傾斜配分するだと。それでは、この文芸部の予算が削られるしかないだろう! おかげで、この一年非常に苦労した。

 今年はその轍を踏まないようにしなければならない。そう。これは、この学内における、覇権争いの戦争なのだよ。攻撃は最大の防御なり。今こそ、生徒会長の席を奪い、文芸部にとって、有利な予算配分にする時なのだよ!」

 満子部長は、真面目な顔をして僕たちを見渡す。い、嫌な予感がする。とてつもなく、危険な予感しかしない。満子部長は、何を言い出す気だ? 僕は、探りを入れるために口を開く。

「満子部長。確か、生徒会選挙に立候補可能なのは二年生でしたよね?」
「よく知っているな、サカキ。お前、選挙制度マニアか? きっと、将来政治家になれるぞ!」

「もしかして、この文芸部から、立候補者を出そうという気なのですか?」
「いや、違うな」

「違う?」

 満子部長は、いったい何を考えているのだ? 僕は、不敵な笑みを浮かべる満子部長の顔を凝視する。

「結論から言おう」

 満子部長は、謎のジェスチャーを交えながら、大きな身振りで台詞を告げる。

「立候補者の名前を私が書いて、すでに届け出を済ませてきた!」
「ぶっ!」

「それも、この文芸部の二年生全員だ!」
「え? ええ!?」

 僕と、睦月と、鈴村くんは驚きの声を上げる。

「サカキと保科と鈴村。文芸部からは、三人が立候補したことになる。この作戦のコードネームは、下手な鉄砲数打ちゃ当たるだ!!」
「がががが!!!」

 僕は驚きで、びくびくっと痙攣しそうになる。
 な、何を言い出すんだこの人は。頭がおかしいのか? いや、おかしいのは知っている。
 立候補届は、本人が出すものではないのか? それに、立候補者を出すにしても、三人全員出す理由が分からない。

 こ、これは夢に違いない。僕は満子部長の、斜め上の行動に付いていけず、思考停止状態に陥る。

 その時である。文芸部の部室の扉が、勢いよく開いた。そして、派手な照明と音楽とともに、謎の人物が入ってきた。
 だ、誰だ、この過剰な演出の人物は? 視線を向けて、ああ、この人かと思った。満子部長をライバル視している御仁だ。演劇部の部長で生徒会長の、花見沢桜子さん。彼女が、文芸部の部室に乗り込んできたのだ。

「城ヶ崎!」

 花見沢さんは、まるで舞台の上のように、満子部長をびしっと指差す。

「何だ、花見沢?」
「立候補届を見たわ。文芸部から三人も刺客を送り込んでくるとはね。私の生徒会を簒奪するつもりなの?」

「あー、花見沢。お前が生徒会を私物化していることは知っているが、お前のものではないぞ。それに、任期が切れれば、お前は会長でも何でもない、ただの一般生徒だ」
「ふっ」

 満子部長の台詞に、花見沢さんは腕組みをして、口の端を上げる。

「次期生徒会長も演劇部で押さえれば何の問題もない。私は院政を布いて、この学校の支配を継続できる」
「ほうっ! 誰か、候補者を用意したのか?」

「そうだ。先ほど立候補届を出してきた。演劇部から参戦するのは、安戸麻里という二年生だ。マリー・アントワネットの麻里と異名を取る、演劇部の次期部長候補よ!」

 花見沢さんの台詞の直後に、派手な音楽が鳴り響いた。文芸部の入り口が、ドライアイスの煙で覆われる。その煙の中から、派手なドレスを着た、三白眼の女の子が現れた。

「私は麻里。マリー・アントワネットの麻里。花見沢先輩の傀儡になるべく、生徒会選挙に立候補届を出してきました」

 まるでロボットのように体を動かしながら、マリーは文芸部の部室に入ってきた。
 あかん。これは、あかん奴や。
 ロボットの演技なのか、素の動きなのかは分からない。だが、自分で傀儡などと言って、機械的な動きをするのは駄目だろう。マリーは羽根の付いた扇を広げ、顔の下半分を隠して、ぴたりと動きを止めた。

「そうか。そいつが、花見沢の後継者か」

 黒板の前にいた満子部長が、真ん中の指を立てて挑発のポーズを取る。そして、自信たっぷりに台詞の続きを語る。

「そちらは一人、こちらは三人。スリーマンセルで駆逐してやる!」
「あははははは!!!」

 花見沢さんは、馬鹿にした高笑いを上げる。

「城ヶ崎、あんた馬鹿でしょう。三人も立候補者を出したら、票が割れるに決まっている。そんな単純計算も分からないの? これは、マリーの当選は確実ね」

「ほう。花見沢。お前はマリー以外の立候補者は出さないのだな?」
「当たり前よ。あなたとは違うわ。私はマリーだけで行くわ」

「よし、言質を取ったから説明してやろう」
「どういうこと?」

「花見沢。花園中の生徒会選挙の仕組みを理解していないのは、お前の方だよ」

 満子部長は、いつもの得意げな態度で語り出す。

「花園中の生徒会選挙には、決選投票というルールがある。候補者が過半数の票を取れなかった場合は、上位二名で決選投票をおこなうという仕組みだ。

 こういった形式で、立候補者が多い場合は、票が割れて決選投票にもつれ込むことが多い。そして、決選投票で、一位と二位が逆転することが、ままあるのだよ。二位以下の、三位、四位といった票が、二位の候補に流れ込むことで、二位が一位をしのぐという現象が起きるのだ。
 自由民主党の総裁選挙では、まれにこういった事態が発生している。二〇一二年の総裁選や、一九五六年の総裁選が、そういったケースに当たる。

 私は、この決選投票による逆転を意図的に起こすつもりだ。うちの候補者三名は、それぞれ個性が違う。その三名が集めた票を、決選投票に残った、お前の後継者以外の人間に集約するのだ。
 花見沢。お前の横暴をこのまま指をくわえて見ている私だと思ったか。そう! 正義と性技の使者たる私が、この学校を快楽の園に変えるのだ! この学校で院政を布くのは、この私だ!!!」

 満子部長の演説を聴き、演劇部の花見沢さんは、「ガラスの仮面」のように目を白くする。
 あ、あのー。僕たち置いてけぼりですか? 僕は頭が痛くなって、椅子の上でぐったりとなる。

「大丈夫です。花見沢部長。最初の投票で過半数を取ればよいだけですから」

 マリーだ。ドレスをまとった三白眼。先ほどまでロボットのような動きをしていた彼女が、滑らかな動きで、花見沢さんの横に立った。

「どれだけ寄せ集めようと、雑魚は雑魚です。大魚には勝てないということを、思い知らせてやりましょう」

 マリーは、「おーほほほほ!」と高笑いをする。花見沢さんも、同じように高笑いをする。そして、互いに手を取り合って、文芸部の部室を去っていった。

「というわけで、サカキ、保科、鈴村。お前たちは、生徒会選挙に立候補した。今日から選挙活動をしてもらうぞ」
「えー!」

 三人同時に抗議の声を出す。

「大丈夫だ。この作戦は、三年生の全員が了解済みだ」
「えっ?」

「サカキくん、睦月ちゃん、鈴村くん、がんばってね!」

 楓先輩が、僕たち一人一人に握手をしていく。

「いいか、お前ら。逃げたら、ぶっ殺す!!」

 女番長の鷹子さんが、僕たち二年生の退路を塞いだ。

「それに、一年生で立候補できない氷室も、協力を約束している」
「サカキ先輩の根性を叩き直すのに、ちょうどよいと思いましたので、選挙参謀を引き受けました」

 瑠璃子ちゃんは、冷徹な参謀といった風情で、全校生徒の名簿を取り出して、身構える。
 そ、外堀が埋められている? こういった政治的な駆け引きが大好きな満子部長だ。どこまで根回しをしているのか、想像が付かない。

「あ、あの、本気ですか?」

 夢なら覚めてくれと思い、僕は尋ねる。満子部長、楓先輩、鷹子さん、瑠璃子ちゃんが、こくりと頷いた。やっぱり、本気ですよね~。逃げられませんよね~。僕は観念した。

 しかし、いったいどうなるのだろう? 僕は、この先の未来を思って、額から滝のように汗を流す。

「さあ、選挙活動を始めるぞ!」

 満子部長の楽しげな声とともに、僕たち文芸部は、怒涛の選挙活動に突入した。