雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第25話「針地獄 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇森木貴士◇

 夜になった。一階の小料理屋も終わり、俺は手伝いから解放された。
 風呂に入ったあと、自分の部屋に戻り、ノートパソコンを起動する。夕方に途中まで作った、女騎士の3Dモデルを確認する。デザインの完成度は、六十パーセントといったところか。ディテールは作り込んでいないし、ポーズにもまだ不完全な部分がある。それらを修正するのには、まだ一、二日はかかるだろう。

「寝るまでの間に、少し進めておくかな」

 夕方までのデータをDBに送ったあと、作業を再開する。周囲は静まり返っており、波と風の音だけが、耳に聞こえている。部屋の扉がノックされた。

「あまり、遅くまでやるなよ。それと、宿題をきちんとやっておけよ。授業に付いていけなくなるぞ」

 父さんの声だ。そういえば、宿題をやっていなかったことを思い出す。

「分かった。今からやるよ」

 今日の作業はここまでかな。そう思い、ノートパソコンを開いたまま机の脇に寄せる。父さんが、自分の部屋に入る音が聞こえた。早朝に魚市場に行って、魚を仕入れるために、父さんは朝が早い。俺は、睡眠の妨げにならないように、イヤホンで音楽を聴きながら、宿題に手を付ける。
 すべてを終えるまで一時間以上かかった。授業のコマ数は少なかったのに、これだけかかるとは驚きだ。来週から、本格的に授業が始まると、宿題でどれだけの時間が潰されるのだろうかと思い、ぞっとした。

「少し、デザインを修正してから寝よう」

 俺は、ノートパソコンを手元に寄せる。勉強をしているうちに、いくつかアイデアが浮かんでいた。それらを忘れないうちに反映させておきたかった。
 蛍光灯が消えた。ノートパソコンのモニターの明かりだけが、部屋の中で輝いている。

「停電か?」

 嵐の日というわけでもないのに、電気が停まるのは珍しい。何かあったのか。家の気配を探ってみる。父さんはもう寝ている。ブレーカーが落ちたのかもしれない。懐中電灯を探して、部屋を出た。
 玄関まで行き、扉の上にある配電盤を照らす。ブレーカーは元のままだ。俺は首をひねって、靴を履く。扉を開けて、金属製の屋外階段の上に出る。家の周りは少し開けており、建物がない。少し離れた場所にある窓を見てみたが、明かりはきちんと点いている。

「うちだけか」

 一階の電気も落ちているのだろうか。もしそうなら、確認して父さんに知らせた方がよい。店の中にある生け簀の魚が、死ぬ可能性がある。
 俺は自分の部屋に戻り、一階の鍵とスマートフォンをポケットに押し込む。そして、お守りを首にかけてから、もう一度外に出た。服の前を合わせながら階段を下り、小料理屋の入り口に向かう。
 扉の前に来た時に、背筋に緊張が走った。背後に気配がある。ただの気配ではなく、殺気である。俺は、反射的に前へと跳んだ。長物が空を切り、金属が地面を撃つ音が聞こえた。俺は全身を総毛立たせながら、背後を振り向く。

「ちっ」

 舌打ちの音が闇に響く。そこには、一人の女性がいた。ピンク色のラメの服に、白黒の悪魔的化粧。茶色の髪の毛は、ツインテールにしてあり、右手には多段の特殊警棒が握られている。その警棒の先は、足下に叩き付けられており、地面を覆うコンクリートを砕いていた。
 殺す気で、振ってきた。そのことに戦慄する。相手は喧嘩をする気ではなく、殺害するつもりで不意打ちしてきた。俺は昔から勘が鋭いので、こういった危機には瞬間的に体が動く。そういった人間でなければ、今の一撃で頭を割られて死んでいただろう。
 最初の驚きが去ったあと、脳が動き出した。敵は二人一組だった。しかし、今目の前にいるのは、一人だけである。
 挟撃。その単語が頭に浮かぶ。俺はこの場を離れるために、全力で駆け出した。背後で、小料理屋の戸が、砕ける音が聞こえた。走りながら振り返ると、店の入り口に、バイクが突っ込んでいた。俺を轢き殺すつもりだった。そのことを知り、息が止まりそうになる。

 何なんだいったい? 心臓が、爆発しそうに鳴っている。
 いったい、どうなっているんだ? 俺は、必死に足を動かしながら考える。
 針丸姉妹が、俺を襲撃してきた。相手は、俺が一人だけでいるところを襲ってきた。敵は、俺を殺す気らしい。頭の中で、考えが上滑りして上手くまとまらない。とりあえず、今は彼女たちから、離れることを考えなければならない。
 背後でバイクの爆音が鳴る。いつの間にか、入り口に突っ込んだバイクは外に出て、もう一人が後部座席に乗り込んでいた。

「何があった」

 二階の窓から父さんが顔を覗かせ、声を出した。バイクに乗り込んだ針丸姉妹の一人が顔を上げ、父さんに目を向けた。全身に緊張が走る。父さんを巻き込んではいけないと思った。

「針丸姉妹! 俺はここだ!」

 思わず叫んでいた。俺は、手に持った懐中電灯を、大きく振る。二人の殺意の混じった視線が、俺に注がれる。
 緊張の中、母さんと姉さんの姿が、頭に浮かんだ。俺や父さんを巻き込まないために、家にいるようにと告げて、飛び出した二人。今度は、俺が同じ立場になった。敵と父さんを、交戦させてはいけない。ここから敵を、引き離さなければならない。だが、どこに戦う場所を移すというのだ。
 一つの場所が浮かんだ。人のいない場所。誰も巻き込まない区域。

 その場所で、よいのか?

 疑問が頭に浮かぶ。周囲が無人ということは、助けを呼べないということだ。敵は、特殊警棒とバイクを持っている。そして、俺を殺すことに何の躊躇もない。死に急ぐだけではないのか。
 俺はポケットに手を触れる。そこには、習慣として持ち歩いているスマートフォンがある。仲間を呼べばいい。そう考えるとともに、その考えが危う過ぎることに気付く。電話をかける暇などあるのか。たとえかけられたとしても、駆けつけるまでの時間、持ちこたえることができるのか。

 やるしかない。

 俺は、視線の先にある山を見る。波刈山。竜神海峡を、くの字に折り曲げるようにして、突き出ている山だ。その外周は崖になり、海へと落ち込んでいる。そこならば誰もいない。父さんを巻き込まずに済む。
 山までの道をたどろう。俺は、そう決める。しかし、相手はバイクだ。そのまま真っ直ぐに、山を目指せば、すぐに追い付かれる。俺は、懐中電灯を消して、細い道を右に折れて倉庫街に駆け込んだ。

 二人乗りのバイクが、背後から爆音を上げながら迫ってくる。目の前に、フォークリフト用の木製パレットが、積み上がっている。俺はその横を通りながら、パレットを引き倒す。
 バイクが、急ブレーキの音を鳴らした。これで針丸姉妹は、回り道しなければならない。バイクのエンジン音が、いったん遠ざかる間に、道を複雑に曲がり、相手を振り切ろうとする。
 ヘッドライトの光が、細道に侵入してくる。どうして闇の中で、俺の居場所が、正確に分かるのかと驚く。背後から照らされる光が、俺の背中を照らす。上着の一部に、何かが付着していることに気付く。

 微細な針。

 敵の能力を思い出す。最初の一撃の際、取り逃がした時のことを考えて、目印を付けていたのかもしれない。俺は上着を脱ぎ捨てる。肌寒い。しかし、背に腹は代えられない。倉庫の間の細道に飛び込み、相手を振り切ろうとする。駄目だ。まだ追ってくる。上着以外にも針が付いているみたいだ。バイクが通れない場所に、行かなければ。
 倉庫街を抜けた。民家が海沿いに続いている。その塀を乗り越えて、庭に侵入する。針丸姉妹の一人が、塀を越えてきた。もう一人は、塀の向こうでバイクに乗っているのだろう。俺は、自分が懐中電灯を持っていることを思い出す。今、明かりは消している。相手が近付いてきたところで、相手の目に向けて光を放った。

「ぐわああっ」

 悲鳴が上がる。躊躇するな。自分の頭を沸騰させて、全力で相手の膝を、横から蹴った。骨を折ったか。駄目だ。相手はバランスを崩しているが、まだ立っている。敵が反撃してきた。大振りの特殊警棒を、紙一重で避け、懐中電灯を相手の顔面に叩き込んだ。
 ライトが砕け、明かりが消える。相手が後頭部から土の上に倒れる。姉妹の姉か妹かは分からないが、一人倒した。地面に転がった特殊警棒を拾ったところで、塀の間の扉をぶち破って、庭にバイクが踊り込んできた。
 くそっ、息を吐く暇がない。やはり、山に逃げ込まなければ無理か。俺は塀を乗り越え、山に向かう。その途中、先ほど倒した一人が、鼻血を流しながら立ち上がるのが見えた。