雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第24話「針地獄 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇針丸姉妹◇

 これが、あいつらの通っている高校か。坂の下の裏道にバイクを隠したあと、妹と別れ、私は校門の向かいの歩道に立った。最初は私が見張り、次は妹に代わる。三十分交代で、その役割を交代する。同時に二人で監視しないのは、こちらが二人一組だと、すでに相手に知られているからだ。

 私は、校門の奥を眺めながら、自分の学生時代を思い出す。私と二葉は、中学までしか学校に行っていない。
 私が小学六年、妹が五年の時に、父親が児童虐待で逮捕された。母親は、その直後に蒸発した。身寄りのなかった私たちは、施設に入れられた。中学を卒業したあと、施設を飛び出した。そういった少女たちの例に漏れず、私たちは歓楽街に身を寄せた。体は売らなかったが、酒を出す店で、きわどい服装で給仕をして日銭を稼いだ。

 そうやって、しばらく過ごしたあと、派手な服装で夜の街を歩いている時に、声をかけられた。妹と二人でいた時だった。相手は二人の男だった。黒い法衣に、黒い鉢巻き。最初、場違いな雰囲気だなと感じた。次に、宗教だろうと思った。私たちは、そういった人間に、時折声をかけられていた。

 あなたたちは不幸だ。
 あなたたちに救いを与えてあげる。

 勝手に人の境遇を不遇と決め付け、幸福の押し売りをする。そういう奴らは、有り金を奪って裏道に放り出すことに決めていた。だが、黒い法衣の二人は、これまでの者たちとは違った。目には絶望が浮かんでいた。そして、その絶望を受け入れる表情をしていた。どうやら、幸せを強引に売り付けたいわけではないらしい。少し話を聞いてみようと考えた。

「私たちは、孤独を肯定しています」

 二人のうちの一人が言った。

「私たちは、個が個のまま、居場所を手に入れるにはどうすればよいかを考えています」

 もう一人が告げた。彼らの言葉は、宗教の勧誘としては、いささか奇妙に思えた。

 ともに祈ろう。
 私たちと繋がろう。
 みんなで幸福になろう。
 あなたには仲間がいます。

 これまでの宗教の勧誘は、そういったふざけた言葉を、嬉しそうに投げかけてきた。そういった言葉に対して、私は共通の感想を持った。

 反吐が出る。

 そういった勧誘の言葉を投げかける輩に、私は無性に腹が立った。そして、暴力の衝動を抑えられなかった。だが、こいつらは違うらしい。そういった手合いではないようだ。聞いてみると、黒い法衣の二人は、竜神教団という宗教団体に属しているらしい。彼らは、その勧誘部隊だという。教団は、郊外に大きなビルを持ち、そこに出家信者たちが集い、暮らしているそうだ。

「私たちに声をかけて、どうしようと思ったんだい?」

 姉妹を代表して、私が声をかけた。勧誘部隊の一人は、沈痛な顔で答えた。

「心に闇を抱えており、そして他者に依存せず、個人として立っている。そういった人間を、私たち自身の判断で探して、教祖様のところに連れて行く。それが、私たちの仕事です」
「そこで、ありがたいお話でも聞かされるのかよ」

 よくある話だ。しかし、男は、首を横に振った。

「話はいたしません。おこなうのは選別です。『見える者』は、出家信者になる資格があります。『見えない者』でも、望むのならば在家信者になることができます。もちろん、信者にならず、そのまま帰ることも可能です」
「何か、やばい薬を飲ませたり、監禁して洗脳したりするんじゃないだろうな?」
「いえ、こういったものを使うだけです」

 男は、襟元から首飾りを出した。その先には、ビー玉大の虹色の宝珠が、台座に収まっている。霊珠というらしい。信者の中でも、特に高位の人間に授けられるそうだ。私は、その霊珠に惹かれた。妹の表情を窺うと、彼女も同じようだった。

「いいだろう」

 何かやばいことがあれば、逃げればいい。そう考えて車に乗り込み、竜神教団のビルまで移動した。

 私たちは、教祖の凪野弥生に会った。彼女は漆黒の球体を出した。私たちは、それが「見えた」。その黒い球は、私たちの体を包んだ。目が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、臭いが嗅げなくなり、舌の感覚がなくなった。やがて触感も消えて、自分の境界が曖昧になった。
 五感がないということは、自分の肉体が消失するということだ。闇の中、精神だけの存在になった私たちの許に、凪野弥生が入ってきた。その感覚は、まさに「入ってきた」としか言いようがないものだった。グラデーションのように広がっていた「自分」という存在の中に、まったく違う個性である「他人」が侵入する不思議な体験。

 すべてが終わったあと、私たちは出家信者になる資格があると告げられた。私の中で、世界が変わっていた。自分というものが、再構成されたような気持ちになっていた。私たちは、弥生様に選ばれたことに幸せを感じた。自分たちは認められている。だから、さらに認められるために、努力しなければならない。それこそが正しい道だと、確信した。

 御崎高校の校門の間を、まばらに生徒が通っていく。私は、今の時間に立ち戻る。
 会話を断片的に聞いていると、どうやら一年生だけ授業時間が短く、早く帰宅しているようだった。三十分が二回過ぎ、最初の一巡が終わり、二巡目の見張りになった。校門の先の舗装路を眺めていると、昨日見た顔がやって来た。長い黒髪の女と、ふわふわの金髪の女。逃げ出した男と、デブの男の、合計四人。昨日倒したショートカットの女はいなかった。

 四人は、私の顔を見ても、誰だか分からないようだった。当然だ。今日は、白黒のメイクをしていなければ、派手なピンクのラメの服も着ていない。廃ビルの四人は、私の正体に気付かず、前を通り過ぎていく。ある程度距離が離れたところで、私はスマートフォンを出した。そして、坂の下にいる妹に電話をかける。

「対象が校門を通過した。そちらの前を通るのは、およそ二分後。対象を確認後、交差点まで徒歩で先行して、行き先を確認するように」
「ラジャー」

 充分な距離を置いたあと、私は坂を下り始める。裏道に入り、バイクの座席に腰かけ、二葉からの連絡を待った。

「姉貴。左に曲がったよ」

 私は地図を思い出す。

「商店街の入り口まで続く道だな。先行して、どちらに向かうか確認する。二葉は距離を取り、背後から追跡すること」
「ラジャー」

 私はスマートフォンをポケットにしまい、襲撃対象はどこに住んでいるのだろうかと考える。できれば人気のない場所がよい。交番などが近くになければ、なおよい。上手く住所を、探り当てられるだろうか?
 私は微笑する。相手は学校に通っている。今日一日で特定できなくても、毎日同じ道を利用しているはずだ。探索はたやすい。

「まあ、一発で家までたどり着くつもりだがな」

 私はヘルメットを被り、エンジンを始動した。さあ、追跡の開始だ。私は裏道を抜けて、商店街にバイクを走らせた。