雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第22話「針地獄 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇森木貴士◇

 目覚ましが鳴った。布団の中から手を伸ばして、音を止める。目を開き、息を吸った。部屋の空気は冷えている。春のこの季節、朝の空気の温度はまだ低い。俺は、のろのろと布団から這い出て、着替えを始めた。首からお守り袋を提げる。母にもらったその袋には、昨日渡された霊珠と、母と姉の写真を収めている。
 新しい一日が始まった。スマートフォンの画面を見て、昨夜のうちに着信がなかったか確かめる。DBから一件届いている。指を動かして本文を読む。

 昨日は仕事になったか?
 俺は駄目だった。
 部活での体験が強烈過ぎた。
 放課後はどうする?

 廃ビルでの死闘を思い出す。その光景に続いて、朱鷺村先輩や雪子先輩の、美しい姿も頭に浮かぶ。

 俺も仕事にならなかった。
 ごめん。
 デザイン、まだできていない。

 返信を書いて、白い息を吐く。そういえば、アキラは回復しただろうか。針丸姉妹は、霊体を分断されても、倒れることなく逃げ出した。その様子から、霊体を大きく傷付けられても、死ぬことはないと分かった。しかし、アキラの顔色はひどかった。念のために、体調を尋ねるメッセージを書く。送信ボタンを押したあと、食堂に行き、父さんと朝食を始めた。

「今日の予定は?」

 父さんが、食事の合間に聞いてくる。

「ごめん、言ってなかった。普通に授業が始まるみたい。だから、昼ごはんは学校になる」
「そうか。弁当は明日から用意しておく」
「うん。今日は、学食にするよ」
「昨日も学食か?」
「DBやアキラや、部活の先輩たちと食べた」
「部活に入ったのか。それで、何部に入ったんだ?」

 そういえば、何も話していなかった。俺は、自分が入った部活の名前を、頭に浮かべる。そしてその名を、父さんに告げるべきか悩む。
 父さんは、母さんや姉さんの活動を知らないようだ。竜神部の説明をするには、その話題は避けて通れない。しかし、そのことを語れば、父さんの思い出の中にある二人の姿を、壊すことになるかもしれない。俺は、そのことを心配する。俺は、口に食べ物を入れて、咀嚼しながら考える。

「島の歴史を調べる部活だよ。この島も、歴史がいろいろとあるみたいだしね」
「文化系なのか?」
「そうだよ」
「高校ぐらいは、スポーツをした方がいいんじゃないのか?」
「文化系とはいっても、フィールドワークで歩き回るみたいだけどね」

 嘘ではない範囲で受け答えをする。具体的な内容を説明しても伝わるわけがないので、会話を成立させるのが難しい。
 食事が終わった。俺は下膳して、皿洗いをする。部活の話題から逃れられたので、ほっとする。

「それじゃあ、学校に行ってくる」
「勉強、頑張れよ」
「うん」

 手を振ったあと、玄関の扉を抜けて、屋外階段を下りた。俺は空を見上げる。今日も晴れている。潮の香りとともに、海からの風が俺の体を洗う。港に並ぶ漁船やレジャー船を見たあと、大通りへと足を運ぶ。昨日の非日常の体験が、嘘のように感じる普通の朝だった。
 松海公園の入り口に、DBが立っていた。俺は手を振り、小走りで傍に行く。DBは渋い顔をしていた。学校へと向かいながら理由を聞くと、昨夜、竜神教団についてネットで調べたと教えてくれた。

「情報がほとんどない。少なくとも、公式に情報を発信していない。信者も、ネットに何も書いていない。辛うじていくつか言及が見つかったおかげで、実在する団体だと分かった。極端に内向的な組織みたいだな」

 DBは、両親がIT会社を経営しているためか、ハッカーのような技能を持っている。もしネットに情報があれば、そこからたどって、いろいろと調べられたはずだ。それができなかったから不機嫌なのだ。

「まあ、詳しいことは週末に教えてくれるんじゃないのか。末代のところに行くって、話をしていたし」
「そうなんだが、その前にある程度、知識を増やしておきたい。その場で話を聞くだけだと、有効な質問ができないだろう。予習は大切だ」

 DBらしい考え方だ。学校の勉強も、これぐらい熱を入れてやれば、相当のところまで行くはずだ。DBが本気で打ち込めば、都会の進学校でも通用する成績になるだろう。
 雑談をしているうちに、商店街の近くの道に差しかかった。昨日はここで、アキラに背中をいきなり叩かれた。俺は警戒しながら、周囲に視線を走らせる。信号を渡った先にアキラがいるのが見えた。

「DB。アキラがいる。ちょっと待とうぜ」
「ああ」

 いつもなら嫌がるDBが、素直に応じた。昨日、部活でアキラが傷付いたから、さすがに心配なのだろう。俺たちは青信号になるのを待ち、アキラと合流する。アキラの顔色は、昨日よりもよくなっている。分かれた時には、死人の一歩手前という感じだったが、今日は徹夜明けの顔ぐらいまで回復している。

「体調は大丈夫か?」

 俺は、アキラのショートヘアーの顔を見ながら尋ねる。

「うん。メッセージありがとう。寝たらだいぶよくなった」

 アキラは、口を大きく広げて、いつものような明るい笑顔を見せる。

「そうか、安心したよ」

 俺はアキラに告げて、三人で並んで学校への道を歩き始める。しばらく進むと、DBがアキラに顔を向けて、意地悪そうな笑みを見せた。

「何時間寝たんだ?」
「昨日、帰ってからずっと寝ていたから、十三、四時間ぐらいかな」
「ばたんぐうかよ?」
「悪い?」
「風呂入っていないのか?」
「あんた、相変わらずゲスね。朝、シャワーを浴びたわよ」
「何だよ、臭いままかと思ったよ」

 アキラが拳を振り上げ、DBが俺を盾にして隠れる。いつもの朝の光景だ。二人とも、飽きないなあと思う。
 道は坂になり、学校まで続く人の列に、俺たちは入っていく。しばらく上り、校門を抜けて運動場の横を通った。俺は、DBとアキラに尋ねる。

「なあ。今日、部活は何をするのかな?」

 二人は、目を見合わせて考え込む。

「何をするんだろうな?」
「謎よね」

 DBとアキラも、想像が付かないらしい。

「見回りとかするのかな?」

 俺は二人に尋ね、微妙な顔をされる。朱鷺村先輩や雪子先輩が、日がな島をぶらぶら探索している姿は、あまり想像が付かない。

「まあ、夕方に部室に出れば、分かるんじゃねえのか?」

 DBが、のんきな様子で答える。

「私も、いちおう空手部に行く前に、部室に顔を出すようにするわ」

 そういえば、アキラは部活を掛け持ちしていたな、と思い出す。何とも煮え切らない様子で、俺たちは靴を履き替え、教室に向かった。
 授業が終わり、放課後になった。俺とDBとアキラは、連れ立って第二校舎に向かう。竜神部の部室の前に来た。俺は、扉をノックする。

「誰かいますか?」

 返事はない。誰もいないのか。来れば開いていると思っていたのだが、職員室に行って、部室の鍵をもらってこなければいけないのか。

「そういえば、学校の部活動として、詳しいことは何も聞いていなかったな」

 俺は、頬を掻きながらこぼす。過去の経緯や、霊的な話ばかり教わり、肝心なことを聞きそびれていた。俺は、どうするか二人に尋ねる。DBは、動くのが面倒だから先輩たちを待とうと主張する。アキラは、空手部に行きたいから五分だけ待つと、薄情な台詞を告げた。
 四分五十秒ほど経ったところで、黒縁眼鏡にポニーテールの佐々波先生が、廊下の先に現れた。

「あれ、森木君たちどうしたの?」

 不思議そうな顔で、俺たちの前までふらふらと歩いてくる。ちんまりとした佐々波先生は、俺たち三人よりもかなり背が低い。その手には、カバーの付いた大判の本らしきものを持っている。
 佐々波先生は、昨日とはだいぶ口調が違う。俺たちと会話したことで慣れたのか、たどたどしい口調ではなく、妙に馴れ馴れしく話しかけてきた。

「いや、部活に来たんですけど」
朱鷺村さんに聞いてないの?」
「何をですか?」
「あれ? ああ、そうか。私たちが打ち合わせをしたのは、昨日、君たちが帰ったあとだものね。一年生は、今週までは授業のコマ数が少ないから、まだ朱鷺村さんと会っていないわよね。だから、話が伝わっていないのか」

 そういえば、二年生や三年生は、まだ授業をしていたような気がする。俺は、どうすればよいのか、佐々波先生に聞く。

「今週は、出てこなくてもいいわよ。特にやることはないから。あと、土曜日は九時に校門に集合。分かった?」

 質問の言葉を投げかけたあと、佐々波先生は、小首を傾げた。

「あれ? 末代のところまでは、どうやって移動すればいいのかしら。人数は六人になるから、私の軽には乗れないわね。ああ、そういえば、朱鷺村さんはバイクを持っていたわね。アイゼンハワーさんは、その後ろに乗るだろうから、席は足りるか。じゃあ、どうにかなるわね。よかったわ。レンタカーだと、ぶつけたら面倒だものね」

 移動方法は考えていなかったのか。昨日、打ち合わせをしたのではなかったのかと、突っ込みたくなる。それに、ぶつける前提で運転するようなことを言っていた。大丈夫なのだろうか、この先生は。

「どうする? 部室を使うなら、開けるけど」
「先生、部長と副部長は来るんですか?」

 DBが尋ねる。

「来るんじゃないの?」
「先生、顧問ですよね。把握していないんですか?」
「ええ、顧問よ。でも、朱鷺村さんに合い鍵を持たせているから、予定は把握していないわ。私は生徒を信頼する主義なの。だから自主性に任せているのよ。ねえ、素敵な先生だと思わない? 部員は自由に部室を使えるの。だから管理も不要。楽よねえ」
「じゃあ、なんで、ここに来たんですか?」

 DBが、不思議そうに聞く。佐々波先生は、きょとんとした顔で首を傾げる。

「ああ、そうだったわ。忘れていた。昨日、大道寺君が、弥生の写真を見たいって言っていたでしょう。だから、卒業アルバムを持ってきたの」

 佐々波先生は嬉しそうに、手に持っていた冊子を、俺たちの前に差し出した。俺たちは、思わず乗り出して、その表紙を見る。そこには、高校時代の凪野弥生が写っているはずだ。これから敵になる人物の、若き日の姿が。そこからどんな情報が読み取れるか分からないが、是非見たいと思った。

「部室で見てもいいですか?」

 俺は、佐々波先生の顔を見て言う。

「いいわよ。じゃあ、入りましょう」

 佐々波先生は、嬉しそうに扉の鍵を開ける。八布里島を、霊的に守る活動をする竜神部。俺たち新入生は、その部室に、再び足を踏み入れた。