雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第159話「リアバレ・身バレ」

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、闇に隠れて生きる者たちが集まっている。そして日々、その正体を隠して活動を続けている。
 かくいう僕も、そういった覆面レスラーのような人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、スパイも真っ青な面々の文芸部にも、日の当たる世界でのんびりとしている人が一人だけいます。仮面の忍者の群れに紛れ込んだ、顔だしブロガー。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の右横にちょこんと座る。先輩の甘い匂いが、僕の鼻に伝わってきた。僕は、フェロモンに誘われる虫のように、先輩に体を近付けようとする。いや、待て。危ない、危ない。僕は、理性的な文明人です。そして、文化の香り漂う文化人です。僕は、欲望をそっと心の小箱に収めて、先輩に声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉を、ネットで見かけましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの異能者よね?」
「ええ。顔を出しても、なぜか正体がばれない、スーパーマンのような特殊能力を持っています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、自分の部屋でこつこつと書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、輪廻転生しても読み切れない量の、文章に出会った。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「リアバレって何?」

 その言葉のあと、楓先輩は台詞を続けた。

「あと、似た感じの言葉で、身バレというのも見たんだけど。どういう意味なの?」

 まあ、似た言葉ですね。ばれる対象は違いますけど。
 リアバレは、リアルの人間関係にネットの活動がばれることだ。身バレは、ネットの人々に、名前や素性がばれることだ。ばれる対象が、身内か他人かの違いはあるけれど、ばれるという意味では同じだ。そして、そのあとに苦境が待っているという点は、変わりがない。

 リアバレは、その後の人間関係がこじれるので、注意が必要だ。
 たとえば、ネットで明るいキャラを演じていた人が、リアルでは根暗だったりした場合、友人知人から寒い目で見られる。まあ、それぐらいで済めば御の字だが、いじめに発展したりする可能性もあるので、できれば避けたい。また、親にばれて、ネット禁止といった、恐怖の展開になることもある。

 対して身バレは、もう少し危険度が高い。リアルな犯罪行為をネットに書き込んでいた場合は、学校を退学になったり、会社を首になったりする。逮捕もあり得る。また、所属機関への背信的行為がばれて、職を失うこともある。
 身バレは、人間関係ではなく、人生が終わる可能性があるから大変だ。まあ、自業自得のケースも多いのだけど。

 僕は、そんなリアバレ、身バレについて、一瞬のうちに思考を巡らせる。そして、説明を始めようとした時、部室の入り口辺りから、声が聞こえてきた。

「ユウスケは、数日前に、リアバレして、身バレしかかった」
「げえっ関羽

 僕は思わず、横山光輝「三国志」曹操のように、声を上げる。僕がリアバレして、身バレしかけただって! そんなことを知っているのは誰なんだ? 僕は、声がした方に顔を向ける。そこには、同学年で幼馴染みの、保科睦月がいた。

 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。睦月は、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。
 その睦月が、席を立ち、スク水姿でやって来た。そして僕の左隣に、そっと座った。

「ねえ、睦月。僕は、リアバレして、身バレしかけたの?」

 睦月は、僕の顔を見て、こくんと頷く。どうやら、そうらしい。

「えーと、いつかな?」
「三日前。私と一緒にいた時」

 そ、そうだったかな? 僕が疑問を顔に浮かべると、睦月は悲しそうな顔をした。
 うわわ、まずい。必死に思い出さないと! 僕は、記憶をさかのぼらせる。そして、タイムマシンに乗るようにして、三日前の決定的瞬間に、意識を戻したのである。

 その日僕は、自分の部屋にいて、パソコンのモニターに向かっていた。隣には、いつものように、睦月が水着姿で座っていた。
 今日の水着は、スクール水着だ。少し古いようで、微妙にサイズが小さく、体が締め付けられている。そのおかげで、最近女性らしくなってきた睦月の体に、水着の境界線が食い込んでいる。そういった危険な状態で、睦月は僕の部屋のマンガを、熱心に読みふけっていた。

 僕は、睦月の横顔をそっと確認する。没頭している。僕のことは、視界に入っていないようだ。この分だと、何をやっても気付かれない。そのことを確信した僕は、おもむろにマウスを握り締めて、睦月に秘密で運営しているサイトを開き、更新作業を始めた。

 そのサイトの名前は、ヌレミズギ・ドット・コムという。睦月の間断のない水着攻撃により悶々としていた僕は、勢いでドメインを取り、そういった名前のサイトを開設していたのである。
 そのヌレミズギ・ドット・コムに掲載しているのは、古今東西の、水で濡れてなまめかしくなった、うら若き女性たちの写真である。

 このサイトのアクセス数は多い。僕が運営しているサイトの中でも、トップレベルである。その理由は、大量の水着写真が掲載されているからだ。しかし、ヌレミズギ・ドット・コムには、それだけではない特徴がある。
 ヌレミズギ・ドット・コムでは写真を掲載する際、被写体が誰なのか、初出はどこなのか、これまでどういった場所で掲載されたのかなど、僕が調べた情報を事細かに書いている。
 ネットでよくある画像の詳細希望を、先回りして解決しているのだ。そのため、ふらりと訪れた人が、ネットの画像に詳しくなるために常駐しているのだ。

 僕は、そのサイトをそっと開き、昨日収集した水着写真をアップし始めた。そして、写真の背景情報について、事細かな文章を書きだした。
 時折、横を見て、睦月が気付いていないことを、確かめながらの執筆である。まあ、エロ写真を見ているわけではないから、いいよねと思いながら、僕はキーボードを軽快にタッチしていたのである。

「さて、睦月にばれる前に公開しようかな」

 僕は、口の中で小さく言って、公開ボタンを押した。睦月に気付かれないように急いで書いたから、いつもより雑かもしれない。そんなことを考えながらの投稿だった。

「ねえ、ユウスケ」
「んがんん」

 僕は喉を詰まらせそうになりながら、呼吸を整える。そして、華麗なるキーボードさばきで、ウェブブラウザのウィンドウを最小化した。

「な、何、睦月?」
「このマンガの続き、まだ出ていないの?」

「うーん、まだのはずだけど。気になるの?」

 睦月は、頬を赤く染めて、こくんと頷く。そうか、睦月は、このマンガが好きなのか。それじゃあ、いつ出るか調べた方がいいよな。僕は、そう思い、マウスを動かして、ウェブブラウザを最大化した。

「あっ」

 僕と睦月の前に、ヌレミズギ・ドット・コムのトップページが表示された。そこには、睦月によく似た、日焼けしたショートカットの少女の写真が、掲載されていた。いい具合に水に濡れて、水着が肌に張り付いた状態で。

 いやん、ばかん。僕は自分の軽率さに、卒倒しそうになる。何たる不覚。僕は、自分の脳みその馬鹿さ加減に、絶望しそうになる。

「ねえ、ユウスケ」
「何でしょうか、睦月さん」

 僕は、取り繕うために、へりくだって睦月の声に答える。

「それ、ユウスケのサイトなの?」
「えっ? な、なぜそう思うの」

 もしかして、リアバレですか。僕は驚きながら、睦月に尋ねる。

「だって、説明文に、そうとしか思えない内容が書いてあるから」
「えっ?」

 どういうことだろう。僕は、疑問に思いながら画面を見る。

 ――この、僕の幼馴染みにそっくりな女の子は、芸能人の○○○○です。撮影されたのは二〇〇二年で、その時、彼女は十四歳でした。まあ、同じ年齢の睦月の方が、美少女だと思うけどね。でも、睦月の写真を撮るわけには、いかないもんね!――

「ぷぎゃ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 僕は思わず絶叫する。
 睦月のことを見ながら、急いで文章を書いたせいで、解説文のほとんどが睦月のことになっていた。やばい。こんなところに、睦月の名前を書き込んでどうするんだ。僕は慌てて記事を削除した。
 確認のために、トップページをリロードする。すると、サイトにコメントがいくつか書き込まれていた。

 ――サイト主、何やっているの? ……そんな可愛い子なら、調べれば分かるんじゃねえ?

 ――検索してみたんだけどさ、同じぐらいの年齢で、水泳の県大会に何度か入賞している子がいるぞ。

 ――何々。大会の写真、どこかにないかな?

 ――お前ら、情弱すぎ。女子中学生、水泳大会マニアの間では、有名な子だぜ。かなりの美少女で、名前は保科睦月だよ。

 ――サイト主、その幼馴染みか。いろいろと捗るな。

 ぐあっ。身バレフラグが立った! このままではまずい。僕は、サイトの設定を書き換えて、一時的にアクセス不能にした。これ以上のダメージを避けるための、苦渋の選択である。
 その行動を、光速のキーボードさばきで終えたあと、憔悴しきった姿で、隣の睦月に顔を向けた。

 うっ。
 睦月は、僕の顔をじっと見ている。ご、ごめんなさい。僕は心の中で謝るとともに、睦月がネットで知られていた事実に、今さらながら驚いた。
 そうか、そうだよな。睦月は僕と違い、運動部にも所属していて、大会に出たりしているからなあ。僕と異なり、現実世界で、きちんとした活動をしているんだよな。僕は幼馴染みに、置いてけぼりにされたような気持ちになる。
 それはともかく、きちんと謝らないといけない。僕は、頭を下げながら声を出す。

「ごめん、睦月。睦月の顔を見ていたら、睦月のことを書いちゃった」
「別にいいけど。それよりもユウスケは、ああいったサイトを運営するぐらいに、水着が好きなの?」

 僕は、睦月の姿を見る。今日は、むっちりスク水という、反則のような姿をしている。

「う、うん。睦月の姿が目から離れなくて。ご、ごめん。こんなこと言って、迷惑だよね」

 僕が頭をかきながら言うと、あまった方の手を、睦月が握ってきた。

「写真なんか集めなくても、目の前にあるよ」
「えっ」

「私はユウスケの、会いに行ける水着だから」

 僕は、睦月の顔をじっと見る。睦月は顔を真っ赤にさせて、ぎゅっと目をつむった。その顔と体は、緊張のためか、ぷるぷると震えていた。

「む、睦月」
「水着だよ」

 睦月は恥ずかしそうに言う。そして、そっと目を開いた。僕は、そんな睦月の顔を見つめた。
 その時である。部屋の扉が、勢いよく開いた。

「ユウスケ。あんた、何、ぷぎゃーって、大声を出しているの! 近所迷惑でしょう!!」

 母親だ。般若と化した母親が、一瞬の間に間合いを詰めて、僕の頭に拳骨を落としてきた。

「げふうっ!」

 何だよ。そっちの方が、大声じゃないか~~~~!!!
 そんな僕の心の声を無視して、母親は睦月に愛想よくした。

「あらあ、睦月ちゃん。今日も可愛いわね。ケーキ食べる?」
「はい」

「ユウスケは抜きよ」
「そ、そんな~~~」

「睦月ちゃんは運動しているから、何を食べても大丈夫でしょう。あんたは、運動していないから食べただけ太るからね。というわけで、レッツ断食よ!」
「げえっ!」

 母親は、ご無体な言葉を残して、部屋を去っていった。そんなことが、三日前にあったのである。

「ねえ、サカキくん。それで、リアバレ、身バレの意味は何なの?」

 僕は、文芸部の部室に意識を戻す。そして、楓先輩に顔を向けた。僕は、必死に精神状態を立て直して、説明を開始する。

「リアバレ、身バレのバレは、ばれるという言葉を略したものです」
「ということは、何かが誰かにばれてしまうの?」

 楓先輩は、可愛く手を握って尋ねる。

「そうです。リアバレは、ネットの活動が、リアルな、つまり現実世界の人間関係にばれてしまう現象を指します。たとえば、ネットでエッチな絵を発表したり、生放送をしたりしていることが、友人や親にばれてしまう。
 人によっては、そういった活動をしていることを、周囲に黙っています。また、ネットで匿名だからと、いつもとは違うノリだったりします。そういった状態で活動がばれると、周囲に白い目で見られたり、ドン引きされたりするわけです。

 身バレの方は、逆に自分の現実世界の名前や所属が、ネットの人々にばれてしまうことです。こちらの方は、人によっては、かなり危険なことになります。
 たとえば、ある会社の悪口を書いていた人が、そのライバル会社の社員だと分かり、会社と個人が批判にさらされることもあります。また、副業禁止なのに、ネットで荒稼ぎしていることがばれて、失職することもあります。また、不良が万引きなどを自慢して、退学になるケースもあります。

 このように、リアバレ、身バレというのは、ネットと現実世界の関係を断って活動をしていたら、ひょんなことからその二つを結びつけられて、ピンチに陥る状態を指します。そういったこともありますから、たとえ匿名の活動であっても、誰に恥じ入ることもないようにするべきだと思います」

 僕は説明を終えた。これで、楓先輩にも、リアバレ、身バレの意味が分かっただろう。

「なるほど。そういった言葉だったのね。それで、サカキくんは、リアバレして、身バレしかけたのよね?」

 うっ。楓先輩は、目ざとくそのことを覚えていたらしい。素直に答えるべきか悩んだあと、問題ない範囲で話そうと決める。

「え、ええ。細々と運営していたサイトの存在が、睦月にばれてしまいました。あと、そのサイトの運営者が、中学生の僕だと、ネットの人にばれかけました」

「怖いわね」
「ええ」

「それで、どんなサイトなの?」
「え、ええと、服飾関係のサイトです」

 う、嘘じゃないよね! 水着は服飾関係だよね! 僕は、心の中で言い訳をする。

「へー、サカキくん。洋服について詳しいの?」
「ええまあ、ごく一部の狭い領域についてですが」

 僕は、しどろもどろになりながら答える。早く、違う話題に移ってくれ! 僕は心の中で必死に念じる。

「そうなの。それで、そのサイトの名前は?」

 詰んだ。僕は絶望のために、意識を失いかける。
 そうやって朦朧としていると、左横の睦月が僕の手を取り、自分の水着にそっと触れさせた。素直に話せというサインだろう。仕方がない。背中を押された僕は、正直に告白することにする。

「ヌレミズギ・ドット・コムです」
「ヌレミズギ……、どういう意味?」

 楓先輩は、きょとんとした顔をする。

「と、特に意味はないです」

 分からないのならば、それでいい。そう思って沈黙していると、睦月が楓先輩に声をかけた。

「濡れた水着という意味です」

 ちょ、ちょ、ちょっと、睦月さん!!!
 僕は、慌てて睦月の顔を見る。

「ユウスケが、私の水着を濡らしたいのならば、私、素直に受け入れる」

 場が固まった。楓先輩が、僕の右横で凍りついているのが分かった。お、終わった。

 それから三日ほど、楓先輩は、僕に口を利いてくれなかった。そして、その三日間、睦月は、水泳部で練習したあと、濡れたままの姿で、文芸部に顔を出した。

「あ、あの。睦月さん。濡れていますよ」
「ユウスケが喜ぶかと思って」

 睦月は、照れくさそうに僕を見たあと、乾いた水着に着替えるために、水泳部の更衣室に戻っていった。