雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第21話「蠢動 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇針丸姉妹◇

 山の斜面のアパート。その二階の一室。隣には、妹の二葉がいる。私は、スマートフォンの特殊な音声通話アプリを使って、弥生様に電話をかけた。毎日の定期報告。夕方にかける約束になっている連絡。弥生様が出てくる瞬間を心待ちにして、私は神経を耳に集中した。

「何かあったようですね。声がいつもと違います」

 弥生様の声が、スマートフォンのスピーカーから聞こえてきた。弥生様は、私の普段の声を覚えてくださっている。その事実に、私は喜び、打ち震える。それとともに、弥生様に嘘を吐くことなどできはしないと、全身を緊張させた。
 心臓が大きく鳴り響いたあと、私はようやく落ち着きを取り戻す。私たちは、島の各所に針を仕掛けて、霊の活動を観察している。そして、動きのあった場所に行き、偽剣へと繋がる情報はないかと調べている。

「実は、こういったことがありました」

 その調査の途中で起きたことを、ありのまま報告する。霊珠を持っている三人の学生に会った。それは、おそらく、八布里島を守る人間たちだろうと思われた。私たちは交戦し、一人を倒したが、加勢に来た二人に後れを取った。体勢を立て直すために撤退して、先ほど部屋に戻ってきた。
 弥生様は、私たちの報告を、口を差し挟まず最後まで聞いた。そして、最後にいくつか質問した。

「分かりました。探索を継続してください」

 弥生様は、特に新しい指示を出さず、これまでの仕事を続行するようにと言った。

「しかし、あいつらを放っておいても、よいのですか?」

 私は、疑問に思ったので尋ねる。

「構いません。それよりも、偽剣の在り処を探す方が、優先順位が上です。彼らと戦い、すべてを打ち倒したとしても、その情報を得ることはできません。だから、戦うことは重要ではありません」

 納得できなかった。道を歩いていて、その行く手に障害があれば、取り除かなければ前に進むことはできない。しかし、弥生様の言葉は絶対だ。探索を続けなければならない。その後、いくつか事務的なやり取りをしたあと、通話を終えた。

「どうする姉貴?」

 横で聞いていた妹が尋ねる。妹の二葉も、同じ考えなのだろう。探索を妨害する相手がいれば、排除するべきである。それに、敵を倒せば霊珠を得ることができる。数に限りのある霊珠を増やせば、弥生様は喜ぶだろう。
 探索人としての仕事をさぼるわけではない。その合間に、速やかに事を遂げればよいだけだ。そうすれば、火炎坊や鏡姫を出し抜くことができる。弥生様の寵愛を、独占することができる。私は、口の端に笑みを浮かべる。私の考えが分かったのだろう、妹も同じ表情を見せた。

「姉貴、どうやる?」
「そうだな」

 私は、どうするべきか考える。残念なことに、私も妹も、計画や作戦を立てるといった作業が苦手だ。幼い頃から、まともに勉強をしなかったせいだろう。複雑な物事を、頭の中で組み立てるといったことが、どうしても上手くできない。
 私は、竜神教団に出会う前に勤めていた、違法な飲み屋でのことを思い出す。その店は、法律で禁止されている未成年を深夜に働かせて、客に酒を注がせていた。私たちは、日々のお金を稼ぐため、そして派手で美しい服を着たいがために、その店で椅子に座っていた。

 確か、どこかの会社の、何とか部長という奴だった。そいつは、市場での戦い方のコツとかを、自慢げに話していた。相手を倒す方法は二つある。一つ目は、敵の最も強いところを、全力でくじくこと。二つ目は、敵の弱いところを攻めて、少しずつ力を削いでいくこと。
 私たちの本分は、探索人だ。敵との戦いに、全力を投じるわけにはいかない。その本業の合間におこなえる作戦となれば、後者になる。敵の弱点を狙って、戦力を減らしていく。それが、私たちの採るべき策だろう。

「今日いた人数は?」
「五人だよ」
「その中で、最も弱い相手から倒す」
「なるほど。それで? その先の作戦は?」

 妹は、無邪気な顔をして聞いてくる。

「いいか、二葉。奴らは、この辺りの高校の学生服を着ていた。だから高校生だ。学校の門で見張っていれば、見つけることができる。私たちは、奴らの下校時間に、門の近くに潜んで監視する。そして、一番弱い奴が出てきたら、そいつを尾行する。そいつが家に帰り、一人になったところで襲うというわけだ。
 襲撃の時間は、夜がいいだろう。周りが寝静まった頃が最適だ。助けを呼ぶのが、困難になるからな。それに夜は、人間が幻に翻弄されやすい。霊珠を使った戦闘にはもってこいだ」

 妹の目が輝いた。私の作戦を聞き、成功を確信したのだろう。

「それで、一番弱い奴って、誰なの?」
「誰かな」
「作戦会議ね」
「ああ。二人で考えよう」

 私たちは、顔を寄せ合って相談する。

「最後の方に現れた、長い髪の刀女と、金髪の銃女は論外だ」
「そうだね。あいつら、どう見ても、あの中では二強だもんね」
「それと、あの気味の悪いデブも避けたい。底が知れない。まだ何か、隠し玉を持っていそうだ」
「確かに。何を考えているのか分からないね。それに、にやにや笑いも不気味だったし」
「そうなると、最初に倒した女と、すぐに逃げ出した男ということになる」
「そうなるね、姉貴。どっちにする?」

 妹に尋ねられ、私はどちらにするべきか考える。正直なところ、どちらでも大差はない気がする。しかしここは、年長である手前、深遠なことを考えているように、振る舞うべきだろう。

「女の方は、すでに倒したからな。またいつでも倒せるし、霊珠も奪える。直進するしかできない、馬鹿女のようだったしな。そして霊珠を奪ったからといって、私たち二人の戦力は増えない。霊珠を奪うこと自体は、後回しで構わない。
 対して男の方は、まだ一度も相手をしていない。敵の戦力を見極める上でも、一度叩いておいた方がよいと思う。
 それに、一人目を倒した時点で、こちらの意図が敵にばれる。できれば一人目は、より大きな損害を与えられる相手がよい。すでにライフゼロの奴を叩いても、叩き損だ。だから、男の方を狙って倒す。どう、この作戦で?」
「姉貴。それでいいんじゃない。それよりもさあ、さっさとぶっ殺しに行こうよ」

 二葉は、興奮気味に声を上げる。

「まあ、待て。興奮するな。今日はもう、あいつらは学校から帰っているだろう。それに一晩寝て、私たちの傷を治した方がよい。一晩ぐらいじゃ、そんなに回復しないと思うが、痛みぐらいは引くだろうからな」
「そういえば、腹を切られて痛いんだった」

 私と妹で腹を押さえて、畳の上で苦悶の声を上げる。

「それで、決行はいつにするの?」
「明日にしよう。作戦は、さっき言った通り、学校帰りを見張る」
「分かった。そうしよう。あと姉貴」
「何だ?」
「お腹が減ったよう」

 二葉は、ひもじそうな顔をする。私は、自分たちの体調を考える。今日は、外食は無理だろう。もう一度外に出る気力はない。家で食べるしかない。

「確か、レトルト食品が、まだあったはずだ」

 私は、冷蔵庫の横の段ボール箱まで、這っていく。中を探ると、レトルトのご飯と、カレーが見つかった。これを温めて食べるしかない。食器に盛り、電子レンジに放り込み、ボタンを押す。トレイが回り、加熱が始まった。

「二葉。奴らを一人ずつ倒していくぞ」
「うん。姉貴」
「そして、弥生様に褒められるぞ」
「うん。私たちの存在を認めてもらうんだ。この世界に生まれてきてよかったんだって、褒めてもらうんだ」

 私は、妹と手を取り合う。電子レンジが、唸りを上げている。私と二葉は、畳の上でのたうち回る。両断された腹が苦しかった。私と二葉は、食事ができるまでの間、切り裂かれた腹の痛みを、必死に耐え続けた。