雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第20話「蠢動 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第4章 襲撃

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◇針丸姉妹◇

 八布里島は、本土に面した港の周辺が、最も栄えている。港の近くには、アーケードで覆われた商店街がある。そこからゆるやかに平地が続き、市街地になっている。その大小の家屋が並ぶ土地を進んでいくと、馬の蹄鉄状に山が大地を囲み始める。その山の斜面に至ったところで、地面の様相は大きく変わる。
 山の間には、谷がある。谷は無数に枝分かれしている。大きなものには道路ができ、バスが通り、人々の通い路になっている。小さなものには、アスファルトの小道や、コンクリートの階段が設けられ、その左右に家々が立ち並んでいる。それらの坂から眼下を見れば、市街の様子が広がっている。視界が通っているところであれば、竜神海峡やその向こうの本土も遠望できる。

 谷から上る細い坂道には、古くからの住人が多い。市街があった場所は、かつて一面の田んぼだった。そして人々は、山に張り付くようにして住んでいた。狭い土地を有効に使うには、人間はそうやって、山へと避けるしかなかったのだ。
 そういった山の斜面の一角に、古ぼけたアパートがある。そこに続く小道は、土がむき出しのままだ。周囲には家がない。便が悪いからだ。そういった場所にアパートを建ててしまったのは、その土地の持ち主が、土建屋に騙されたからだろう。しかし、普通の人が好まない、辺鄙な住み処を、あえて選ぶ人間もいる。そういった人々によって、二階建てのアパートは、半分以上の部屋が埋まっていた。

 そのアパートへと続く道を、私と妹は、一台のバイクを押して歩いている。バイク一台に、ヘルメットが二つ。小道を進む私たちは、背中にデイパックを背負い、地味な服装をしている。顔には化粧をしておらず、栗毛の髪は、頭の上でまとめている。
 アパートの脇にバイクを停め、上からビニールの覆いをかけて、紐で縛った。屋外階段を上り、二階の部屋の前に立つ。表札には、有馬と書いてある。偽名である。部屋を借りるための保証人は、島外に住む竜神教団の関係者になっている。
 私たちの本名は、播磨一花に、播磨二葉である。有馬という偽名は、うっかり本名を口にしてしまった時に、誤魔化しが利くだろうということで、教団の人間が決めた。

 私は、ポケットから鍵を出して扉を開ける。二人で部屋に入り、妹の二葉が鍵をかけた。部屋には、カーテンがかかっている。そのため外から室内は見えない。私は蛍光灯を点け、部屋を明るくした。
 背中のデイパックを下ろし、中に入れていた衣装を取り出す。ピンク色のラメの服。その下には、メイクのためのドーランや、それを落とすコールドクリーム、ウェットティッシュやタオルなどが詰め込まれている。
 私と妹は、衣装をハンガーに吊し、壁のなげしにかける。そして六畳一間の畳部屋に座り、大きく息を吐いた。

 妹の顔を見る。苦痛の色が浮かんでいる。きっと私の顔も、同じようになっているだろう。互いの表情が暗いのは、霊の刀で霊体を切断されたためだけではない。敵の写真の能力によって、過去を暴かれたからだ。心身ともに打ちのめされた。そういった敗北感が、私たちの体を包んでいる。

「姉貴。弥生様への連絡は?」
「ああ、しないといけないな」

 敵に出会い、敗北した。進んで伝えたい内容ではない。しかし、一日に一度、夕刻に直接電話をして、進捗を伝える約束になっている。その連絡を怠るわけにはいかない。報告はするつもりだ。起きた出来事を、隠すわけにはいかない。だが、気が重い。こんな些細な失敗で、弥生様の信頼を失いたくはなかった。

 私たち姉妹が、ようやく見つけた居場所。
 私たち姉妹を、肯定してくれる人。

 竜神教団の教祖、凪野弥生は、私たち姉妹の存在価値を、誰よりも高く評価してくれた。彼女は、私たちにとって神のような存在だ。その弥生様の期待に応えるために、探索人という役目を受けた。それを滞りなくこなすことが、弥生様の寵愛を繋ぎ止めるには必要なことだった。

 私は、教団ビルの最上階で交わした、弥生様との会話を思い出す。町から離れた場所にある巨大な建物。その奥にある弥生様の私室。その部屋に私と二葉は呼ばれて、霊珠の試験を受けた。私たちが針の能力を発動させたあと、弥生様は厳かに言った。

「あなたたちはきっと、能力を得ることができると思っていました」

 その声を聞いた時、私はこの瞬間のために、生を受けたのだと確信した。弥生様は説明してくれた。霊珠で能力を得るには、常人よりも強い集中力がいる。私たちのような不幸を経験した人間は、そういった能力を獲得することがある。
 極度の恐怖や怯えは、意識の狭窄と集中を招く。私たちのような境遇の人間は、悲しみと苦しみと引き換えに、神様からそういった贈り物をもらうのだと言われた。弥生様は、私たちに続けて語った。

「こののち、あなたたちは、一般信者とは袂を分かちます。私専属の教団員となり、誰を通すことなく、直接指示を与え、報告を受ける間柄になります。あなたたちは、一切の秘密を漏らさないことを厳守して、活動しなければなりません。あなたたちは、教団の未来を決める仕事に従事することになるでしょう」

 その寵愛の深さと責任の重さに、私は打ち震えた。これまでの人生で、それだけの期待をかけられ、役目を与えられたことはなかった。私は、弥生様のためなら、この命をなげうっても構わないと思った。
 弥生様は私たちに、竜神教団発足の経緯を語ってくれた。八布里島の竜神伝説。その鍵になる偽剣と霊珠。私たちが得た能力は、その霊珠によるものだった。話は続き、八布里島で起きた事件へと進んだ。それは、弥生様が、七人の同志を島に派遣した出来事だった。
 弥生様は、派遣した七人を、島で死んだ七人の武者と同化させて、偽剣の場所を特定しようとしていた。そのために、彼らに大量殺人をさせて、最後に自殺させた。その話を聞いたあと、私は胸を張って弥生様に言った。

「私に命令してください。八布里島に行き、自らの命を絶ち、偽剣の場所を探し出すことを」

 妹も同じような台詞を言った。過去の七人にできて、私にできないわけがない。彼らより、私たちが劣っているとは考えたくなかった。弥生様に認められた私たちなら、必ず使命をまっとうできる。私と妹は、弥生様にそう主張した。弥生様は無表情のまま、凛とした声で言った。

「あなたたちには、他の仕事をしてもらうつもりです。今回は、前回とは作戦を変えます。より多くの情報を収集してから、事を起こすつもりです。あなたたちには探索人となってもらい、島の隅々まで調べ、偽剣を探してもらうつもりです」
「探索人ですか?」

 不満があった。なぜ、今すぐ死ねと、命令してくれないのだ。それに、そのように複雑なことを、私たち姉妹がおこなえるのかという不安もあった。
 弥生様は、話を続けた。

「そうです。探索人です。すでに二人が決まっています。あなたたちで四人目です。この人数で打ち切り、島に渡航してもらうつもりです」

 私はショックを受けた。私たち二人だけの特権だと思っていた役目に、他に二人も就いている。負けられない。そう思った。他の二人を出し抜き、成果を上げなければならない。協力などしていられない。これは競争だ。戦いなのだ。私は、闘志を燃やした。
 数日後、島へと潜入する探索人の顔合わせがあった。

 顔の左側に火傷のある、筋肉質の男。
 顔に深い切り傷がある、愛想笑いが張り付いた小柄な女。
 火炎坊と鏡姫という名前らしい。

 その日、私たちは、針丸姉妹という新しい名前を与えられた――。

「ねえ、姉貴。報告は?」

 妹の言葉で、思考を打ち切った。私は、ポケットからスマートフォンを出して、指紋認証する。特殊な通話アプリを起動して、パスワードを入力したあと音声認証をおこなう。通常の電話ではなく、暗号化した通信で、海外のサーバー経由で、音声通話するシステムだ。しばらく待つと接続が完了した。

「針丸姉妹です」

 私から名乗る。その声を聞いて、問題ないと弥生様が判断すれば、声が返ってくる。無言のまま、時間が過ぎる。私は、弥生様の声を切望する。
 お願いです。出てきてください! 私は、心の中で叫ぶ。あの方の声を聞きたい。神の啓示を耳にしたい。私は、必死に念じる。声はまだ聞こえない。弥生様は答えない。私は緊張しながら、弥生様がしゃべり始める瞬間を待った。