雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第157話「つるぺた」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、幼い姿の者たちが集まっている。そして日々、子供のように振る舞って暮らしている。
 かくいう僕も、そういったネオテニーを疑われる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、幼形成熟な面々の文芸部にも、ちょっと遅れ気味だけど、きちんと育っている人がいます。とんがり帽子のメモルたちに囲まれたマリエル。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は体を向ける。楓先輩は、軽やかに駆けてきて、僕の横にふわりと座る。僕は先輩の、三つ編みの髪に視線を止める。編み上げている髪は、艶やかで、部屋の明かりに輝いている。まさに、匂い立つばかりの美しさを持った髪である。ああ、この髪に触れたい。そして、そっと顔に近付けて、匂いを嗅いでみたい。僕は、その衝動をぐっとこらえて、声を返した。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉を、ネットで発見しましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。モーツァルトが、幼き頃より神童と呼ばれていたように、僕はネット世界で、神童的な振る舞いを見せています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、毎日たくさん書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、文章表現のるつぼに出くわした。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

つるぺたって何?」

 う、うん。世の中のロリコン紳士たちが、好む対象ですね。
 この、つるぺたという言葉は、実は初期の頃から、大きく意味が変化している。そのため、現在見られる用法の中には、当時の頃からすれば誤用となるものが多い。どちらの意味が最終的に多勢になるかは分からない。言葉というものは、時を経ることで百八十度意味が変わることもあるからだ。

 つるぺたとは、思春期前の幼女の体型を表すスラングである。この言葉の「つる」は陰部が無毛であることを意味し、「ぺた」は胸がないことを表す。下がつるつる、上はぺったんこ。そういった状態が、つるぺたである。これは、本来は幼女に限定して使用される言葉であり、その年齢以外の女性が幼児体型であることを示すものではない。

 しかしこの言葉は、現在では貧乳の代名詞として使用されることが多い。これは、本来の意味からすれば誤用に当たるのだが、多数派になっている。
 そもそもこの言葉のつるが、無毛であることが解されているのならば、胸が薄いだけで無毛と判断するのが誤っていることが分かる。とはいえアニメでも、つるぺたという言葉が、後者の意味で出てきたりするので、将来的にはこちらの意味のみが残る可能性が高い。

 僕は、そういったつるぺたの背景を一瞬で考える。しかし、そのことを、楓先輩にありのまま語るわけにはいかない。つるぺたのつるは、女性のあそこに毛がないことです。そういった状態はつるつるです。だから、つるです。そんなことを言った日には、僕は先輩の信頼を失い、文芸部の害虫として、地べたをはいずり回って生きることになる。
 どうするか。僕が、うんうんと悩んでいると、部室の一角から声が聞こえてきた。

「サカキ先輩は、つるぺたが大好きです」
「ふえっ?」

 僕は幼女のように驚きの声を出す。いったいどういうことだ? 僕が顔を向けると、そこには僕の苦手な相手、一年生の氷室瑠璃子ちゃんが座っていた。

 瑠璃子ちゃんは、その名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。
 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「変態なのは、遺伝子の欠陥なのですか」とか、「注意力散漫なのは、精神に異常があるからですか」とか、「成績が悪いのは、テストの時だけ記憶障害になるからですか」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。
 僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。

 そういった感じで、僕にとって天敵である瑠璃子ちゃんが、「サカキ先輩は、つるぺたが大好きです」と言ったのだ。
 いったいどういうことだ? 僕はつるぺた好きだったのか。さすがにそれはまずいだろう。そう思い、瑠璃子ちゃんに声をかける。

「ね、ねえ、瑠璃子ちゃん。僕は、そんなことを言ったかなあ?」
「また、いつもの健忘症ですか。私が小学二年生、サカキ先輩が三年生の時に言いましたよ」

 そ、そうだったのか。僕は自分の記憶に自信がなくなる。そんな僕の横で、楓先輩が瑠璃子ちゃんに声をかける。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。サカキくんは、つるぺたが大好きなの?」
「ええ。三度の飯より、つるぺたが好きです」

 ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕は、これ以上瑠璃子ちゃんが話をややこしくする前に、記憶を取り戻そうとする。僕は必死になって、小学三年生に意識を戻した。

 それは小学三年生の時である。僕は、この二年と少しの時間を通して、学校という閉鎖環境における、処世術を身に付けていた。
 後輩には優しい声をかけ、先輩には可愛がられるように振る舞う。同輩には、それなりの敬意を払い、適切な距離で会話をする。

 そういった、世知に長けた僕は、運動場で先輩の女の子たちに、愛嬌を振りまいていた。特に小学六年生の少女たちに、多くの時間を割いていた。その学年には、子供から大人へと移ろう、わずかな時間の美しさがあった。萌えいづる胸のふくらみ。僕はその、幼体から成体への、はかない時間を楽しんでいたのである。

「あの、サカキ先輩」
「うん?」

 僕は、声を出しながら振り向く。運動場の片隅にいる僕の隣に、一学年下の瑠璃子ちゃんが立っていた。

「どうしたんだい、瑠璃子ちゃん」

 僕は、お人形のような容姿の瑠璃子ちゃんに、声をかける。

「先輩は、六年生の女子を凝視するのが、趣味なのですか?」

 瑠璃子ちゃんは、戸惑うようにして僕に声をかける。僕は、その言葉を聞いて考える。そんなにガン見していたのか。僕は、自分のおだやかな心と、肉体が見せる振る舞いの差に驚く。だから、六年生の女の子たちは、僕の周りに集まっていなかったのだ。僕は、そのことに気付かず、なぜだろうと疑問に思っていたわけなのか。
 僕は、瑠璃子ちゃんに顔を向ける。そして、幼い少女に対して、諭すようにして言う。

「いいかい、瑠璃子ちゃん。僕は凝視しようとしているわけではないんだ。熱心に見ているだけなんだ。
 僕は、何事にも本気で取り組む。それが、ただ見るという行為であってもね。それが僕という人間なんだ。僕は、自分のそういった姿勢を、誇らしく思っている。たとえ外からどのように見えようとも、僕の心は、そういったひたむきさを持っているのだから」

 僕が爽やかに答えると、瑠璃子ちゃんは、感心した様子を見せて、僕と並んで六年生の少女たちを見始めた。僕と瑠璃子ちゃんは、二人で時を過ごす。僕は、そうしながら、目の前の女児たちの胸のふくらみに、心を奪われていた。

「サカキ先輩は、やはり大人の女性が好きなのでしょうか?」

 瑠璃子ちゃんは、自分の胸をなでながら告げた。そこはぺったんこで、何のふくらみもなかった。
 その様子を見ながら、僕は考える。そうか。瑠璃子ちゃんは、自分の胸がないことを気にしていたのだ。しかしそれは、仕方がないことだ。なぜならば、瑠璃子ちゃんは、まだ小学二年生なのだから。

 瑠璃子ちゃんが、胸のふくらみという大人の証しを手に入れるのには、まだ数年を要するだろう。その、時の流れを無視して、何かを得ようとすることは、人生という旅の車窓を見ず、ただ死という終着点を目指すことに等しい。
 僕は、人生の楽しみ方を知らない瑠璃子ちゃんに、何を伝えるべきか考える。現状を肯定する言葉。今には今の素晴らしさがある。そのことを告げようとして、僕は口を開いた。

「瑠璃子ちゃん。僕は、つるぺたが好きだよ」
「えっ」
「瑠璃子ちゃんは、ありのままの姿でいるといいんだ。それが君の、美しさであり、素晴らしさであるのだから」

 僕がそう告げたあと、瑠璃子ちゃんは頬を赤く染めた。

「は、はい。サカキ先輩は、つるぺたが好きなんですね!」
「うん。そうだね。大好きだよ。僕は、そういったものも受容できる、広い心を持っているんだ」

 僕は、年下の迷える子羊に、そういった言葉を投げかけた。

 そういったことが、僕の小学三年生の時代にあったのだ。僕は、意識を文芸部の部室に戻す。そして、僕を無視して瑠璃子ちゃんと会話をしている、楓先輩に顔を向けた。

「楓先輩。つるぺたの意味を話します」

 僕は、若き日に、一人の幼女に生きる力を与えた言葉を、説明しようとする。

「うん。サカキくん。つるぺたについて教えて。どんな言葉か、気になって仕方がないの」

 僕は頷き、高らかと告げる。

つるぺたとは、思春期に入る前の、女性の体型を指す言葉です。つるは、つるつるを表し、それは女性の秘部が無毛であることを意味します。ぺたは、ぺったんこを表し、乳房の発達がみられないことを意味します。この二つが合わさったつるぺたは、大人に変化する前の女性の、裸体を描写した言葉です。

 この言葉の起源は諸説あります。その中でも代表的なものは、アダルトゲームメーカーであるアリスソフトの、ユーザークラブ会誌のコーナーが起源であるというものです。その中で提唱された、『プロジェクトつるつるぺったん(PTTP)』が元ではないかとされています。
 また、アニメ雑誌『ファンロード』の読者欄に起源を求めるものもあります。しかし、どれが本当で、どういった経由で言葉が普及していったかは、定かではありません。

 このつるぺたという言葉は、世に現れてから時を経ることで、意味が変化しています。現代では、つるぺたは、貧乳を指す言葉として用いられています。この流れは、つるぺたと、他の単語が混じったことで、生じたのではないかと言われています。その流れとして語られていることを、今から話します。

 ナムコのゲームに、『ことばのパズルもじぴったん』というものがあります。このゲームの主題歌『ふたりのもじぴったん』は、同社の他のゲームにも使われました。そして、同じ会社のゲーム『アイドルマスター』のPVにも用いられました。
 この時期、胸のないぺったんこの女の子と、もじぴったんという言葉をかける展開が、ネットで見られました。この頃にはまだ、思春期前の女性の体型を指す、前者の用法として、つるぺたは利用されていました。

 この『ふたりのもじぴったん』という楽曲は、その後、作曲者が音楽担当だったテレビアニメ『らき☆すた』でも、小ネタとして用いられました。
 この作品の主人公が女子高生だったことから、つるぺたという言葉の用いられ方が、変化したと思われます。女子高生は、思春期前の女性ではありません。それらの女性に、つるぺたを使うことで、つるぺたイコール貧乳、年齢を問わない幼児体型、といった認識が共有されるようになったのでしょう。
 この考え方が正しいかどうかは分かりません。しかし、おおよそこの時期ぐらいから、その用法が変化していきました。そして現在、つるぺたという言葉は、この後者の意味の方が多数派になっています。これが、つるぺたという言葉の変遷になります」

 僕は楓先輩に、自分が知っている範囲での、つるぺたという言葉の知識を述べた。これで、先輩の求めていた情報を与えることができたのではないか。そう思いながら眺めていると、楓先輩は微妙な表情をした。

「それで、サカキくんは、元々の意味のつるぺたと、新しい意味のつるぺたの、どちらが大好きなの?」

 うっ、忘れていた。僕は、瑠璃子ちゃんの言葉を思い出す。サカキ先輩は、つるぺたが大好きです。そう言っていた。僕は、どう答えれば、楓先輩が満足するかと考える。そうだ。楓先輩は貧乳だ。その貧乳が大好きだと、さりげなく伝えるのが正解だろう。僕は胸を張り、高らかと答えを述べる。

「僕は、後者のつるぺたが大好きです。まな板のような胸に、大いなる憧れを抱くのです。そう、楓先輩のように!」

 僕は、楓先輩が感動することを確信する。しかし、先輩の反応は、僕の予想とは違うものだった。

「わ、私の胸は、まな板じゃないもん。胸はきちんとありますから。たぶん、着やせしているだけだもん!」

 楓先輩は、胸元を隠しながらそう言った。
 えー、あの、その。着やせしている宣言をするならば、隠すのではなく、強調する方がよいのではないですか?
 僕がそういったことを考えていると、楓先輩は僕をきっとにらんで、怒ったようにして自分の席に戻っていった。
 あ、あの。僕は、選択肢を間違ってしまったのでしょうか……。

 それから三日ほど。楓先輩は、部室に牛乳を買ってきては、何度も飲んでいた。もしかして、胸が大きくなるように、飲んでいるのでしょうか? 僕は、あまりにも真剣な楓先輩に、声をかけることができなかった。