雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第19話「幕間 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第3章 戦間

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◇大道寺万丈◇

 シキたちと別れたあと、とぼとぼと道を歩き、家に向かった。公園を過ぎ、住宅街を抜け、長い壁の続くところに、たどり着く。無駄に広い敷地だよな。先祖が、たまたま地位が高かったということで、受け継いだ土地だ。今の大道寺の家には、こんな広い面積は必要ない。
 歩いているうちに、壁の切れ目まで来た。インターホンを押して帰宅を告げ、家の敷地に入る。広い庭に、ぽつぽつと近代的なコンクリート製の住宅が建っている。母屋が中央にあり、いくつかの離れがその周囲に散らばっている。
 俺は、離れの一つに行き、鍵を開けて中に入った。電灯が自動で点き、玄関脇のディスプレイが明るくなる。画面に、母屋にいる執事が現れた。

「お帰りなさいませ、坊ちゃん。本が届いています」
「ああ、こっちに持ってきてくれ」
「かしこまりました。お食事はどういたしますか?」
「親は?」
「今日は、ご帰宅は遅くなるそうです」
「それじゃあ、料理も運んでくれ。PCルームで食べる。ああ、それとチョコレートもな」
「お太りになられますよ」

 とがめるようにして執事は言う。

「今日は疲れた」
「仕方がございませんね」

 ディスプレイは消え、玄関は静かになった。俺は自室に行き、荷物を下ろして私服に着替えた。

「ふうっ」

 思わず声が出た。首を振る。頭が痛かった。精神集中のしすぎだ。俺はPCルームに行き、休止状態のコンピュータを起動させた。部屋には、三畳ほどの広さのテーブルがある。そこに三枚のモニターを置いてある。キーボードは二つ。その前に、リクライニング機能付きの椅子があり、横にはサイドテーブルがある。
 俺は椅子に座り、メールなどを一通りチェックする。その作業を終えた頃に、入り口のチャイムが鳴った。監視カメラの映像を、パソコンの画面に表示させる。執事が本と食事を携え、扉の前に立っていた。俺はロックを解除して招き入れる。扉を抜けた執事が、PCルームに現れた。

「坊ちゃん。本と食事です」

 本はテーブルの上に、食事はサイドテーブルの上に置かれた。俺は、板チョコを手に取り、口に運ぶ。そして、届いた本の表紙を確かめた。
 マンガが三冊、雑誌が二冊、マーケティング関係の専門書が三冊に、デザイン関係とIT関係の洋書が二冊ずつ。それに、ビジネス系の新書が四冊だ。学校の科目に興味はないが、自分にとって関心がある分野についてならば、いくらでも勉強できる。だが今日は、積み上げられた本に、目を通す気にはならなかった。

 俺は、机の上の本を眺めながら、学校でのことを考える。まさか、あんなことになるとはな。高校に入り、新しい生活が始まるとは思っていたが、あまりにも想定外の展開だった。霊珠。死霊狩り。針丸姉妹。竜神神社や竜神教団。
 シキは、竜神部の活動に積極的な様子だった。それも仕方がないだろう。母親や姉の件がある。彼女たちが、この島の霊的な仕事に従事していたのならば、シキが竜神部に入ることは、その仕事を引き継ぐことになる。
 詳しい話は、末代とやらに会いに行った時に、話すと言っていた。それまで最終的な決断は分からないが、おそらくシキは、このまま竜神部の活動を続けるだろう。

 俺は、友人というものについて考える。俺は、アキラに言われるまでもなく、人間のクズだ。ごみクズだ。しかし、シキは違う。俺が、暗がりを歩く男なら、シキは、太陽の下を歩く男だ。真っ直ぐに育ち、ひねくれておらず、無意味に他人を憎悪しない。本来なら、そういった人間は、反吐が出るほど嫌いだ。

 行儀のよい、苦悩を持たない、明るく善良な人物だって? それは反面、自分と周囲に疑問を持たない、思考停止した現状肯定主義者ということだ。
 だがシキは、そういった奴ではない。母を失い、姉と別れ、その苦悩を受け入れ、その上で一人の男として立っている。そういった相手に、俺のようなクズが、友人として並び立つにはどうすればよいか。いずれシキは、俺を置いて、自分の道を歩み出すだろう。そのことは、あいつと友達になってから、絶えず考え続けたことだ。

 シキにとって俺が、かけがえのない友人であるには、どうすればよいか。シキにとって、価値ある人間であるには、どういったことをすればよいのか。友達付き合いを始めた頃、俺は、自分自身が持っている手札を頭の中に並べた。そして、シキとの友情を維持するために、何をするべきか思案した。

 金は、論外だと思った。俺の家には金がある。しかし、そういったものを渡してもシキは喜ばないだろう。友情をいびつなものにすることはあっても、育むことはない。
 コンピュータの知識は、最初に思い付き、積極的にシキに教えた。便利な奴とは認識してくれたかもしれない。しかし、その情報は、俺からでなくても得られたものだ。娯楽も与えた。マンガやアニメや小説など、面白いものを厳選してシキに渡した。そのおかげで共通の話題が増えた。しかし、それらは必ずしも、俺を経由する必要がないものだ。

 どうすれば、俺とシキだけの絆を作ることができるか。必死に考え続け、中学も半ばになった頃に、一つの答えを見つけた。シキと二人で、ビジネスを立ち上げる。運動部に入って全国大会を目指すとか、文化部に入って複雑な人間関係の中に身を置くといったことは、俺に向いているとは思えなかった。
 だが、ビジネスならば違う。理性的に話し合い、感情ではなく論理、根性ではなく事実を基にして、話を進めていくことができる。それに、他人のペースではなく、自分のペースでおこなうこともできる。また、上手く成功すれば、決して小遣いが多いとは言えないシキに、金銭の援助をすることもできる。

 俺は、どうすれば規模が小さいながらも、成り立つ事業ができるか勉強した。主従は、シキが主で、俺が従でなければならない。俺の得意分野を始めて、シキに手伝ってもらうような仕事では、いずれシキは興味を失うだろう。シキの長所を活かし、俺がそのディレクションとマネジメントをするような形態にしなければならない。そのビジネスの主人公は、シキでなければならない。

 俺は、シキができそうなことを必死に探した。そして、フィギュア作りの素質を発見した。
 シキの才能を見つけた俺は、その能力を伸ばす仕事を組み立てた。シキがデザインして、俺が現金化するという工房だ。仕入れに費用がほとんどかからず、儲けは大きくないが潰れることのない、小規模な業態。シキの成長に合わせて規模を拡張できる、自由度のある運営方式。そして、物を作る喜びを体験できる業務内容。
 これならば、シキと二人でやっていけるだろうと思った。

 そこまで決めたあと、俺は実際に動き出した。俺がやろうとしているのは、部活動やサークル活動ではなく、ビジネスだ。小なりとも事業としておこなうなら、金の収支は明らかにしなければならない。
 俺は、父に借金を申し込んだ。高性能な、3Dプリンターを購入するためだ。子供として、親にねだって買ってもらい、それを使うという手も考えられたが、けじめを付けたかった。
 父は俺に、返済計画を提出させた。そして、数日検討したあと、お抱えの弁護士を呼んで、契約書を作成した。父は資金を提供してくれて、俺は機材を買うことができた。そして、俺とシキのビジネスは始まった。

 借金は、あと少しで返し終えるというところまで来ている。シキに、毎月数万の儲けを渡すこともできている。当然収支は明らかにして、俺の取り分も、きちんともらっている。
 俺とシキの友情は深まった。そして、シキが進学する高校に、俺も入った。心に余裕ができた俺は、シキの本来の活動性から考えて、何か部活に入るべきだと思った。そして一緒に、適切な部活を探した。その結果が、今日の竜神部への入部だった。

 俺は、板チョコをかじる。口の中で苦みを味わいながら、モニターを見つめる。これからのち、シキの興味は、竜神部の活動へと傾いていくだろう。その中で俺が、シキとの友情を維持するには、どうすればよいか。
 俺の獲得した能力は、戦いに向いたものではない。自分自身でも口にしたが、兵隊の能力ではなく、指揮官の能力と言った方がよいものだ。いや、現時点では指揮官ではない。ただの諜報要員だ。情報を取ってきて、他の部員に渡すだけの存在でしかない。
 シキの横に並び、ともに戦うことができないのならば、せめてその背後に立ち、的確な指示を出して、信頼される立場にならなければならない。そのためには、諜報要員では駄目だ。情報を得るだけではなく、その情報を判断できる、知識を獲得する必要がある。そうしなければ、俺はあの部活で、ただの便利屋として終わるだろう。

「なあ、セバスチャン」

 俺は、本と食事を運んできてくれた執事に、声をかける。

「あの、坊ちゃん。私の名前は田中でありまして、セバスチャンという名前ではありません」
「いいんだよ。マンガやアニメでは、執事と言えばセバスチャンなんだよ」
「はあ」

 初老の執事は、困惑した声を返す。

「入手してもらいたいものがあるんだ。複写でも構わない」
「それは、どういったものでございましょうか」

 執事は、真面目な顔で尋ねる。

「この島の歴史が書いてある文献だ。本でも古文書でも構わない。それをすべて、電子データにして閲覧可能にしてくれ。印刷用途ではないから、解像度は150dpiもあれば充分だ。
 それと、古文書はそのまま読めないから、翻訳する人間も必要だ。ネット経由で、史学科の院生などを募ればよいだろう。クラウド系の人材募集サイトなどで、技能がある人間を探しても構わない。そうやって、俺が読める状態にした資料を、届いた端から、俺のクラウド上のフォルダに放り込んでくれ」
「かしこまりました。予算は、いかほどでお考えでしょうか?」
「最大で、俺の小遣いの三ヶ月分。それ以上かかりそうな場合は、別途相談してくれ。妥当だと考えれば適宜増額する。その資料をある程度読んだ時点で、他の指示を出すかもしれない。それと――」

 俺は、少し考えたあと、その名前を口にする。

「凪野弥生という人物と、彼女が創設した竜神教団という宗教団体について情報が欲しい。危険を伴う可能性があるから、慎重に進めてくれ。こちらも、予算は三ヶ月分だ」
「凪野弥生という方に関する情報は、ある程度お持ちなのですか?」
「この島の出身らしい。御崎高校出身で、数年前に、御崎高校に教師として在籍していた。これだけ身元が確かなら、調査はしやすいだろう」
「確かに」

 執事は笑顔で答えたあと、真剣な表情になった。

「坊ちゃん。何か、危ないことに首を突っ込まれているのですか?」
「そうだ。ただし、俺自身にとって危険なことではなく、八布里島にとっての危機らしい」
「らしい、ということは伝聞ですか」
「今日聞いたばかりだからな。それに、首を突っ込んではいるが、どこまで深く関わるかは未定だ。危ない橋を渡るかを決めるには、その橋が本当に危ないのかを調査する必要がある。そうだろう?」
「その通りです」

 執事は笑みを浮かべ、「迅速に遂行します」と答えて、部屋を出ていった。俺は、PCルームに一人取り残される。誰の声もしない静かな部屋。その寒々しさは、小学校時代の孤独な自分を思い出す。
 机の端を見た。シキがデザインしたフィギュアがある。意匠を凝らした甲冑に、美しいフォルムの騎槍を持った女騎士だ。いいデザインだ。この才能は、伸ばせばかなりのところまで行くだろう。
 俺は、モニターに目を戻す。俺自身でも、調べられることは調べておこう。Webブラウザを起動して、名前を入力する。竜神教団。そして、世間に発信されている、その教団の情報を調べ始めた。

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