雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第18話「幕間 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第3章 戦間

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朱鷺村神流◇

 後輩たちが部室を出たあと、佐々波先生と打ち合わせをして、学校を出た。私は、ユキちゃんとともに道を歩き、朱鷺村の屋敷を目指す。空は紫色に染まり、夜の訪れを、そこまで招いていた。学校の坂を下り、町を抜け、周囲を田畑に囲まれた谷を通り始めた頃には、夜に追い付かれた。
 等間隔に並んだ街灯が、光を放ち始める。その明かりの下を、私たちはゆっくりと進んでいく。私は、大きくため息を吐く。横に並んだユキちゃんは、いつものようににこにこした顔で、声をかけてきた。

「どうしたのカンナちゃん?」

 答えなど分かっている癖に。私は恨みがましい目で、ユキちゃんの顔をにらむ。

「ユキちゃんは、いつもずるい」
「どうしたの?」

 ユキちゃんは、笑顔で小首を傾げる。そこがまた、ずるいと思った。

「私に大変な仕事を押し付けて、困っている私の姿を見て喜んでいる」
「あら、そんなことないわよ。カンナちゃんなら、できると思って期待しているのよ」

 しれっとした顔で、ユキちゃんは返す。私は、その答えを聞いて、むすっとする。

「自分の方が上手くやれるのに、ユキちゃんは、いつもそういった立場を取る」
「そうかしら?」
「初陣後の部室だってそうだ。あんなことになって、パニックになっている私を尻目に、部室での会話を仕切っていた。あれは、本来は部長がやることだろう? 私は、何もできずに黙っていた。でも、ユキちゃんはきちんとできた。そうやって、自分の方が有能な癖に、人にやらせる。そういうところが、ユキちゃんはずるいと思う」
「そんなことないわよ。私が口を開かなければ、カンナちゃんは、自分できちんとできていたわよ。でも、ちょっと大変そうだったから、少しだけ手助けをしたの。ごめんね。仕事を横取りしてしまって」

 ユキちゃんは、舌をちょろりと出して言う。私は、もう一度ため息を吐く。

「ユキちゃんは、だいたいそうだ。お気に入りの子への扱いがひどいんだ」
「どういうこと?」
「私にプレッシャーをかけて喜んでいる。それに今日は、DBをちくちくいじめて楽しんでいた」
「あら、そうかしら?」

 いつもの笑顔のまま、ユキちゃんは、不思議そうに声を返す。これだからユキちゃんは、と私は思う。だいたい、ユキちゃんのこういった振る舞いは、今日に始まったことではない。小さい頃からそうだ。
 ユキちゃんは、両親とともに里帰りで島を訪れた時、家族で私の家に、よく遊びに来ていた。そういった時には、私より何でも上手くできる癖に、いつもわざと一歩及ばない振りをしていた。そのおかげで、面倒な作業、大変な仕事は、全部私の役目になっていた。
 大人たちは、「カンナちゃんの方ができるんだから」と言って、私にユキちゃんの世話をさせた。でも、本当は逆なのにと、いつも私は不満だった。
 本来なら、ユキちゃんが私の世話をするべきだと思う。それなのに、その責任から免れたユキちゃんは、奔放に遊んでいた。そして、トラブルが起きると、すべて私の責任になっていた。その構図は、子供の頃から変わっていない。本当に、ずるい友人だと、ユキちゃんのことを思う。

「ねえ、カンナちゃん」
「何だ?」
「今日は、たくさん後輩ができてよかったね」
「まあ、そうだが。でも、その重責は、全部私が背負うのだろう?」
「うん」

 満面の笑みを浮かべて、当然のようにユキちゃんは答える。敵わないな。毎度のことだが、そう思う。私は、両肩に載った責任の重さに耐えながら、家路をたどった。

 視線の先に、屋敷の門が見えてきた。学校が終わり、ユキちゃんとともに、家まで戻ってきた。門衛にお辞儀をされて、私とユキちゃんは庭に入る。何人かの黒服が、私たちに頭を下げてきた。それぞれをねぎらいながら、私は木造の建物に向かう。ユキちゃんとともに、広い玄関で靴を脱ぎ、屋敷に上がった。

「お嬢様、お帰りなさいませ。どういたしますか?」
「いったん部屋に戻る。それから、三十分ほど休んで、ユキちゃんと風呂に入る」
「かしこまりました」

 黒服は引き下がり、予定を他の者に伝えに行った。

「カンナちゃんの家って、映画なんかに出てくる、ヤクザの家にそっくりよね」
「あまり、間違っていない。うちは、そういった家だ」

 頬を赤らめながら、ユキちゃんに答える。私は朱鷺村の、こういった旧態依然とした様子が恥ずかしい。私はユキちゃんとともに、長い廊下を歩いて、部屋に向かう。十二畳の畳部屋に入り、ふすまを閉める。ユキちゃん以外、誰もいないことを確認したあと、へなへなと床に座り込んだ。

「どうしたのカンナちゃん?」
「疲れたのよ」
「まあ、大変だったものね」
「ユキちゃんが、部長をしてくれないから」
「あら、でも、竜神部に入りたいと言い出したのは、カンナちゃんよ。私は、カンナちゃんに付き合って入っただけ。その私が部長になるのはおかしいでしょう?」
「うっ」

 私は、口を歪めて、恨めしそうにユキちゃんを見上げる。ユキちゃんが言うことは、だいたいいつも正論だ。嘘を吐かず、正しいことしか言わず、相手に反論の余地を与えない。
 私は、座り込んだまま考える。そうだ。ユキちゃんが正しい。竜神部に入りたいと言い出したのは私だ。私は、頭の中で蘇らせる。五年前の出来事を。そして、竜神部に入るまでの経緯を。

 私の母の、朱鷺村千鶴は、竜神神社の通い巫女だった。八布里島の旧家の子女には、そういった経験を積んだ者が多い。残念ながら、私の母は、それほど優秀ではなかったらしく、通い巫女を卒業したあと、霊珠を貸し与えられることはなかったそうだ。
 しかし、そういった経験を母がしていたために、私は幼い頃から、竜神神社の存在を知っていた。また、竜神神社が、島を霊的に守っているという事実も聞いていた。

 そして、あの日が訪れた。七人の殺人鬼事件が起きた当日、島の危機を告げる連絡が、私の家にも回ってきた。その頃私は、小学六年生だった。母たちが騒いでいるのを見て、私も島を守らなければと思った。
 私は幼少の頃から剣道を習っている。朱鷺村の人間は、全員武道を身に付けている。また、屋敷の離れには、道場も存在する。そういった家だから、蔵には日本刀が何振りもある。そのうちの一振りを手に取り、私は家を飛び出した。普段ならば、そういったことをすれば、門で止められる。しかし、家は混乱状態になっており、見とがめられることなく、家の外に出ることができた。

 私は走って町に向かった。そして、無数の死者が転がっている惨状を目撃した。無力な私は、島を守ることに、何の貢献もできなかった。私は、眼前に広がる光景を見て呆然とした。その日の夜、日本刀を持って飛び出したことがばれて、これまでの人生でなかったほど、両親に怒られた。

 その翌年、中学に上がった私は、御崎高校に竜神部が創設されたという話を聞いた。通い巫女の習慣がすたれた代わりに、島を守る新たな方法が用意されたことを知った。私は、その役目に就きたいと思った。あの日の無力な自分を否定して、島を守れる人間になりたいと願った。
 そして高校に入り、ユキちゃんを連れて竜神部を訪れた。私が霊珠で発動させたのは、あの日、手に持ち、町へと飛び出した日本刀だった。ユキちゃんも、私と同じように霊珠に意識を集中した。ユキちゃんは銃を発現させた。そして、私とユキちゃんは竜神部に入部した。

 追憶を終え、私は意識を自室に戻す。私の横にいたユキちゃんは、部屋の奥に行き、荷物を下ろした。家の者が呼びに来るまでは、三十分ほどある。その間、制服のままでいる道理はない。ユキちゃんは服を脱ぎ、部屋着を手に取った。
 私は、着替える気力がなく、その場で横になった。服を着終えたユキちゃんがやって来て、私の横に座った。

「制服、しわになるわよ」
「いい。アイロンをかけてもらう」

 ユキちゃんは、正座をして、私の頭をなでてくれる。私は、もぞもぞと這って、ユキちゃんの太ももに頭を載せた。ユキちゃんは、仕方がないなあという感じで、笑みを漏らす。私は、むすっとして、その場所に収まった。

「ユキちゃんが、私の奥さんだったらいいのに」
「あらあら、カンナちゃんは女の子じゃない」

 私は、不服そうに顔と体を横に向ける。竜神部の部長として、この島を守らないといけない。自分が選んだ役目に、今さらながら恐れを感じた。今日入った三人の新入部員は、初日から生命の危機に瀕した。もし一手でも間違っていたらと思うと、ぞっとする。
 おそらくユキちゃんは、今日誰かが死んでも、いつものように、にこにこしていただろう。ユキちゃんは、そういった人間だ。だが、私は違う。後悔にさいなまれていただろう。
 一人も欠けることなく、島を守りたい。五年前の事件では、多くの人間が死んだ。シキ君の母親の森木貴子も、その一人だ。頑張らないと。私は、ユキちゃんの膝の上で体を縮こまらせる。そして、必死に体の震えを止めようとした。