雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第17話「幕間 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第3章 戦間

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◇鏑木秋良◇

 商店街の前でDBと別れ、シキと一緒にアーケードに入った。こうやって二人だけで歩くのは、いつ以来だろうと考える。いつもならシキは、DBとつるんでいるから、私と帰ることはない。
 私は、手ぶらでシキの横を歩いている。重いだろうからと、鞄はシキが持ってくれている。そっと横を向くと、シキは周囲を見渡していた。そこにあるのは、いつもと変わらない商店街だ。何か珍しいものでもあるのだろうかと考える。もしかしたら、私と二人で並んで歩くのが、恥ずかしいのかもしれないと思った。

「ねえ、シキ」
「何だ」
「ごめんね、私が途中で倒れて大変だったんでしょう」

 シキは、困ったような顔をして、頬を掻く。

「まあ、俺は、大変じゃなかったよ。DBが頑張ってくれたからな。お前、DBにお礼を言っておいた方がいいぞ」
「何よ、DBなんかの肩を持って」

 私は、思わず憎まれ口を叩く。シキとの、貴重な二人きりの時間を、DBなんかに邪魔されたくなかった。
 シキと私は、アーケードの下を歩いていく。私は口元を歪める。廃ビルから学校に帰る途中に、事の顛末を聞いた。私が倒され、DBが必死に時間稼ぎをしてくれたそうだ。確かに、DBには、お礼を言った方がよいだろう。分かっている。シキの言葉は正しい。でも、理性と感情は、異なるものだ。

「ねえ、今日寄っていく?」

 私は、努めて明るい声で尋ねる。

「アキラの母さんの喫茶店? 行くと毎回奢ってくれるしなあ。さすがに悪いだろう」
「いいのよ。シキは、私の命の恩人なんだから」
「それは、もういいよ。五年前の話だろう。さすがに恥ずかしいよ」
「そんなことないわよ」

 シキは苦笑しながら、そっぽを向いた。

「それよりさあ、運動部に入らなくて悪かったな」

 シキは、済まなさそうに言う。

「うん。それは残念だったけど、シキがどうしても竜神部に入りたいっていうなら、仕方がないよね」
「ごめんな」

 シキは、いつものように、つかみどころのない顔で微笑んだ。
 店の近くまで来た。ケーキ屋と喫茶店が併設している店。ケーキ屋は、父が営んでおり、喫茶店は母が切り盛りしている。私の父は島の出身だが、母は島外の人間だ。夫婦のうちの片方が、島の外から来たということで、小さい頃から、シキの家とは家族付き合いをしていた。
 ケーキ屋を過ぎ、喫茶店の前で止まる。

「あら、貴士君じゃない。秋良と一緒に下校なんて珍しいわね。寄っていく? 貴士君なら、いつでも大歓迎よ」

 店の中から、軽やかな声が聞こえてきた。母だ。私はシキの方を見て、「寄っていきなよ」と声をかける。

「すみません。今日は、そのまま帰ります」

 シキは、母にそう答えたあと、私に顔を向けた。

「アキラは、部屋に戻って今日は休め。俺がいたら、喫茶店で時間を潰さないといけないだろう」

 休む必要なんかない。そう答えようとしたが、全身がだるかった。

「それじゃあな」

 シキは、私に鞄を渡し、手を振って商店街を歩いていった。

「あら、帰ってしまったの?」

 母が残念そうな声を出す。喫茶店から、小学六年生になる弟の春人が出てきた。春人は私の顔を見て、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「姉ちゃん、振られたんだろう」
「馬鹿春人!」

 私は、拳骨を春人の頭に落とす。春人は鳴き声を上げて、母の許に駆けていった。

「うわああん、母ちゃん。姉ちゃんが、俺の頭を、阿呆にしようとする。俺の脳細胞が、今の一撃で、何百死んだのか分からないよう。姉ちゃんに、賠償金を請求してよう」

 どこで、そういった言葉を覚えてくるのか分からないが、春人は私を非難する台詞を並べ立てる。

「アキラ、あんた女の子なんだから、もう少しおしとやかにすれば?」
「いいんですよーだ。どうせ、空手を習っている、がさつ女なんですから」
「そういえば、今日は練習の日じゃなかったかしら。どうするの?」
「どうするのって?」
「疲れ切った顔をしているから」

 私は自分の顔をなでる。そんなにひどいのだろうか。確かに体調はすぐれない。シキも言っていたが、今日は休んだ方がよいのかもしれない。シキの忠告には、従うべきだ。

「ごめん、母さん、休むって電話しておいてくれない。私、二階に行って横になるわ」
「分かったわ。今日は店の手伝いはいいから、寝てなさい」

 店の手伝いが免除されるなんて、どれだけ疲労が顔に浮かんでいるのだろう。私は喫茶店に入り、奥の階段を上り出す。泣きじゃくる春人と、母さんの姿が、視界から消えていく。
 一歩一歩が重かった。本当に疲れているようだ。ようやく二階に着いた私は、自分の部屋の扉を開けて、ベッドに飛び込んだ。全身を、疲労が覆っている。シキや母さんに、顔色が悪いと言われたが、体中の力が奪われているような気がする。廃ビルで受けた、霊体の傷のせいだろうと思った。
 制服を脱がないといけない。だけど、心の底から面倒だった。そのまま体をよじって、天井を見上げる。そして、その姿勢で脱力した。
 扉の辺りに人の気配がした。視線を向けると、春人が覗き込んでいた。

「姉ちゃん大丈夫?」
「そんなに、私の顔、ひどい?」
「ゾンビみたい」

 手近のぬいぐるみを投げ付けると、春人は扉を閉じて、廊下を走り去っていった。
 私は大きく息を吐く。一人になったことで、今日の出来事が頭の中で、駆け巡り始めた。何の役にも立たなかった。それどころか、お荷物になって、シキに迷惑をかけた。そのことが悔しくて、悲しくて、目に涙が浮かんだ。
 いつもそうだ。私は、五年前の事件を思い出す。
 商店街を歩いていた私は、車に轢かれそうになって、シキに助けられた。その頃、シキは、私にとって憧れの存在だった。小学校に入った頃から、同じ空手道場に通い、事件の一年前に、シキは全国大会で優勝した。私は、地方大会の予選で敗退する程度の実力しかなかった。

 車に轢かれたことで、シキは、両手に力が込められなくなった。日常生活には問題なかったが、拳をしっかり握る必要がある空手では、大きな障害となった。その事件が切っ掛けで、シキは道場をやめた。リハビリをして、回復を目指すという道もあったが、母親が死に、姉が失踪したシキには、そういった気力はなかった。
 私は責任を感じた。そして、シキを何とか元気づけようとして、明るく振る舞った。シキが諦めた空手を続けて、よい成績を残そうとした。でもその結果、私が残せた最高の成績は、中学二年生の時の、県大会三位でしかない。最盛期のシキには、まったく及ばない。そのことで私は、シキが失ったものの大きさを、思わずにはいられなかった。

 今日、竜神部の部室で、霊珠を相手にした際、私の頭に浮かんだのは、最も輝いていた頃のシキの姿だった。シキが失った両拳。そのことへの私の関心が、私に鉄拳の能力を開花させた。
 皮肉なものだと思う。両拳の力を失ったシキは、最近作っているフィギュアの、騎士の姿を具現化させた。それは、シキが、今最も関心を持っている対象だ。

 私は、過去を見ていた。
 シキは、今を見ていた。

 過去に囚われ続けている私は、シキがとうの昔に捨てた能力を獲得した。そして、廃ビルでの戦い。私はそこでの、自分の体たらくが許せない。シキの拳を思い、手に入れた能力で、私は真っ先に敗北した。最強だと思っていたシキの両手を、私は汚してしまったのだ。自分自身が負けたことよりも、そのことのショックの方が、私には大きかった。

「ごめんね、シキ」

 私は、目の上に両手を載せる。きっとシキは、私が、そういったことを考えているなんて、思ってもいないだろう。シキは前を向いている。私は後ろを向いている。シキは、私の方など見ていない。もう自分の道を見つけ、歩き出しているのだ。
 私は、シキの役に立ちたかった。同じ高校に入り、同じ部活に入れば、きっと上手く立ち回れると思った。でも、それは淡い期待でしかなかった。現実は、まったく違った。私は、自分が無力であることを思い知った。変わらないといけない。今のままでは駄目だ。悔しいけど、今のシキには、DBの方が役に立っている。

 私は、両拳で涙を拭いた。そして天井を見上げた。力が欲しい。何者にも負けない力が欲しい。そのためには、何を捧げてもよい。私の人生を捧げてもよい。強大な力を手にして、その力でもって、シキの横に立ちたい。
 私は、両拳を天井へと突き上げる。誰か力を授けてくれ。力を! 私はその願いを、心の中で叫び続けた。