雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第16話「幕間 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第3章 戦間

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◇森木貴士◇

 商店街の家までアキラを送ったあと、自分の家に向かった。海岸沿いの道を、とぼとぼと歩いていく。倉庫街を過ぎたあと、漁船やレジャー船が係留されている港が見えてきた。俺は、その景色を眺めながら進んでいく。あの港の桟橋に、昨夜は朱鷺村先輩と雪子先輩がいた。そのことが、数日前のことのように思えた。

 道の先に、小料理屋の看板が出ている。俺は、その二階建ての建物の前で、足を止めた。今日は長い一日だった。あまりにも多くのことが、立て続けに起きたせいで、数日振りに帰宅したように感じた。
 店の入り口の前に立ち、俺は懐かしい気持ちで、外観を見渡す。一階が小料理屋で、二階が自宅。五年前までこの家には、母さんと姉さんも住んでいた。その二人は、もういない。今では、父さんと俺の二人だけで暮らしている。

 俺は一階の戸を開けて、店に入る。電灯はほとんど消えている。奥のカウンターのところだけ点いており、そこだけが明るかった。カウンターの向こうの厨房では、父さんが夜の仕込みをしている。幾度となく見てきた光景だ。俺は、その場に立ち続けた。

「どうした?」

 父さんが声をかけてきた。いつもなら、帰宅したあとは、そのまま二階に行き、私服に着替えてから一階に下りてくる。制服姿のまま店に顔を出したことを、訝っているのだろう。俺は、後ろ手に戸を閉め、厨房の前のカウンターまで足を運んだ。

「ねえ、父さん」
「何だ」
「母さんのことを聞かせて欲しいんだけど」

 父さんは手を休めず、作業を続ける。流れるような動きだ。長年の修行と研鑽が、成せる技だろう。俺は、その様子を見ながら、返事を待った。少し間を置いたあと、父さんは答えてくれた。

「俺が二十一歳の時に結婚した。母さんは十九歳だった。五年後に日和が生まれた。その翌年、二人でこの店を持った。その十年後にお前が生まれた」

 そう答えたあと、父さんは微かに笑みを浮かべた。

「楽観的な人だったな。感情の容量の大きな人でもあった。何というかな、人生をともに歩みたい。そう思わせてくれる人だった。母さんと一緒に過ごした日々を、俺は今でも感謝している。あの人が俺の伴侶だったことを、幸福に思っている。
 どうした、貴士。学校で何かあったのか?」

 父さんは手を止め、顔を俺に向けた。目には優しさがにじんでいる。すべてを受け止めてくれるような、表情をしていた。
 父さんと母さんは、幸福な時間を過ごしたのだろう。そう考えるとともに、八布里島の霊的な攻防を、父さんは知らなかったのではないかと、俺は思った。

「いや、学校では、特に何もなかったよ」

 そういった言葉が、口から自然に漏れた。知らなかったのならば、知らせない方がよい。父さんの記憶にある母さんを、変えて欲しくはない。その思い出は、父さんにとって大切なものだから。父さんは今でも、母さんのことを愛しているのだから。
 俺は、カウンターの前を離れて、入り口へと歩く。父さんは俺に、見守るような視線を投げかけていた。

 店の外に出た俺は、建物の側面に行き、屋外階段を踏んで二階に上がる。鍵を開けて、玄関に入った俺は、自分の部屋に向かった。鞄を机の上に置き、上着を椅子の上に投げ捨てた。押し入れを開けて、中を探す。俺はアルバムを出して、床に座った。
 ページを繰って、母さんと姉さんの姿を、無言で眺める。この島には、俺の知らない秘密があった。二人はその秘密を共有していて、島を守るために働いていた。その仕事に、俺も従事するようになる。

「竜神部という部活に入り、霊珠を授かったよ」

 俺は二人に報告する。母さんや姉さんも、霊珠を持っていたのだろうか。俺は、二人が写った写真を一枚はぎ取る。そして、折り畳んで、胸元のお守り袋に収めた。そうすることで、二人が俺のことを助けてくれるのではないかと思ったからだ。

 俺は私服に着替えて、ノートパソコンの電源を入れる。店が開くまでには、まだ時間がある。手伝いを始めるまでに、DBと約束した作業を進めておこうと思った。
 今朝見せられたアニメのキャプションを思い出す。その姿を参考にした、新しいフィギュアのデザインを考える。3Dソフトを立ち上げて、二、三分、画面を見つめたが、頭の中で上手くまとまらなかった。今日体験した出来事が、強烈過ぎたのだ。

 この二十四時間で起きたことは、俺の人生で二番目に衝撃的だった。一番は、これからも変わらないだろう。五年前の七人の殺人鬼事件だ。そして二番目は、今日の竜神部での経験だ。俺は考える。この二つの出来事は繋がっている。俺はこれからそれらに関わっていくことになる。それは避けようのない運命だと思われた。

 俺は、パソコンを休止して窓に向かう。窓を開き、海の景色を眺める。目の前には、竜神海峡が広がっている。そういえば、部活の名前も、神社の名前も、教団の名前も、すべて竜神だった。
 島の名前は八布里島なのに、すべて竜神という名前が付いている。この海峡には、いったい何があるのだろう。そういえば、何か伝説があったような気がする。子供の頃に、母が聞かせてくれた話を、俺は思い出しかけた。

 竜の眠る海。そこに沈んだ剣。

 確か、そういった話だったような気がする。詳細は覚えていない。小さい頃の話だったので、内容もうろ覚えだ。今週末に、末代のところに行けば、海峡の伝説についても、聞かせてくれるのではないか。俺は、そのことを期待した。

 海は鳴っている。海峡は川のように、陸と島の間を流れている。その姿はまるで、谷間を走る、竜の背のように見えた。俺は、その海を見続ける。いったいこの島に、どんな歴史があったのか。これまで関心を持っていなかった故郷について、俺はもっと知りたいと思っていた。

「これから、始まるんだな」

 昨日までとは違う今日が。俺はそのことを予感しながら、店の手伝いを始める時間まで、海を眺め続けた。

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