雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第15話「第五期発足 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第3章 戦間

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◇森木貴士◇

 竜神部の部室。部員の五人を前にして、顧問の佐々波先生が、その発足の経緯を語った。七年前の御崎高校への赴任。そこで再会した高校時代の同級生。六年前の、その同級生の裏切り。そして、五年前の七人の殺人鬼事件。

「佐々波先生。俺の母さんと姉さんは、五年前の事件の日、島を守るためと言って家を出て、帰って来ませんでした。二人は、島を霊的に守るために戦ったのですか?」

 佐々波先生は、俺の顔をじっと見る。そして、朱鷺村先輩に視線を向けた。

朱鷺村さん。森木君は、あの森木家の人なの?」
「おそらく」
「森木君。あなたのお母さまと、お姉さまの名前は?」
「母さんは、森木貴子です。姉さんは日和です。うちの父は、入り婿なので、母型の姓をそのまま受け継いでいます」
「貴子さんや、日和さんは、末代と関係があるわ。ただ、私は名前を聞いたことがあるだけ。詳しいことは、末代に直接聞いた方がいいわ。今週末に、部員を連れて、末代のところに行こうと思っているのだけど、予定は大丈夫?」
「ええ」
「それで、三人は、この部活に留まってくれるかしら?」

 佐々波先生は、少し不安そうに尋ねる。答えは、もう決まっていた。俺は、佐々波先生に声を返す。

「俺は、入るつもりです。母さんと姉さんのことも知りたいですし」
「シキが入るなら、俺も入りますよ」
「私も」

 DBとアキラが、俺に続いた。

「佐々波先生。あと、もう一つ伺いたいことがあります」
「なあに?」
「今日、廃ビルで、霊珠を持った針丸姉妹という女性二人に襲われました。あの人たちはいったい何者なのですか?」

 佐々波先生は、朱鷺村先輩に確認する。少し話を聞いたあと、佐々波先生は答えた。

「私は見ていないから、詳しいことは分からないわ。でもおそらく、弥生の手の者だと思う。体勢を立て直して、少数精鋭で霊珠の適合者を、送り込んでいるのだと思う。
 弥生自身が持つ霊珠が一つ。七人の殺人鬼事件で使った霊珠が七つ。その数を引けば、使える霊珠の数は四十二個。でも、偵察や調査のために、すべてを使うことはしないと思う。可能な限り、手元に残しておきたいはずだから。
 だから数人。あるいは多くても十人程度を、送り込んでいるのではないかと思うわ。そこで集めた情報を元に、次の作戦を立てる。そういった腹積もりでしょうね」

 なるほどと思う。敵には、使える霊珠の制限があるのだ。そういえば針丸姉妹は、俺たちを倒したあと、霊珠を奪うようなことを言っていた。こちらの敗北は、敵の戦力増強に繋がってしまうということだ。実力の高い入部者を望む、佐々波先生の気持ちが分かった。
 佐々波先生の説明が終わったあと、DBが手を挙げて発言を求めた。

「その、凪野弥生という元教師は、どんな人間なんですか?」

 当然の疑問だ。佐々波先生は、高校時代から、彼女のことを知っている。俺たちの敵となる人物の、人となりを知っておきたいというのは、DBならずとも思うことだ。佐々波先生は、指を組んで、少し思い詰めたような表情をしたあと、俺たちに顔を向けた。

「綺麗な人だったわ。まったく笑わない人だった。氷のようなという表現が、ぴったりくるような人だったわ。頭は抜群によかった。高校では、いつも一番の成績を取っていたわ。周囲に人を寄せ付けないような人だった。たぶん、人間嫌いだったのだと思う」
「なぜ、人間嫌いなんですか?」

 DBが尋ねる。佐々波先生は、話すべきか迷う表情をしたあと、口を開いた。

「高校生のあなたたちに、話してよいか分からないけど、知っておいた方がいいだろうから話すわね。
 彼女の母親は、何人かの金持ちの妾みたいなことをやっていたの。弥生の家は、母親と父親と彼女の三人暮らしだった。そして、その生活費は、母親が、男たちから得ていた。小学校時代、中学校時代、弥生の周囲の子供たちは、みんなそのことを知っていた。そして、弥生を迫害していた。

 弥生が中学一年の時に、父親は死んだらしいわ。その後も、そういった生活は変わらなかった。高校に行くお金も、何人かの男たちから出ていたみたい。ただし、大学への進学は違った。弥生は、奨学金を手にして実現させた。彼女にとって勉強するということは、自立するための、数少ない手段だったのだと思う。
 そういった境遇で育ったから、弥生は、人間というものをまったく信用していなかった。仕方のないことだと思うけど」

 俺たちは、暗い気持ちになって沈黙する。佐々波先生が言いよどんだ理由が分かった。高校一年生のような子供には、聞かせたくない話だ。しばらく無言の時間が続いたあと、DBが声を出した。

「凪野弥生の写真とかはないんですか?」
「学校のアルバムとかを探せばあると思うわ。でも、プライベートでは持ってないわ。写真が嫌いな人だったし」

 DBが右手を机の上に置いた。俺は、何をしようとしているのか気付き、DBに顔を向けた。

「できるのか?」
「さあな。俺の能力について、俺自身がよく把握しているわけではない。だが、自分が見たことのないものを、撮影する能力だということは分かっている。今、凪野弥生の話を聞いたから、少しは頭の中で想像が付くようになった。だから見えるんじゃないかと思う」

 俺は息を呑む。凪野弥生を盗撮できるのか。できるならば見てみたい。そう思い、DBの能力に期待する。
 DBが精神を集中する。右手にぼんやりと写真が浮かび上がってきた。部室にいた全員が席を立ち、DBの周りに集まる。
 暗がりの中に、一人の女性が写っていた。細身の体。長い黒髪。白く美しく整った顔。目は鋭く、唇は薄い。その面差しには表情がなく、まるで作り物のように見える。その佇まいには、修行僧のような雰囲気が漂っている。

 彼女は、神官を連想させる黒色のローブを着ていた。頭には、黒い鉢巻きをしている。そして首から、数珠のように繋げた霊珠の首飾りをぶら下げていた。
 俺はその霊珠の数を数える。暗がりのために、よく分からないが、三十以上あるように見える。この写真が現在のものならば、八布里島に侵入している針丸姉妹のような人間は、十人以下ということになる。これは重要な情報だ。DBの能力は、想像以上に俺たちに貴重な情報をもたらしてくれる。

 写真が薄らぎ消えた。長い時間維持するのは、大変なのだろう。だが、この調子でたくさん写真を出現させれば、もっと多くの情報が得られるのではないかと思った。

「なあDB。逃走した針丸姉妹の写真は出せるか? あいつらを撮影すれば、そこに映り込んだ背景で、場所を特定できるんじゃないのか?」

 DBは少し考える。俺は、妙案だと思うのだが、どうだろうか。

「分かった。やってみる」

 DBは呼吸を整え、再び精神を集中する。額には汗が浮いている。俺が思っている以上に、精神を消耗するのだろう。そう何度もできるものでは、ないのかもしれない。
 DBの指の間に、半透明の写真が出現する。小さな少女が二人と、大人の男の姿が、おぼろげに浮かび上がってくる。その姿が鮮明になる前に、DBは、写真を握り潰した。そして忌々しそうに、その写真を破り捨てた。
 俺は驚き、DBに説明を求める。DBは、疲れ切ったような声で話し始めた。

「どうやら、廃ビルで見た光景の印象が、強過ぎたようだ。そのせいで、針丸姉妹については、同じ写真しか撮影できなくなってしまったらしい」

 そういうこともあるのかと驚く。もしそうならば、撮影しまくるという手段は、控えた方がよさそうだ。重要な情報を得る前に、印象に残る写真を撮ってしまえば、その先は情報が得られなくなってしまう。計画的に、必要最小限の写真を撮らなければならない。
 DBの盗撮は、それほど万能な能力ではないのだろう。とりあえずは、今の写真について聞いておこうと思い、俺はDBに声をかける。

「それで、今撮影したのは、どんな写真だったんだ?」
「俺たちが、見るべきではない写真だよ」
「それじゃあ、意味が分からないぞ」

 俺の言葉に、DBはむっとした顔を返す。言いたくないけど言ってやる。言わせたお前が悪いんだぞ。そういった表情をして、DBは答えた。

「虐待の光景だよ。父親が娘たちに針を刺している。そういった過去の一幕だよ。そのような辛い経験を経ていたから、奴らは針の能力を獲得したんだ」

 俺は言葉を失った。それとともに、針丸姉妹が廃ビルで、突如悲鳴を上げた理由が分かった。DBは、出現させた写真を、彼女たちに見せたのだ。他人が見るべきものではないという、DBの言葉に納得した。
 DBは、疲労をたたえた顔で、椅子の背に体を預けた。アキラも、先の戦闘のせいで、力を失っている。その二人の様子を見た雪子先輩が、場をまとめるようにして声を出した。

「今日の部活は、このぐらいにした方がいいんじゃない? ねえ、カンナちゃん」
「そ、そうだな。今日のところは休んだ方がよさそうだ。今日はここまでにしよう」

 聞きたいことはまだあった。しかし、それらは、週末に末代のところに行くまで、お預けになりそうだった。

「分かりました」

 俺は、友人たちの疲労の様子を見て答える。同じように新入生を見渡したあと、朱鷺村先輩が声をかけてきた。

「大丈夫か。それぞれ自分で帰れるか?」

 朱鷺村先輩の声は、不安そうだ。

「俺は大丈夫です。DBとアキラは?」
「俺は問題ない。アキラは、シキが送った方がいいんじゃないのか?」
「そうしてもらえると助かるわ」
「じゃあ、アキラは俺が送るということで」

 俺たちは、部室に置いていた荷物を取り、扉に向かった。俺とDBとアキラは、部室を出た。
 廊下には、部員勧誘の声が、まだ響いている。最初に部室に入った時と、同じ光景だ。しかし、俺の目や耳には、まったく違うもののように感じられた。俺の眼前には、ほんの数時間前とは、異なる景色が広がっているように思えた。

 島に隠された霊的な構造。その戦いに巻き込まれた、母さんや姉さん。そして俺は、友人たちとともに、その世界に足を踏み入れた。
 俺たちは、無言のまま廊下を歩き、玄関に向かった。そして、下駄箱で靴を履き替えて、外に出た。空は、夕日に彩られていた。いつの間にか、夕方になっていた。御崎高校の竜神部。八布里島の霊的な戦い。俺たちは赤い日差しを浴びながら、ゆっくりとした足取りで家路に就いた。