雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第149話「エレクチオン」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、エロスとバイオレンスが共存した者たちが集まっている。そして日々、男泣きに泣いて暮らしている。
 かくいう僕も、そういった朝日を見ながら涙を流す系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、涙も枯れ果てんとする面々の文芸部にも、満たされた心の人が一人だけいます。筋骨隆々としたハンサムガイの世界に紛れ込んだ、のんびりとした女子中学生。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横に軽やかに座る。先輩の浮き立つ心が、僕にも伝わってくる。僕は自分も楽しくなるのを感じながら、楓先輩の顔を見る。先輩はにっこりと微笑んでくれた。その表情は、僕に対する愛情で満ちている。僕は先輩との間に、心と心の繋がりを感じる。僕は、心も体も先輩と一つになる日を夢見ながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。知らない言葉を、ネットで目撃しましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。世界に三人しかいないヤマト拳法の継承者の一人です」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、地道に書き続けるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、未知の言語表現に遭遇した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

エレクチオンって何?」

 げふっ。やばい単語が来た。厳密に言うとネットスラングではなく、マンガ用語だ。もっと厳密に言うならば、小池一夫用語だ。
 小池一夫は、マンガ界の大御所である。大物原作者であり、後進の育成を通して、マンガ界に多大なる貢献をされているお方だ。エレクチオンは、その小池一夫大先生がよく使う、勃起を表現する言葉である。

 このエレクチオンという言葉。あまりにも小池一夫先生が、絶妙に使うために、ネットでもネタフレーズとして、たまに出てくる。「どうしてエレクチオンしないのよーッ!!」は、インポテンツの話題の時などには、思わず書き込みたくなるフレーズだ。僕も、何度か使用させてもらったことがある。

 しかし、そういったことを、ストレートに楓先輩に語るわけにはいかない。男性の生殖器が、海綿体の膨張により怒張することです。そんな説明をした日には、変態認定されること請け合いだ。可能ならば、そういった状態は避けたい。僕は、爽やかで健全なサカキくんだ。十八禁な発言をして、先輩の未成年視界から除外されては困る。ここは、可能な限り迂遠に、その言葉の意味を伝える必要があるだろう。

「ホホホホ エレクチオンしたわよ!!!」
「ぶっ!」

 僕は、思わず声を漏らす。誰だ、小池一夫用語を使いこなしている人は!? 僕は慌てて振り向いて、顔面を蒼白にする。そこには、この文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんが、僕の股間を覗き込みながら立っていた。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「ちょっ、満子部長。勝手に話に入って来ないでくださいよ!」
「ふっ。エレクチオンの話をし始めたようだからな、慌てて出てきたわけだよ!!」

「満子部長が出てくると、話がややこしくなるから、やめてくださいよ」
「何を言う。私が尊敬するお方の話だぞ。私が出てこないで、どうするのだよ!!!」

「えー、適当なことを言わないでください」
「何? 私は本気だぞ。お前なら、エレクチオンの使い手である、あのお方のことを知っているだろう。そして、私が尊敬する意味も分かるだろう」
「うっ……」

 僕は押し黙る。確かに、満子部長が尊敬しているというのは合点がいく。小池一夫先生は、自身でマンガ原作を書けば、世界に知られるヒット作を生み出し、後進の育成に力を入れれば、綺羅星のような人々を輩出している。そして、卓越したエロの使い手でもある。満子部長がロールモデルとするのに、これ以上の人物はいない。小池一夫先生は、ある意味、満子部長の理想の人物像だ。

「ねえ、満子。エレクチオンの使い手って、どういうことなの?」
エレクチオンという言葉を、自身の作品で、頻繁に使用している方なんだよ。エレクチオンを世に広めたその人物は、私が尊敬するマンガ原作者なのだよ」

「満子は、そのマンガ原作者のことを、よく知っているの?」
「ああ。偉大な人だからな」

「どんな人なの?」
「いいだろう。教えてやろう。おそらく私は、サカキよりも詳しいだろうからな」

 満子部長は、高笑いをしながら僕を見下ろす。お前などに説明のチャンスはやらん! 楓との蜜月は、私のものだ!! 満子部長は、そういった感じの目付きで、僕をにらんでいる。

 や、やばい。僕は、全身に汗をかく。確かに、マンガ分野の知識は、満子部長の方が圧倒的に上だ。そのことで、楓先輩への説明の機会を奪われたら大変だ。
 楓先輩へのネットスラングの説明には、マンガが元ネタのものが多い。というか、ネットで使われている言葉の中には、マンガやアニメが出自のものが少なからずある。それらを僕に尋ねず、満子部長に聞いた方がよいと思われたら困る。僕は、楓先輩の心を取り戻すために、口を開く。

「楓先輩。僕も知っています。だから、説明することができます」

 僕の絞り出した声を無視して、満子部長は、意気揚々としゃべり始める。

「楓。エレクチオンという言葉を多用するマンガ原作者は、小池一夫という人だ。得意な作風は、世界を股にかけた謀略を、肉体美の塊のような男性が、肉弾戦と女性との結合を通して、駆け抜けるというものだ」

 僕よりも流暢に話す満子部長のせいで、楓先輩は、僕の存在を完全に忘れてしまっている。くっ。どうする自分。僕はいったい、どうすればよいのだ? そんな僕の思いを無視して、満子部長は説明を続ける。

小池一夫作品の中で、最も有名なのは『子連れ狼』だ。この作品は、世界中に翻訳されて、売れに売れている。日本国内で八百三十万部、世界中では千百八十万部以上の実績がある。映画などの他の文化にも、多大なる影響を与えている。
 他にも『御用牙』『修羅雪姫』『クライングフリーマン』『オークション・ハウス』『実験人形ダミー・オスカー』『マッド★ブル34』『弐十手物語』など、ヒット作は枚挙にいとまがない。

 小池一夫は、こういった無数の作品群を世に送り出しているだけでなく、後進を育成する教育者としても有名だ。マンガはキャラクターが命という、キャラクター言論の提唱者であり、それを教え続けている。昔は、『小池一夫劇画村塾』というマンガ家や原作者の養成塾を作り、若手に技術と心を教えていた。
 この劇画村塾の卒業生は、そうそうたるメンバーだ。一期生には、狩撫麻礼菊地秀行さくまあきら高橋留美子たなか亜希夫などがいる。二期生以降にも、原哲夫堀井雄二山本直樹山口貴由板垣恵介たかしげ宙長谷川哲也、あとついでに田中圭一など、マンガや小説、ゲームなど、サブカルチャーを牽引する面々が名前を連ねている。

 小池一夫先生は、今でも大学で教鞭を執りつつ、精力的に活動を続けている。ちなみに本名は、俵谷星舟という、こちらの方がペンネームみたいだが本名だ。
 あと変わったところでは、作詞も手掛けている。『マジンガーZ』『グレートマジンガー』『電子戦隊デンジマン』『大戦隊ゴーグルファイブ』『科学戦隊ダイナマン』などの歌詞は、小池一夫先生の手によるものだ」

 満子部長は、拳を握りながら力説する。その迫力に圧倒されて、楓先輩は真剣な顔になる。

「す、すごい人なのね。私、今まで小池一夫先生のことを知らなかったけど、尊敬するべき素晴らしい人だということが、よく分かったわ」
「そうだろう。私が尊敬するのも、よく分かるだろう。自分でヒット作を書き、後進も育てる。これだけのことができる人は、なかなかいない。楓。お前も、小池一夫先生を尊敬しろ」
「うん、分かったわ満子。私も、小池一夫先生のことを尊敬するわ」

 満子部長の言葉に、楓先輩は、目をきらめかせながら答える。うっ、さすがに満子部長はよく知っている。これでは、僕の立つ瀬がない。僕は自分のレーゾンデートルに、そこはかとない危機感を覚える。

 楓先輩は、隣にいる僕の存在を忘れて、満子部長の言葉に聞き入っている。どうするか? このままでは、満子部長によるエレクチオンの説明に突入してしまう。満子部長のことだから、包み隠さず伝えるはずだ。エレクチオンは、男性の陰茎が勃起すること。そうストレートに伝えるだろう。そうなると、楓先輩は赤面して、あたふたしてしまう。そんな先輩の危機を救うには、何とかして僕が、話の主導権を奪わなければならない。

「楓先輩。小池一夫先生のことは分かりましたね。それで、エレクチオンの話です。僕が今から、その話をします!」

 先輩は、思い出したように、僕の方に顔を向けた。

「そういえば、そうだったね。自分で言い出しておいて、忘れていたわ。それでサカキくん。エレクチオンって、どんな意味なの?」
「それは――」

「サカキ! 小池一夫大先生の得意技だからな。遠回りな言い方をするなよ。ストレートに説明しろ。まさか、小池一夫先生の作風を、はぐらかしたりはしないよな!!」

 うっ……。満子部長に、呪いをかけられた。そんなことを先に言われたら、説明を直接的にするしかなくなる。
 駄目だ。小池一夫先生の作風といえば「困った時には、女の裸を出す」だ。とりあえず女性が裸で胸を張り、主人公に敵意を表明して緊迫感を出す。その戦いは、やがて愛欲に流れ込んで、男女の結合にいたる。小池一夫先生と言えば、そういったお約束の展開を踏襲する人だ。そして、エレクチオンするか、しないかで、人間の精神の強さや、愛の深さを熱く語るお方だ。

「え、ええ、エレ、エレ、エレクチオンは、医学的に、血液で海綿状組織がふくらみ、特定の性別の、特別な場所が硬くなり、向きが変わることです」

 僕は、しどろもどろになりながら語る。楓先輩は、きょとんとしている。まったく伝わっていない。僕の説明では、満足していないようだ。

「ねえ、サカキくん。今の話では、エレクチオンの意味がよく分からないんだけど」

 先輩は、不満そうにエレクチオンについての解説を、僕に求める。
 どうする。僕は、男性の勃起について、赤裸々に楓先輩に話さなければならないのか? 視界の中では、満子部長がにやにやしている。このまま説明しなければ、満子部長にその役を奪われる。説明すれば、楓先輩にエッチ認定される。退くも地獄、進むも地獄。僕は、どうせ屍をさらすのならば、前のめりに倒れようと決意する。

「楓先輩。エレクチオンとは、男性が勃起することです。小池一夫作品では、女性が敵として現れることが多いです。そしてその女性を、主人公の崇高な心と、健全な肉体と、戦闘技術で凌駕することで、愛情関係にいたるという、清く美しい流れがあります。
 その物語の流れの中には、時として様々なツイストが現れます。たとえば、なびかない女性が出る時があります。あるいは愛情を求めるが、主人公に拒絶される女性が登場する時もあります。このように小池一夫作品では、多様な女性が出てきます。
 そういった女性キャラクターと、男性主人公との関係を如実に表すのが、主人公がエレクチオンするか、しないかなのです。

『どうしてエレクチオンしないのッ!?』『なぜエレクチオンしないのよ――ッ!!』『エレクチオンしているということは、身体が回復してきた証拠だ』『何で? エレクチオンしてるの……』『ホホホホ エレクチオンしたわよ』『な なンて男……、エレクチオンしないなンて……』『す…すごい……エレクチオン』『おれはいつでも自在にエレクチオンさせることができる』など、数多くのエレクチオンにまつわる名言が、小池一夫作品では生み出されてきました。

 小池一夫作品におけるエレクチオンとは、愛情の深さのバロメーターであり、生命の炎の強さであるのです。エレクチオンとは、まさに人類の営みそのものなのです!」

 僕は、エレクチオンについて語りつくす。楓先輩は硬直している。その様子は、まさに大量の血液が流入した、男性自身を想起させるものだった。僕は楓先輩という存在が、エレクチオンしているかのような錯覚を抱く。僕は、そんなエレクチオン状態の先輩が、動き出すのを待った。

「……あれ、楓先輩?」
「おい、サカキ。楓は気絶しているぞ」
「げ、げげっ!」

 先輩は、エレクチオンしているのではなく、フリーズしていた。僕は、慌てて楓先輩をゆすって、意識を取り戻させた。

「う、ううーん。どうして、サカキくんはエレクチオンしているの?」
「していませんから!!!」

 僕は、自分の股間を確かめてから、混乱している楓先輩に突っ込みを入れた。
 それから三日ほど、楓先輩は僕を、エレクチオンの人として避け続けた。

「だって、サカキくんは、エレクチオンする人なんでしょう?」
「えー、いや、まあ、確かに家ではしていますが」
「やっぱり!」

 う、うえ~~~ん。僕は、健全な男の子なんだから、エレクチオンぐらいしますよ!!!
 そんな三日間のエレクチオン騒動の間、満子部長は、僕と楓先輩のやり取りを、くすくす笑いながら見続けた。助けてくださいよ、満子部長! 満子部長が助けてくれるはずがないのを知っていながら、僕はそう思わずにはいられなかった。

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