雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第11話「針丸姉妹 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第2章 初戦

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◇大道寺万丈◇

 ちっ。
 シキとともに、美人の尻を追いかけていたと思ったら、まさか廃ビルに放り込まれて、こんな危機に直面するなんて考えてもいなかったぜ。人生、何があるのか分からない。そして、どこで、本気にならないといけないのかも分からない。

 俺は、足を動かして、砂と埃の詰まった通路を歩く。シキは階段を下りて出口に向かった。往復で数分、時間を稼げばよいはずだ。部長と副部長は、どちらも運動能力が高そうだから、シキから事情を聞けば、すぐに加勢に来てくれるはずだ。
 俺は顔を上げて、三階へと続く階段を見る。二人の女がいる。ピンクのラメの服にミニスカート、足は黒のストッキング。体型は細身で、美人の部類に入るだろう。俺は、頭部に視線を移す。頭は栗毛でツインテールだ。髪の毛の色は、いただけないが、ツインテールはぐっとくる。
 だが、顔がいけない。メイクがひどい。全面を白塗りにして、黒いドーランで目の辺りを塗りつぶしている。ロックバンドのキッスのメイクかよと思う。古代部族の戦闘用化粧と言われても、納得しそうなデザインだ。

 視線を移すと、階段の上に、アキラが横たわっているのが見えた。その霊体は、体から引き離されて、針丸姉妹の体から伸びる針で、高々と掲げられている。
 やばいな。俺は、アキラの様子を見て、そう思う。霊の針に喉を刺されるだけでも、呼吸が苦しいのだ。アキラは、霊体を体から引きずり出されて、針で貫かれている。痛みは相当のものだろう。あるいは、仮死状態になっているのかもしれない。抜け出た霊を、早く体に戻してやる必要がある。
 だが、そのためには障害がある。目の前の二人、針丸姉妹だ。彼女たちがアキラにとどめを刺さないように、時間稼ぎをしなければならない。また、俺自身の身を守るためにも、攻撃の瞬間を、可能な限り先延ばしにさせなければならない。

「デブが一人残って、足止めのつもりか?」
「写真を撮ることしかできないらしいな。役に立たない能力だな」

「邪魔だ、デブ。そこをどけ」
「それとも、今すぐ殺してやろうか?」

 針丸姉妹が、嘲笑うようにして言ってきた。俺は足を止め、胸を張り、にやけた笑みを浮かべる。

「残念だったな。足止めする気なんかねえぜ。俺がお前たち二人を倒す。お前たち以外は、誰も見ていないからな。安心して能力を使うことができるよ」

 はったりだ。だが、自信たっぷりに、不敵な笑みを浮かべて言ってやった。針丸姉妹が、眉の辺りをぴくりと動かして、足を止めて俺の姿を見た。よし、少しの時間だが動きを止めた。少しでも長く時間を稼いで、戦況を有利に導かないといけない。

「お前たち、人のことをデブと言いやがったな。だが、その言葉は間違っている。俺はデブではない。DBという愛称がある。さっきも、俺の友人が、俺のことをそう呼んでいただろう。もしかして、耳が聞こえないのか? それとも、聞こえてはいたが、記憶する脳みそがないのか?
 あんたらの名前は針丸姉妹。俺はきちんと覚えているぜ。この差は、いったい何だ。頭の能力の差という奴か。お前たちは、馬鹿なのかもしれない。だから、俺の罠に、何の警戒もなく近付いてきた。そして、そのことに、まだ気付いていないわけだ」

 針丸姉妹の顔に、警戒の色が浮かぶ。何でもいい。でっちあげでも、演技でも構わない。ともかく、相手を疑心暗鬼に陥らせて、時間を浪費させる。今の俺にできることは、それぐらいしかない。俺は精神を集中させて、右手の指の間に、写真を浮かび上がらせた。

「ほうっ」

 俺は声を上げる。そして、ゆっくりと右手を上げて、顔の前に持ってくる。針丸姉妹に、写真の表側が見えないようにして、俺はそこに映った光景を見た。

「なるほど、そういうことか」

 俺は、確信を得たような顔をする。そして針丸姉妹に対して、優越感を持った笑みを見せる。写真に写っているのは、この戦闘の有利不利をひっくり返すようなものではない。だが俺に、時間稼ぎのための情報を与えてくれるものだ。
 そこには、小学三、四年生ぐらいの姉妹が写っている。針丸姉妹の二人は、分厚い化粧をしているから素顔が分からない。だが、おそらく、写真の中にいるのは、彼女たちなのだろう。
 そこには、父親の姿も収められている。その父親の手には、何本かの待ち針があった。そして、少女たちの肩に、いくつかの針が刺してあった。

 虐待。

 俺は、おぞましいものを見たと思い、反吐を吐きたい気分になる。それとともに、自分が霊珠で能力を発動させた時のことを思い出す。心を集中して霊珠に向けた結果、自分自身の核になる出来事が頭に浮かんだ。
 おそらく、針丸姉妹も同じだったのだろう。彼女たちの頭は、父親からの虐待に支配されていた。その中でも、特に鮮明に記憶に残っていたのが、体に針を刺されたことなのだろう。だから、彼女たちは針の能力を獲得した。過去のトラウマを、敵へと振るう武器に変えたのだ。

 不幸な人生だったのだろう。写真に写っている部屋は、決して裕福なものではない。狭いアパートの一室だ。そこでは日常的に、怒声が飛び交っていたのだろう。霊珠による能力は、その人間の人生を表している。俺は、自分がなぜ、写真を具現化したのかを考える。

 デブ。

 先ほど針丸姉妹は、俺のことをそう呼んだ。俺は、シキと出会うまでの自分を思い出す。そして、シキと会い、変わった自分のことを振り返る。俺は、この島の大地主の一族の一つ、大道寺の家に生まれた。その出自と体型と性格によって、俺は幼少時代、間断のないいじめに、さらされた。

 人と違う家。
 太った体。
 協調性のない性格。

 この三つの要素が揃えば、俺でなくても、周囲の子供たちの攻撃対象になるだろう。俺は、幼稚園時代から、大人の目の届かないところで、様々な嫌がらせを受けてきた。それは直接的な暴力の時もあり、俺はよく怪我をして家に帰っていた。
 そこで、親に頼るなり、権力を笠に着るなり、といった方法もあっただろう。だが俺は、そういったものによって解決することは、卑怯だと思っていた。子供の世界の問題は、子供の中で答えを出すべきだと考えていた。
 だが、今振り返れば、それは間違いだった。そういった誤った選択肢を選んだ結果、俺は周囲から孤立した。仲間は、誰もいなかった。俺は、同級生や上級生からのいじめを、常時受けるようになってしまった。

 そういった俺の、ささやかな復讐が、写真を撮ることだった。俺に攻撃を仕掛けた子供たちを撮影して、コンピュータで加工して、残虐な目に遭わせる。戦争の殺し合いに放り込み、銃殺刑にして、ギロチンにかけ、肉食獣に襲わせる。ありとあらゆる虐待の現場をコラージュで作り、ささやかな慰みにした。
 実際の相手には何の抵抗もせず、自分の心の世界だけで、王のように振る舞う。そんな奴が、まともな人間のはずがない。人間のクズだ。ごみクズだ。俺は、自分がそういった人間であることを自覚した。
 そういった内面は、顔や態度にも出るのだろう。小学校も半ばに上がった頃には、普通と違う家とか、太っているとか、協調性がないとか、そういったこととは関係なく、周囲から嫌悪される存在になっていた。誰にも見せない「写真」という趣味は、そんな俺の、卑しい心の象徴だった。

 そういった俺の生活に、一筋の光のように差し込んできたのが、シキという同級生だった。初めてシキと会ったのは、五年生のクラス替えの時だった。シキは俺のことをいじめたりはしなかった。だからといって、別段仲よくすることもなかった。子供たちには、友人のグループというものがある。俺はどこにも属していなかった。だからシキと交わることもなかった。
 その年、島に七人の殺人鬼が上陸するという事件があった。その直後は、葬式や怪我や心神耗弱で、学校を休む生徒が多く、教室は閑散としていた。シキの姿も、あとで考えれば見かけなかった。俺はそのことを別段気にしたりはしなかった。登校する生徒が少なければ、俺をいじめる人間が少なくて済む。そう、ぼんやりと考えただけだった。

 俺の人生の転機は、六年生の時に訪れた。小学校の帰り道、人気のないところで俺は、かつての上級生たちに囲まれた。彼らは、すでに小学校を卒業して、中学生になっていた。小学生と中学生。それも男子ならば、その体格の差は歴然としている。彼らは、久しぶりに俺のことを思い出し、加虐の喜びを得ようとして、俺の帰宅を待ち伏せしていたのだ。
 人数は十二人。
 これは、小さな怪我では済まないな。俺はランドセルを背負ったまま、そう考えた。ここで人生が終わるのかもしれない。手加減というものを知らない馬鹿たちに殴られて、死ぬのかもしれない。
 俺の人生は、くだらないものだった。俺は、何のために生まれてきたのだろう。果たして、誕生する必要があったのか。シニカルな感慨とともに、そう思った。

 その時、背後から「おいっ」と、声がかけられた。何かと思い、振り向くと、一人のクラスメイトが、ランドセルを道路に捨て、俺たちの方へと歩いてきていた。誰だと思い、同じクラスの森木という奴だったなと思い出す。
 確か、小学四年生の時に、空手の全国大会で優勝したはずだ。だが、去年の事件で車に轢かれ、空手ができなくなったと聞いていた。何を考えているんだと思い、眺めていると、俺の横に立ち、中学生たちに声を出した。

「今日は天気がいい。だから喧嘩をしたくなった」

 それ以外何も言わず、いきなり中学生の膝を横から蹴った。いきなりの攻撃を受けた中学生は、膝を折り、体を傾けた。その顔に、森木は頭突きを食らわせた。
 俺は、その行為に驚いた。呆気に取られたと、言った方がよいだろう。俺は最初、森木が、安い正義を振りかざして、中学生を非難する気なのかと思った。だが森木は、そういったことは一切言わなかった。ただ、喧嘩をしたくなった、とだけ言った。級友である俺とは無関係の、森木個人の喧嘩である。そう宣言して、中学生との十二対一の戦いを始めたのだ。

 森木は強かった。足と頭だけで、三人を瞬く間に倒した。だが、快進撃はそこまでだった。森木は腕をつかまれ、動きを止めた。どうやら手が使えないらしい。いや、拳に力が入らないのか。俺は、空手ができなくなったという森木についての噂を思い出す。
 森木は、中学生に囲まれて殴られ始めた。俺はその様子を見て、足がすくんだ。俺を助けようとして飛び込んだ級友が、俺の代わりに痛めつけられている。俺はどうすればよいのかと震えながら、森木の顔を見た。
 目が合った。非難されると思った。だが森木は、にやりと笑った。その快活な笑みに、俺は頭の中が真っ白になった。そして、普段では絶対にしない行動を選択した。俺はランドセルを投げ捨て、中学生の輪に体当たりをかました。

 中学生たちは驚き、声を上げた。状況は、まったく好転しなかった。暴力の対象が、森木と俺に増えただけだった。だが、痛みよりも、清々しい興奮の方が勝っていた。
 俺たちが地面に倒れ、中学生たちが去ったあと、俺は森木に、なぜ助けてくれたのかと尋ねた。俺と森木は、道路に寝転がり、空を見上げている。森木は視線を上に向けたまま、楽しそうに答えた。

「誰だって、喧嘩をしたくなる日ぐらいあるだろう。俺は今日、喧嘩をしたかった。中学生の奴らも、そうだったんだろう。大道寺だって、今喧嘩をしたじゃないか。そういった日だったんだろう? 喧嘩の輪に、進んで飛び込んできたしな」

 森木は、にっこりと笑って告げた。俺は、目を丸くした。そういった、理由にもなっていない理由で、納得するわけがないだろうと思った。だが、なぜか、そういう日もあるんじゃないかという気がした。今日は喧嘩をしたい日だったんだ。そう考えると、なぜか笑いが込み上げてきた。
 その日俺は、人生で初めて、友人というものは、よいものだなと思った。そして、森木たちのグループに入った。

 森木は俺が、クラスの中で「デブ」と呼ばれていたことを改めさせた。大道寺万丈だから「DB」。いきなり違う呼び名にしても、周囲が付いてこられないだろうと思い、そういった名前にしたのだろう。
 俺はそのお礼に、森木に「シキ」という愛称を贈った。森木は、自分の名前が凡庸で面白味がないと言っていた。木が四本でシキ。下の名前の貴士を、音読みしてひっくり返したものでもある。
 森木は、その名前を気に入った。そして俺は「DB」になり、森木は「シキ」になった。そして俺たちは、中学校に上がった。

 俺は、恨みを晴らすための写真をやめ、クラスの友人が望むような写真を作るようになった。それが行き過ぎて、男子が求めていたエロコラージュを作ってしまったのは、ちょっと失敗だった。それ以外は概ね問題なく、中学時代を過ごすことができた。そういった俺の人生の象徴が、写真だったのだろう。
 俺は、写真の能力を発現した。シキは、奴らしい能力を獲得した。高潔な騎士の姿を手に入れた。俺はシキを、親友を、守らなければならない。俺自身の能力が、戦いに向いているかなんて関係ない。
 今日は天気がいいなあ。
 俺は快活な笑みを浮かべて、目の前の針丸姉妹に相対した。