雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第9話「初陣の霊戦 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第2章 初戦

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 山の奥まったところにある採石場。その入り口に立つ、三階建ての廃ビル。その二階の通路に、俺たちはいる。俺とDBは、何体かの戦国時代の死霊に囲まれて、背中を合わせている。階段の近くには、驚いて混乱しているアキラがいる。

 敵は武器を持っている。刀に槍に弓矢。いずれも、粗末なものだが、攻撃を受ければ死傷は免れないだろう。
 俺は、朱鷺村先輩の話を思い出す。霊体を傷付けられても、死ぬことはない。心神耗弱状態に陥ったり、気絶したりといった程度しか、被害は受けないと言っていた。また、このビルにいる下級の霊程度ならば、幻術を駆使して、俺たちの肉体を直接傷付けることもないと話していた。
 だが、侮ることはできない。ここは学校の中とは違い、足下に様々なものが落ちている。地面には、ガラスの破片や、むき出しの鉄筋がある。それらで怪我を負えば、肉体に著しい損傷を負うだろう。気絶して、それらの上に倒れれば、命を落とす危険もある。心してかからなければならない。

 死霊たちは、アキラをちらりと見たあと、俺たちに視線を移した。俺とDBに、攻撃の目標を定めたのだろう。アキラは女だ。戦力外と判断したのかもしれない。男の二人を先に倒せば、あとでゆっくり料理できる。そう考えているのだろう。
 相手は、見たところ七人いる。朱鷺村先輩は十人と言っていたが、すべてがこの階にいるわけではないのだろう。このビルは三階建てだから、上の階にまだ潜んでいる可能性もある。
 数では敵が圧倒的有利。さらに、こちらは無手で、相手は武器を持っている。普通に喧嘩をすれば、こちらの負けは必死だろう。そもそも、こちらから殴りかかって、傷を与えられるのかも判然としない。

「なあ、DB。どうする?」

 俺は、背中合わせで身構えているDBに尋ねる。

「逃げるか、戦うかの二択だろうな。部長は、俺たちが、こいつらと戦うことを、想定して放り込んだみたいだがな」
「でも、どうやって戦うんだ?」
「話の流れからして、おそらく霊珠を使うんだろう。部室で発現させた能力を、ここでも呼び出して、活路をつかめということだろう」

 霊珠。俺は、自分たち三人が、虹色に光を反射する、宝珠を持たされたことを思い出す。俺たちの隠された能力を引き出す、不思議な球体。部室で試験を受けた時は、精神を極度に集中させることで、その力が具現化した。霊珠を使うのには、そういった意識の作用が必要なのだろう。
 心を乱さず一点に集めること。部室で試験に通った時の、心の動きを再現すること。それが、俺たちに求められていることだろう。

「意識を、霊珠に向ければいいんだよな?」

 俺は、力の引き出し方を、DBに尋ねる。

「おそらく、それでいいと思う。想像力。妄想力。集中力。呼び方は違えど、それらはみな、現実の世界の情報を遮断して、頭の中の世界に没入することだ。
 俺の推測だが、霊能力を持っていない俺たちのような人間が、霊体に形を与えるには、核となる存在が必要なのだろう。水蒸気が雨になる際、雲核と呼ばれる微粒子を核として、水が液化する。同じように、人間の内面にある霊を、肉体から引きずり出して、別の形に凝結させるのには、霊核と呼ぶべき何かがいるのだろう。
 そういった、霊の成形に方向性を与えるのが、霊珠の役割だと思う」

 DBは、自分の推測を述べ、さらに話を続ける。

「あとはな、俺の勝手な想像だが、人が持つ霊の量は、一定なのではないかと思う」
「どういうことだ?」
「コップの中の水と同じだよ。中の水を外に出せば、コップ内の水は減る。外に出した水を戻せば、コップ内の水は元に戻る。霊も同じような仕組みなのではないかと感じている。
 体外に出した分、体内の量は減少する。それはある意味、自分の霊を傷付けられて、損傷している状態と同じだ。だから、頻繁に出し入れするのは、危険なのではないかという予感がある」

 俺たちは、すでに一度、部室で霊を具現化している。そのことで、DBは疲労を覚えているのかもしれない。

「体を怪我して、出血したのと同じ状態になるということか?」
「体の外に出した霊を、集中力を維持して、そのまま体内に戻せば問題ないと思う。だが、集中力を乱して霧散させたり、具現化した道具や武器を破壊されたりすれば、精神的な損害を受ける可能性がある」

 俺は、DBの言葉の意味を考える。遊び半分で使えば、痛い目に遭うということだろう。また、霊珠を使って具現化した道具は、大切に扱わなければならないということだ。それを粗略に扱うことは、自分自身を傷付ける原因になる。

 自らの体内にある、霊の量は一定。そのことは俺に、ある法則を思い起こさせた。

「質量保存の法則のようなものか。この場合は、霊量保存の法則といった方がよいのかもしれないな」

 DBは頷く。

「霊についても、無から有が生じない限り、そういった法則性は、存在すると思う」

 俺は、その言葉の意味を考えたあと、自分の周囲に目を向けた。

「なあ、DB。今の話は、非常に興味深かった。だが、今話すことか?」

 有意義な内容だったが、現状の解決には、何も貢献していない。背後にいるDBが、額の汗を拭いたのが分かった。

「すまん。集中できないから、べらべらとしゃべってしまった」

 そういうことかと納得する。だが、DBを非難する気にはなれなかった。集中できないでいるのは、俺も同じだ。緊張して、焦っている。心を一点に集めなければと思えば思うほど、心は乱れて、意識は周囲の死霊に、引き寄せられてしまう。

「集中すればいいのね」

 階段の前にいるアキラが、空手の三戦立ちになり、視線を真っ直ぐ前に向けた。その姿を見て、なるほどと思う。空手で習った構えを利用して、精神を統一しているのだ。
 アキラの体の一部が光った。それは、アキラが財布に入れた霊珠が、霊の世界の光を閃かせたためだ。
 アキラの全身から、薄い靄のようなものが漏れ出る。その曖昧な煙のようなものは、両拳に集まり、一つの形を成す。鉄拳。部室で見たのと、同じものだ。アキラは、俺たちの中で最も早く心を落ち着け、自らの力を発動させた。アキラは三人の中で、最も環境に対する適応能力が高いのだろう。

 後れを取るわけにいかない。俺も急がなければ。そう思い、必死に精神を集中する。しかし、心が上滑りして、霊珠に意識を向けることができない。

「あいつらを、この鉄拳で倒せばいいのよね」

 アキラの鉄拳は、サッカーボールほどの大きさで、ロボットのような形をしている。その拳を打ち鳴らしたあと、アキラは手近な兵士に殴りかかった。単純な奴ほど、こういった時には、迷わずにやるべきことを実行できる。アキラは、その見本のようだった。

「食らえ!」

 距離を縮めて、一気に拳を敵に叩き込む。鉄拳は、轟音とともに死霊の頭にめり込み、そのまま頭部を破壊した。アキラの鉄拳が通過したあと、戦国時代の死霊の皮膚が裂け、頭蓋骨が砕け、中の血肉が露出した。

「うわっ、グロい!」

 大きな声を上げながら、アキラは次の相手に殴りかかる。俺は、以前、人に聞いた話を思い出す。女性は、月のものがあるから、男性よりも血に抵抗がない。アキラもそうなのだろうか。猪突猛進の単純な奴だが、女として血に慣れているのだろうかと考える。

 アキラの霊体は、死霊の返り血で、真っ赤に染まっている。拳が届くほどの至近距離。相手の頭を破裂させるほどの破壊力。そのために、血飛沫を浴びているのだ。その血まみれの姿で、アキラは次の兵士に向けてステップを踏む。今度の打撃は、相手の頭に当たらず、肩に当たった。致命傷を与えることができずに、反撃をされて、数歩後退する。

「やばい、やばい」

 空手道場で組手もこなすアキラは、接近戦での駆け引きを心得ている。だが、距離を取ったことで、アキラは徐々に守勢に回るようになった
 鉄拳のリーチは短い。相手は、刀や槍、そして弓矢を持っている。アキラの使う攻撃手段は、相手の懐に入らなければ威力を発揮しない。武器で牽制されて、距離を取られれば、なす術もなく翻弄される。

「DB。どうにかならないか」

 俺は、こういった時に、知恵を働かせてくれる親友に声をかける。DBは、俺の声に答えず、集中している。これは、何かやってくれるかもしれない。そう思い、DBが反応を見せるのを無言で待った。

「よし!」

 DBが声を上げた。霊珠の閃きが見えた。能力を発現させたのだ。DBは、俺の横に来て、手を上げた。その指の間には、一枚の写真があった。俺は顔を寄せて、DBの手の中にある写真を覗き込む。

「DB。その写真は何だ?」

 そこには、目の前にいる兵士の姿が写っている。妻子と一緒に、幸せそうに食事を取っている。兵士の人生の一コマを、写し取ったものだろう。その笑顔を見て、俺は困惑する。目の前の兵士たちに、攻撃を加えてよいものかと躊躇する。
 相手は、生前に人として生き、そして死んで、この場所にいる。霊になったからと言って、破壊してよいという道理はない。俺はDBに顔を向ける。DBは、自分の能力が非難されると思ったのか、申し訳なさそうにまくし立てた。

「すまん、シキ。俺の能力は写真を呼び出すだけらしい。この戦いに、何の貢献もできなさそうだ。あとは、お前の力に頼るしかない」

 DBの能力は、戦闘向けのものではないから、仕方がない。それに、一人で戦っているアキラについては、攻撃力は高いが、リーチが足りない。また防御力も皆無だ。
 戦況は厳しい。距離の稼げる武器に、身を守る防具。現状を打破するには、そういったものが必要だ。そのためには、俺が能力を発動させなければならない。俺は、霊の騎士を、早く具現化しなければと焦る。

 俺は周囲を見る。死霊たちの包囲の輪は、徐々に狭まっている。だが、俺たちを囲む人数自体は減っていた。アキラが一人で奮闘しているおかげで、俺たちへの注意が薄らいでいる。この隙に精神を統一して、霊珠の力を引き出さなければならない。だが、心ばかりがはやり、なかなか目的を達することができない。
 俺は、息を吸い、そして吐く。空手の息吹を念頭に起き、意識を自分の呼吸に集中させる。徐々に丹田に心を練り込んでいき、心を一つの球体のように凝集させていく。

 胸の辺りに、霊珠の存在を感じた。俺は、腹の底に集めた意識を、徐々に体軸に沿って還流させて、霊珠へと流れ込ませていく。そういった行為を繰り返すうちに、なぜ霊珠を使うために、精神集中が必要なのか、理解できた。これは不定形の霊体を、想像力という型に押し込めて、成形させるためなのだ。
 想像力は、いわば鋳型だ。死霊は、自らの生前の姿を模して具現化する。それは人間が死ぬ時に、自己同一性を保つために、自身の姿や形を強く念じるからだろう。その結果、強烈な意識の凝集が起きるのだ。それと同じことを、生きているうちにおこなうには、常識を越えた精神の圧縮が必要になる。

 俺とDBとアキラは、自分の核となる何かを思い浮かべて、その霊体の雛形を作り出した。部室での試験の時、俺が、フィギュアとして作っていたデザインを思い浮かべたのには、理由がある。俺の人生の中で、人形というものが、強く心に刻み込まれたものだったからだ。

 五年前に行方不明になった姉。その姉は、人形作りの名手だった。操り人形を数多く作り、それらによる寸劇をよく見せてくれた。
 七人の殺人鬼事件では、母が死に、姉が姿を消した。そして俺自身は、拳が握れなくなり、習っていた空手をやめることになった。
 突然の喪失に呆然としていた俺に、父はノートパソコンを買ってくれた。最初、それで何ができるのか分からなかった。しかし、その後、DBと友人になったことで、様々なソフトを動かせることを知った。
 その中には、3Dモデルを作るソフトもあった。指先が器用でなくても、姉のように人形を作ることができる。細かく動かない指の代わりに、座標で形を指定できる道具を得た時、俺は人形作りに没頭した。
 その俺の行動を、DBが増幅して道筋を与えてくれた。そういった精神の軌跡の先にあるのが、今俺が手掛けている、女騎士のフィギュアのシリーズだった。

 白銀の全身鎧。
 黄金の騎槍。

 俺は心の中に、その姿を思い浮かべる。

 西洋の中世の騎士。

 彼らは、自らの信念と美学のために、命をなげうつことができたという。その精神の高貴さの真偽は、定かではない。しかし俺は、そういった、肉体を凌駕した人生の規範があってもよいと思っている。そうでなければ、なぜ母さんと姉さんは、あの日、自らの肉体の危機を顧みることなく、島を救うためと言って、家を出ていったのだろう。騎士とは、そういった精神の象徴ではないか。

 俺は、騎士の姿を思い浮かべる。白銀と黄金で彩られた形を、鮮明に思い描く。そして、その形を、凝結させるようにして、自分の周囲に具現化させた。
 今や疑いようがなかった。俺は白銀の鎧をまとい、黄金の騎槍を手に握っていた。目の前には、武器を持った、日本の戦国時代の雑兵たちがいる。俺は、その敵に相対して、騎槍を勢いよく振った。

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 俺は雄叫びを上げながら、手の中の凶器を、目の前の霊に叩き込む。騎槍の先端が兵士の胴に触れた。火薬を爆発させたように、防具が吹き飛び、体に穴がうがたれた。破壊はそれだけで収まらない。衝撃は波となり、敵の体に波及していく。死霊の体は、爆風にさらされたように形を崩して、周囲に飛び散った。