雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第8話「初陣の霊戦 その3」-『竜と、部活と、霊の騎士』第2章 初戦

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朱鷺村神流◇

「キャーッ!」

 採石場の廃ビルの中から悲鳴が聞こえた。私は顔を上げて、どこから声がしたのかを確かめる。

「二階か?」
「階段を上った辺りね」

 ユキちゃんが場所を特定して、視線を向けた。
 新入生たちは、大丈夫だろうか。胸を張って送りだしたが、勝てるという確証があったわけではない。あれは、言うならば虚勢だ。いざとなれば、すぐに建物に飛び込み、救い出さなければならないだろう。
 私は緊張しながら、耳を澄ませる。シキ君やDBが、騒いでいる声が聞こえる。お化け屋敷に放り込まれたように、声を出している間は大丈夫だろう。静まり返った時が危ない。声を出せないぐらいの危機に、陥っているという証拠だからだ。

 私は、ちらりとユキちゃんを見る。のほほんとした顔で、体を揺らしている。

「不安じゃないのか?」

 心の内を計りかねて尋ねる。

「私が心配しても仕方がないじゃない。それに、リーダーは私ではなく、カンナちゃんだし」
「まあ、そうなのだが」

 答えたあと、少し考えてから心中を漏らす。

「そもそも、私が部長をすることが、適任かどうか分からない。人生経験の豊富さから言えば、ユキちゃんが部長をするべきではないかと、今でも思っている。なあ、ユキちゃん。そうは思わないか?」
「ううん、全然。それに、リーダーというものは、決断したあとは最善を追及して行動するべきよ。私みたいな、ふわふわした、風船みたいな人間を頼ったら駄目。私は、両親みたいに風に吹かれて、世界中を飛び回る運命だと思うから。
 カンナちゃんは、いずれ朱鷺村家の当主になるんでしょう。今のうちから、人の上に立つ練習をしておかなくちゃ」

 ユキちゃんは片目をつむり、笑顔を見せる。この調子でユキちゃんは、責任のある仕事を、すべて私に押し付けている。
 私は、大きくため息を吐く。不満はあるが、ユキちゃんの言っていることの正しさも分かる。確かにそうだ。リーダーならば、行動を決めたあとは、最善を尽くすべきだろう。そうは言っても、そのリーダーが、本当に私でよいのかという疑問は、胸の中に残り続ける。

 私は、世間知らずの子供だ。ユキちゃんのように、人の生き死にに関わる危機に陥ったことはない。また、その危機を切り抜けた経験もない。
 それに、次期当主という話についてもそうだ。家の人間たちに、将来を嘱望されているとはいえ、私が朱鷺村家の当主に相応しい人間なのか分からない。ただ、その努力を続けているだけだ。

「せめて、私が生まれた家が大道寺ならばな」
「自由奔放に生きられた?」
朱鷺村は、この島の古参だし、病的なほどに保守的だ」
「DB君の、大道寺家は違うの?」

「大きく異なる。大道寺の人間がこの島に来たのは、だいぶ最近の、江戸時代の頃だ。この地域を支配していた大名が、開発と支配のために送り込んだ士族の家系が、大道寺だ。彼らは、この島土着の人間ではない。
 大道寺は、開発という名目の下、商売にも手を出して、半分商家のような存在だった。それに、幕末には何人か志士を出した。そういったところからも、大道寺の気質が窺われる。あそこは、代々、自由な家風なのだよ。
 実際に、あの家の当代は、IT会社を立ち上げて、インターネット上のサービスで成功を収めている。朱鷺村は、いまだ地面を貸したり、そこに店を建てたりといった不動産業から、抜け出せないでいる。うちは、そういった家なんだよ」

「大道寺が羨ましいの?」
「どうだろうな。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。私は、私以外の人生を経験したことがない。だから、他の人生の方がよいのかは、判断が付かない」
「ふーん。いろいろと、人生について悩んでいるのね」

 ユキちゃんは、楽しそうな顔をして私を見つめた。彼女から見れば、私は年下の妹のような存在なのだろう。私は首を振ったあと、建物内の様子を窺うために顔を上げた。

「なあ、ユキちゃん。新入生について、どう思う?」
「面白そうな子たちね」
「実力はどうだ?」
「霊戦の力はまだ分からないわ。だって、まだ初陣でしょう。まあ、今の時点での、人間としての力なら推測できるけど」
「誰が一番上だ?」
「逆に私がカンナちゃんに聞いてあげる。もし、一ヶ月以上かかる死闘に連れて行くなら、誰を選ぶ?」

 ユキちゃんは、時折こういった謎かけをしてくる。一ヶ月ということは、一回きりの戦闘を想定した質問ではないのだろう。もっと長い期間。サバイバルのような状況での、戦いを意識しているのだろう。私はしばらく考えたあと、一人の新入生を選んだ。

「シキ君だな」
「カンナちゃんは、シキ君に目をかけているのね」

 ユキちゃんは、優しげな目で私を見る。

「ああ。通い巫女を何人も出している、森木家の人間だからな。潜在的な能力は、一番高いだろう。ユキちゃんは違うのか?」
「私だったら、違う子を選ぶかな」
「誰だ?」
「DB君よ」
「DB? あの肥満児か。一番、役に立たなさそうだぞ。なぜなんだ?」

 私は、露骨に嫌な顔をして、ユキちゃんの表情を窺う、ユキちゃんは、いつものように、にこにこと笑いながら口を開いた。

「理由は、彼が一番大人だからよ」
「はあっ? 大人というよりは、発情期で盛っているだけだろう。あの時の写真が、その証拠だろう」

 DBは、私とユキちゃんのパンツ姿を、写真にした。そのことを思い出して、私は顔をしかめる。ユキちゃんは、建物の方を向き、珍しく真面目な顔をして、口の端を上げた。

「彼、猫を被っているのよ。同類だから、分かるの」

 ユキちゃんの瞳には、妖しい光が浮かんでいる。私は、背筋に冷たいものを入れられたような気持ちになる。時折見せる、ユキちゃんのこういった目は、修羅場をくぐってきたものにしか出せない、殺気や狂気が混じっている。

「まあ、でも、当面はシキ君かな。彼、霊珠なしでも、見える子だし」

 いつもの笑顔に戻って、ユキちゃんは楽しそうに声を出した。

「アキラ君は?」
「アキラちゃんは、まだまだお子様ね」
「精神年齢は、小学生から中学生前半といったところか?」
「うん」
「シキ君は?」
「彼は、高校二年か、三年ぐらいかな。場合によっては、大学一年生ぐらいの、ものの考え方をするわね」
「DBは?」
「彼は二十歳以上ね。二十代半ばぐらいかも、しれないわよ」
「にわかには、信じ難いな」
「でも、今年の新入生の中で、唯一、武器以外を具現化したのよ。そこは認めてあげて、いいと思うけど」

 ユキちゃんの言葉に、私は真剣な表情を返す。

「佐々波先生や、末代と同じように、特殊能力者というわけか」
「うん。彼、きっと性格がひねくれているのね」
「ユキちゃんは、さらっと、ひどいことを言うなあ」
「あら、貶めているんじゃないわよ。褒めているのよ。戦いに関係のない能力の方が、あとあと応用が利く。単純な思考をしていない人間だけが、戦い以外の能力を発動させる。だから、先で役に立つ」
「それは認める。佐々波先生の白墨のおかげで、這い出てきた霊の位置を、いち早くつかめているわけだからな」
「そういうこと」

 ユキちゃんは、嬉しそうに笑みをこぼし、私の手をちょこんと握った。私は、そのことで気付いた。私の手は、緊張で震えていた。ユキちゃんは、そのことを察して、私に手を差し伸べてくれたのだ。
 私は、部長なんだ。下の者たちを守るためにも、しっかりしなければ。そう思いながら、私は建物の中の気配に、意識を集中した。