雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第6話「初陣の霊戦 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第2章 初戦

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◇森木貴士◇

 俺たち五人は、学生食堂に到着した。学食は、教室四つ分ほどの広さで、机や椅子が並んでいる。奥には、食べ物を注文するカウンターと、パンなどを買える購買がある。
 朱鷺村先輩と雪子先輩は、松花堂弁当を頼み、俺はカレーライスを注文した。DBは、かつ丼大盛りを二つトレイに並べ、アキラは日替わり定食を選んだ。一つのテーブルを囲んで席に着いた俺たちは、食事を始めた。

「DB、あんた、そんなんだから太るのよ。大盛りかつ丼二杯って何? 人類の胃袋の許容量を超えているわよ」
「何だよ、てめえこそ、色気のないメニューを選びやがって。部長や副部長のような、お上品なものを頼みやがれ」
「仕方がないでしょう。松花堂弁当は、日替わり定食の二倍の値段だから、頼めるわけないじゃない」
「はんっ。飢えた狼みたいなお前には、その量は少ないんじゃないのか? 何なら、俺がかつ丼の肉を、少しめぐんでやろうか?」
「あんたの食べ物なんて、一口も欲しくないですよーだ」

 DBとアキラが、唾を飛ばし合う。その間で俺は、カレーライスをもくもくと食べる。いつものこととはいえ、二人の仲の悪さは、何とかならないものだろうか。俺は助けを求めて、正面に座る二人の先輩を見た。
 朱鷺村先輩と雪子先輩は、静かにご飯を食べていた。どうやら、仲裁に入る気はないらしい。俺は彼女たちに、何か話しかけようと思い、口を開いた。

「そういえば、朱鷺村先輩って、あのトキムラなんですか?」

 トキムラというのは、八布里島にいくつかあるスーパーマーケットの名前だ。そのチェーン店は、朱鷺村一族が経営しており、朱鷺村家は、DBの大道寺家と並ぶ大地主だ。

「そうだが」
「本家なんですか、分家なんですか?」
「宗家だ。私の父が宗主になる」

 うわっ、金持ちだ。普通の人ではなさそうと思っていたけど、ちょっと近寄り難い存在かもしれない。でもまあ、大地主の子供と言えば、DBだってそうだ。そういった境遇の人間と、付き合いがないわけではない。
 しかし、似たような出自でも、こんなにも違うのか。俺は、朱鷺村先輩とDBを見比べる。

朱鷺村先輩は、なぜ竜神部に入ったのですか?」

 そういった立派な家柄の人間が、こんな奇妙な部活に入っている理由が、よく分からなかった。

「愚問だな。朱鷺村の次期宗主が、島を守る仕事をしないでどうする」
「でも、竜神部って、四年前にできた学校の部活ですよね。歴史がある部活動というわけでもないですし。謎だらけなんですが」

 正直な気持ちを告げる。

「いずれ分かる」

 答えたあと、朱鷺村先輩は、再び箸を運び始めた。
 秘密主義だなあ。そう思ったあと、今度は雪子先輩に目を移す。謎と言えば、この人も謎だ。ハーフらしいということは分かるが、それ以上のことは分からない。せっかくだし、今のうちに話を聞いておこうと思い、尋ねる。

「雪子先輩は、どうして竜神部に入ったんですか? 朱鷺村先輩みたいに、島を守らないといけない立場の人なんですか?」
「そんなことは、ないわよ」
「じゃあ、どうして、こんな怪しい部活に?」

 おいおい、自分もその部活の入部届に、名前を書いたではないか。自分で自分に突っ込みを入れながら、雪子先輩の答えを待つ。

「居候だからよ」
「どういうことですか?」
「私、カンナちゃんの家に住んでいるから」
「二人暮らしなんですか?」
「ううん、違うわよ。カンナちゃんの家は、大きなお屋敷だから。二人だけということはないわ。その広いお屋敷のカンナちゃんの部屋で、私は寝泊まりさせてもらっているの」

 朱鷺村先輩と雪子先輩は、どういった関係なのだろう。聞いてよいのか分からず、表情を窺う。

「私の母と、カンナちゃんのお母さんが友達なの。私の母は、この島出身だから。まあ、ホームステイみたいなものね。中学三年生の頃から、こっちに住んでいるわ」
「そうなんですか。ご両親は、帰ってこい、とか言わないんですか?」
「うーん、それどころじゃないもの。私を同行させられないから、預かってもらっている状態だし」
「何か、複雑な家庭事情なんですか?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、父が行方不明で、母はその探索で、世界の秘境を飛び回っているから」

 俺は、目をぱちくりとさせる。いったい、どういった家なんだ?

「私は、まだ子供でしょう。だから、父が見つかるまでの間ということで、カンナちゃんのお母さんに、預かってもらっているわけ。まあ、父は、二年以上経っても、行方不明のままなんだけどね」

 俺は、どう返事をしてよいのか迷う。どういった家庭環境なのかは分からないが、雪子先輩は、けっこうヘビーなことをさらりと言った。気付くと、DBとアキラも、話に耳を傾けていた。俺の質問が途切れたところで、DBが身を乗り出して口を開いた。

「副部長のお父さんって、何をしているんですか?」
「私の父? 冒険家よ。母も同じ。でも、母の方は、冒険家というよりは、登山家ね。私の名前のユキコは、マッターホルンの雪を見て、母が決めたそうよ」

 冒険家という職業の人間がいるというのは、ぴんと来なかった。登山家も馴染みがない。雪子先輩の両親が、どうやって日々の糧を得て、暮らしているのか、まったく想像が付かなかった。

「そろそろ、食事は終わったか?」

 朱鷺村先輩が、ハンカチで口を拭きながら尋ねてきた。俺たちの皿には、まだ料理が残っている。俺は、朱鷺村先輩の様子を窺う。朱鷺村先輩は、あまり気が長い方には見えない。俺は、残ったものを急いでかっ込み、手早く食事を終わらせた。

「よし、行くぞ」

 朱鷺村先輩が立ち上がる。俺たちは腰を上げ、学食をあとにした。
 廊下を歩いて玄関に向かう。学年が違うから、下駄箱の前でいったん別れ、校舎の入り口で合流した。
 屋外に出ると、運動場が見えた。野球部やサッカー部、ハンドボール部の上級生たちが、新入生を勧誘している。プールの前には、水泳部と思しき一団もいた。校舎から出てきた俺たちが新入生だと分かると、何人かの二年生や三年生が近付いてきた。彼らは、朱鷺村先輩に鋭い眼光を向けられて、そそくさと退散する。
 俺たちは、運動場前の桜並木を通り、校門まで来た。校門の前の道路は、左右に分かれている。左手は、今朝上ってきた、町へと続く下り坂で、右手は、山に入る上り坂だ。朱鷺村先輩と雪子先輩は、右へと折れて、山への道を歩き始めた。

「実戦って、どこに行くんですか?」

 俺は、追いかけながら背中に声をかける。振り向いた朱鷺村先輩は、足を動かしたまま、肩越しに声を返してきた。

「山の奥に廃ビルがある。そこに行く予定だ」

 そういったものが、あっただろうかと、俺は考える。御崎高校のある山には、何度か上ったことがある。だが、廃ビルがあったという記憶はない。俺はDBに顔を向ける。DBなら、何か知っているのではないかと思ったからだ。

「山の裏手に、確か採石場があったはずだ。その関連施設じゃねえのか」
「そうだ。三階建てのビルになる。五年前まで、事務所として使われていたものだ」

 DBの声を聞き、朱鷺村先輩が説明してくれた。俺は、疑問に思ったことを尋ねる。

「今は使われていないんですか?」
「無人になったからな」
「五年前ということは」
「ああ。七人の殺人鬼事件で、オーナーと主要な社員が死んだ。それで会社が解散して、廃墟になっている」
「実戦って、そこで何をするんですか?」
「そこに巣くっている幽霊を退治してもらう」
「五年前の事件で死んだ人たちの霊ですか?」
「いや、違う。ここ最近湧いてきている、戦国時代の亡霊だ」

 入学式の夜、桟橋で見た雑兵たちを思い出す。ああいった奴らと戦う予定なのだろう。

「あの、朱鷺村先輩。さすがに無茶過ぎはしませんか。俺たち一年生は、まったくの素人なわけですし」

 俺は、腰が引けながら尋ねる。

「問題ない。万一の時は、外にいる私たちを呼べ。助けに行ってやる」

 どうやら、俺たち三人だけで建物に入り、先輩たちは外で待機するつもりらしい。

「死んだりしませんよね?」
「大丈夫だ。あいつらとは何度か戦ったが、冷静に対処すれば、恐れる必要のまったくない雑魚だ」

 朱鷺村先輩は、自信に溢れた口調で言う。駄目だ。天才は凡人に、自分の技術を教えられない。そういった話を時折聞くが、努力なく物事ができる人間に、何を聞いても無駄だ。

「私が偵察に行った時は、十人の兵士がいた。一人三体ほど倒せば勝ちだ。難しいことはないだろう」
「そうですか」

 こりゃあ、命を落とすかもしれないな。俺は、アスファルトの道路を歩きながら、晴れ渡った空を見上げた。