雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第5話「入部試験 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第1章 入部

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◇森木貴士◇

 竜神部の部室には、俺とDB、朱鷺村先輩と、雪子先輩、そして途中乱入したアキラの、五人がいる。俺たちは、木製の机を囲んで立っている。そして、虹色の霊珠を持った朱鷺村先輩の話に、耳を傾けた。

「この霊珠は、竜神部で管理していて、部員に貸し出されるものだ。そして、竜神部には、霊珠への適正がある者しか入れない」
「あの、質問いいですか?」

 DBが手を挙げる。

「何だ?」
「適正って、何ですか?」

 DBのことだ。積極的に質問して、話す機会を得ようとしているのだろう。朱鷺村先輩は、DBの言葉を受けて、説明を続けた。

「過度の、想像力、妄想力、集中力といった、精神的な能力を持つことだ」

 その説明に、なるほど、と俺は納得する。

 俺の想像力。
 DBの妄想力。
 アキラの集中力。

 方向性は違っても、心の内へと意識を向けて、そこで何かをおこなうことが得意という点では、三人は同じだ。俺とDBとアキラは、奇しくもその力を持っていたというわけだ。
 朱鷺村先輩は、俺たちの表情を確かめたあと、先へと進む。

「そういった人間が、精神を統一して、霊珠の内面を見ようとする。そうすると、霊珠と同調して、霊的能力が発現する。発動する能力は、その人間が、心の底で強くイメージしたものに左右される。そして、能力を開花させた者は、霊珠が身近にある間、その具現化した力を利用できる。
 シキ君は、騎士の姿を想像して、白銀の鎧と黄金の騎槍を手に入れた。DBは、私とユキちゃんのパンツを妄想して、盗撮の能力を獲得した。アキラ君は、殴り合いの様子でも思い浮かべたのだろう。拳を強化する鉄拳を得た。ちなみに私は日本刀を授かり、ユキちゃんは銃を入手した」

 朱鷺村先輩は、DBの時だけ、蔑んだような目をした。

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。みんな戦闘力のありそうな能力なのに、なんで俺だけ盗撮なんて、アホな力なんですか! それに、そんな妄想はしてないですよ!」

 わめくDBに、アキラがぼそりとつぶやく。

「日頃のおこないが、ストレートに出ているだけじゃない」
「まさに、その通りだ。霊珠で発現する能力は、その人間の内面を反映する」
「DB君、エッチね」

 女性陣に冷たい罵声を浴びせられ、DBは、まんざらでもないといった表情を浮かべる。俺はその様子を眺めたあと、口を開いた。

「それで、その能力を使って、物を破壊したり、敵を倒したりできるんですか?」
「そんなに都合がよいものではない。シキ君。君は、そんなことができる人間を、これまで見たことがあるか?」
「いえ、ないですけど」
「そういうことだ。現実の物を破壊する力はない」

 朱鷺村先輩は、当然といった表情で言う。俺は昨夜の、先輩たちと兵士たちの戦いを思い出す。

「昨日の、戦国時代みたいな格好をした奴らの、攻撃はどうなんですか?」
「霊体が具現化して作られたものは、霊体しか傷付けることができない。また、霊体は、霊感がある人間か、霊珠の洗礼を受けた人間にしか見ることができない。そして、霊体が傷付いた人間は、しばらくの間、気力が萎え、虚脱状態になる。損傷がひどい場合は、再起不能になる可能性も、ゼロではない」
「つまり、どういうことですか?」

 俺は、よく理解できなかったので尋ねる。アキラも、ぽかんとした顔をしている。

「つまり、こういうことだろう」

 DBが、横で口を開いた、

「生まれつき霊感を持つ人間や、霊珠を携えることで疑似的に霊感を得た人間を、霊的人間と仮に呼ぼう。その霊的人間は、物的世界と霊的世界を同一平面上の現実世界として認識できる。そのことによって、幽霊などの霊を見つけて、攻撃を仕掛けることが可能になる。霊珠は、その際に武器となる力を授けてくれる。
 また、人間は、肉体と霊体でできている。そして、霊的世界を認識できない人間は、一方的に霊からの攻撃を受ける。その際は、肉体ではなく、霊体が傷付き、うつ状態になったり、失神したりする。島を守るという、竜神部の活動は、そういった人間に害をなす霊を撃退して、島の人々の心を平穏に保つ。そういったところだろう」

「ふむ。侮っていたが、頭の回転が速いようだな」
「へへ、部長。俺を見直しましたか」
「まあ、見直しはしないがな。パンツの恨みは忘れない」

 朱鷺村先輩は、冷ややかな目でDBを見たあと、話を続けた。

「DBの話は、だいたい合っているが、少し補足が必要だ。霊は、霊能力がほとんどない人間でも見えることがある。その霊の力が著しく強い場合だ。そして、霊は人間を肉体的に傷付けることもできる」
「刀で斬り付けてきたり、槍で刺してきたり、するんですか?」

 先ほどの話と矛盾している。そう思いながら、俺は尋ねる。

「いや、そういった攻撃は、霊体しか傷付けない。危険なのは、霊が見せる幻だ」
「幻?」

 俺を含む新入生三人は、意味が分からず、視線を交わし合った。

「幻って、何ですか?」

 代表してDBが尋ねる。その質問を受けて、朱鷺村先輩が説明を始める。

「霊を見ることができる人間は、通常の世界と霊の世界を同じようにして扱う。たとえば、道の真ん中に霊の壁があれば、そこに本物の壁があると思って立ち止まる。同じように、崖の上に、道路が続いているように見せかければ、足を踏み外して崖下に落下する。
 霊の中でも、力が強い者は、そういった幻を使い、人間を死に至らせることがある。霊が見えるということは、そういった危険に巻き込まれる可能性もあるんだ」

 俺たちは、言葉を失う。
 能力が発動した。俺すげえ。そう思っていたら、かなりやばいことに巻き込まれているようだ。
 昨日、桟橋で見た霊は、ただ力任せに攻撃していた。だからきっと、弱い相手だったのだろう。だが、強い相手は、そういった生ぬるいものではないらしい。これは危険な話だ。この部屋を去った方がよさそうだと思い、一歩下がる。その俺の肩を、DBが引き留めた。

「なあ、シキ。これはチャンスだ」
「チャンス?」

 意味が分からず、俺は声を返す。

「ああ。知っているかシキ。吊り橋効果って奴を。危険な場所にいる男女は、その恐怖の興奮を、恋愛の興奮と勘違いして、相手に恋をしていると錯覚するそうだ」
「そうなのか」

 俺は、DBの台詞に衝撃を覚える。だがすぐに、平常心を取り戻して反論する。

「DB。吊り橋効果はいいが、この部活は相当やばそうだぞ。命を落としかねないぞ。何か策でもあるのか?」
「まあ、策ではないがな。この話の危険度を測る質問をぶつけてみるつもりだ。
 部長! これまでの竜神部の活動で、死んだり、病院送りになったりした人はいるんですか?」
「いない」
「ほら見ろ。大丈夫だ。新入生いびりという奴だよ。脅して、怖がらせて、先輩に従順になるように仕向けるという奴だ。運動部ではお馴染みだろう」

 DBは得意げに言う。だが俺は、DBのその言葉を、素直には受け入れられなかった。

「気になることがある。これまでの活動と言っても、そもそもこの部活は、創設何年なんだ?」
「うんっ?」

 DBは、一瞬迷った表情を見せる。これまで危険な目に遭った人間がいないのは、そもそも彼女たち以外、部員がいなかったためかもしれない。

「なるほど。それは、聞いておいた方がよさそうだな」

 DBは、真面目な顔をして返事をする。俺は、朱鷺村先輩に、その点について問いただした。

「四年前だ」

 その答えを聞き、俺の心臓は大きく鳴った。七人の殺人鬼たちが上陸した翌年。母さんが死に、姉さんが行方不明になった事件の次の年だ。俺は、唾をごくりと飲み込んだあと、声を出した。

「それは、八布里島の、七人の殺人鬼事件と関係があるのですか?」

 俺は、朱鷺村先輩と雪子先輩の表情を窺う。二人の顔に、一瞬、微笑が浮いた。何か関係があるのだ。そのことが、直感で分かった。
 あの事件が起きたのは五年前だ。その頃は、二人はまだ高校に入学していない。直接は関係ないはずだ。しかし彼女たちは、何か重大な事実を知っている。俺は、二人の気配から、そう感じた。

「関係については、まだ話せない。しかし、いずれ話す。竜神部の創設と、あの事件は、深い関わりがある」

 朱鷺村先輩は、決然とした様子で答えた。俺はその言葉に、全身を緊張させた。
 竜神部の活動と、七人の殺人鬼事件に関連があると答えたあと、朱鷺村先輩は、横にいる雪子先輩に、手で合図を送った。雪子先輩は、部屋の隅に行き、紙の束とボールペンを持ってきて、机の上に置いた。

「入部届よ。三人とも、名前を書いてね」

 ほんわかした笑顔で、雪子先輩は、俺たちの顔を見た。

「あー、ちくしょう、仕方がねえ。そんなに期待されているなら、書くしかねえなあ。不肖、大道寺万丈、ここに自分の名前を書かせていただきます」

 DBは、芝居がかった様子で入部届を手に取り、自分の名前を書き始める。その様子を見ながら、俺はアキラに尋ねる。

「アキラはどうするんだ? お前は、空手部に入ったんだろう」
「そうよ。だから、無理でしょう」

 名前を書き終えたDBが、からかうような表情で、アキラの顔を見た。

「ははん、恐れをなしているんだろう。俺様と違って、度胸がないからな」
「そんなことないわよ。掛け持ちでもいいなら、入るわよ」

 DBの挑発に乗って、アキラが声を上げる。

「掛け持ちでもいいぞ。毎日活動があるわけではないからな」

 朱鷺村先輩は、腕を組んで言う。その言葉を聞き、渋々といった様子で、アキラは入部届を書いた。

「シキ君も、入るよね」

 雪子先輩が、期待の眼差しで俺を見る。朱鷺村先輩に視線を移すと、当然書くよなといった表情で、俺のことを眺めていた。
 どうするか。DBではないが、美人の期待は裏切れない。俺は入部届に手を伸ばして、森木貴士と名前を書いた。

「よし、これで新入部員を三人確保した。君たちには、霊珠を貸し与えよう」

 朱鷺村先輩は、部屋の奥に行き、金庫を開けた、そして中から、虹色に光を反射する球体を、三つ取り出して戻ってきた。

「これが、君たちの霊珠だ」

 そう言い、朱鷺村先輩は、霊珠を俺たちに一つずつ手渡した。

「これは、ポケットに入れておけば、いいですか?」
「なくすなよ。数は限られているからな」

 朱鷺村先輩に言われ、どうしようかと思い、俺は母さんにもらったお守り袋の中に収めた。

「DBはどうする?」
「俺は、今日は、とりあえずポケットだな。家に帰ったら、3Dプリンターで台座を出力して、ネックレスにでもするよ」
「アキラは?」
「私? ええと、お財布の中に入れておくわ。それなら、なくさないでしょう」

 自信満々のアキラを見て、財布ごとなくしそうだなと思った。

「よし、霊珠は行き渡ったな。それでは早速、実戦に行くぞ」

 朱鷺村先輩は、胸を張って言う。
 実戦? 俺は驚いて、二人の先輩の顔を見る。行く気満々だ。すぐにでも、部室を出そうな気配だ。おいおい、と俺は突っ込みを入れたくなる。心の準備も、戦いの練習も、何もしていない。さすがに無茶だろうと思い、反論しようとする。

「分かりました。実戦ですね。頑張ります!」

 脳みそまで筋肉に侵されているアキラが、燃える目をして答えた。俺は、助けを求めてDBに顔を向ける。

 ぐ~~っ。

 DBは、盛大にお腹を鳴らした。そして、飢え死にしそうな顔をして、先輩たちに手を伸ばした。

「すみません、部長、副部長。俺はガス欠です。腹が減りました。このままでは、倒れそうです。昼食にしましょう。そうしましょう。ああ、腹が減った。飯を食わせてくださいよう。できればお二方の手料理が嬉しいです。自宅に招いてくれると、なお嬉しいです」

 心の底から食べ物を求める顔をして、DBはへなへなと、その場に座り込む。DBの台詞は、途中からだいぶ怪しかったが、お腹が空いていることは、間違いがなさそうだ。朱鷺村先輩は、汚物を見るような目で、DBを眺めたあと、俺に顔を向けた。

「シキ君。DBは、いつもこんな感じなのか?」
「ええ、まあ。だいたい、こんな感じです」

 俺は、正直に答える。
 DBは腹が減ったと言っていたが、今はいったい何時なのだろう。俺は、スマートフォンを出して時間を確認する。すでに十二時を回っている。DBではないが、俺も腹が減ってきた。
 人間よりも動物に近い感じのアキラも、つられてお腹を鳴らした。俺は、苦笑しながら朱鷺村先輩の顔を見る。

「お昼にしませんか?」
「むっ、もうそんな時間か。
 仕方がない。学食に行こう。そこで腹ごしらえをしたあと、実戦に赴くぞ。初陣になるから、気合いを入れて挑めよ」

 朱鷺村先輩は、興奮を抑えるような調子で告げた。
 無茶を言う人だ。俺は、朱鷺村先輩の台詞に対して、そう感想を持つ。
 朱鷺村先輩は、雪子先輩とともに、扉に向かい始めた。この先どうなるのだろうと思いながら、俺も二人の先輩を追い、入り口へと歩く。俺たちの動きに、DBとアキラも、ふらふらと従った。
 空腹には勝てない。俺たちは、荷物を部室に置いて、御崎高校の学生食堂に移動した。