雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第3話「入部試験 その2」-『竜と、部活と、霊の騎士』第1章 入部

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◇森木貴士◇

 オリエンテーションが始まった。校則や学生の心得、一学期の予定などを聞かされたあと、雑多な書類を渡されて説明された。その煩雑さに、眠りそうになった頃、オリエンテーションは終わった。俺たちは、先生から解放されて、午前中で自由の身になった。
 俺たちが通い始めた御崎高校では、この日、部活の勧誘合戦がある。二年生、三年生も早く授業が終わり、それぞれ校内で、新入部員の確保に励むらしい。同じクラスの俺とDBは、やはり同じクラスのアキラの目を避けて、教室を抜け出した。そして二人で、校舎内を歩き始めた。

 運動場や体育館は、運動部の先輩たちが勧誘している。中学時代に、何もしていなかった俺やDBは、今さらスポーツをする気はない。俺たちが巡る予定なのは、文化部の部室が並んでいる第二校舎の中だ。
 俺は、昨夜出会った黒髪と金髪の美少女を思い出す。彼女たちは、二年生か三年生の先輩のはずだ。彼女たちの部活が、運動部とは思えなかった。だからといって、一般的な文化部の活動をしているとも想像しにくい。
 果たして二人を見つけることができるだろうか。そう考えながら、いくつかの部屋を覗きつつ、俺たちは建物の中を散策した。

「なあ、シキ。昨日誘われたという美女はどこだ?」
「見当たらないなあ。もしかして運動部なのかな」

 自信がなくなり、そう返す。それだと面倒だなと思いつつ、廊下の先に視線を向けた。人だかりができている。男ばかりが集まっている。その背の高さから、俺たちと同じ新入生だと分かった。十数人が集まり、誰かを囲んでいるようだ。

「行くぞシキ」

 DBが、急に足を速めた。

「どうした?」
「男ばかり集まっているということは、そこに美女がいるということだ。俺の灰色の脳細胞がそう告げている。いわば、世界の真理だ。絶対法則だ。行くぞ! 俺たちの酒池肉林が、この先に待っている!」

 DBは自信に溢れた顔で、人だかりに突進していく。なるほど。DBの言葉に納得して、俺はあとを追う。人の輪までたどり着いた。俺は人垣の端に立ち、かかとを上げて内側を見る。

 新入部員募集。

 筆による達者な文字が、白い板に書いてある。板には棒が付いている。その棒を持っているのは、ふわふわの金髪の可憐な少女だ。彼女の横には、チラシの束を持った女性がいる。腰までの真っ直ぐな黒髪。端正な顔立ちの美しい女性。
 金髪の方は少し背が低めで、黒髪の方は女性にしては長身だ。昨日、桟橋で出会った二人だ。間違いない。

「おい、シキ。すげえ、美人が二人もいるぞ」

 興奮しながら、DBが声を上げる。輪の中の二人は気付き、俺たちに視線を向けた。

「あっ、シキ君。来たんだ」

 金髪の少女が、ぱっと明るい笑みを見せて、手を振った。白人と日本人のハーフだろう。その肌は、俺たちとは違い、色素が薄く白かった。目鼻立ちもすっきりとしており、目はわずかにとび色をしている。

「ふむ。君にもチラシをあげよう」

 黒髪の女性が、手を伸ばして、輪の外の俺に渡してくれた。筆で書いた文書をコピーしたものだ。新入部員募集と書いてあるが、部活の名前はどこにもない。活動内容も不明だ。ただ、現在在籍している部員の名前は記してあった。

 朱鷺村神流。
 ユキコ・アイゼンハワー

 俺は昨夜を振り返り、黒髪の女性が、カンナちゃんと呼ばれていたことを思い出す。神流は、カンナと読むのだろう。トキムラカンナ。それが、彼女の名前だ。金髪の少女は、ユキちゃんと声をかけられていた。ユキコは、雪子だと推測する。
 俺は、二人をどう呼ぶべきか考える。朱鷺村先輩に、雪子先輩。二人の名前をそう呼ぼうと、心の中で決める。

「あの二人が、昨日誘われた美女なのか?」
「ああ」
「滅茶苦茶美人じゃねえか。すげえぞ。この島にはもったいないクオリティだ。世界で通用するレベルだぜ。
 ちくしょう、俺は感動したよ。涙が出そうだよ。俺の人生はバラ色だ。世界が俺を呼んでいる。よし、この部活に入るぞ。決めた。シキも入れ。そうするべきだ。いや、そうしなければならない。これは運命だ!」

 DBは拳を握り、力を込める。

「おいおい、DB。まだ何も話を聞いていないぞ。それに、チラシには活動内容も書いてないし」

 俺は、早々と部活を決めようとするDBの行動をいさめる。

「そんなの知るかよ。美人がいる。それで充分だ。登山家のジョージ・マロリーと同じだ。マロリーはな、『あなたは、なぜエベレストを目指すのか』と尋ねられて、『そこに山があるから』と答えたんだよ。俺は、こう答えるぜ。そこに美女がいるから。どうだ。それ以上に重要な理由が、この世に存在するわけがねえだろう!」

 まくし立てるようにして言うDBと距離を置き、俺は輪の中の二人をもう一度見た。興奮するDBの気持ちも分かる。俺がこれまで見てきた女性の中で、彼女たちの美貌は、桁が一つか二つ違っている。まるでアヒルの群れに、二羽の白鳥が紛れ込んだようなものだ。
 俺は視線を左右に振り、男たちの横顔を見る。どの顔も陶酔の表情をしている。この人の輪は、俺やDBと同じ目的の男たちで、占められているようだった。

「だいぶ集まったな。それじゃあ、部室に行って試験をしよう」

 朱鷺村先輩は、そう告げたあと、雪子先輩と廊下を歩き出した。俺たち新入生は、ぞろぞろとあとを追って、移動を始める。俺は、頭を掻きながら、横のDBにこぼす。

「まいったな、試験って何だよ」

 俺の声を受け、DBは難しい顔をして頷いた。

「何の部活か分からないから、試験がどんなものか予測できない。そして、どうやって突破すればよいのか、想像できない。なあ、シキ。あの二人が所属しているのは、いったい何の部活なんだ?」
「だから、知らないって言っただろう。看板にもチラシにも書いてなかったし」
「ううむ。これは厄介だな」
「お前の、灰色の脳細胞とやらで、どうにかしてくれよ」
「すまん。俺の脳は現在、桃色の脳細胞で占められている」

 俺は肩をすくめて、行く手に視線を戻した。
 俺たちを従えた先輩たちは、扉の前で足を止めた。部活の名前が書いていないかと思い、周囲を探す。表札らしきものがあった。木の板に、墨痕鮮やかに「竜神部」と書いてある。竜神海峡の竜神だろうか。名前は分かったが、相変わらず何をする部活なのか、想像が付かない。
 仕方なく俺は、扉の反対側の、窓の辺りも探ってみた。何もない。第二校舎の外にある武道場が見えただけだ。そういえば、アキラは空手部に入るのかな。少し考えたところでDBに袖を引かれ、部室の扉を抜けた。

 六畳ほどの部屋に、女性二人と、男ども十数人が入った。試験が必要な理由が飲み込めた。この部屋に、この人数は多過ぎる。新入部員を採るにしても、三、四人が限度だろう。何らかの方法で、選別する必要がある。
 俺は、何か試験を突破する手がかりがないかと思い、部屋の中を見渡す。部屋の中央には木製の机があり、同じく木製の椅子が、壁際に並んでいる。壁には八布里島の地図がある。地図には、いくつも書き込みがしてあり、付箋も貼ってある。そこには、短過ぎて意味が分からない、メモが記してあった。

 いったい何をしている部活なんだ。俺は限られた情報から想像する。彼女たち竜神部の活動は、昨晩の桟橋での戦闘に類することなのだろうか。危険ではないのか。どんな試験をするのか。俺の頭に、次々と疑問が湧いてくる。

「私が、この竜神部の部長の、朱鷺村神流だ。横にいるのが、副部長のユキコ・アイゼンハワーだ。二人とも二年生になる。つまり、君たちの一年先輩なわけだ」

 朱鷺村先輩の横で、雪子先輩は恥ずかしそうに微笑む。朱鷺村先輩は、鋭い目で周囲を見渡したあと、言葉を続けた。

「それでは試験をおこなう。合格した者だけ入部を許す。それ以外の者は、この部屋を退出してもらう」

 朱鷺村先輩が宣言し、男どもは様々な感想を漏らした。

「マジかよ」
「試験は何をするんだろう」
「そもそも、この部活は何をするところなんだ?」

 俺の感想も、彼らと大差はなかった。それに、どんな試験が課されるのか、まったく想像が付かなかった。

「シキ。少し後ろに下がるぞ」
「なんでだ?」
「試験をあとで受けるためだ。まずは数人が挑戦するのを見て、対策を立てる。馬鹿正直に、最初の人間になる必要はない」

 なるほど。俺は感心する。DBは、こういうことに頭が回る。俺はDBの提案に乗り、密集した新入生の後ろの方に、立ち位置を変えた。
 朱鷺村先輩は、木の机の上に、十五センチほどの箱を置いた。木製の箱で、鎖と鍵で厳重に封印されている。何だこれは。俺はその箱の中に、何かが入っている気配を感じる。俺は、首から提げたお守りを、制服の上から握った。
 箱を置いた朱鷺村先輩は、顔を上げて俺たちを見渡す。彼女の横には、微笑んでいる雪子先輩がいる。朱鷺村先輩は、鋭い目付きをして口を開いた。

「これから一人ずつ、この箱の中に、何が見えたのかを告げてもらう。答えは、他の人間に聞こえないように、私に耳打ちして伝えるように。その結果で部員を決める」

 戸惑いの声が部屋中に漏れる。俺はDBの顔をちらりと見る。DBの口元には、笑みが浮かんでいた。DBは逆境が好きだ。この状況を楽しんでいるのだろう。しかし、箱の中が見えないのに、何が見えたかなんて、答えられるはずがない。どうすればよいのか。

 朱鷺村先輩は周囲を見渡し、最も近い位置にいた新入生に、一番手になるようにと指示を出した。DBの言う通りに、立ち位置を変えていてよかった。この猶予の間に対策を立てよう。そう考え、俺は必死にどう答えるべきか検討する。
 駄目だ、よいアイデアは思い付かない。時間だけが過ぎていく。

 最初の一人が、何も見えなかったと答えた。彼は退出させられた。二人目は、適当なことを答えたようだ。朱鷺村先輩は眉根を寄せ、その男に部屋を出ていくように命じた。三人、四人と部室を去っていく。半分以下に数が減ったところで、朱鷺村先輩は俺を指差して、前に出てくるようにと言った。
 部屋に残っている新入生は、DBと俺を含めて五人しかいない。誰も合格しないまま、人数はこれだけに減ってしまった。

 俺は、机の上の木箱を見る。鎖と鍵で封印されている。その箱の前に立つ二人の先輩に、俺は目を移す。
 黒髪の朱鷺村神流は、口を一文字に結び、俺の様子を見ている。金髪のユキコ・アイゼンハワーは、にこにこしながら成り行きを見守っている。タイプの違う、二人の美少女。この二人と、同じ部活に入りたい。DBではないが、もしそうできれば、バラ色の高校生活が待っているように思えた。

「箱を開けずに、中に何が見えたかを言うんですよね」
「そうだ」

 取り付く島もない声で、朱鷺村先輩は答える。

「頑張ってね」

 雪子先輩が、声をかけてくれる。その声に、少しだけ心を癒やされる。やはり女性は優しい方がよい。朱鷺村先輩は、ちょっと怖いし、アキラは、がさつ過ぎる。俺の心の天秤は、わずかに雪子先輩に傾く。俺は、だらしなく頬をゆるめたあと、深呼吸して気を引き締め直した。

 よし、やるぞ。

 俺は腰を屈めて、箱に顔を近付ける。果たして、何か見えるのだろうか。半信半疑のまま、箱を凝視する。

 しばらく見続けた。それは最初、ただの箱だった。しかし、見つめているうちに、その輪郭はおぼろげになり、中が透けて見えるような気がしてきた。
 光。
 そうだ、光だ。箱の中に、何かぼんやりとした光源がある。現実か幻かは分からない。だが、頼るよすがは、それしかない。俺は、その光の球に、意識を集中させていく。

 女騎士。
 ノートパソコン。
 店の手伝い。
 父さんとの食事。

 俺の日々の生活が、瞬くようにして頭に浮かんだ。
 何が起きたんだ。分からないまま、箱に目を向け続ける。目の前の光が、徐々に大きくなっていく。光が視界を覆い、爆発するようにして俺の脳内に、様々な景色が広がった。

 3Dプリンターで出力したフィギュア。
 人形。
 操り人形。
 それを作っている姉さん。

 現れた記憶に関連した光景が、まるでリンクをたどるようにして、次々と呼び出される。そして、その情景は、徐々に過去へとさかのぼっていく。

「いいかい、貴士。母さんと姉さんは、少しだけ外に行ってくる。あんたは家で待っているんだよ。絶対に、外に出ちゃ駄目だよ」
「どうして? どこに行くの?」

 五年前の、あの日の会話だ。俺は、小学五年生の子供になり、母さんと姉さんを見上げている。俺の時間は、二人が出ていく瞬間に戻っていた。これは現実なのか、幻なのか。俺は、二人の姿を確かめる。母さんは木刀を持っている。姉さんは、自作の操り人形を抱えている。記憶と寸分違わぬ光景だ。
 姉さんが膝を曲げ、俺の頭の高さになり顔を寄せた。姉さんは優しげな表情で、俺を安心させるようにして言った。

「私たちは、役目を果たしてくるの。島を守る使命を帯びているから。あなたは、何も心配しなくても大丈夫よ」

 姉さんは、にっこりと笑った。だが俺は知っている。その日、母さんは死んで、姉さんは行方不明になった。
 少年の俺は、二人を引き留めようとして手を伸ばす。だが、歴史は変えられないのか、あの時のまま、時間は進行する。姉さんは立ち上がった。そして、母さんとともに、俺に背中を向ける。

「待って!」

 俺は声をかける。その声が聞こえないのか、二人はゆっくりと歩き出した。

 力があれば!

 俺は、握れない拳に力を込めながら、強く思う。

 母さんや姉さんを、守る力があれば!

 俺は心の底から、そう願った。
 俺を取り囲む景色がぼやけ、視界は光に侵されていく。目の前の光景が、光に歪められて、ぐにゃりと崩れた。

 堅固な鎧。
 敵を討つ、強力な槍。

 俺の心は、ここ数ヶ月作っていた女騎士の、防具や武器を渇望する。

 白銀の全身鎧に、黄金の騎槍。

 光は渦を巻き、俺の体をまばゆく包む。俺は、自身が鎧を着て、騎槍を持つ姿を想像する。その部品の細部まで、明瞭に思い浮かべる。

 霊の騎士。

 その姿を心に刻み付けた瞬間、叩き起こされるようにして、現実の世界に引き戻された。