雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第2話「入部試験 その1」-『竜と、部活と、霊の騎士』第1章 入部

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◇森木貴士◇

 目覚まし時計が鳴った。俺は、手を伸ばしてベルを止める。上半身を起こすと、部屋の様子が目に入った。六畳の部屋に、布団を敷いて寝ている。壁には、勉強机と本棚、洋服ダンスが並んでいる。
 俺は時計を見る。針は七時を指している。学校の始業は八時半だ。朝食を取り、ゆっくりと登校できる時間だ。俺は布団を畳み、服を着替える。勉強机の前に立ち、ノートパソコンの横に置いたお守りを持ち、首から提げた。

「貴士、起きたか。朝食にするぞ」

 台所から、父さんの声が聞こえてきた。俺は顔を洗い、食堂に行き、皿を並べる。俺の家では、料理は父さんが作る。朝は二階の食卓を使い、夜は一階の店のカウンターを利用する。朝食は、前日の店の余りものが多い。そのことに不満はない。お金を払って食べれば、千円以上する料理が、小鉢にいくつも並ぶからだ。

 食事が始まった。俺は、食卓の端に置いたスマートフォンをちらりと見る。ご飯中は扱わないようにと、言われているが気になる。着信のアラートが表示された。親友のDBからだろう。待ち合わせて、一緒に学校に行こうという誘いだと想像する。

「今日は、どんな予定なんだ?」

 父が、箸を動かしながら尋ねてきた。

オリエンテーション。午前中で終わるみたい」

 入学式の時に配られた予定表を、思い出しながら答える。

「食事は?」
「その後、部活の勧誘合戦があるそうなんだ。だから、それ次第。予定は、ちょっと分からないね」

 昨日の夜、桟橋にいた二人の少女の姿を、思い出しながら告げる。今日の放課後は、彼女たちの部活を探して、顔を出してみようと思っている。

「学食を使うか?」
「かもね」
「小遣いは?」
「うん、足りている」

 俺は答えて、箸を口に運んだ。

 食事を終え、二人分の皿を洗い始める。俺は、食事中の会話を思い出す。本当は、父さんからもらっている小遣いだけでは足りない。しかし、DBと一緒に始めたビジネスのおかげで、懐は潤っている。月に数万円。高校一年生が使うお金としては、多過ぎる金額だ。
 俺は、お皿を食器棚に収納したあと、スマートフォンを確認した。松海公園の入り口で合流して、学校に行こうというメッセージが入っている。公園は、俺の家とDBの家の、ちょうど真ん中ぐらいにある。俺は返事を書いて、自分の部屋に急いで戻った。

 学生服を着て、鞄を持つ。玄関に行き、父に挨拶の言葉をかけて、扉を開けた。朝の潮風が、心地よく頬をなでる。金属製の階段を、軽やかに鳴らして下り、俺は道を歩き始めた。
 小道を出て、大通りを進む。車の音が、周囲の空気を震わせている。横断歩道を渡った先に、公園が見えた。公園は広い。園内には、野球のグラウンドが二つある。そして、大通りに面した入り口には、南国を思わせるシュロの木が植わっている。

「おっ、来たかシキ」

 板チョコをかじりながら、DBが声をかけてきた。大道寺万丈。通称DB。ぼさぼさ頭に、黒縁眼鏡。太った体のこの男は、小学六年生の時以来の親友だ。
 俺は腕を上げ、待ったかと尋ねる。DBは、まあなと答え、笑みを浮かべた。DBは、頭はよいが成績は悪い。学校の勉強に興味がないDBは、俺と同じ高校に行くために、一ヶ月だけ勉強して試験に合格した。

「なあ、シキ。昨日のアニメを見たか? 新キャラ登場でさあ、そのデザインがよかったんだよ。次の作品の参考にしろよ」

 DBは板チョコを鞄にしまい、スマートフォンを取り出して、画面を見せた。昨日のアニメのキャプチャだろう。西洋の甲冑のような鎧を着たロボットだ。俺は、その姿を頭に記憶して、どう自分のデザインに取り込むかを考える。
 俺とDBは、中学三年生の時から、小さなビジネスをしている。俺がフィギュアのデザインを3Dツールで作り、DBが3Dプリンターで出力する。それをオークションで販売する。そういったものだ。
 DBの家は大地主で、父親はIT企業を経営している。そのために、資金には事欠かない。3Dプリンターは、DBの父が買ってくれた。また、学生がそういった方法でお金を稼ぐことにも、DBの両親は寛容だった。

 フィギュア作りの才能は、元々あったのだろう。俺の姉さんは、人形作りが得意だった。その技を見てきた俺は、人形の作り方について詳しかった。また俺は、小学生時代に空手を習い、よい成績を収めた。そのため、人体のポーズの良し悪しを判断する目もあった。
 そういった俺の才能を、DBがプロデュースすることで、二人のビジネスは立ち上がった。

「シキの女騎士シリーズは、評判がいいからな。単なる鎧を着た美少女ではなく、筋肉や重心、視線や構えまで合理性があり、物語を感じさせられるのが、シキの強みだな」

 DBは、興奮気味に語る。オークションで得たお金の取り分は、データを作った俺が六割、機材と企画担当のDBが四割になっている。

「女騎士の案を言い出したのはDBだったけど、作っているうちに、はまったなあ。やはり女性は、美しく凛々しく、何か使命を帯びている感じなのがいいよなあ。女騎士。本当にいたら、格好いいだろうな」
「ああ、萌えるし燃える。それで、新しいデザインは、いつぐらいにできそうだ?」
「さっきのアニメを取り入れるとして、一、二週間は見ておきたいな」

 答えながら俺は、昨夜の黒髪と金髪の少女たちの姿を思い出す。彼女たちは、いったいどういった素性の女性たちなのだろう。
 横断歩道を渡り、商店街近くの道に差しかかった。そこで俺は、いきなり背後から背中を叩かれた。

「シキ。あんた、またDBみたいなのと、つるんでいるの!」

 怒ったような大きな声だ。俺とDBは、足を止めて振り返る。数日前までとは違う高校の制服。その姿に、俺は奇妙なものを見たような気持ちになる。
 ショートカットの髪に、愛嬌のある顔立ち。スカートから覗く足が引き締まっているのは、小学校以来の空手を、今も続けているからだ。
 鏑木秋良。秋に良いと書いて、アキラと読む。小学一年生の時から、一緒に通学している。昔は、同じ空手道場に通っていた。DBよりも長く付き合いのある、幼馴染みである。そのアキラが、俺たちの前に、怒り顔で現れた。

「何だよ、いいだろう。俺が誰と一緒にいようとさあ」

 俺は、アキラに苦情を言う。

「へっ、シキにご執心のアキラが、妬いてやがる。俺みたいな色男と並んで歩いているのが、悔しいんだろう」
「妬いてなんかいないわよ! シキの将来を心配しているだけよ! あんたみたいな人間のクズと一緒に行動していたら、いつか道を踏み外すわ。それに、誰が色男よ。あんた、ただのデブじゃない。人間というより脂肪よ。可燃性危険物。あんたと同じ人類だと思うと、怖気が走るわ」

 アキラににらまれ、DBは楽しそうに悶絶する振りをする。また始まった。俺を挟んでの、DBとアキラの舌戦が。登校時の恒例行事だなあ。俺はそう思いながら、三人で並び、高校への道を歩いていく。

 アキラがDBに、人間のクズと言うのも、分からないでもない。DBの趣味の一つに、写真のコラージュがある。一時期DBは、男子の求めに応じて、クラスの女子の写真を撮り、エロ画像と合成していた。そのことが女子たちにばれて、大問題になった。その時以来、アキラはDBを、人間のクズ扱いしている。
 歩道に、学生服の姿が増え始めた。道は坂になり、人の列は、山へと続いている。俺たちがこれから通う御崎高校は、山に少し入った場所にある。よく言えば、木々に囲まれた静かな環境。悪く言えば、遊ぶ場所もない隔離空間だ。
 人の列に流されて歩いていると、アキラが俺に話しかけてきた。

「ねえ、シキ。あんた、高校生になったんだからさ、心を入れ替えて、真面目に生きなさいよ」

 アキラは眉を寄せて、俺の間近まで顔を近付けてくる。

「真面目に生きろと、言われてもなあ」

 今までの人生、俺は不真面目に生きてきたつもりはない。非行に走るでもなく、不良になるでもなく、DBとマンガやアニメの話をして過ごしてきた。人と違うことと言えば、DBと小さなビジネスを立ち上げたことぐらいだ。学校の勉強も、高校受験を突破できる程度には、きちんとしてきた。改めるべきことは、何もないように思える。

「具体的にどうして欲しいんだ?」

 幼馴染みの、貴重な意見を聞こうとする。

帰宅部は禁止。何か部活に入りなさい。それも運動部にしなさい。体を動かして、真面目な人間に生まれ変わるのよ」
「なるほど、体を動かさないのが、駄目なのか」
「そうよ。当たり前じゃない。小学生の頃のように、空手でもしなさい」
「いや、俺は、あの時以来、拳が握れないからさ」

 俺の答えに、アキラは頬を膨らませてにらんできた。

「だからよ。私が原因で、あんたが空手をやめたなんて嫌なのよ。だから、空手でも何でもいいから、何か運動部に入りなさいよ」

 アキラは、頬をわずかに紅潮させて、俺の背中を叩いた。
 五年前、俺が小学五年生の時に、八布里島には、七人の殺人鬼が上陸した。その日、母さんと姉さんに、家にいるように言われたのに、俺は家を抜け出して、商店街に遊びに行った。
 商店街には、アキラの両親が営む、ケーキ屋兼喫茶店がある。アキラは、ちょうど外出していて、家に戻る途中だった。俺はその様子を、アーケードの下を歩きながら眺めていた。その時、商店街の歩行者天国に、白い乗用車が飛び込んできた。殺人鬼の一人が乗った暴走車だ。その車は唸りを上げて、道行く人々をはね飛ばしながら、速度を上げていた。

 アキラが轢かれる。

 そう思った俺は、その場から駆け出して、アキラの体を突き飛ばした。その結果、アキラの代わりに俺が車にぶつかった。病院に運び込まれた俺は、数日眠り続けた。
 意識を取り戻した時、俺は多くの不幸を一度に聞いた。母さんが亡くなった。姉さんが、行方不明になった。俺の掌の骨は、複雑に折れた。拳は強く握れなくなる。空手を以前のようには、できなくなる。
 そういった心を痛める話の中、唯一俺の心を慰めてくれたのは、アキラの無事だった。俺は怪我を負ったが、一人の少女を救った。その事実が、際限なく沈み込もうとする俺の心を、繋ぎ止めてくれた。

「空手は、もういいや」

 すでに興味を失って久しい。未練がないと言えば嘘になるが、人にはそれぞれの生きる道があると、思うようになった。

「あんた、そんなんだから、DBなんかと友達になってしまうのよ」
「おいおい、人を捕まえて、なんかとは、何だよ」

 DBが口を尖らせて抗議する。

「ところで、なあ。シキ」
「何だDB」
「運動部は避けるにしても、もし部活に入るなら、美女がたくさんいるところがいいよな」

 DBは、口元を下品に歪めながら言う。
 俺は、美女と聞いて、昨夜の二人を思い出す。あの二人のいる部活は、探して見学しようと思っている。

「何だ、その顔は。当てがあるのか?」

 DBは目ざとく、俺に視線を送る。

「ないこともない。昨日誘われたからな」
「運動部でしょうね?」

 アキラがにらみながら尋ねる。

「分からない。何部か教えてくれなかったからな」
「美女がいるなら、それでいいぜ。俺たちの高校生活を彩ってくれる、絶世の美女。アキラみたいな子猿ではない、本物の女のいる酒池肉林の部活!」

 DBの目は真剣だ。アキラが拳を握り、DBの腹に撃ち込む。脂肪の上から打撃を加えられたDBは、悶絶しながら体をよじる。

「DBは、そういった、お馬鹿な部活でもいいけど、シキはきちんとした部活に入りなさい!」
「そうは、言われてもなあ」

 俺は頬を掻きながら、曖昧に誤魔化す。
 互いに取り留めもない会話をしているうちに、学校の前まで来た。俺たちは、校門の間を抜け、桜並木の道を校舎に向かう。玄関が見えてきた。吸い込まれるように消えていく生徒たちの波に乗り、俺たちは高等学校という、新しい生活の場に入っていった。