雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第1話「美少女たち」-『竜と、部活と、霊の騎士』第1章 入部

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◇森木貴士◇

 玄関で耳を澄ます。波の音が聞こえる。俺は扉を開けて、建物の外に出た。目の前には、金属製の階段がある。二階から一階へと続く屋外階段。その段に足をかけて、ゆっくりと地上に下りた。
 周囲は、磯の香りに満たされている。二階建ての家の前に立った俺は、海側の道路まで歩み出る。月明かりが、闇を照らしている。目に前には、竜神海峡の景色が広がっている。その水面は、白銀の鱗のように月光をきらめかせて、この島と本土の間を走っている。

「遅い時間だから、ほどほどにしておけよ」

 一階の窓から、父さんの声が聞こえた。

「分かったよ」

 穏やかな声を、俺は返す。
 俺の住む家は、一階が小料理屋になっている。海峡で獲れた魚と、本土から取り寄せた酒を出す店だ。父さんは、男手一つで俺を育てている。その苦労に感謝する。それとともに、この家にはもういない、母さんと姉さんのことを、俺は思った。

「今日、高校生になったよ」

 入学式を体験した俺は、無人の海に向けて語りかける。五年前に死んだ母と、同じ日に行方不明になった姉。それ以来、俺の家は、男だけが住む場所になっている。

 春の海辺は寒い。俺はポケットに手を入れて、海峡を眺める。視線を海から陸へと移す。俺の立つ道の向こうは、コンクリート作りの港になっている。桟橋には、漁船やレジャー船が係留されている。この島は、漁業と観光業で成り立っている。俺の父さんは、漁師や島を訪れる人たちに腕を振るい、日々の糧を得ている。

 俺は、今日一日のこと思い出す。校門は、在校生によって飾りつけられており、俺たちは、父兄とともに登校した。父さんは、いつもとは違うスーツ姿で、学校を訪れた。その手に、母さんの遺影があったことを、俺は知っている。この歳まで元気に成長したよと伝えたかったのだろう。
 俺は母さんのことを思う。その墓は、母さんの実家の菩提寺にある。島の外から来た父さんは、自分の家の墓を持っていない。父さんは、いずれ母さんと同じ墓に入るつもりだと、ずいぶん前に話してくれた。

「母さん、姉さん」

 死んだ母と、行方不明の姉に声をかける。声は、海の上を舞い、風とともに旅をする。俺の声は、遠くまで伝わるはずだ。どこかで見ているであろう母と、まだ生きているはずの姉の許に届くだろうか。

 俺は、背筋を震わせる。全身が粟立ち始めている。そろそろ家に戻ろう。そう思った時、桟橋に人影があることに気付いた。港に、美しい少女が立っている。それも、一人ではなく二人である。いつの間に現れたのかと考える。
 俺は、ポケットからスマートフォンを出して、時刻を確かめる。十一時を回っている。八布里島の夜は早い。十時を過ぎれば、繁華街であっても人は絶え、死んだ町のようになる。

 俺は、二人の少女を観察する。一人は、腰までの長さの黒髪、もう一人は金色で、綿飴のような、ふわふわした髪型だ。どちらも高校生だろう。凛とした表情をした黒髪の女性は、白いシャツにジーンズで、日本刀を持っている。可憐な面差しの金髪の少女は、サマーセーターを羽織り、手に拳銃を握っている。
 何者だろう。その疑問とともに、俺の目は、彼女たち二人に釘付けになる。そこだけ月明かりが増したように、彼女たちの姿は、夜の闇の中で、光をまとい、浮き上がっていた。
 俺の存在に気付いたのか、二人が顔をこちらに向けた。威圧するような表情と、柔和な微笑み。注がれた視線は、鋭いものと、優しげなものだった。俺は、彼女たちの姿を、ぼんやりと眺める。

 突然、悪寒がした。俺は、その気配を頼りに、海の上に目を移す。桟橋の二人も、素早い動きで、水面へと注意を払った。
 背筋が凍るような気がした。いつの間にか、夜の海に一艘の舟が浮かんでいた。木材を組み合わせて作った、粗末な舟。エンジンもスクリューもない、人力と風力で進む、古い時代の和船。歴史の教科書で見たような舟が、滑るようにしてこちらへと向かっていた。

「現れたわね」
「うん。先生が言った通りね」

 黒髪の台詞に、金髪が答える。黒髪の女性は、緊張した空気を漂わせている。その横にいる金髪の少女は、どこか楽しげな様子だ。
 舟には、戦国時代の雑兵といった姿の男たちが乗っている。粗末な腹当てに、籠手と鉢巻き。手には槍や刀といった武器を持っている。数は十人以上いる。そのことに俺は恐れを抱き、足がすくんだ。

 美しい少女たちは、武器を構えて、兵士たちと相対した。
 銃声が響く。金髪の少女が放った複数の弾丸が、男たち数人の頭蓋を飛散させた。血飛沫が宙を舞い、海風にさらわれていく。頭を失った体は、衝撃で後ろに飛び、船縁から落ちて海に消えた。
 数は減ったとはいえ、いまだ兵士の数は十近くいる。鈍い衝突音が聞こえた。舟が陸に着いたのだ。男たちは、雄叫びを上げて桟橋に上陸した。

「ユキちゃんは、下がっていて」

 黒髪の女性が、一歩前に立つ。その背後に、金髪の少女が下がった。男たちは怒号を上げて、刀や槍を持って襲いかかる。その迫力に、俺は呼吸を忘れて、その場で硬直する。
 黒髪の女性の日本刀が、優雅に弧を描いた。彼女は、舞うようにして体を動かす。白刃の光跡を追うようにして、美しい黒髪が広がり、月の光を軽やかに弾いた。
 俺は、その光景に見とれる。現実の景色とは思えなかった。そう感じるのも仕方がない。黒髪の女性の刃が触れるやいなや、男たちの胴や頭は、何の抵抗もなく切断されていったからだ。
 ありえないことだ。まるで空気を切るかのような、白刃の舞いを目の当たりにして、俺は当惑する。

 黒髪の女性の陰で、銃声が鳴った。金髪の少女が放った弾丸は、闇に光の軌跡を描く。その輝線が鋭角に曲がり、針で糸を通すようにして、複数の雑兵の体を貫いた。それは、通常の物理現象ではありえない動きだった。
 これはいったい何なのだ。俺は、胸に手を伸ばして、母さんがくれたお守りを、握り締める。非現実の光景を、受け入れることができないまま、呆然と死闘の様子を眺める。
 戦いはすぐに終わった。少女たちの圧倒的な勝利で、海から来た一団は壊滅した。それとともに、海に浮かんでいた舟は、溶けるようにして闇に消えた。

 すべて終わったのか。俺は、止めていた息を大きく吐く。その瞬間、足首に冷たさを感じて、息を止めた。
 俺は、素早く視線を巡らせる。アスファルトの道路に、頭と腕があった。地面をもぐって移動したのだろうか。戦国時代の雑兵が体を出して、刀の切っ先を俺に向けた。

「カンナちゃん。あそこにいる男の子が危ない」

 金髪の少女が、銃を構えて、すぐに照準を逸らす。鋭角に曲がる弾丸でも、これだけ敵と接近していれば、誤射の危険があるのだろう。
 気付いた時には、黒髪の女性が走り出していた。刀を腰に据え、抜刀術の構えで駆け込んでくる。俺は勇気を奮い、足下の雑兵をにらむ。拳を握ろうとして、自分の手が、その動きをできないことを思い出す。

「キエエィイ」

 女性の掛け声が闇夜に響く。白刃は俺の目の前で精妙に動き、雑兵の体を真っ二つにした。体を切断された兵士は、動きを止めて闇の中に溶けていく。俺は息を呑んだあと、一歩後ろに下がった。

「大丈夫だったか、少年」

 黒髪の女性が尋ねてきた。その顔には、使命をやり遂げた人間の、満足感が浮かんでいる。

「はい、おかげさまで」

 俺は、額の汗を拭いながら答える。桟橋を駆けて、金髪の少女もやって来た。

「カンナちゃん、間に合った?」
「ああ、大丈夫だった」

 二人は言葉を交わしたあと、俺に視線を注いだ。

「ところで君、あれが見えたのか?」

 あれとは、舟や兵士のことだろう。俺は首を縦に振り、自分の目が、今の戦闘を捕らえていたことを伝えた。

「ふむ。何もなしに見えていたのか。興味深いな。君の名前は?」

 黒髪の女性に尋ねられ、俺は答えてよいのか悩む。素性を知らない相手だ。それに、今の戦いを見る限り、普通の人間とは思えない。そういった相手に、自分の名前を告げてもよいものか。
 不意に、母さんと姉さんの姿が、頭に浮かんだ。五年前、島に殺人鬼たちが上陸した時、家を出るなと言って、飛び出していった二人の姿が。その言い付けを守らなかったために、俺はあの惨劇に巻き込まれて、拳を握れなくなってしまった。

 俺は、もう一度、目の前の二人を見る。その姿は、月光の下、女神を思わせるほど美しかった。黒曜石でできたように、冷たい美しさをたたえる美女。金糸で作ったように、儚い美しさを見せる美少女。俺の不安は、彼女たちの容貌を前に、打ち消された。

「森木貴士です。友人には、シキと呼ばれています。苗字で、木を四回書くからシキです」

 俺の自己紹介を聞き、黒髪の女性は、一瞬険しい顔をしたあと表情をゆるめた。その顔には、安堵と敬意が入り混じっている。

「森木か、なるほど。それなら頷ける」

 何が頷けるのか分からなかった。彼女の横にいた金髪の少女は、俺と同じように不思議そうな顔をしていた。

「君の歳は、いくつだ?」
「十五です」
「学校は?」
「御崎高校です」
「今日、入学したのか?」
「そうです」

 黒髪の女性は、感慨深いような顔をしたあと、笑みを浮かべた。その顔は、先ほどの弓を引き絞ったような表情とは違い、慈愛に満ちたものだった。

「それなら、また会えるな。私たちの許に来るがよい」
「私たちの許って、どこなんですか?」
「明日の、オリエンテーリングのあとに、部活の勧誘合戦がある。私たちを探して、門を叩きたまえ」
「それって、何部ですか?」

 黒髪の女性は答えなかった。彼女は、道路の脇に止めてあるバイクに乗り込み、ヘルメットを被った。その後部座席に、金髪の少女が座り、楽しそうに俺に手を振った。

「またね。シキ君」

 俺は、思わず笑みを浮かべて、手を振り返した。バイクは、爆音を上げながら離れていく。俺は月明かりの下に、一人取り残された。

「貴士、そろそろ寝ろよ」

 父さんの声が聞こえてきた。スマートフォンの時刻を確認する。十一時半を回っている。戻った方がよさそうだ。そう思い、足を動かしたあと、再び港に目を向けた。そこには、死体もなければ、舟もなかった。先ほどまで戦闘がおこなわれていたとは、信じられなかった。
 彼女たちは、本当に実在する人間なのだろうか。ふと、そういった疑問が胸に湧いてくる。まるで、女神か妖精のような二人だった。その美貌を思い出しながら、建物へと歩き出す。

 海風が吹いている。潮の匂いが鼻腔を満たす。俺は、彼女たちのことを考えながら、小料理屋の脇にある階段を上り始めた。

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