雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第139話 挿話35「文化祭と僕の舞台」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、文芸部としての活動をさぼりがちな者たちが集まっている。そして日々、好き放題して遊んでいる。
 かくいう僕も、そういった放蕩系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、勝手気ままな人ばかりの文芸部にも、真面目な人が一人だけいます。ブラウン運動を続ける微粒子の中で、微動だにしない定点。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 僕と楓先輩の文芸部は、今は文化祭の真っただ中。猫耳メイド喫茶と、並行して準備をしていた舞台イベントが、いよいよ始まろうとしていた。

 ――演劇部V.S.文芸部 因縁の対決 朗読V.S.批評の宴

 満子部長に恨みを抱く、演劇部の部長で生徒会長の花見沢桜子さんとの、対決イベント。文芸部が選んだ短編小説を、演劇部が朗読する。そのあと僕が、作品の批評をおこなう。そして観客に投票してもらい、どちらが勝つか雌雄を決する。その舞台に立つために、僕は文芸部のみんなとともに、体育館に向かった。

 体育館の舞台では、まだ演劇部が劇をやっていた。出し物は『ベルサイユのバラード』。通称『ベルばら』だ。歌って踊れる演劇部による、歌劇風ミュージカルらしい。ちょうど舞台では、ベルサイユの宮廷人たちが、華麗なタップダンスを披露していた。

「相変わらず、花見沢の率いる演劇部は、どこを目指しているのか分からないな」

 満子部長が、腕組みをしながら言う。ええと、どの口が、そういった台詞を吐きますか? 僕は呆れながら、客席の反応を窺う。受けている。さすが実力派の部活だけある。僕は、その様子に圧倒されて、足がすくむ。

「大丈夫だ、サカキ。心配するな。よく言うだろう。観客席にいる奴らは、かぼちゃと思えと。それに、かぼちゃと言えばハロウィンだ。トリック・オア・トリート。お菓子をくれないと、いたずらをしちゃうぞ! そしてサカキは、性犯罪者として、警察に捕まりました」
「そんないたずら、しませんよ!」

 僕は小声で、満子部長に突っ込みを入れる。

「少し、緊張がほぐれたようだな」
「えっ? ええまあ、そうですね」
「そろそろ劇が終わる。このあとが、文芸部の時間だ。登壇するのは、先にオスカル花見沢。そのあとが猫耳メイドサカキだ。存分に戦ってこい。二人は、このあと滅茶苦茶セッ……」
「そんなことしませんよ!」

 僕は、鋭く突っ込みを入れながら、劇が終わるのを待った。

 幕が下りた。その幕が上がり、カーテンコールがおこなわれる。観客の女生徒の中には、花見沢さんのファンが多数いるようだ。黄色い声とともに、涙を流している女の子たちの姿が、ちらほらと見えた。
 演劇部の時間が終わり、緞帳の向こうで片づけが始まった。客席がざわつき始め、席を立つ人の姿が、目立ち始める。文芸部の演目に興味がないのだろう。というよりも、お目当ての演劇部が終わったから、引き上げようとしているのだ。
 ああ、そうだよな。僕なんかを見ても楽しくないだろうしな。客席に残るのは、花見沢さん目当てのファンと、義務として見ている先生たちぐらいか。そう思い、自虐的になっていると、出口の辺りで大きな声が響いた。

「てめえら、ここから一歩も出るな! ここを通りたければ、私を倒してからにしろ!!」

 うえっ? 僕は驚いて、出口に目を向ける。そこには、猫耳メイド姿の鷹子さんがいた。鷹子さんは、両拳に力を入れて、恐るべき殺気を放っている。その禍々しい闘気に圧倒されて、体育館を去ろうとしていた人たちは、慌てて席に戻った。

「ふっ、いい仕事をしてくれるわね、鷹子は」
「満子部長の差し金ですか?」

「そうだ。観客が少ないと、やりがいがないだろう。敗北する花見沢の姿を、なるべく多くの人間に、見てもらわないといけないからな」
「というか、無様な姿になるのは、僕の方ですよ」

 僕の言葉に、満子部長は、かんらかんらと笑う。

「演劇部の撤収は終わったようだな。いよいよ本番だ。サカキ。お前は舞台の袖に行け。私たちは、舞台の下で、お前の晴れ姿を見てやる」

「えっ、一緒に行ってくれないのですか?」
「当たり前だろう。子供ではあるまいし」
「というか、僕はまだ子供なのですが」

「ええい、細かい奴だな。男子は、精通したらみんな大人だ。それともお前は、まだなのか?」
「ちょっ、そんなこと、この場所で言わないでくださいよ!」

 僕は、満子部長のエロトークを必死に止める。そして仕方なく、一人で舞台の袖に行き、待機することになった。

 緞帳の中は、がらんとしていた。舞台の中央には、演台がぽつんと置いてある。あそこで、一人で話すのか。
 ええと、原稿、原稿。僕は、メイド服のポケットを探る。
 あれ? このメイド服。ポケットがないぞ。ポケットと思っていたところは、ただの布の合わせ目だった。そこに入れた僕の原稿は、どこに行ったのかな? 僕はおそるおそる、服の中をまさぐった。

 なかった。必死に用意した原稿は、跡形もなかった。ポケットに入れたつもりになっていた原稿は、どこかで落としたのだ。
 僕は、顔面を蒼白にする。原稿なしで、何を話せばいいんだ。僕は、額に大量の汗をかく。ああ、逃げ出したい。これは、不可抗力だから、撤退してもいいよね? そんなことを考えていると、僕の肩を誰かが叩いた。

「うわっ!」
「静かにしろ! 城ヶ崎の手下のサカキだな」

 僕は振り向く。花見沢さんだった。先ほどの演劇の、オスカル姿のまま、僕の横に立っていた。

「ええと、……そうです。手下かどうかは分かりませんが、サカキです。はい」

 僕は、しどろもどろになって答える。

「くそっ、城ヶ崎自身が出てくると思って、この対決を受けたのに。蓋を開けてみれば、こんな雑魚が相手だとは」
「えー、すみません。雑魚です」

 僕は、恐縮しながら答える。花見沢さんは、大きなため息を吐いたあと、僕に視線を向けた。

「仕方がない。どうせ、奴のやることだからな。真面目に期待した、私が馬鹿だった。いいか、サカキ。これだけは言っておく」
「何でしょうか?」

 花見沢さんは、真面目な顔をして僕に言う。

「舞台に立つからには、観客を楽しませろ。自分の立場や感情は、一切脇に置いて、観客に奉仕する道化になれ。目の前の相手のために、全力を尽くせ。そうすることで、初めて得るものがある。人と真剣に向かい合え。そうすることで、自分というものが分かってくる。私は、ずっとそうしてきた。それだけだ」

 僕は驚いて、花見沢さんの顔を見る。その顔は、満子部長と僕に、罵詈雑言を浴びせていた時のものとは、違うものになっていた。それは、舞台に立つ役者の顔だった。そして、生徒たちを率いる、生徒会長の顔だった。

 緞帳が上がる。花見沢さんが原稿を持ち、歩いていく。客席では、女の子たちが、黄色い声を投げかけている。その声に手で答えながら、花見沢さんは演台の前に立つ。そして原稿を両手で持ち、声を出した。

山月記中島敦――」

 花見沢さんの朗読が始まった。その声は、緊張感に溢れ、朗々と響く。演台にはマイクがある。しかし、花見沢さんは、それを使っていない。マイクを通さずとも、体育館の隅々まで声が届くからだ。花見沢さんの美声とともに、虎になった李徴の物語が展開していく。僕はその様子を、食い入るようにして見つめた。

「――虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった」

 十五分ほどの時間が終わった。数秒の間があったあと、割れんばかりの拍手が体育館を満たした。
 僕は、背筋が伸びるような思いになった。花見沢さんの朗読は、素晴らしかった。唯一難があるとすれば、途中の漢詩を、言い損ねたことぐらいだ。さすがの花見沢さんも、舞台で漢詩を読み上げることは、これまでなかったのだろう。その経験の不足が、わずかなミスを招いたのだ。

 いよいよ僕だ。しかし、どうするのだ? 僕の手元に原稿はない。僕は、これだけの観客の前で恥をさらすのか。花見沢さんが袖に戻ってきた。そして、入れ替わりに出るように指図してくる。
 僕は、覚束ない足取りで、舞台の中央に向かう。そして、演台の前に立ち、マイクのスイッチを入れる。体育館の左右のキャットウォークから、照明が向けられる。そのまぶしい光を浴びながら、僕は観客席を見た。

 ああ、かぼちゃがごろごろ転がっている。じゃなくて、たくさんの観客がいる。どうする? 原稿もなく、舞台経験もない僕が、ここで何を話すと言うのだ。

「えー、文芸部の二年生、サカキユウスケです」

 そこまで言ったあと、頭が真っ白になってしまった。ああ、僕は、猫耳メイド姿で、羞恥プレイをするために、ここに立ったのか。
 僕は、まばたきをする。そして、顔を下に向けた。観客席の手前の方が見えた。椅子ではなく、床に直接座っている文芸部の面々が、目に入った。出口で番をしている鷹子さん以外の全員が、そこにいる。満子部長に、瑠璃子ちゃん。鈴村くんに、睦月に、楓先輩。僕は、その端の方にいる、楓先輩と目が合った。

 先輩は、両手をメガホンのように口に添えて、口を動かした。がんばれ、サカキくん。その口は、そう動いたように思えた。
 楓先輩のために話そう。いつも、楓先輩に説明しているように、「山月記」について語ろう。僕はそう決める。そして、目の前の観客全員が楓先輩だと思い、声を出し始めた。

「『山月記』について、ある人が言いました。自分はこの作品の李徴と同じ、虎であると……」

 僕は、楓先輩との会話を、かいつまんで話す。そして、自分の考えを語りだす。

「その人は、創作に没頭し、その道を続けようとする自分を称して、虎と言いました。では、この作品は、そういった人にだけ共感を呼ぶ物語なのでしょうか? もし、そうならば、何度も教科書に採用されて、多くの人が感銘を受ける作品には、なっていなかったはずです。

 中島敦の『山月記』には、このような一節があります。

 ――人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。

 つまり、この物語は、誰にでも当てはまる話なのです。

 では、この性情とは何でしょうか? 性情とは、人間の性質と心情のことです。それだけではなく、生まれつきの性質であると、辞書には記されています。つまりそれは、動かしがたい自分自身を指しているのです。
 そのことから、これが李徴一人の問題ではないと分かります。自分というものを持っている。自分という存在に気付いている。そういった、すべての人に共通の問題なのです。

 人は自分を発見します。
 僕たちは幼児期を過ぎて、世の中のことを知るにつれて、自分という形の輪郭を描いていきます。そして思春期を経て、自己を確立するにおよび、それが、自分自身を規定する、核であることに気付かされます。
 その自分という存在を、どう御し、付き合うのか。それは、誰にとっても普遍的な人生の主題です。

 自己がなければ、人生は楽でしょう。ロボットのように働き、食事を取り、寿命とともに死んでいく。しかし現実は違う。自分の性情に悩み、世間と対立し、どうにか生きていこうとする。
山月記』の李徴は、尊大な羞恥心ゆえに虎になったと語ります。頑迷に何かをおこない、その結果虎になる。
 いいじゃないですか。虎になっても。少なくとも李徴は、自分の性情に従い生きた。それが許される境遇にあった。己の中の猛獣を飼い殺しにしたまま、死んだわけではなかった。

 この学校には、多くの部活があります。僕たち文芸部以外にも、演劇部、吹奏楽部、野球部、サッカー部、バレーボール部、たくさんの部活動があります。勉強に打ち込んでいる人もいるでしょう。趣味の活動に没頭している人もいるでしょう。
 みなさんは、自分の心の中に、獣を飼っているでしょうか? その声を聞いているでしょうか? 自分というものを見つめているでしょうか? 心の咆哮を感じているでしょうか?

 僕も心に虎がいます。まだまだ小さな、手乗りタイガーという感じの、可愛らしい虎です。
 僕の虎は、李徴ほど大きくなるかは分かりません。小さいまま、人生を終えるかもしれません。でも、その猛獣と付き合いながら生きていくつもりです。僕は、自分を裏切らない人生を送りたいと思います。
 以上です――」

 僕は話を終えた。批評でも何でもない、ただの感想になってしまった。
 用意した批評の原稿には、多くのことが書いてあった。中島敦の父方の、漢学系の知的系譜中島敦が大学時代に研究した、森鴎外の話。しかし、そういった話は、何もしなかった。僕は、自分の言葉で何かを語った。

 観客席の反応は、花見沢さんの時とは違い、かんばしいものではなかった。拍手はまばらだった。僕はマイクのスイッチを切り、舞台の袖に向かう。入れ替わりに、司会を務める放送部の女子が出てきて、話を始めた。

「さて、今の演劇部の朗読と、文芸部の批評。どちらが勝ったかを、挙手で投票していただきます。演劇部がよかったと思う方は、パーを挙げてください。文芸部がよかったと思う方は、グーを挙げてください」

 結果は、見るまでもないだろう。先ほどの拍手の大きさの違いが、すべてを表している。僕は袖で、花見沢さんと並んで司会者を見る。花見沢さんは、自信に溢れた顔で、胸を張って立っている。僕は猫耳メイド姿で、時が流れるのを待った。

「集計が終わりました!」

 司会者が、演劇部と文芸部に挙手した人数を述べる。数の差は圧倒的だった。四倍以上の大差が付いていた。

「勝者は、演劇部の花見沢桜子さんです!」

 会場が沸きあがる。花見沢さんは、手を振りながら、司会者の許に歩いていき、お礼の言葉を述べた。僕の文化祭が終わったと思った。

 文芸部の演目の時間が終了した。僕は、舞台から下り、文芸部のみんなのところに向かった。

「すみません。負けてしまいました」

 三年生の、満子部長と、鷹子さんと、楓先輩が並んで立っていた。その後ろには、睦月と、鈴村くんと、瑠璃子ちゃんが控えていた。

「よくやったなサカキ」

 満子部長が、僕の頭に手をかけて、自分の大きな胸に引き寄せた。そして、力を込めて、ぎゅーっと抱きしめた。
 僕は、息ができなくなり、必死に抵抗する。そして、ようやく解放されて、げほげほと息を吐いた。

「何ですか満子部長。殺すつもりですか」
「おっぱいで圧死とか、変態のご褒美だぞ」
「まだこの年で、死にたくありませんよ! それに、僕は変態ではありませんよ!」

 満子部長は、僕の顔を見て、ふっと表情をゆるめた。

「なあ、サカキ。司会者に表彰されている時の、花見沢の顔を見たか?」
「いえ……」

 それどころではなかった。僕は敗北感にまみれて、呆然としていた。

「花見沢の奴、相当悔しがっていたぞ」
「えっ?」

 僕は意味が分からず、疑問の声を漏らす。満子部長は、くくく、と面白そうに笑った。

「実はな。花見沢とは、裏で賭けをしていたのだよ」
「賭け? どういうことですか」
「体育館の舞台を見に来るのは、ほとんどが演劇部のファンだ。だから人気投票をしたら絶対に演劇部の部長である花見沢が勝つ。そんなのは、勝負をする前から分かっていたことだ」

 確かにそうだ。観客の中には、オスカル花見沢親衛隊という感じの、女の子が多数いた。

「それはな、花見沢自身も分かっている。だから、観客全員で決める、表の勝負以外にも、裏の勝負を設定していたのだよ」

 どういうことだろう。僕は、満子部長に話を聞く。

「教師だよ。彼らが、どちらに多く投票したか。その勝負で、五百円を賭けていたんだよ」

 満子部長の言葉に、僕は唖然とする。そして自分の記憶をたどる。どちらの数が多かっただろうか? 分からなかった。僕は、先ほどの投票の場面を、必死に思い出そうとする。

「おい、城ヶ崎!」

 背後から声がかけられた。

「何だ、花見沢?」

 満子部長が、胸を張って不敵な笑みで答える。
 僕は振り向いて、花見沢さんを見た。花見沢さんは、ポケットから何かを取り出して、満子部長に投げつけた。満子部長は、それを片手で受け取る。手の平に収まっていたのは、五百円玉だった。

「おい、そこの二年生!」
「はい!」

 花見沢さんに声をかけられて、僕は慌てて答える。

「お前の演説、悪くなかったぞ。だが、声がいまいちだな。練習したければ、演劇部に来い。いつでも練習を付けてやる」
「おいおい、人の部活の後輩を、勝手に勧誘するなよ」

 呆れた様子で、満子部長は言う。その満子部長に、花見沢さんは顔を向けて、表情をほころばせた。

「なかなか、いい後輩を持っているじゃないか」
「まあな。うちは、粒ぞろいだからな」
「ふっ、まあ、うちの後輩たちには負けるがな。うちの後輩たちは、私が徹底的に鍛えているからな。
 城ヶ崎! その五百円は貸しといてやる。次の勝負まで預かっていろ!」
「へいへい。面倒な奴だなあ」

 満子部長は、五百円玉をポケットにしまいながら言う。
 花見沢さんは手を振り、背中を見せて立ち去った。

「やれやれ、負けず嫌いだな。まあ、そんな奴じゃなければ、生徒会長になりたいなんて、思わんだろうがな」

 満子部長は、呆れたようにして言う。僕は、離れていく花見沢さんを見送ったあと、満子部長に顔を向けた。

「しかし、いつの間に、そんな勝負を取り決めていたんですか?」
「ああ? 最初からだよ。私が、下々の者に、すべてを明かすと思うか」
「そうですね」

 僕は、脱力しながら声を返す。

「ふふ。今回の舞台は、勝負に勝った以上に、大きな収穫があった」

 満子部長は、楽しそうに笑みを漏らす。勝負以外に、何か面白いことでもあったのだろうか。僕は、満子部長に尋ねる。

「収穫って、何ですか?」
「今回の件で、教師たちの間で、お前は一目置かれたはずだ」
「えっ?」
「サカキは、私と違って成績が悪いからな。私はこれでも、学年十番以内に毎回入っている。次の文芸部の部長が、教師になめられては、いけないからな」
「――あっ」

 僕は、満子部長の意図が、ようやく分かった。文化祭の舞台イベントを通して、僕を全校生徒と教師たちに、印象付けるつもりだったのだ。文芸部の次代として。

「さあ、喫茶店に戻って、打ち上げだ!」

 満子部長が、拳を振り上げて言う。僕たちは、満子部長に先導されて、出口に向けて歩き始めた。
 僕たちは、塊になって廊下を進んでいく。その途中、楓先輩が僕の横に並び、声をかけてきた。

「サカキくん、よかったよ」

 その声は、僕にだけ聞こえるものだった。僕は頷き、ありがとうございます、と答えた。
 僕は、何かをやり遂げたような気がした。僕は、舞台に立ったことで、三年生への階段を一歩のぼったような気がした。
 文化祭は、あと少しで終わる。
 僕は歩きながら、これからのことを少しずつ考え始めた。