雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第136話 挿話33「文化祭と吉崎鷹子さん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、脳みそまで筋肉でできている者たちが集まっている。そして日々、後先を顧みない行動をし続けている。
 かくいう僕も、そういった直進行動しかできないタイプの人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、猪突猛進な人ばかりの文芸部にも、石橋を叩いて渡る人が一人だけいます。シュワルツェネッガーの村に紛れ込んだ、ふわふわお姫様。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 今日は、文化祭初日。満子部長の言い出した、猫耳メイド喫茶を開く当日。登校した僕は、喫茶店の内装を済ませた部室に行き、他の部員と同じように、メイド服に着替えて、猫耳カチューシャを付けたのである。

「準備整いました~」

 僕は、暗幕で仕切られた控え室に声をかける。僕と鈴村くんの男性陣は、入り口に近い店舗側、残りの女性陣は、奥の控え室で、着替えをしている。
 暗幕が開いた。文芸部の女性たちが、猫耳メイド姿で現れた。

「おお~~~~~!」

 リハーサルで、みんな服を着ているが、やはり全員そろうと壮観だ。ちんまりと素敵で可愛いらしい楓先輩。美少女で引き締まった肉体の睦月。幼い容姿で、お人形のような顔の瑠璃子ちゃん。長身でスタイル抜群の鷹子さん。おっぱいが大きく、ゴージャスな容姿の満子部長。そして、男の子だけど、裏では男の娘の、美少年の鈴村くん。そこに加えて、フツメンの僕。

猫耳メイド喫茶は、いいものですね~~~」

 僕は、思わず声を漏らす。

「当然だ、私が企画したのだからな」

 満子部長が、得意満面で胸を張る。その横で、楓先輩が口を開いた。

「睦月ちゃんが借りてきた食器も、瑠璃子ちゃんが手配したコーヒー豆も、鈴村くんが作った衣装も素敵よね」
「先輩! 僕も大活躍ですよ」
「うん。サカキくんも、みんなを手伝い、がんばったもんね」

 よかった。先輩に、きちんと仕事をした人として、認識されているようだ。残りの楓先輩、満子部長、鷹子さんは、部室を改装して喫茶店にするのに、多くの労力を割いていた。

「よし、戦闘準備完了だ。客を迎撃するぞ!」

 鷹子さんが拳を握り、虚空をにらむ。

「ちょ、鷹子さん! 迎撃なんか、しないでくださいよ。おもてなし、してくださいよ!」
「ああん? 聞こえねえな」

 駄目だ、この人は。
 僕は、客と一悶着起こしそうな鷹子さんを見て、頭を抱える。その横で、満子部長が、からからと笑う。

「まあ、鷹子はトラブルシューターだな。用心棒という奴だ。どうせ、接客には向かないんだ。やばい客が来た時に、やんわりと腕を折るとか、足を折るとかして、追い返してくれればいい」
「満子部長! 相手の骨を折ったら、犯罪ですから!」

 本当に、この二人は……。僕は、猫耳メイド喫茶の前途を憂う。そんな僕の肩を、楓先輩が優しく叩いてきた。

「大丈夫だよ、サカキくん。何となく、そんな気がするもの」
「どこにも根拠が、ないじゃないですか~~~!」

 僕は、楓先輩に突っ込みを入れる。

 ああ、嫌な予感しかしない。だいたい、この猫耳メイド喫茶を企画したのは、満子部長だ。その満子部長は、去年闇鍋を企画して、多くの人を保健室送りにした悪の権化だ。トラブル上等。かかって来やがれ。そういった考えの御仁だ。いったい、どうなることやら。僕は頭を抱えながら、文化祭開始の時刻まで、準備をしながら時間をつぶした。

 文化祭が始まった。僕たちの猫耳メイド喫茶は、なかなかに好評で、客がたくさん入った。
 猫耳メイドで通行人の気を引き、格安のコーヒーで、客を店に招き入れる。そして、くつろぐ人々に、文芸部の本来の活動である、掌編小説を見せる。そっと差し出す小説は、注文するコーヒーの、豆の産地によって違う。その土地に合わせた、短い物語が綴られているのだ。
 盛況のうちに昼が過ぎ、模擬店をしている生徒たちも、少しずつ他の店を回るようになってきた。

「それじゃあ、私と鷹子は、敵情視察ということで、他の店を回ってくる。あとは頼んだぞ」

 満子部長が、猫耳メイド姿のままで言う。

「分かりました。僕がいるから大丈夫ですよ!」
「楓、あとは任せた」
「えー! 僕は無視ですか~~~!!!」

 満子部長は笑いながら、鷹子さんと廊下を歩いて去っていった。

 さて、数が減ったからといって、それほど困ることはない。すでに店には慣れてきたし、そもそも満子部長と鷹子さんは、戦力になっていなかった。満子部長は、お客と雑談三昧だし、鷹子さんは、高圧的で相手をビビりあがらせるばかりだった。逆に二人がいない方が、スムーズに店が回るというものだ。

「よう、サカキ! 遊びに来たぞ」

 クラスの友人が三人、猫耳メイド喫茶に入ってきた。

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 僕以下、残った全員で、歓迎のあいさつをする。

「げっ、サカキも猫耳メイドなのか?」
「そうだよ」
「鈴村は似合っているが、お前は危険物だな」
「くっ、それは自分でも分かっているのだが……」
「文芸部は、サカキ以外は、美人ぞろいだから眼福だな」
「まあね!」
「おいおい、お前の手柄じゃないだろう。それよりも、その美を汚している自分を、恥じるべきところだろう」
「ぐっ、突っ込みが厳しいな!」
「まあ、せっかく来たんだし、何か飲んでいくよ」
「オーケー! じゃあ、席に案内するよ~」

 僕は、友人たちを店内に連れていく。友人たちは、コーヒーを飲みながら、掌編小説を読み始めた。
 しばらく経ったところで、入り口の辺りで、騒がしい音が聞こえてきた。

「何々、猫耳メイド喫茶か。どれ、冷やかしで入ってやるか!」

 やたら大きな駄目声が聞こえたあと、ガラの悪そうな男が四人入ってきた。
 ハゲ、サングラス、ヒゲ。それと、太った人相の悪い男。げっ! 僕は声を上げそうになる。この四人を、僕は知っている。ヤクザの組員と組長だ。以前、鷹子さんと討ち入りに行った時に、顔を見て覚えている。僕が、鷹子さんの後輩だと、ばれたらまずい。僕は、お盆で顔を隠しながら、急いで控え室に飛び込んだ。

「あれ、サカキくんどうしたの?」

 コーヒーを入れていた楓先輩が、振り向いて僕に尋ねる。

「ヤクザです。ヤクザが店を襲撃に来ました!」

 僕は、声をひそめながら言う。楓先輩は、暗幕の隙間を覗き、店内を確認する。

「あの席に座っている人たちね。でも、人を外見で決めつけるのは、よくないと思うわよ」
「いや、本物のヤクザですから!」

 僕は、声を殺しながら必死に説明する。

「あの。サカキ先輩が、メニューを取らないのでしたら、私が代わりに取ってきますが」

 瑠璃子ちゃんが、店内に行こうとする。

「いやいや、危険だから! 行っちゃ駄目!」

 小学生にしか見えない瑠璃子ちゃんに、何か危険があってはまずい。僕は必死に、瑠璃子ちゃんを止める。

「じゃあ、僕が行くよサカキくん」

 今度は、鈴村くんが行こうとする。

「駄目だよ、鈴村くんが、怪我をしたらどうするんだよ! クラス中の男子が、怒りに身を任せて、ヤクザの事務所を襲撃しかねないよ!!」

 僕は、鈴村くんの軽挙をいさめる。

「じゃあ、私が行くね、ユウスケ」

 睦月が、猫耳の向きを直して、店に出ようとする。

「睦月も駄目! 何かあったら、睦月のお父さんとお母さんに、僕が何て説明すればいいの!!」

 僕は、睦月の行動を両手で遮る。

「じゃあ、私が」

 楓先輩は、持ち場を離れて、暗幕に向かう。

「ストップ! ストップ! ストップ! ヤクザ、駄目、絶対!」

 僕は、文芸部の美人さんたちが、ヤクザに近付かないように、必死に食い止める。
 けっきょく、僕が注文を取りに行くことになった。僕は、お盆で顔を隠しながら、抜き足、差し足でテーブルに向かった。

「ご注文は、お決まりになりましたでしょうか?」

 僕は、両声類ばりにハイトーンボイスを出して、女の子の振りをして尋ねる。メニューを見ていた組長が、横柄な態度を取りながら答えた。

「そうだな。じゃあ、このコロンビアをもらおう。そうそう、コロンビアといえば、以前話した組織との取り引きの件だ」

 えー、ここは、中学校の文化祭の模擬店ですよ。組長は、組員たちに向かい、物騒な話を切り出した。

「組長。チャカを用意した方が、いいですかね?」
「いや、法に触れるから、よした方がいいだろう。警察に捕まりたくはないからな」
「取り引きの日の天気は、どうなんですかね?」
「よし、わしのアイフォーンの、シリたんに聞いてみよう。下手な秘書より有能だぞ。あー、シリか。わしだ。五日後の、夜の天気はどうなっている?」
「――月――日の天気は、晴れ、です」
大丈夫だ、問題ない。取り引きに支障はなさそうだ」

 情報が、だだ漏れなのですが、よいのでしょうか? そう思いながら、僕は他の人の注文を待った。そうしていると、組員の一人が、僕の方を見て声を出した。

「ああん? 何だお前。秘密の話を、勝手に聞くんじゃねえよ!」
「ですから、あの、注文を。……組長さんのしか、伺っていませんので」

「おい、てめえ! 何で、この方が組長だと、知ってやがるんだよ? もしかして、隣町の組のヒットマンか!」
「いえ、お客様が、組長とお呼びしていたので」

「うん? そうだったか。仕方がねえ。今日のところは勘弁してやる。注文するメニューは、全員同じものだ」
「分かりました」

 僕は、急いで控え室に引き返して、注文を楓先輩に告げる。

「じゃあ、コーヒーを入れるね。その間、何かトラブルがないか、観察していてね」
「はい」

 僕は、暗幕のとことに行き、ヤクザの席を確認する。周囲にガンを飛ばしている。幸いなことに、今のところトラブルはない。いや、何かわめいている。僕はその台詞を聞き、げっと思う。

「おいおい、ここは猫耳メイド喫茶なんだろう! 猫耳メイドは、どこだよ? 全員隠れて、どこにもいないじゃねえか!」

 ああああ、仕方がない。
 僕は、顔をお盆で隠して店に出る。

「おっ、さっきの奴か。ここに来て座れ」
「は、はい」

 僕は、女声で返事をする。仕方なく僕は、相席することになった。

「しかし、組長。懸案事項もあります」
「何だ?」
「最近、うちの組は、近隣の組になめられています」
「どうしてだ?」
「女子中学生に、喧嘩でよく負けているからです」
「ぐ、ぐぬぬ……。あいつか。吉崎鷹子か。しかしあれは、女子中学生というのには、猛者すぎる化け物だぞ。いわば自然災害だ。火山や、地震、台風に類するものだぞ」
「それは分かっています。しかし」

 分かる。分かるぞ~~~! 鷹子さんの横暴に苦しめられているのは、僕だけではないのだ。このヤクザたちも、理不尽な暴力に、よく見舞われているのだ。僕は、社会の敵であるはずのヤクザに、鷹子さんの被害者仲間ということで、なぜか共感を持つ。

「そういえば、吉崎鷹子って、花園中学でしたよね」

 ヤクザの一人の台詞に、テーブルの全員が凍りつく。ヤクザたちは、慌てて周囲に視線を走らせる。今は、ちょうど鷹子さんがいない。全員が胸をなで下ろして、会話を続ける。

「おいおい、驚かせるなよ。わしの寿命が三年縮まったぞ」
「すみません、組長。この落とし前は、チョコレートで」
「うんまあ、チョコレートは好きだがな、最近、糖尿病になりかけていて、甘い物は控えるようにと、主治医に言われているのだ。ビタータイプで頼む」
「分かりました」

 僕は、ヤクザたちの会話に、突っ込みを入れたいのをがまんしながら、席に座り続ける。

「ところで、コーヒーはまだか?」
「えっ? はい。ドリップしておりますので」
「本格的だな」
「はい。豆から選別しております」
「そうか。女性が豆をいじっているのだな。ガッハッハッ!」

 卑猥だ。かなり卑猥だ。突っ込んだら負けだ。僕はそう思いながら、必死に耐える。

「お待ちしました」

 その声に僕は、ぶっと噴き出しそうになる。楓先輩だ。なぜ来たのですか? 僕に運ばせればいいのに。……ああ。僕がヤクザに捕まっているから、一番年上の楓先輩が、コーヒーを持ってきたのだ。先輩は、テーブルの上に、コーヒーを並べていく。

「おい、お前もここに座れ。女の子は、多い方がいい」

 ヤクザの一人が、椅子を持ってきて、組長の横に置く。やばい。楓先輩が、ヤクザに捕まってしまう。僕は、どうするか悩みながら、成り行きを見守る。

「すみません。仕事がありますので、戻ります」
「仕事なんていいだろう。客の相手をするのも仕事だろうが」

 やばい。ヤクザの一人が、楓先輩の手首を握った。

「嫌がっているだろう。放せよ!」

 気付くと、僕は立ち上がり、お盆を捨てて、言い放っていた。
 店内が静まりかえる。ああ、やってしまった。鷹子さんの短気が、移ってしまったのかもしれない。僕は、ヤクザたちの前に仁王立ちになり、拳を握った。猫耳メイドの姿で。

「何だ、てめえ、男だったのかよ!」
「よく見ると、男の顔だな。女みてえな声を作って、俺たちを騙していやがったのか!!!」
クーリングオフだ! てめえのことを返品してやる!!」

 三人の組員たちが、口々に苦情を言う。そのあと組長が、重々しい声で語りだした。

「あんちゃん。わしらをたばかった罪は重いぜ。あんたは、わしらの純情をもてあそんだ。いわば心のレイプだ。わしらは、汚されてしまった。あんたという、精神の凌辱者によってな。
 これは、万死に値する。わしらは、あんたを告発する。さあ! きちんと、落とし前を付けてもらおうか!!!」

 組長は、怒り心頭といった顔で、テーブルをどんっと叩く。
 店内では、しわぶき一つ音がしない。全員が青い顔をしている。駄目だ。もう駄目だ。そう思った時に、猫耳メイド喫茶の入り口から、声が聞こえてきた。

「ああん? 人が、他の店を回って帰ってきたら、ヤクザがうちの店で、吠えていやがる」

 ヤクザたちが驚き顔で、一斉に入り口を向いた。

「げえっ、吉崎鷹子!」

 組長が、マンガのような驚愕顔で、鷹子さんを指差す。美しい猫耳メイド姿をした鷹子さんは、拳を握り、額に青筋を浮かべている。

「てめえら、表に出ろ」
「は、はい……」

 ヤクザたちは、しょんぼりとした顔で席を立ち、ぞろぞろと入り口に歩いていく。そして廊下に出て、鷹子さんとともに姿を消した。

「大丈夫、サカキくん?」

 楓先輩が、心配して声をかけてくれた。

「ありがとうございます、楓先輩。僕は大丈夫でしたが、あのヤクザたちの行く末が、そこはかとなく心配です」

 僕は、心の底からそう思いながらつぶやいた。

 十分ほどして、鷹子さんは戻ってきた。拳は血に染まり、メイド服には、返り血が付いている。

「えー、ヤクザさんたちは?」
「締めておいた」
「そうですか」
「奴ら、私の縄張りで、勝手なことをしやがって」

 えー、この学校は、鷹子さんの縄張りでしたか? そうでしたか。
 ともかく、僕はほっとした。これで、トラブル解決だ。

「しかしまあ、サカキ。楓を守って、怒鳴ったそうじゃないか」
「ええ。いや、勢いという奴で」
「よくやった。殴っていれば完璧だったがな」
「殴りませんよ! 鷹子さんじゃないですから!!」

 鷹子さんは、大笑いしながら僕の背中を、ばんばんと叩く。痛い。痛いですってば! 僕は、悲鳴を上げそうになる。でも、何となく心地よかった。鷹子さんは、いつもより優しく、僕を叩いてくれていた。