雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第132話 挿話31「文化祭と鈴村真くん」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、常識の壁を突き抜けた者たちが集まっている。そして日々、見果てぬ世界に向けて歩み続けている。
 かくいう僕も、そういった壁の一つ、痴性の壁を突破した人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、突破者ばかりの文芸部にも、常識の範囲内で暮らしている人が一人だけいます。「進撃の巨人」の調査兵団に紛れ込んだ、引っ込み思案の図書館司書。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 楓先輩と僕の部活は、今は文化祭準備の真っただ中。満子部長が、猫耳メイド喫茶をすると言い出したために、どうやって実現しようかと右往左往しているのです。何せ去年の出し物は闇鍋で、喫茶店をやったことなど一度もないのです。これは困った。本当に困った。

 というわけで僕は、同じ二年生の、鈴村真くんと一緒に、衣装をどうやって用意するのか、打ち合わせをしていたのである。

猫耳とメイド服か~」

 僕は、悩ましそうに声を漏らす。ネットで検索してみたのだけど、メイド服はけっこう高い。それを七人分となると、かなりの金額になる。猫耳は、ボール紙で作ることもできるから、どうにかなる。しかし、メイド服は、さすがにそういうわけにはいかない。
 できるならば、なるべく安く済ませたい。だからといって、衣装を借りる当てもない。残念ながら、僕の行動圏内には、スク水喫茶はあるけれど、メイド喫茶はないのである。

 僕は、横に座る鈴村くんに視線を向ける。鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。
 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。
 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。その時のことを頭に浮かべながら、鈴村くんの姿を見た。

「鈴村くん。もしかしてだけど、人数分のメイド服と猫耳を持っていたりしないよね?」

 さすがに、それはないだろうと思いながら尋ねる。

「あるよ」
「そうだよね、ないよね。……えっ、あるの? 本当に」

 僕は、驚いて確認する。

「うん。猫耳は、昔買った獣耳を改造すればどうにかなると思う。メイド服の方は、少しずつデザインが違うけど、七着あるよ」

 そうなのか。さすが、自分の部屋で、様々な女装を試みているだけあると感心する。

「そのメイド服も、やっぱり高かったの?」

 僕は、ネットで見た値段を、頭に浮かべながら尋ねる。

「ううん。僕のうちは、生地はただで手に入るから、お金は、ほとんどかかっていないよ」
「えっ、どういうこと?」

 鈴村くんの家には、布が転がっているというのか? それに、鈴村くんが自分で作ったというのは本当なのか? 僕は、鈴村くんに質問する。

「そういえば、話したことなかったね。僕のお母さんは、洋服のデザインをしているんだ。お店も何軒か持っていて、工場もあるんだ」
「そうなの? もしかして、鈴村くんのお母さんは社長さんなの」

 僕は、驚いて尋ねる。

「うん。だから、試作品とか、失敗作とか、余った布とかは、よく家に転がっているんだ。そういったものを利用して、小学生の頃から、服を自分で作ったりしていたんだよ。高くて買えない服が欲しい時は、だいたいそういった方法で手に入れているんだ」

 鈴村くんは、にっこりと笑いながら言う。初耳だった。今まで見た鈴村くんの服の何割かは、鈴村くんの作ったものだったのかもしれない。
 僕は、何度か鈴村くんの家に行った時のことを思い出す。いつも鈴村くんの部屋に直行している。だから家の中はあまり見ていない。鈴村くんの女装好きは、母親の影響なのかもしれない。鈴村くんのお母さんは、鈴村くんを大人の女性にしたような美人さんだ。鈴村くんは成長すると、母親のような容姿になるのだろう。

「それで、鈴村くん。メイド服は七着あるの?」
「うん。もっといっぱいあるよ」
「そのメイド服の写真はある?」
「あるけど、見る?」

 鈴村くんは、スマートフォンを出して、写真を見せてくれた。そこには完璧なポーズで微笑んでいる、メイド服姿の鈴村くんがいた。
 服のできは、市販のものと遜色ない。この服を借りれば、問題は解決するのではないか。そう思い、僕は鈴村くんに提案する。鈴村くんは、僕の言葉を聞いて苦笑する。

「サイズが違うから、そのままは無理だよ。僕より背が高い鷹子さんもいるし、かなり背の低い瑠璃子ちゃんもいるから。それに、満子部長は胸が大きいから、きつくて入らないと思うよ」

 そうか、サイズの問題があった。単純に服が七着あればよいというものではない。七人の体型にあった、洋服を用意しなければならない。僕は、かなり安易に、衣装のことを考えていたようだ。

「でも、手直しすればいけるかな。数が多いから、大変だけど」

 鈴村くんの言葉に、僕は身を乗り出す。

「ねえ、鈴村くん。それでいけないかな? 僕が手伝えることなら、何でもするよ!」

 鈴村くんは、少し考える。

「じゃあ、縫い目を解くのをお願いできるかな。けっこう大変だから」
「他には?」
「やるべきことは、まずは採寸でしょう。部室で、部員全員の体のサイズを測る。そして、詰め出しで対応できるものは、単純に縫い直すことにする。駄目そうな場合は、家で型紙を作り、それに合わせて裁断し直すことにする」

「本格的だね」
「そうでもないよ。時間の制約があるから、仮縫いは省こうと思うし。文化祭の間、着られればいいと割り切るつもりだから。そうすれば、少々サイズが合ってなくても、どうにかなるし」

 鈴村くんは、微笑みながら告げる。

「それじゃあ、さっそく始めよう。まず、やらないといけないのは採寸だね?」
「うん。人によっては、バストサイズを測られるのが嫌、と言いそうだけど」

 鈴村くんは、控えめな声で言いながら、部室を見渡す。
 ああ、思い当たる節がある。貧乳の楓先輩と、胸の膨らみを見つけられない瑠璃子ちゃんは嫌がりそうだ。逆に満子部長は嬉々として、「測れ!」と言いそうだけど。
 よし。その大変な役は、僕がやろう。そして、隙あらば、体に不可抗力でタッチしよう。

「楓先輩~~! メイド服用に、体のサイズを測らせてくださ~~い!」
「サカキくんの、エッチ!」

 うえっ? メイド服用にと言っているのに、どういうことですか。僕が、困っていると、鈴村くんが楓先輩に声をかけた。

「楓先輩。メイド服を調達するために、体の寸法を測る必要があります。採寸をしたいのですが、よいですか?」
「仕方ないわね。鈴村くんだったらいいよ」

 えっ、どういうことですか? 扱いに差がありすぎませんか。
 けっきょく僕は、満子部長と睦月以外の全員に採寸を断られた。そして、鈴村くんが測ることになった。僕は、その拒絶に納得がいかなかった。どうして僕だけ、エロイ目的と思われてしまうのだろう。いやまあ、そうなのだけど。僕は、頭を抱えながら、その日は帰宅した。

 翌日の放課後、僕は鈴村くんと一緒に、鈴村くんの家に向かった。本当はみんなで手伝った方がよいのだけど、全員で押しかけると迷惑だろうということで、交代で訪れることになった。そして、初日が、僕の担当になったのだ。
 何度か来たことのある鈴村くんの家は、デザイナーズ住宅である。高そうな家だなと思っていたけど、母親がファッションデザイナー兼社長というなら頷ける。その家の中に入ると、鈴村くんのお母さんがいた。知的な感じの、細身の美人さんである。

「あれ、真、部活は?」
「今日は、文化祭の準備で、衣装を作るんだ。サカキくんは、その手伝い」

「そうなの。サカキくんは、ジュース何がいい?」
コカ・コーラで」
「デブるわよ」
「うっ、じゃあ、ウーロン茶で」

「特保の脂肪を燃焼させるウーロン茶にしてあげるわね。真は?」
「僕は何でもいいよ」
「じゃあ、同じものね」

 鈴村くんのお母さんは、手をひらひらと振って台所に消えた。鈴村くんの部屋に向かいながら、僕は尋ねる。

「鈴村くんのお母さん、仕事は?」
「今はデザインを考えているみたい。だから、家の工房にいるんだと思うよ。店の方は、午前中だけ顔を出しているんじゃないかな。店長さんたちに任せていても、回るみたいだから」

 なかなか優雅な仕事のようである。
 僕は、鈴村くんの部屋に入る。何と言えばよいのだろうか。とてもではないが、男の子の部屋には見えない。飾られているのは、ロックスターやロボットのポスターではなく、ぬいぐるみやお人形だ。そして、室内の小物は、どれもファンシー系だ。それに、男子中学生が暮らしているとは思えないほど、よい匂いがする。女の子が生活していると言われれば、すぐに信じてしまうだろう。鈴村くんの部屋は、そういった女子力の高い場所だった。

「じゃあ、サカキくん。そこの木箱を持ってきて。昔作ったメイド服を探して、入れておいたから」

 視線を移すと、美しい色の、お洒落な木箱があった。きっと、僕なら段ボール箱に突っ込んでいるだろう。鈴村くんの女子力の高さを、僕は実感する。

「それじゃあ、やり方を教えるね」

 僕は、服の糸の解き方を習う。そして、一枚の紙を渡された。

「それぞれの服で、糸を解く位置を、図にまとめておいたから、その場所の糸を外していって。そうしたら僕が、縫ったり裁断したりしていくから」
「分かったよ。この通りやればいいんだね?」
「うん。今日一日で全部できないかもしれないけど、その時は、他の人にお願いするから」

 僕は頷いたあと、一着目のメイド服に手を伸ばした。
 鈴村くんのお母さんが、扉をノックして入ってきた。お盆には、特保のウーロン茶と和菓子が載っている。僕はお礼を言って、喉を潤した。

「ねえ、鈴村くん」
「何?」

 鈴村くんは、ミシンを扱っている。僕は、目打ちで糸を拾って切りながら、鈴村くんに声をかける。

「そういえば、鈴村くんは、なぜ文芸部に入ったの?」

 僕は、疑問に思ったので尋ねる。
 満子部長は、母親が所属していた文芸部を、復活させようとして入部した。鷹子さんは、満子部長の友達だから一緒に入った。楓先輩は、あの通り文学好きだから、言うまでもない。睦月や瑠璃子ちゃんは、僕がいるから入部したと聞いている。鈴村くんだけ理由を知らない。文芸好きというわけでもない。なぜ、鈴村くんは、文芸部に入ったのか。

「花園中って、手芸部がないんだよね」
「うん、それは知っているよ。もしかして、手芸部と文芸部、一文字違いだから、間違えて入ったの?」

 あり得る。少なくとも、僕ならそういったミスをする。

「さすがに、そんなことはないよ。小学生じゃないんだから」

 うぇっ。僕は小学生レベルですか? 僕は、密かに落ち込む。

「入学式の時、勧誘されたから」

 鈴村くんは、ぽつりと言った。
 僕は思い出す。入学式のあと、部活の勧誘合戦がおこなわれている校舎を、僕はぶらぶらと歩いていた。そこで、小さな体に、不釣り合いなほど大きな看板を持っている、可愛い女性を見つけたのだ。それは、新入部員を募集している二年生だった。
 その人は、髪を三つ編みにして、眼鏡をかけていた。名前は、雪村楓といった。僕は、その女性を見た瞬間、恋に落ちた。そして、彼女のいる部活に潜り込んだのである。
 まあ、入部してみると、満子部長に鷹子さんという、危険度マックスな二人がいたのだけど。

 あれ? 僕は疑問を持つ。僕は、楓先輩に勧誘されて文芸部に入った。その時に、鈴村くんはいなかった。鈴村くんは、誰に誘われて文芸部に入ったのだろう。僕はそのことを、鈴村くんに尋ねる。

「満子部長にだよ」
「え~~、あの人に? よく、文芸部に入ろうと思ったね!」

 僕は、驚きながら鈴村くんに言う。鈴村くんはミシンに向かったまま、声を返してきた。

「満子部長に言われたんだ」
「何て?」

 僕は、気軽な声で尋ねる。

「いつもの調子で、こんな感じの台詞だったよ」

 鈴村くんの口調は、意外なほど真面目だった。

「私たち文芸部は、魂の欲求に従い、自分の道を歩もうとする人間を求めている。
 少年よ。君は、理性では間違っていると思う欲望を、持っているか? 他人の目を気にせず、やりたいことがあるか? もし、そうならば、それが人生の進むべき方向だ。それが魂の叫びだ。

 私たち文芸部は、自分で何かを作ろうとする人間を探している。それは文章かもしれない。詩かもしれない。人生そのものかもしれない。新しい世界かもしれない。
 誰も見たことのないものは、作るしかない。それは理不尽な挑戦だ。私たち文芸部は、そんな困難な人生に、挑もうとしている人間を歓迎する。

 少年よ。人生に悩んでいるようだな。それならば文芸部に入りたまえ。私が用意したこの部活は、魂を解放することができる場所だ。そして、君の居場所になるだろう」

 僕は、糸を解く手を止める。そして、ミシンを操る鈴村くんの背中を見た。
 ミシンは音を立てている。鈴村くんは、先ほどと変わらない様子で、布を送っている。鈴村くんは、男の娘であることを、僕にしか話していない。鈴村くんんは、この世界ではマイノリティーだ。鈴村くんは文芸部で、自分の居場所を見つけることが、できたのだろうか。

「できた!」

 鈴村くんは、可愛らしい声を上げる。そして、立ち上がり、僕へと振り向いた。その顔は、いつもの男の子のものではなく、男の娘のものだった。鈴村くんは、真琴の表情で、僕に嬉しそうな視線を送ってくる。鈴村くんは、手に持っていたメイド服を広げて、僕に見せた。

「それは、誰のメイド服なの?」

 僕は、何を言えばよいのか分からず、服のことを尋ねる。

「これはサカキくんのだよ。ねえ、立ってみて」

 僕は、目打ちを脇に置き、言われるがままに立ち上がる。真琴は、僕の横に歩いてきて、そっと体を近付けた。

「服を脱いで」

 真琴が、僕の耳にささやきかける。僕は、そっと制服を脱ぎ、下着だけの姿になる。真琴は、僕の背中に寄り添い、メイド服を着付けていく。鈴村くんが直した服を着た僕は、大きな姿見の前に立たされた。

「きれいだよ」

 僕の肩から顔を出した真琴が、嬉しそうに言う。僕は、鏡の中の自分と真琴を見て、不思議な気持ちになる。男の子にしか見えない僕が、長いスカートの服を着ている。女の子にしか見えない真琴が、男子の学生服を着ている。それは、とても倒錯的な光景だった。
 僕は、背中に真琴の体温を感じる。真琴の吐く息が首筋にかかり、少しだけくすぐったかった。

「サカキくん」

 真琴が、僕の右手に指をからめてきた。僕は全身を緊張させる。真琴は、そっと指に力を込めてくる。その時である。部屋の扉が開いて、鈴村くんのお母さんが入ってきた。

「ねえ、真。サカキくんは、夕飯食べていくの?」

 鈴村くんは、さっと手を引っ込める。僕は、ドキドキして、その場で硬直する。しばらく、僕たち二人を眺めたあと、鈴村くんのお母さんは、あはははは、と笑いだした。

「ねえ、真。猫耳メイド喫茶って、もしかしてサカキくんもメイド服を着るの?」
「うん。猫耳メイドの姿になるよ」
「あはははは。うんうん、面白い、面白いよ。サカキくん、なかなか似合っているじゃないか。あはははは」

 鈴村くんのお母さんは、腹が痛いといった感じで体を折り曲げる。どうやら僕は、絶望的に似合っていないようだ。

「ねえ、サカキくん、夕ご飯、一緒に食べよう」

 鈴村くんが、可愛く僕に言う。

「うん、それじゃあ」

 僕は、照れながら答える。鈴村くんのお母さんは、僕たち二人を見て、楽しそうな顔をする。

「サカキくん、何か食べたいものある? あっ、揚げ物は禁止ね。デブるから。それに、後片付けが面倒くさいから」

 鈴村くんのお母さんは、右手を前に突き出して、「揚げ物」と僕が言うのを、食い止めようとする。

「それじゃあ、切って出すだけのサラダでいいです」
「オーケー。じゃあ、切って出すだけにするね~」

 鈴村くんのお母さんは、ひらひらと手を振って、部屋から出ていった。
 僕と鈴村くんは、顔を見合わせて笑う。鈴村くんのお母さんは、だいたいいつも、この調子だ。

「サカキくん。作業、再開しようか?」
「うん」

 鈴村くんは、可愛く言う。
 その日、僕と鈴村くんは、夜遅くまで二人で過ごし、猫耳メイドの衣装を準備した。