雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第131話「喪男・喪女」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、孤独な心を持った者たちが集まっている。そして日々、世界の端で、ぼっちのように過ごし続けている。
 かくいう僕も、そういった孤独を愛する人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、人間関係に難のある面々の文芸部にも、普通に周囲と仲よしな人が一人だけいます。非社会的動物の縄張りに紛れ込んだ社会的動物。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は体を向けた。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。その瞬間に、三つ編みの髪が揺れて、楽しそうに弾んだ。僕は、笑顔で先輩の顔を見る。先輩は嬉しそうに、僕の顔を見上げる。ああ、楓先輩は何て可愛いんだ。僕は心をとろかせながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、未見の単語に出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットに熟練しているよね?」
「ええ。桃栗三年、サカキくん八年。僕は長い年月を、ネットの監視に捧げています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、毎日書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、見知らぬ表現の宝庫を見つけた。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

喪男、喪女って何?」

 お、おふう。
 ぼ、僕は喪男ではないですよ。彼女いない歴イコール年齢ですが、きちんと文芸部を通して、女友達もいますから、孤高の存在ではありません。でも、見た目と性格から、喪男と見なされるかもしれない。僕は、内心ガクブルしながら、自我を崩壊させないように、平静心を保とうとする。

「どうしたのサカキくん。何かあったの?」

 楓先輩が、不安そうに僕の顔を見てくる。どうやら先輩に、無用な心配をさせてしまったようだ。僕は笑顔を向け、額に浮かんだ玉のような汗を拭く。そして、楓先輩のために解説を開始する。

「それではまず、喪男から説明しましょう。この言葉は、もおとこ、もお、もだん、などと呼ばれます。その由来は、巨大ネット掲示板の『モテない男性板』であると言われています。その場所で、『持てない男性』という言葉が縮まり『持男』となり、『も』が喪服の『喪』になり、『喪男』に変化したとされています。

 喪男の定義は諸説ありますが、だいたいの共通点を挙げておきます。彼女いない歴イコール年齢。異性に告白されたことがない。女友達がいない。異性との性交渉をしたことがない。
 これに加えて、さらに条件が増えることもあります。それは、もてることを放棄していたり、拒否していたり、といったものです」

「もてることを諦めている、ということなの?」

 途中まで説明したところで、楓先輩が尋ねてきた。僕は悲痛な顔をして、楓先輩の質問に答える。

「ええ。もてないから諦める。諦めているからもてない。そういった負のスパイラルに突入していることが多いです。そういった状態なので、喪男と呼ばれる人は、美容やファッションを敵視していることがあります。

 ちなみに、もてることを希望している人は、喪男とは呼ばず、鯛男と呼び、区別したりします。他にも、喪男の孤独進化系として、孤男というのもあります。こちらは、女友達どころか男友達もいないという状態の、男性を指します」
「なかなか大変そうね」

 楓先輩は、心の底から言う。僕は、同意の返事をする。

「あと喪男は、コミュニケーションが苦手だと言われています。また、根暗でネガティブ思考の人が多いとされています。そして、卑屈で、自虐的で、見た目をあまり気にしない。あるいは、自分で改良できないといった特徴を持っているとされます。
 基本的に喪男は、群れるのが嫌い、あるいは苦手で、だいたい一人で黙っていることが多いようです」

 僕は、喪男の説明をあらかた終えた。あとは、喪女についてだ。

「ねえ、サカキくん。喪女というのは、その喪男の女性版なの?」
「そうです。こちらは、もじょ、と読むことが多いです。また、もおんなとも呼びます。喪男と同じで、もてたい意志を持っている女性は、鯛女と言ったりします。そして、孤独な女性は孤女になります」

 僕が解説をすると、楓先輩は、自分の口元に可愛い拳を当てて、考え込み始めた。
 ええ、どうしたのでしょうか? もしかして僕を、喪男認定しようとしているのでしょうか。僕は、女友達もいるし、明るく楽しいサカキくんなので、当てはまらないと思うのですが。それに、楓先輩にもてたいと思っているので、喪男ではないですよね?
 僕は、脂汗を流しながら、先輩の台詞をじっと待つ。

「私、もしかしたら喪女かもしれない」
「えっ?」

 先輩の意外な台詞に、僕は疑問の声を漏らす。

「だって私、彼氏いない歴イコール年齢でしょう。それに、異性に告白されたこともないし。当然、性交渉なんて、中学生だからあるわけないし。それに、もてようと努力しているわけでもないし」

 先輩は、真剣な顔で言う。

「あの、楓先輩。男友達はいますよね? いれば、喪女には当てはまらないと思いますが」

 僕は、「ほら、ここに素敵な男性がいますよ。その男性と毎日しゃべっているではないですか!」と、必死にオーラを出して主張する。
 楓先輩は、暗い顔をして返事をした。

「ううん、いないわ。教室では、だいたい女友達と話しているもの。それ以外の時は、本を読んでいるし。私には、男友達と呼べるような相手はいないもの」

 えっ、ぼ、僕は? もしかして、アウトオブ眼中なのですか。僕は、心の中であわあわ言いながら、真意を確かめる。

「あの、楓先輩。僕は男友達ではないのですか?」

 楓先輩は、僕のことをじっと見る。そして、残念そうな表情をして、顔を横に逸らした。

「だって、サカキくんは、友達ではなく後輩だから。後輩は友達ではないでしょう? だからサカキくんは、男友達ではない。男友達にはカウントされないわ。
 つまり、私は、喪と呼ばれる条件にすべて当てはまっている。残念ながら、私は喪女だということよね」

 えっ、えっ? 僕は困惑する。

「それに対して、サカキくんは喪男ではないでしょう。
 彼女がいるかは知らないけど、いつも睦月ちゃんや瑠璃子ちゃんと、仲よくしているから。……昔付き合っていたのかもしれないし。
 それに、睦月ちゃんや瑠璃子ちゃんに、いつも好き好きアピールされているもの。だから、異性と仲よしだし。性交渉の有無は知らないけど、意外に優しくて、女の子の要望を聞いてあげるし。

 だから、喪女の私とは違う世界の人間よね。私には、サカキくんが、遠い世界の住人のように思えるわ。はああ……」

 楓先輩は、肩を落として、暗い顔をする。
 うぇ? なぜ、そうなるのですか。僕は、リア充ではありませんよ! それに、先輩の方が、コミュ力があるじゃないですか。

 それにしても、楓先輩を陰ながら守るナイトである僕が、先輩を落ち込ませてしまうとは何事だ? ここは、何とかして先輩を励まして、回復させなければならない。そして、そのことに感謝した楓先輩は、僕とむふふな関係に……。僕は妄想を膨らませながら、声を大にして主張する。

「先輩は、喪女ではありません。今から僕が、先輩が挙げた条件を突き崩してみせます!」
「どうするの?」

 先輩は、きょとんとした顔で、僕のことを見る。僕は、顔を真っ赤にさせて、勇気を振り絞り、声を出す。

「先輩は、告白されたことがないと言いました。楓先輩、好きです! これで、先輩は喪女ではありません」

 僕は、先輩に真面目な顔をして告白する。先輩は、僕の顔をじっと見たあと、大きくため息を吐いた。えっ? どういうことですか。

「はあ、ありがとうね。先輩の私に気を使ってくれて。私に男友達ができて、そして告白されるという段階まで進むのは、きっと十年ぐらい早いのね」

 先輩は、遠くを見ながらつぶやいた。

 どうやら僕は、先輩の恋愛圏内に食い込めていなかったようだ。先輩の中で恋愛は、男友達になったあと、恋に発展するものらしい。もしそうなら後輩の僕は、いつまで経っても恋愛射程圏内に入らないことになる。うわあああん。僕は、心の中で枕を濡らした。

 それから三日ほど、楓先輩は、喪女という言葉の暗示にかかったのか、暗い様子で過ごした。楓先輩は、けっこう影響を受けやすい性格だ。僕は必死に、ピエロのように振る舞い、先輩のテンションを上げようと努力した。その甲斐あって、三日後には、いつもの楓先輩に戻ってくれた。
 僕は、そんな先輩を見ながら考える。先輩の恋人になるには、まずは男友達にならないといけない。どんなマジックを使えばよいのか。僕は、飛び級のない、日本の学校制度を嘆く。いや、もし、そんな制度があれば、成績の悪い僕だけ置いてけぼりにされてしまう。詰んだ。僕は、世の中の理不尽さに、身悶えた。