雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第127話「グンマー」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、冒険好きな者たちが集まっている。そして日々、見果てぬ夢を胸に抱えて旅をし続けている。
 かくいう僕も、そういった、探索者な人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、冒険野郎な文芸部にも、インドア派な人が一人だけいます。川口浩探検隊に紛れ込んだ、深窓のご令嬢。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。その拍子に三つ編みの髪が気持ちよく揺れた。先輩は、眼鏡の下の目をきらきらとさせながら、僕を見上げる。ああ、先輩は何て可愛いんだ。僕は、頬がゆるむのを感じながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。またネットで、初めての単語に出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの奥深くまで精通しているよね?」
「ええ。水曜スペシャルで秘境に分け入るぐらい、ネットの奥深くまで分け入っています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、毎日書き続けるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、ネット文芸の世界を知ってしまった。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「グンマーって何?」

 ネタが来た。地方ネタだ。大きな地雷はなさそうだが、警戒しなければならないこともある。それは、楓先輩やその親族が、群馬県出身や在住の可能性だ。
 そう。グンマーとは、群馬県をネタにした、架空の未開の地を指す。自分の住む場所や故郷に対して、そういった扱いが嫌いな人もいる。だから、相手を見てから使うかどうか決めないといけない言葉だ。

「楓先輩は、群馬県をご存じですか?」

 僕は、軽いジャブを放つ。

「うん。日本の都道府県の一つよね。関東にある県で、海に面していない数少ない県の一つでしょう。からっ風と、かかあ天下が有名で、富岡製糸場があった場所よね」
「そうです」

 さすが、楓先輩である。教科書的な解答で大変よろしい。僕は、そんな感想を持ちながら、楓先輩にさらなる探りを入れる。

「先輩のご家族に、群馬県の関係者はいらっしゃいますか?」
「関係者? どうしてなの」

 うっ。質問に質問で返されるとは思っていなかった。これでは、地雷を回避することはできない。どうするか? 仕方がなく僕は、細心の注意を払って解説をおこなうことに、方針を転換する。

「それではグンマーの説明をおこないます。グンマーとは、群馬県をネタにした、架空の未開の地です」
「未開の地って、どういうこと?」

 楓先輩は、意味が分からないという顔をする。

「グンマーという架空の土地は、魔境であり、秘境であり、原野と密林で構成されています。その地に住む人は、半裸で槍や銃などの武器を持ち、生活しているそうです。グンマーは、そういった荒々しい地域だとされています。
 このグンマーは、写真のネタが多いです。だいたいは、サバンナとジャングルに住む人々に、群馬県のキャプションを付けて、グンマーの写真として出回っています。
 そういった、日本に存在する隔絶された土地、というネタが、群馬県についてはネットで定番になっているのです」

 僕は、あくまでも架空の話で、ネタであるということを強調して、解説をおこなう。先輩はきょとんとしている。まあ、仕方がない。僕は、グンマーで画像検索して、ヒットした画像を見せる。そこには、ワイルドな写真が、これでもかというほど並んでいる。

「何だかすごいことになっているね。成人の儀式はバンジージャンプだし、隣の栃木県と戦争をしているし、住んでいる人々は、戦闘部族みたいになっているし。でも、何で群馬県は、こんなことになっているの?」

 楓先輩は、当然の疑問を僕にぶつけてくる。今までの流れからして、楓先輩には群馬県関係の地雷はなさそうだ。僕は、わずかに気持ちをゆるめて、先輩のために説明をおこなう。

「グンマーという言葉の元ネタは、ネット掲示板の書き込みだと言われています。顔立ちがネパール人に似ているという人が、警察に出身を聞かれて、群馬だと答えたそうです。すると警察は、『グンマーね。ビザは持っているの?』と言ったそうです。そういった小話が、グンマーという単語の発祥だとされています。
 そのグンマーという言葉の響きがよかったのでしょう。その言葉は独り歩きして、架空の未開の地として、様々なコラージュ写真で、設定が肉付けされました。

 そういったことになった背景には、群馬県の知名度の低さが関係していると思います。普通の人が群馬県と聞いても、すぐにはその特徴が思い浮かびません。これが東京や大阪、北海道ならば、その場所も含めて、特徴が頭に浮かびます。それに対して群馬県は、あまり強い印象を残す県ではありません。観光資源が乏しいのも、そのことに一役買っているでしょう。

 こういった県は、その周辺でネタにされやすい傾向があります。九州で言うと、佐賀県がその例になると思います。名前は知っているけど、どういった場所なのかイメージが湧きにくい。そういったことで、いろいろといじられやすいのですね。それに群馬県は、海に接しておらず、山の中にあるということで、秘境っぽい雰囲気があるのも原因の一つだと思います。そういったわけで、ネタにされているのです」

 楓先輩は、グンマーの画像を見ながら、僕に声をかける。

「こういった話は、群馬県の人はどう思っているの?」

 僕は、先輩の表情を確かめる。特に怒ったり、嫌がったりしている様子はなさそうだ。僕は安心して、先輩の質問に答える。

「人によりけりだと思います。不快に感じる人もいるでしょうし、持ちネタとして使えると考える人もいるでしょう。また、県のトップである県知事自体が、このネタを利用して群馬県をアピールしたりもしています。
 群馬県では、俳優藤岡弘を隊長とする『群馬探検隊』というコンテンツを作ったりもしています。ちなみに藤岡弘は、その昔テレビで放映されていた『川口浩探検隊』の流れをくむ、『藤岡弘、探検シリーズ』に出演しています。つまり、県公認で、秘境ネタで遊んでいるわけです。

 こういったネタを利用したPR手法は、香川県のうどん県という先例があります。香川では、うどんをよく食べるのですね。このうどん県は、非常に有名になりました。しかし、グンマーの方は、そこまでではないです。やはり、分かりやすい観光資源がないのが、原因だと思います」

 僕は、グンマーについての説明を終えた。どうやら地雷はどこにもなかったらしい。僕は、取り越し苦労だったなと思い、全身の力を抜く。

「ねえ、サカキくん。みんなに、その実態を知られていない場所は、いろいろとネタにされやすいの?」
「ええ、まあそうですね。グンマーはその例だと思います。とはいえ、まったく関心がなければ、ネタにもされないと思いますが」

 楓先輩は、僕を見て、真剣な顔をする。いったいどうしたのだろう。何かあったのかな。僕は緊張して、先輩の表情を窺う。

「実はね、文芸部も、似たような名前で呼ばれているの」
「えっ?」
「花園中の魔境、ブンゲーと」
「ふわっつ!」

 僕は思わず声を出してしまう。何だそりゃ。僕たちは、学校内の魔境に生息している怪しい面々ですか?
 ……うんまあ、否定はできないよな。僕は、頬をかきながら考える。楓先輩と僕以外は、みんなちょっと普通じゃない人間ばかりだ。そう思われても仕方がない。僕は頭を抱えながら、先輩に声を返す。

「そうですね。部長を筆頭に変な人たちばかりですからね」
「うん。いかがわしい言葉を吐きまくるザ・タブーの満子、女番長の鷹子、部室で水着でいる睦月ちゃん、女の子にしか見えない男の子の鈴村くん、小学生にしか見えない学年トップの瑠璃子ちゃん、それに、ネットジャンキーのサカキくん」
「えっ、僕も含まれているのですか!」

 僕は驚きで叫ぶ。先輩は、こくんとあごを引き、言葉を続けた。

「サカキくんは、いつもぶつぶつ言いながら歩いているから、本物のジャンキーに違いないと言われているわ。ブンゲーには、謎の秘薬があり、サカキくんはその薬を常用している。だから、ああいった感じなんだ。そう言われていたよ」
「ええ??? そ、そんな~~~~!!!」

 僕は、周囲の人間にそんな目で見られていたのか。グンマーのことを気にする前に、自分がどう見られているかを気にするべきだった。僕は心が折れて、その場でがっくりとうな垂れた。

 翌日のことである。廊下を歩いていると、向かいを歩いている女の子たちが、僕を見て、こそこそと話を始めた。

「あの人、ブンゲーの人よ」
「えっ、あの魔境に住んでいる人なの?」
「そうよ。ネットジャンキーのサカキという異名を取るそうよ」
「怖いわね」
「それに、エロオタクだそうよ」
「げっ、マジで? やばい人じゃない」
「目を合わさないようにして、通り過ぎましょう」
「分かったわ」

 女の子たちは、僕から距離を取ってすれ違う。
 うわあん。確かに、僕はネットジャンキーだし、エロオタクだし、文芸部は魔境っぽいけど、他人にそう言われると、心が傷つきますよ~~~。僕は傷心のサカキくんになる。そして、この心を癒やせるのは、楓先輩しかいないと考える。
 心を癒やして、楓先輩~~~~~!
 僕は、心の中でそう叫びながら、心の故郷であるブンゲーの地に、涙目で駆けていった。