雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第124話「もげろ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、幸福街道まっしぐらな者たちが集まっている。そして日々、充実した部室内活動にいそしんでいる。
 かくいう僕も、そういった爽やかな青春を満喫している人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、陽気で活動的な文芸部にも、静かに本を読むのが大好きな人が一人だけいます。青春ドラマに紛れ込んだ、モブで本を読んでいる女子生徒。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は体を向けた。楓先輩は、嬉しそうに歩いてきて、僕の横に座る。先輩は、僕を見上げて楽しそうな顔をする。僕は、そんな楓先輩を見下ろす。大きな目に、長いまつ毛。目の形は整っていて、唇はぷっくりとしている。肌は白く、きめが細かい。先輩は、そんな顔に眼鏡を載せて、髪を三つ編みにまとめている。ああ、先輩は可愛らしい。僕は、とろけそうになりながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、意味の分からない言葉がありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。チェーザレ・ボルジア並みに、ネットの駆け引きに長けています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿に、とことん手を入れるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、未知の文化に遭遇した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「もげろって何?」

 む、むむ。これは、説明がしづらい。略さずにきちんと言うならば、ちんこもげろになる。しかし、そんなことを、楓先輩相手に言うわけにはいかない。お上品な僕の口から、ちんこなんて言葉が出れば、楓先輩は卒倒しかねない。そうならなくても、僕のことを下品と思い、距離を置かれる可能性がある。
 ここはできれば、ちんこという言葉を使わずに、ちんこもげろの説明をしたい。しかし、それは可能なのか? 僕は頭を悩ませる。

「先輩。宦官という存在は、ご存じでしょうか?」

 僕は、搦め手から攻めることにした。宦官は去勢された男子のことだ。つまり、ちんこがもがれた人物である。そして、宦官について話すことは、過去の歴史について語ることだ。これは、非常に学術的な内容だ。
 その宦官の話をしたあとならば、ちんこという言葉を出しても、何ら不自然ではない。これならば大丈夫だ。完璧だと言わざるをえない。僕は自分の知謀に、ほれぼれとする。僕が女性ならば、思わず濡れているだろう。そういえば宦官は、排尿に問題があることが多く、尿漏れが多かったらしい。

「うん。知っているよ、サカキくん。中国の後宮に、たくさんいたんでしょう。そして、時の権力者に取り入り、権勢を誇る者もいたと本で読んだわ」

 先輩は、自らの知識を確かめるようにしながら語る。僕は頷き、続きを話す。

「宦官は、中国での存在が有名ですが、中東やインドなど、世界各地で見られた存在でした。元々は、刑罰として性器を切り落とし、奴隷として使役したのが、宦官の始まりと考えられています。

 そういった宦官は、中国のように皇帝が強大な権力を持ち、後宮に何千人も女性を抱えるような環境では、非常に便利な存在だったのです。
 宦官は、男性としての生殖能力を失っています。女性と接しても、妊娠させることはありません。そのため彼らは、後宮での仕事に従事させられました。

 それから時代がくだっていくにつれ、宦官は徐々に権力を持ち始めます。
 宮廷の深くまで出入りでき、子孫を残せない彼らは、皇帝が手足のように扱う家来としては、申し分のないものでした。また、それとは逆に、宮廷内の事情に通じている宦官は、外部からその情報を得ようとする人間にとっては、手なずけておきたい存在でした。
 そのため宦官は、宮廷の内外に力を持ち始めたのです。そしてのちには、権力を得るために自ら宦官になる、自宮という者も出てくるようになったのです。

 宦官は、男性としての機能を失っています。そして、周囲から蔑みの目で見られることにより鬱屈を抱えていました。そういった彼らにとって、権力闘争は、満たされない心を埋めるような側面もあったようです。彼らの中には、宮廷を陰から操る怪物のような存在が多く登場しました。

 そういったマイナスの面が多い中で、プラスの面で活躍して、歴史に名を残した宦官も少ないながらいます。
 よく名を知られているのは、『史記』の著者である司馬遷です。また、製紙法を改良して紙の普及に努めた蔡倫も有名です。中国明代の武将で、南海への七度の大航海の指揮を執った鄭和も、人々の記憶に残っています。しかし、そういった高評価の存在は、例外中の例外でした」

 僕は一気に宦官の話をする。楓先輩は圧倒されている。よし、これで、男性器の切断という現象が、楓先輩の中で、一般的なことになったはずだ。僕はさらに、楓先輩の頭の中を、男性器切断の知識で埋め尽くすために、情報の弾幕を張る。

「こういった宦官の制度は、日本にはなかったと言われています。しかし、男性器の切断自体は存在しました。それは羅切という用語として残っています。羅切の羅は、魔羅の羅です。この魔羅という言葉は、仏教に由来する言葉です。人の善事を妨げる悪神で、梵語のマーラから来ています。そこから転じて、男性の陰茎を指します。羅切は、その魔羅を切断するという言葉なのです。
 また、男性器の切断として有名なものには、阿部定事件があります。二・二六事件と同じ年、芸妓や娼妓、仲居をしていた阿部定という女性が、当時交際していた男性を扼殺して、その性器を切断して持ち去ったというものです。この事件発覚時には、新聞の号外が出るなど、庶民の心を大いに引きました」

「その話なら、私も名前ぐらいは聞いたことがあるわ。小説や映画の題材にもなったりしているよね」
「そうです」

 よし。先輩の中で、男性器に対する抵抗がなくなっている。先輩の中では、ちんこはカジュアルな存在になっている。チャンスだ! いよいよ、もげろの説明に突入しよう。今ならば、先輩に軽蔑されることなく、ちんこもげろの話ができるはずだ!

「ねえ、サカキくん。宦官や羅切、阿部定事件と、もげろという言葉は、何か関係があるの?」
「ええ。大いにあります。その話をこれからいたしましょう!」

 僕は、歴史学者のように大真面目な顔をして、もげろについて語りだす。

「もげろという言葉は、女性と仲よくしていたり、彼女といちゃついていたり、幸せ自慢をしているような相手に対して、使われる言葉です。元々は、ちんこもげろの略です。
 この言葉は、現実社会の人間に使うよりも、アニメやライトノベルの主人公などに使われることが多いです。そういった作品では、主人公は多くの女性に囲まれており、幸せな状態にあるにも関わらず、鈍感でその幸福に気付いていなかったりします。そういった際に、もげろという言葉が使用されます。

 つまり、男性として、うらやましくも、けしからんから、ちんこがもげて、女性と付き合えないようになってしまえ、という意味になります。似たような言葉に、リア充爆発しろがあります。

 さて、このもげろですが、実は祝福の言葉としても使われます。恋愛的に充実している相手を攻撃する言葉が、なぜ祝福の用途で用いられるのでしょうか。それは、謙譲語に近い作用が働くからです。
 謙譲語は、自分がへりくだることで、相手に敬意を表すものです。謙譲語には、いただく、愚妻、拝見、などがあります。これらの言葉では、自分を下げることで、相手の立場を相対的に持ち上げます。

 もげろという言葉は、自分は不幸せなのに、相手は幸せだという、立場上の違いがあるという前提で発言されます。このことは、自分と相手の間に、幸福というパラメータにおいて格差があると、認めていることに他なりません。
 つまり、もげろには、自分の幸福的立場を引き下げて、相手の幸福的立場を持ち上げるという効果があるのです。そのため、結婚したり、恋愛が成就したりした相手に対して、もげろを祝福として使う用法が成立するのです。

 同じような謙譲的幸福表現は、リア充爆発しろにもあります。この場合は、末永く爆発しろと使われたりします。こちらも、祝福のもげろと、似たような意味になります。
 このように、もげろと言う言葉は、攻撃と祝福という二面性を持った言葉なのです」

 僕は、一気にもげろの説明をした。これで、ちんこもげろという元のフレーズは埋没したはずだ。それに、たとえ気に留められたとしても、その前の説明が、ちんこの淫猥さを薄めてくれるはずだ。
 僕は自信を持って、楓先輩の反応を確認する。先輩は、僕の説明を聞いたあと、ぱっと明るい顔をした。

「分かったわ。もげろって、そういう意味だったのね」
「そうです」
「それに、もげろは、ちんこもげろの略だったのね」
「はい、そうなります」

 僕は、笑顔で返事をする。
 一秒、二秒、三秒……。楓先輩の顔が、みるみると真っ赤に染まり始めた。
 先輩の目は混乱で泳いでおり、口はあわあわとなってる。理由は想像が付く。先輩が、自分自身で、ちんこもげろと言ってしまったせいだ。そのことに気付いた先輩は、顔を羞恥で赤くし始めたのだ。

 ああ。予想が付かなかった。弾幕を張り巡らせ、男性器を口にする敷居を下げまくった結果、楓先輩自らが、ちんこと言ってしまうとは。
 策士策に溺れる。僕は、自ら巡らせた策のせいで、失敗を招きよせてしまったのだ。

「先輩……」

 楓先輩は、涙目でぷるぷると震えている。

「サカキくん。今のなしね!」
「今のって」
「ちんこもげろって、言ったの!」

 説明のために、また口にしてしまい、先輩は、顔から火を噴き出し、逃走してしまった。
 先輩は、遠巻きに僕のことを見ている。僕の前で、ちんこと二度も言ったのが恥ずかしいのだ。ああ、こんなことになるとは。ここは先輩の心を癒やすために、何か声をかけなければならないだろう。

「先輩!」
「……何、サカキくん?」
「大丈夫です。僕のちんこは、もげません。だから安心してください!」
「きゃ~~~~っ!!!」

 先輩は、叫んで部室から逃げ出した。
 ああ、しまった。慰め方を間違えた。本当に言いたかったのは、「僕は、ちんこを気にしません」だった。混乱した僕は、もげろの説明に引きずられて、意図せぬ台詞を言ってしまった。

 それから三日ほど、楓先輩は僕から距離を置き続けた。きっと僕にちんこが付いているのが悪いのだ。僕が先輩に近付くには、宦官にならなければならないのかもしれない。もぐべきか、もがざるべきか。僕は、己のちんこについて懊悩する。
 しかしその悩みも三日目に解消した。先輩は、いつものように話しかけてくれるようなったからだ。ああ、よかった。ちんこを、もがなくてよかった。僕は、心の底から安堵した。

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