雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第121話「オワコン」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、目移りの激しい者たちが集まっている。そして日々、新しいことを求めて奔走している。
 かくいう僕も、そういったフットワークが軽すぎる人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、落ち着きのない面々の文芸部にも、泰然自若とした人が一人だけいます。三歳児の群れに迷い込んだ、幼稚園の園長先生。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は手を止めた。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横に座る。そして、楽しそうに僕の顔を見上げてきた。先輩の眼鏡の下の目は、きらきらと輝いている。ああ、先輩は僕を信頼している。僕は心を躍らせながら、笑顔で声を返した。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、初めて見る単語がありましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの情報を手に入れるのが得意よね?」
「ええ。石川五右衛門も真っ青に、情報を盗み出します」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、自宅でも書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、未知の文芸に出会った。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

オワコンって何?」

 ああ、楓先輩は、オワコンという言葉を知らないだろうな。これは、きちんと教えてあげよう。そう考えると同時に、僕は一抹の不安を感じた。
 もしかしたら、オワコンの意味を知った楓先輩は、僕をオワコン認定するかもしれない。毎回、先輩に質問されて、僕は答え続けている。そんな僕は、そろそろ飽きられて、オワコン人間と思われる可能性がある。
 いやいや、そんなことはないはずだ。僕は、毎回手を替え品を替えして、楓先輩に解説している。よもや退屈されているはずがない。僕は、ごくりと唾を飲み込み、説明を開始する。

オワコンとは、終わったコンテンツの略です。元々は、『涼宮ハルヒの憂鬱』という、人気ライトノベルに対して使われた言葉とされています」
「なぜ、その作品は、終わったコンテンツと呼ばれたの?」

 楓先輩は、小首を傾げて不思議そうな顔をする。当然の疑問だ。当時の経緯を知らない楓先輩のために、僕は詳しい話をする。

「まあ、いろいろとあったのですよ。原作の続きが長らく出なかったり、アニメで物議を醸し出すネタを延々とやったり、主人公役の声優が、お騒がせ発言をしたりしたのです。その結果、一部のファンはうんざりして、アンチは叩くみたいな感じになったのです。まあ、それだけ注目されていた作品だという、証拠なわけですが。
 というわけで、このオワコンという言葉には、愛憎様々な感情が錯綜して使われるのです」

 僕は、オワコンの発端について触れる。楓先輩は、なるほどと言った顔をして、僕に質問をしてくる。

「愛憎って、具体的にはどういった感じなの?」

 そう。そこには、愛と憎しみがある。僕は、先輩と僕の間の愛情が、どのぐらい育まれているのか考えながら、質問に答える。

「これには、いろいろなパターンがあります。たとえば、その作品や商品が好きだった人が、ぐだぐだになっていく様子を見ていられない、と告白する真情の吐露。人気作やヒット商品に乗り遅れた人が、自分がそれらを選ばなかったことを正当化するための愚痴。また、そのコンテンツを嫌っている人が、それらを攻撃するための罵倒。
 他にも、その作品を楽しんでいる人を、小馬鹿にする用途でも利用されます。その場合は、あんなコンテンツをまだ消費しているのか、といった意味合いになります。

 いずれの場合も、まだ周囲の人に忘れられていない作品に対して、オワコンという言葉は使われます。そして、オワコンと呼んでいる人の多くは、実際には終わっていないコンテンツを、終わったことにしたい、終わりに持ち込みたいという意思で、この言葉を用います。
 使用例としては、先ほど名前を挙げた『涼宮ハルヒの憂鬱』に対してだと、『ハルヒオワコン』と言ったりします。また、商品では『携帯電話はオワコン』と言ったりします。他には、人物に対しても用いられます。特定の芸能人を指して、オワコンと呼ぶこともあります」

 僕は、オワコンに対する説明を、ざっくりと伝える。楓先輩は、僕の台詞を飲み込んだあと、顔を向けてきた。

「どうも聞いていると、あまりよい意味の言葉ではないみたいね」
「まあ、そうですね。基本的には、その対象を否定して、無理やり視界から追い払おうとするものですし。
 とはいえ、この言葉はかなり普及したため、カジュアルに使われる、軽い意味になっています。愛憎の感情を交えず、単にブームが終わったと言う意味で、何々はオワコンと発言されます。『ツイッターオワコン』とか、『フェイスブックオワコン』とかですね。
 この場合も、完全に終わったものに対しては、あまり用いられません。基本的には、一度ヒットしたものの、勢いが落ちている対象に使われます。まあ、そもそも、完全に終了したコンテンツは、そういった話題にものぼりませんから」

「へー、オワコンってそういう意味だったのね」
「はい。とはいえ、このオワコンという言葉自体も勢いが落ちています。だから、オワコン自体がオワコン、などと言われたりもします」

「何だかマトリョーシカみたいね」
「まあ、そうやって、ネタとして使われているうちは、完全に終了していないわけですが」

 僕は、オワコンの説明を終えた。これで、楓先輩もオワコンの意味が分かったはずだ。懸案だった、僕自身がオワコン認定されることもなかった。僕はほっと胸をなで下ろす。
 解説を聞き終えた先輩は、笑顔で立ち上がりかけたあと、小首を傾げて再び席に着いた。

「どうしましたか、楓先輩?」
「そういえばオワコンって、人にも使うのよね」
「はい。芸能人や政治家など、人気商売をしている人にも用いられます」

 先輩は僕の顔をじっと見る。そして、何か言いたそうな表情を浮かべて、目を逸らした。
 えっ、どういうことですか? 僕は楓先輩の挙動の意味が分からず、疑問の顔をする。

「サカキくんって、オワコンっぽいよね」

 うえっ、何ですと? 僕は先輩に真意を尋ねる。

「サカキくんは、私に好印象を与えようとして、話を紆余曲折させるでしょう。そして、だいたい最後は、ぐだぐだになってしまう。エッチな話題を避けようとしたり、自分に不利なことを隠そうとしたりして。だから毎回、話の最後の方は、オワコン化しているんじゃないの?」

 先輩は、僕に視線を注ぎながら言う。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それは、オワコンの使い方を間違っていますよ」

 僕は、先輩の間違いを正そうとする。

オワコンという言葉は、そんな短い話に対して使うものではないです。盛り上がっていた人気コンテンツが、時間を経ているうちに、徐々に盛り下がってくる。そういった際に、使うものです。だから、一つの話を取り出して、オワコンと呼ぶのは間違っています。
 もし、正しく使うならば、楓先輩の中で、僕というコンテンツの価値が、最盛期に比べて落ちてきている。そういった意味になります」

 僕の言葉に、楓先輩は少し考え込む。

「そっか、そういう意味か」

 楓先輩はつぶやいたあと、僕の顔を真っ直ぐ見る。その目は、僕のことを見定めているようだった。
 やはり僕は、先輩にオワコン認定されているのだろうか。かつて華やかだったサカキくんはもうおらず、敗残兵のように草原で膝を屈しているサカキくんしか、いないのだろうか。僕は戦々恐々としながら、先輩の次の台詞を待った。

「大丈夫。サカキくんはオワコンではないよ」
「そうですか。よかったです」
「サカキくんは、盛り上がってから、盛り下がったわけではないもの。サカキくんはいつも、安定飛行よ」

 楓先輩は、にっこりと笑った。
 えっ、えっ? ええーっ!?
 どういうことですか? 先輩の中で、僕は、一度も盛り上がっていないのですか。僕はずっと低空飛行のコンテンツなのですか。あの、盛り上がった日々は、どこにいったのですか。昔日の絶頂状態は、どうなったのですか?

 僕は、混乱しながら考える。
 ……先輩に指摘されるまでもなく、僕が、先輩の恋愛市場で盛り上がったことは一度もない。よい雰囲気になったことも、蜜月を迎えたこともない。つまり、オワコンになる以前に、始まってすらいなかった。
 始まってないな、サカキくん。僕は、最初から過疎って、見向きもされない、超マニア向けの、エッジの立ちすぎたコンテンツだったらしい。

「あ、安定飛行ですか。安心しました」

 僕は、情けない顔をしながら答える。ああ、僕はオワコンにすらなれない人間らしい。一発屋は、一発当てただけでも、凡人をしのいでいる。僕は、先輩の心に刺さらないコンテンツだった。終わったコンテンツならぬ、始まらないコンテンツ。僕は絶望とともに、楓先輩が、自分の席に戻るのを悲しく見送った。