雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第120話「飯テロ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、食欲旺盛な者たちが集まっている。そして日々、高カロリー食品を買って部室に集まっている。
 かくいう僕も、そういった生活習慣が心配な人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、大食らいな面々の文芸部にも、食が細い人が一人だけいます。フードファイターの国に迷い込んだ、精進料理好きの尼僧。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向けた。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。その拍子に、風がふわりと僕に届いた。先輩の甘い香りが僕の鼻をくすぐる。ああ、先輩は何てかぐわしいのだろう。僕は夢うつつになりながら声を返した。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らない言葉に出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットに詳しいわよね?」
「ええ。北大路魯山人並みの広範な知識を有しています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家でも書き進めるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、本には存在しない日本語を発見した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「飯テロって何?」

 ああ、食の細い楓先輩には、あまり縁のなさそうな言葉だ。僕はそう思って、先輩の体を一瞥する。ほっそりしていて、つるぺただ。思春期なのに、脂ぎっておらず、こざっぱりとしている。楓先輩ならば、飯テロをされても、何も感じずに通り過ぎてしまいそうだ。

「そうですね。飯テロは、先輩には利かなさそうですが、僕にはやばいですね」
「利く利かないの差があるものなの?」
「ええ。欲望の過多によるのでしょうね」
「欲望? どんな欲望なの」

 楓先輩がその台詞を言った時、僕の席の正面、部室の入り口の辺りから、声が聞こえてきた。

「ユウスケは、私と一緒に飯テロに遭った」

 ホワッ?
 僕は驚いて顔を向ける。そこには、同学年で幼馴染みの、保科睦月がいた。
 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。睦月は、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。
 その睦月が、僕に目くばせをしたあと、口を開いた。

「先週末、飯テロで大変だった」

 そ、そうだったかな。僕は、頼りない自分の記憶を必死に検索する。睦月は席を立ち、僕の許までやって来た。そして、僕の左隣に座り、身を寄せてきた。

「仕方がないと思う。ユウスケは思春期だから」

 睦月は、頬を赤らめて照れくさそうに言う。えええ? どういうことですか。僕は頭の上にはてなを飛ばす。
 僕は背後に視線を感じた。振り向くと、右横に座っている楓先輩が、じと目で僕のことを見ている。欲望、睦月と二人、思春期。それらの言葉から導き出される内容は何か?
 楓先輩は、飯テロの意味を、絶対誤解している。何かいかがわしいことだと思っている。僕は、誤解を解かなければと焦る。その時である。睦月が、僕の制服の裾をきゅっとつかんで引っ張った。その拍子に僕は、先週末の飯テロ事件を思い出す。僕は、その時刻に意識を戻す。

 先週末のことである。僕の家には、睦月の両親が遊びにきていた。僕と睦月の家は、家族ぐるみでの付き合いがある。睦月の両親はいつものように、僕の親と朝まで飲み明かすつもりだろう。

「子供は、子供同士で遊んでいなさい」

 僕と睦月はそう言われて、居間から追い払われた。そして仕方がなく、僕の部屋に避難していた。
 今日の睦月は、水着姿ではなかった。白いワンピースを着ていた。僕の親の前では、平気で水着姿になるのに、自分の親の前では、きちんと服を着ている。睦月の基準がよく分からなかった。そして服装の違いはあれ、睦月が僕の部屋に来てやることは同じだった。睦月は棚からマンガを出して、僕の横で静かに読んでいた。

「ねえ、睦月。居間は騒がしいね」
「私の親も、ユウスケの親も、お酒が好きだから」
「お酒が好きというよりは、わいわい騒ぐのが好きみたいだね。睦月は、追い出されて、何とも思わないの?」
「私は、ユウスケと一緒にマンガを読んでいれば、それでいいから」

 睦月は僕を見て、恥ずかしそうな表情をする。
 そうか。マンガが好きなのか。僕の部屋には、マンガがいっぱいあるしなあ。僕はいつものように、パソコンに向かう。そして、掲示板を見ながら、情報収集を開始した。
 しばらく経った。僕は、小腹が空いてきた。

「ねえ、睦月。お腹、空かない?」
「夕食は済ませたよね」
「うん。食べたよ。でもさあ、別腹って言葉があるだろう。居間では、暴飲暴食に励んでいる人たちがいるわけじゃないか。僕も、そこはかとなく空腹を感じているんだ。僕は、欲望に忠実な人間だからね」

 僕がそう告げると、睦月はマンガを開いたまま、少し近寄ってきた。そして、上目づかいで僕を見つめる。
 睦月は無防備だなあ。ワンピースの裾から、パンティーが見えてしまっていますよ。いつも水着姿で見慣れている股間だけど、こうやって図らずも露出している様子は、そこはかとなくエッチだな。

 あまり隙を見せると危ないよ――。僕は、心の中で睦月に警告する。まあ、僕はジェントルマンだから、手は出さないのだけど。僕は、そんなことを考えながら、ネット掲示板を見て、世界に対する諜報活動を続けた。

「うっ」

 性欲よりも、僕を刺激する危険物が、投下されていた。

「どうしたの?」

 睦月はマンガを閉じて、モニターを覗き込む。そこには、唐揚げの写真が貼られていた。今は夜の十一時だ。深夜に投げ込まれた、高カロリー食品の写真。飯テロだ。今現在、日本中の何人の人が、この画像を見て悶絶していることだろう。

「美味しそうね」
「危険だね。僕をピザへと誘う、魔性の写真だ。僕の食欲がマックス状態になっている。このままでは暴発しそうだよ」

 僕は、唐揚げの写真を避けるために、画面を急いでスクロールする。すると今度は、ステーキの写真が出てきた。厚さ二センチほどもある、肉汁滴る凶悪な画像だ。ぐ、ぐぐ。ぐうぅぅ~~~。僕のお腹は盛大な音を鳴らす。その僕の顔を、睦月がじっと見ている。うう、恥ずかしい。

「お腹、空いたの?」
「そこはかとなくね。まあ、この飯テロにやられただけだね。夜食は僕の体を、霜降り肉に変える。それじゃあ、女性にもてないからね。思春期の僕は、自分の体型を気にするんだ」

 睦月は僕の体を一瞥する。そして、ちょっと困ったような表情を浮かべて、モニターに視線を戻した。うぇ? その反応は何ですか?
 僕は、ステーキを回避するために、スペースキーを押して画面を下へと移動する。今度は、湯気が立ちのぼるラーメンの画像が現れた。

 ぐわああああ~~~~~。このスレには、テロリストが存在する。僕の腹を鳴らすことで、あなたは、どんな得があるのですか? 僕は思わず、写真を貼った人を問い質しくなる。

 ぐうぅぅ~~~!
 お腹の鳴る音が聞こえた。あれ、僕ではないぞ? 横を見ると、睦月が顔を真っ赤にして、目を逸らしていた。どうやら犯人は睦月らしい。
 ははあ。睦月も飯テロの餌食になったのか。このままでは二人して、体重計破壊兵器に変貌してしまう。それは避けなければならない。僕はスペースキーを連打して、画面をスクロールした。

ぐぬぬ

 思わず声を漏らす。やばい。とんかつの画像だ。小麦色の衣が輝き、肉の間から汁が溢れている。その上には、油の湯気が立っている。至高の写真だ。その背景にある、千切りのキャベツも素晴らしい。その薄さは、向こう側が透けて見えそうだ。その瑞々しさは、噛んだ時の触感まで伝わってきそうだった。

「ねえ、ユウスケ。お腹が空く写真ばかりだね」
「うん。飯テロリストは、僕たちを殺しにかかっているね」
「何か食べる?」
「今は夜遅くだからね。深夜に食事を取ると、お腹に脂肪が付くそうだよ」
「大丈夫。私は気にしないから」

 睦月は、照れくさそうに言う。
 そりゃあ、睦月は、水泳部も掛け持ちしていて、運動をしているから、すぐに脂肪を燃焼できるだろう。しかし普段、脳みそと指先しか使わない僕は、そうはいかない。効率よくエネルギーを蓄積して、脂肪に変えてしまう。できれば、そのエネルギーを取り出して、スマホの充電に使えればよいのだけど、残念ながらそんなことはできない。そういった技術は、アメリカのダーパ、国防高等研究計画局の研究でも見たことがない。

「私が、何か作ってあげる。ユウスケは、何が食べたい?」

 睦月が、うんせと立ち上がる。

「料理、作ってくれるの?」
「うん。練習しているから」
「すごいね。新婚さんみたいだね」

 睦月は、顔を真っ赤にして照れる。

「ユウスケは、新婚さんというと、どんなイメージなの?」

 睦月が、僕をじっと見て尋ねる。

「そうだね。やっぱり、裸エプロンかな」

 僕は、頭に浮かんだイメージを、適当に口にする。その言葉を聞いた睦月は、僕の手を引っ張って立ち上がらせる。その手は、少し震えていて、緊張のためか汗がにじんでいた。

「分かった。がんばる」
「えっ、料理を?」
「ううん。裸エプロンを」

 睦月は、服に手をかける。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った!!!!」

 僕は慌てて、睦月の暴走を止める。ご両親が来ているところで、裸エプロンになって、家をうろついていたらまずいだろう。いや、ご両親がいなくても、その格好はまずい。僕は、「実は、お腹は空いていないんだ!」と必死に主張して、睦月の着替えを阻止した。

 そんな飯テロ事件が、先週末にあったのだ。そして、飯テロから裸エプロンへの、謎のコンボが、発生しそうになったのである。
 そんなことが、楓先輩にばれたら大変だ。僕は、戦々恐々としながら、意識を部室に戻す。

「ねえ、サカキくん。それで、飯テロって何?」

 楓先輩が、じれったそうに聞いてくる。僕は居住まいを正して、質問に答える。

「ええと、ですね。飯テロは、深夜にネットの掲示板などに、美味しそうな食べ物の写真を投下することを指します。その結果人々は、お腹を空かせて悶絶します。そして、今食べると太ると分かっていながら、食欲を抑えられなくなります。
 こういった、ある意味、肉体的、精神的なテロリズムとも言える行為を、飯テロと呼ぶのです。
 この飯テロでは、投下される写真の食品が高カロリーなほど、その破壊力は増します。飯テロは、僕たちの胃袋を爆発させて、脂肪という名の傷跡を残す、卑劣な行為なのです」

 楓先輩は、なるほどと言った顔をする。そして、僕の言葉をゆっくりと吟味したあと、疑問の台詞を投げかけてきた。

「それで、睦月ちゃんと一緒に飯テロに遭ったというのは、どういうことなの? 思春期云々は、若いからお腹が空きやすいということよね。でも、飯テロって深夜に起きるのよね。いったいどういうこと?」

 うっ。スルーしてくれなかった。僕は、どう答えるか考える。
 左横には睦月がいて、僕の制服の裾を握っている。右横には、僕を追及している楓先輩がいる。どちらにも角が立たないように返答しなければならない。僕は、脳みそにしわを寄せて、答えを絞り出す。

「僕の親と睦月の親は、昔からの友人で、家族ぐるみで付き合っているんです! それで先週末、睦月の家族がうちに遊びにきて、一緒にネットを見ていたのです。その時に飯テロ画像があったのです!」

 僕は、必要最小限の事実を述べる。嘘はどこにもない。僕は緊張しながら、楓先輩の反応を待つ。

「何だ、そういうことだったのね。ちょっと心配しちゃった」

 楓先輩は笑顔を浮かべた。僕は、ふうっと息を吐く。睦月は、少し残念そうに、僕の顔を眺めていた。

 翌日、僕が部室に行くと、楓先輩が憂鬱そうな顔で椅子に座っていた。

「どうしたのですか、楓先輩」
「私、飯テロを食らってしまったの。昨日の夜、美味しそうな画像がたくさん流れてきて、思わず深夜に食べてしまったの」
「えー、何を食べたのですか?」

 僕は、楓先輩なら、少々食べても、すぐには太らないだろうと思いながら尋ねる。

「ショートケーキ……」
「ああ、それはカロリーが高いですね」
「……のホール」

 ぶっ!!! それは、さすがに食べすぎだろう。僕は、楓先輩のお腹の辺りを見る。先輩は、さっと手を動かして、お腹を隠した。そして、恥ずかしそうな顔をして、僕を見上げた。

「太っちゃうかなあ?」
「太るかもしれませんね」
「ううっ。飯テロ怖い」

 先輩は、目をうるうるとさせて、小動物のように体を震えさせた。