雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第119話「エゴサーチ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、自意識が過剰な者たちが集まっている。そして日々、自らの名声ポイントをアップするべく活動を続けている。
 かくいう僕も、そういったナルシスト気味の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、自己愛の強すぎる面々の文芸部にも、自然体でのんびりとした人が一人だけいます。「テニスの王子様」の世界に紛れ込んだ、日常系ほのぼのマンガの主人公。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にふわりと座る。先輩は、眼鏡の奥の大きな目を僕に向ける。ああ、先輩の目は、何てきらきらしているのだ。僕は、その美しい輝きに心を奪われる。この瞳こそ、僕に相応しい。そういったことを考えながら、僕は笑顔で声を返した。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、初めて見る言葉があったのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。那須与一レベルの名手です。どんな的をも射抜くことができます」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、毎日こつこつと書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、見たことのない文章表現の数々に遭遇した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

エゴサーチって何?」

 ああ、楓先輩はエゴサーチをしたことはないだろう。そもそも、検索エンジンを使っていないようだし。それに、あまり人目を気にしなさそうな先輩は、自分の評判にはあまり興味がなさそうだ。
 さて、どう説明するかな。実例を示すのがよいだろう。そう思い、僕はウェブブラウザを起動して、検索エンジンを表示する。そして、自分の名前を入力して、検索ボタンを押した。

「うわっ、それ、時々サカキくんが使っている、検索エンジンって奴でしょう。ネット熟練者が使う、謎の道具」
「えー、熟練者じゃなくても使います。楓先輩も使えますよ」

 僕が楓先輩にキーボードを渡そうとすると、腰が引けたような様子で、押し戻してきた。

検索エンジンというのは、とても怖いものなんでしょう。よく知らないリンクが、勝手に並ぶものと聞いたから。
 ネットって、適当にクリックしたら、詐欺に遭ったり、ウイルスというものにパソコンを壊されたりするのよね。私みたいな素人には、判断が付かないから危険すぎるわ」

 あー、そういったことを心配していたのか。確かに、詐欺やウイルスはあるかもしれない。しかし、あまりにも警戒しすぎだ。楓先輩の行為は、車が危険だからといって道を歩かないようなものだ。先輩はもしかしたら、相当なびびりなのかもしれないと思った。

「ともかく、この検索結果を見てください」
「検索結果って、このたくさん出てきた、謎のリンクのことね」
「そうです。ここには、僕が入力した言葉に関連した内容が、順番に表示されています」
「へー、不思議ね。何で表示されるの?」

 ああ、先輩は、本当に検索エンジンの仕組みを分かっていないようだ。しかし、それは今回の話には直接関係がないので、先に進むことにする。

「ともかく、検索エンジンというものを利用すると、世界中のウェブサイトから、入力した言葉に関係のあるページを探して表示してくれるのです」

 先輩は、おっかなびっくりといった様子で画面を見る。

「こういった機能を利用して、自分の名前やハンドルネーム、自分が運営しているウェブサイトのURLやタイトルなどを検索して確認することを、エゴサーチと言うのです」
「なぜ、そうやって調べるの?」

 楓先輩は、不思議そうな顔で尋ねる。まったく予想が付かないようだ。僕は、先輩のために説明する。

「目的の一つは、自分のネットでの評判を確かめるためです。
 個人でブログなどを運営している場合は、感想を読みたいですよね。そういった際に、検索をすれば、そういった情報にたどり着けるのです。また、会社やお店ならば、お客さんの評価などを確認したいはずです。そういった際にも、エゴサーチは役立ちます。

 もう一つの目的としては、自分の知らないとことろで、個人情報が漏れていないかを確かめるためです。
 個人情報は、自分のミスで漏れてしまうことがあります。また、友人や知人が、意図せず漏らすこともあります。そういった情報を確認して、問題があれば修正するという目的でも、エゴサーチはおこなわれます。

 まあ、ほとんどの場合は、前者の目的ですね。人間、自分の噂話は把握しておきたいものですから。それは、現実社会でも、ネット社会でも変わらないということです」

 僕が説明すると、楓先輩は、なるほどといった顔をする。

「ねえサカキくん。それじゃあ、ネットに慣れた人は、みんなエゴサーチをしているの?」

 先輩は、僕をネットの達人と見込んで尋ねてくる。

「そういうわけではありません。そういった話を聞きたいかどうかは、性格によります。それに、エゴサーチをする側ではなく、される側の気持ちというものもあります。
 世の中には、エゴサーチされるのが気持ち悪い、と嫌う人もいます。そのため、そういった人の感情を配慮して、控えるという人もいます。物陰からこっそり見られているようで、落ち着かないのでしょうね。

 また、エゴサーチをする人の中には、検索したあと、自分のことを書いた人に話しかける人もいます。そういった際は、話しかけられた人はびっくりします。そして、意図せぬところから文句を言われた、あるいは、ストーカーみたいだと思い、煙たがったりします。
 そのため、エゴサーチをするにしても、見るだけに留めておいた方が無難だと思います」

 僕の言葉を聞いて、楓先輩は大きく頷く。

「そうか。知らないグループの雑談に、いきなり割って入るようなものだものね」
「そうです。それに、エゴサーチばかりしている人は、気味悪がられるというのもあります」
「どういうこと?」

 楓先輩は、きょとんとした顔をする。僕は、続きを口にする。

「インターネット依存症だと思われるのです。実際、あまりにもそういった行為を繰り返すようだと、心の病ですね。一日に何十回もしている場合は、ちょっと危険です」
エゴサーチは便利だけど、やりすぎるとよくないということね」
「そういうことです」

 僕は、一通りの説明を終えた。これで楓先輩は、僕への信頼を強めたはずだ。僕は、ほくほく顔で先輩の様子を窺った。

「そういえばサカキくんは、エゴサーチをどのぐらいしているの?」
「えー、日に一度か二度ぐらいですかね」

 僕は、曖昧に答える。実際には、もっとしている。僕はネット上で、複数のハンドルネームで活躍している。だから、そのすべての名前やURLでの検索を合計すると、数十回におよぶ。下手をすると百回を超えているだろう。

「それで、サカキくんがエゴサーチをすると、どういった情報が出てくるの?」
「それは……」

 僕は口ごもる。僕の複数あるハンドルネームは、楓先輩に教えていないからだ。

「ねえ、サカキくん。最近見つけた書き込みについて教えて」
「そ、そうですね」

 僕は記憶をたどる。ああ、四日前のあれが、一番近くに見つけた情報だ。しかしあれは、楓先輩にはちょっと話せない内容だ。僕は、その時の記憶を、頭の中で蘇らせる。

 その日、僕は、複数持っているハンドルネームの一つでエゴサーチをしていた。そのハンドルネームは、ミツアミール・メガネスキーというものだ。
 キャラクター設定は、オタク世界におけるロシアからの刺客。僕はその名前で、ウェブサイトを作ったり、ブログに文章を投下したりして、ワールドワイドに三つ編み眼鏡の普及に努めていた。
 そのミツアミール・メガネスキーの名前が、エゴサーチで引っ掛かったのだ。書き込みは、ツイッター上のものだった。僕は検索エンジンから飛んで、そのつぶやきを読んだ。

 ――このサイト、三つ編み眼鏡の女の子を、強力プッシュしているな。でも、三つ編み眼鏡は、至高の女性像と比べれば、数段レベルが落ちるよな(プゲラ

 ぴきぴきぴき。僕のこめかみに血管が浮き出た。
 ほほう。そういうことを、僕のサイトのリンクを添えて発言しますか。これは喧嘩を売っていますね。普段の僕は、穏やかで虫も殺さない人間ですが、よいでしょう、相手になって差し上げましょう。
 僕は、そう心の中で決意して、ミツアミール・メガネスキーのアカウントで、ツイッターにログインした。

 ――そのサイトの管理者です。三つ編み眼鏡は最高ですよ。三つ編み眼鏡よりも優れているものは、この世の中には存在しません。

 大人げないかな。中学生心にそう思いながら、僕はやんわりと突っ込みを送った。
 返事はすぐにあった。相手は、僕と同じように、ネットに張り付いている御仁のようだ。

 ――甘いな。三つ編み眼鏡は完璧ではない。

 ぴきぴきぴき。僕は、必死に怒りをこらえながら、書き込みをおこなう。

 ――それでは、至高の女性像は、どういったものですか?

 すぐに返信が飛んできた。

 ――至高の髪型はツインテールだよ。それに、眼鏡は巨大目の象徴でしかない。
 ――どういうことですか?

 ――人間は、目が大きいほど可愛いと思う。眼鏡は、その目の縁の領域を拡大させる装飾物だ。だから、疑似的に目が大きく見える眼鏡よりも、本当に大きな目の方が完璧に近いのだよ。

 それは一理あると、僕は思わずうなる。しかし、相手の意見をそのまま飲み込むわけにはいかない。僕は反論する。

 ――その理論で言えば、眼鏡よりも大きな目をしていなければ、いけないことになります。でも、そんな人間はいないでしょう。つまり、眼鏡最強です。

 ――ふっ、甘いな。あるのだよ。そういった目が。
 ――嘘を言ってはいけません。いったい、どこにあるというのですか?

 ――教えてやろう。キャラクターにおける最強の目はな、単眼なんだよ。顔の中央にある巨大な目。それは、眼鏡二つ分をしのぐ面積を持っている。目の大きさにおいて、単眼は眼鏡に勝っているのだ。
 ――くっ……。

 僕は思わず、苦悶の声を書き込む。

 ――いいか。俺が至高の女性像を教えてやろう。ツインテール単眼娘だ。この組み合わせこそが、究極の姿なのだよ。そして、このツインテール単眼は、神が選んだバランスを持っている。
 ――どういうこですか?

 ――単眼とツインテールでできる三角形は、三位一体の象徴なのだよ。人類の待ち望む神がそこにいる。だから俺は、その名前を自身のハンドルネームにしているのだよ。

 僕は、会話相手のハンドルネームを見る。双髪単眼神。どう見ても邪神にしか見えない名前だ。その双髪単眼神が、モニターの向こうで、にやりとしたような気がした。

 ――てめえのサイトを見たぜ。三つ編み眼鏡の画像をたくさんアップしているな。そいつをダウンロードして、片っ端からツインテール単眼娘に改造して、アップロードしてやる。
 ――な、何?

 双髪単眼神のタイムラインに、画像が一枚アップされた。それは、僕が一生懸命書いた三つ編み眼鏡のイラストを加工して、ツインテール単眼にしたものだった。

 ――や、やめろ!
 ――ヒャッハー、蹂躙してやるぜ!

 双髪単眼神は、さらに続けて、魔改造した画像をアップした。二枚、三枚と、どんどん画像は増えていく。どうするか。僕は十五分ほど悩んだあと、著作物の無断使用で通報した。僕が描いたキャラを、勝手に改造して配布していたからだ。
 しばらくすると、双髪単眼神のアカウントは凍結した。そういったことが、四日前にあったのである。僕はエゴサーチの結果、藪を突いて、蛇を出してしまったのである。

「どうしたの、サカキくん?」

 気付くと、楓先輩が心配そうに僕の顔を見ていた。

「え、ええ。エゴサーチをして、自分のことをしゃべっている人に話しかけるのは、危険だからやめた方がよいですよ」
「何かあったの?」
「はい。つい話しかけたせいで、多大なる精神的苦痛を負ったのです」
「そうなの? 猿も木から落ちるね。気を付けてちょうだい」

 楓先輩は、僕を慰めるようにして言った。
 えー、あのー。そこは、弘法も筆の誤りと言って欲しかったです。楓先輩にとって僕は、弘法というよりは猿だったのですか。

 翌日、先輩が僕の席にやって来た。そして、自分のネット上の名前で、エゴサーチをして欲しいと言ってきた。楓先輩も人の子。自分の評判が気になるらしい。しかし、検索エンジンを恐れている楓先輩は、怖くて自分では検索できなかったのだ。

「それで、ハンドルネームは何というのですか?」
「えっ?」
「それを教えてくれないと、検索できませんから」

 楓先輩は、恥ずかしそうにもじもじとしたあと、小さな声で言った。

「かえでちゃん」

 先輩は、子供の頃に呼ばれていた名前を、そのままハンドルネームにしたそうだ。そうか、かえでちゃんか。家に帰ったら、先輩のハンドルネームで念入りに検索しよう。僕はそう思った。