雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第117話「おまゆう」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、もの忘れのひどい者たちが集まっている。そして日々、噛み合わない話を延々と続けている。
 かくいう僕も、そういった健忘症気味な人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、鳥頭な面々の文芸部にも、しっかりと物事を覚えている人が一人だけいます。ブーメラン政治家の群れに紛れ込んだ、責任感のある現場作業者。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩の顔は楽しげだ。その様子を見て、僕も思わず顔をほころばせる。先輩の笑顔は、天上の調べのようだ。僕は、その音色に心洗われながら、笑顔で声を返した。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、未見の言葉に出会いましたか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。鉄血宰相と呼ばれるオットー・フォン・ビスマルク並みの凄腕です」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家でも少しずつ書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、未知の言論空間に遭遇した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「おまゆうって何?」

 今回は楽勝かな。そう思ったあと、僕はその考えを改める。危ない危ない、危うく地雷を踏むところだった。僕は、今日あった、部室でのやり取りを思い出す。

 僕は、自分が書いた文章の確認を、先輩にお願いした。そうしたら、慣用句の使い方の間違いがけっこうあり、先輩にそのことを指摘された。その際に先輩が言ったのだ。「分からない言葉は、きちんと調べた方がいいよ」僕は、思わずネットのノリで「ちょっ、おまゆうw」という感じで、突っ込みそうになってしまったのだ。
 言葉には出さなかったが、思わず身振りと表情で、その意思を示してしまった。そして、楓先輩は怪訝な顔をした。その時のことが、おまゆうの説明をすると、先輩にばれてしまう可能性がある。そうすれば、先輩は、気分を害してしまうかもしれない。

 僕は、ごくりと唾を飲み込む。楓先輩に、あの時のことを悟られてはならない。これは、困難なミッションだ。僕は、前途の多難さを思う。

「ねえ、サカキくん。おまゆうって何?」
「え、ええ。説明いたしましょう」

 僕は、気を引き締めて話を始める。

「おまゆうとは、あるフレーズの略語です」
「おまと、ゆうが、合わさったものなの?」
「そうです」
「ちょっと待ってね。それじゃあ、元のフレーズを当てて見せるわ」

 楓先輩は、形のよい唇に指を当てて、一生懸命に考える。

「おま……、おま……」

 先輩が、ぶつぶつとつぶやいている言葉を聞いて、僕は赤面しそうになる。おま……、って、エッチな、やばい言葉を、言おうとしているように聞こえますよ。しかし、純真で純朴な楓先輩は、まったく気付いていない様子だ。

「お前は、ユウスケ?」
「えー、僕のことが、ネットスラングになるはずがないですから、別人のことですよね? 確かに、ネットで話題のユウスケは、存在しますけど」

 とある遠隔操作事件の、関係者のことだ。

「じゃあ、お前は、幽霊?」
「そんなに簡単に、幽霊認定ですか。それだと世の中は、幽霊だらけということになりますよ」

「それじゃあ、お前は、UFO?」
「オカルト流しですか。それも違います」

 正解にたどり着けないことで、楓先輩はしゅんとなる。仕方がないので、僕は答えを教えてあげることにした。

「答えは『お前が言うな』です」
「惜しかったわね。半分ぐらい合っていたわ」
「五十点だと、学校のテストなら追試ですよ」

 楓先輩は、へこんだ顔をする。このままでは、先輩が落ち込みそうなので、僕は、とっとと説明に移行することにした。

「おまゆう、お前が言うな、とは、自分の過去の言動や行為を棚上げにして、偉そうな意見を述べる、政治家や有識者、著名人に対する突っ込みの言葉です。
 もっと短く書いて『おま』『おま(ry』と書くこともあります。基本的には、相手を馬鹿にしたり、嘲笑したり、罵倒したりする言葉になります」
「具体的には、どういった時に使われるの?」

 楓先輩は、興味を持ったようにして尋ねてくる。

「一番多いのは、政治家に対して使われるケースだと思います。政治家は、時期や立場によって、百八十度意見を変えることが多いです。たとえば、政権にいた頃に、原発問題で不手際を起こした政治家が、野党になった際に、敵対政党の原発問題を糾弾する。そういった際に、おまゆう、と突っ込まれるわけです。

 また、ブラック企業の社長が、自分がやっていることと正反対のことを言う場合にも使われます。たとえば、ブラック企業の経営者が、労働問題について語り、残業時間は減らすべきだと言ったりする。そういった際には、まず自分の会社を改善しろよという、突っ込みとともに、おまゆう、と言われるわけです。

 他には、過去に店の商品を窃盗した芸能人が、他人のものを盗むのはよくない、と言ったりする。そういった際には、どの口がその台詞を言う、と全員思い、おまゆう、とコメントするわけです。
 この、おまゆうは、相手に対して、お前が言うな、お前にだけは言われたくない、といった、突っ込みを表明するフレーズなのです」

 楓先輩は、納得したような顔をする。そして、「確かに、ニュースを見ていると、そういった話が多いよね」と、同意の意見を述べる。

 よし、楓先輩は、政治家や著名人といった、自分の身近にはいない人々に、意識を向けている。自分がよもや、おまゆうの対象になるとは、微塵も考えていない様子だ。これで話を終わらせれば、危機を回避できる。僕は、細心の注意を払いながら、話を締めくくろうとする。
 その時である。楓先輩が、ぼそりと声を漏らした。

「ねえ、このおまゆうは、身近な相手には使わないの?」

 うっ。日常生活でも使うことはできる。しかし。その説明をすれば、僕が楓先輩に、おまゆうと突っ込みかけたことが、ばれてしまう可能性がある。

「使ってもいいの?」
「ええ、まあ、使用しても問題ありませんね」
「じゃあ、身近な例も教えて」
「え、ええ。そうですね。ちょ、ちょっと待ってください」

 僕は必死に考える。楓先輩の件を、例に挙げるわけにはいかない。何か他の例を考えないといけない。僕は、代替案をひねり出す。

「たとえば僕が、『ネットに頼りすぎるのはよくない。ネットの利用は、ほどほどにしましょう』と、言ったとします」
「それは、かなり、おまゆうね」
「ええ。そういった際には、おまゆうと、突っ込んでよいと思います」
「なるほどね。そういった場合に、おまゆうは使えるのね」

 そこまで、台詞を述べたあと、楓先輩は黙り込んで、何かを考え始めた。そして、気まずそうな顔で、僕に声をかけてきた。

「もしかして、私のことも、おまゆうと思った? 今日、自分で調べるように言ったから」

 うっ、先輩がたどり着いてしまった。僕が恐れていた話に。
 僕は、どう答えるべきか必死に考える。嘘を吐くのも気が引ける。しかし、ありのまま話すのもどうかと思う。何か上手い妥協点を見つけなければならない。僕は、針の穴を通すような台詞を、ひねり出そうとする。

「ええと、少しだけ」

 出てきた言葉は、そういったものだった。
 僕のコミュ力の低さが、露呈するようなものだった。

「分かったわ。これからは、サカキくんに質問するのはやめるね。何とか、自分で調べるようにするね」

 うぇっ! それは、やめてください。僕のご褒美タイムが、消失してしまいますよ!
 僕は、泣きそうな顔で先輩に懇願する。

「尋ねてください! 僕は、先輩の忠実な辞書です。どんどん僕を活用してください。先輩のためなら、どんな項目でも説明いたしますよ!」
「え、ええ、そうなの? ……う、うん。じゃあ、質問するね」

 楓先輩は、かなりドン引きだった。僕は、危機が去ったことにほっとした。

 それから三日ほど、楓先輩は、僕に大量に質問をした。その怒涛の質問に、僕は音を上げそうになった。しかし、「先輩のためなら、どんな項目でも説明いたしますよ!」と言った手前、「もう少し控えてください!」とは言えなかった。僕は泣く泣く、脳みそにしわを寄せて、先輩に説明をしまくった。

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